#153/1336 短編
★タイトル (ZQG ) 93/10/25 4:27 ( 99)
お題>歌 【惑星人奈宇】
★内容
春のうららかな日差しを受けて田舎道を自転車で街に向かった。
《この広い野原一杯に、咲く花のうーー、ひとつ残らず、あなたにあげるうー》
菜の花が咲いている野原で蝶が舞っている。蝶は、蜜を吸いきれないほどの花
を貰って、ひらかなで踊るように手紙を描いた。
夕方、父がパチンコの景品を沢山もって帰ってきた。母は、食事の支度を終え
て、テレビを見ていた。
「あなた、遅かったわねえ。パチンコしてたんですか」
父は母の声に笑顔で応え、僕を呼んだ。
「達也、ファミコン・ソフトだ。二つもあるからな……。どうだ嬉しいだろ」
僕は、うわあっと、歓声を上げながら受け取った。
母は、客から頼まれた注文品があって、父が午後3時を過ぎても帰って来ない
ので苛々していた。でも今日に限って嬉しそうであった。
「あなた、達也ったら、お店の配達の手伝いをしてくれたのよ」
「そうか、達也が配達をしてくれたのか。それは良かった。ほんの15分のつも
りでパチンコに入ったんだ。それが、出るわ出るわ。もうたまらんかった」
「達也が居たから、ほんとに助かったわ。あん時は、どうしようかと困っていた
のよ」
母も上機嫌だった。
「達也、お前が大きくなったら、このお店は全部お前のものだ。これからの配達
は達也が皆やってくれ」
昔と決別した筈なのに、今更過去の出来事を思い出すなんて恥ずかしい。
ふと窓の外を見た。
《街の何処かに、淋しがり屋がひとり、いまにも泣きそうに、……》
秋の収穫の終った田圃はもの悲しい。コンバインから吐き出された藁が奇麗に
列を作って落してあった。ここを雀と烏が餌を求めて歩いている。
この双眼鏡、よう見えるわ。僕は烏の姿を追っていた。雀も近くで忙しそうに
餌をあさっていた。
烏が突然飛び上がった。畦道に生えている草の先に、くちばしを向けて50セ
ンチ程も飛び上がった。僕は、思わず双眼鏡を、ぎゅっと握り締めた。
烏は、二三度、ジャンプを繰り返した。やっぱり、そうだ。烏は昆虫を捕らえ
たのだ。
白菜や大根の葉に、しょうりょうバッタとかオンブ・バッタがしがみついて居
るのを、収穫に行く度に見ている。
僕は、憎らしいバッタが烏に食べられるのをまるで新発見でもしたかのように、
見ていた。
烏は、喙でバッタをくわえてパクパクして弄んだ後、飲み込んだ。
《知らない、まちを歩いてみたい。何処か遠くへ行きたい。知らない海を……》
久しぶりに、立山の自然を味わうために、自家用車で出発した。
立山駅近くの無料駐車場は何処も自動車で一杯であった。
丁度朝食の時間であったので、レストランに入った。
暫くして、ウエイトレスが注文の料理を持ってきたので、「立山登山は込んで
いますねえ。称名滝は、ここから近いのですか」と尋ねてみた。
「今日のケーブルは、きっと2時間待ちですよ。美女平もバス待ち客で、ごった
かえしています。お客さん、今日は大変ですよ。滝はねえ、自動車で10分程行
くと駐車場があって、そこから、歩いて15分です」
称名川は、岩でゴツゴツしていた。
川辺で勢いのある水の流れを見ていたら、背が高くて青い目をした人が、マス
の歌を口遊みながら近付いてきた。
《インアイネム、バッハラインヘーネ、ダショス、インフロヘレル、……》
僕も、外人の歌に合わせて、自己流に歌った。
《ますのすし美味し、帰りに買いましょう、……、……》
外人は僕に興味を抱いたらしく、にこにこしながら、更に近付いてきた。
「この川に、ますが居て、ます釣りを出来ますか」
「無理でしょう! ここは、急流ですからね。で、ほれーだ。もう少し下流なら
ば、マスとかの魚が色々居ると思います」
外人は笑いながら向こうに行ってしまった。
落差が130メートルもある称名滝からは、霧が道路上にも流れていた。
しぶきのような霧の中を急ぎ足で滝見席に向かった。
少し高いところにある見物場所は、秋の柔らかい日差しを受けて暖かかった。
早速カメラを向けた。
滝が虹色に輝くことが有るのだろうか?
2時間程待てば、面白い写真を撮れるかも知れない。
しかし、……、少し思案した後、山肌を見上げた。
山肌は潅木で覆われていた。所々鮮やかに紅葉していて、僕に写真を撮らせよ
うと催促しているようだった。
悲しい女の伝説を思い出した。
美女平に、罪悪感から抜け出したいために、地獄に落されるのを避けるために、
禁を犯して山に入った女が居た。
女は、途中で神の怒りに遭い、魔法をかけられて杉に変身させられて仕舞った。
この杉の大木が美女平に有るそうだが、……。
称名川沿いからは、山肌にさえ、杉林は見えなかった。
最初に、風土記の丘を見て、次に博物館とその周囲、……、最後にますのすし
を買って、などと計画の変更を決めてから自家用車に戻った。
《セ・シ・ボンー、デェパチニポルツウ、……。》
カーラジオからはシャンソンが流れていた。
******** 完 ********