AWC そばにいるだけで 54−2(文化祭編−前)   寺嶋公香


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#5282/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/11/30  00:20  (199)
そばにいるだけで 54−2(文化祭編−前)   寺嶋公香
★内容                                         06/09/01 17:51 修正 第3版
 次の休み時間に、純子は積極的に四組に出向き、相羽と会うつもりだった。
鳥越に話の続きをしに行くという大義名分がある。
 だが、そうする前に、唐沢に呼び止められてしまう。
「さっき、鳥越の奴と何を話してたん?」
「――あ、唐沢君も鳥越君を知ってるんだ?」
 質問に質問で切り返す純子。
「ああ、相羽の友達だろ。知ってるよ、当然。何の話だったのさ、気になるじ
ゃないか。随分、長く話し込んでた」
「天文部に入らないかって、勧誘されただけ」
「……入るの? 入るんだったら、俺も入ろうかな」
 表情を引き締めた唐沢。そしてまた緩める。
「まだ決めかねてて……相羽君が入部するかもしれないって言うし」
「何? 相羽がそう言ってたのかい?」
「ううん、鳥越君から聞いたの」
「そうか。で、相羽が入ったら、入る決心が着くと?」
「あはは……逆」
 純子は自嘲気味に笑った。唐沢には、その笑いの意味が分からなかったらし
い。改めて表情を固くし、眉を寄せる。
 純子は唐沢に背を向け、まるで独り言のように続けた。
「相羽君と同じ部に、私が入るわけにいかないわ」
「何で」
 語気を強める唐沢。純子の返答を予想できているが、敢えて聞く。それも非
難を込めて……そんな雰囲気が感じられた。
 純子は言い淀み、唇をなめてから口を開いた。
「今以上に相羽君と親しくしたら、久仁香や郁江から恨まれるわ」
 間髪入れず、舌打ちをする唐沢。はっきり、音が聞こえた。
「まだそんなことを」
「私にとっては、大事な問題よ。折角、元通りになれるきっかけを掴んだのに、
同じ部に入ったら、ぶち壊しになっちゃう」
「だから、何でそのために、君と相羽の仲が壊れなきゃいけないのかね。俺に
は理解できません」
「唐沢君、それを学校では言わないで」
「……オーケイ。分かったよ、分かりました。そういう顔をされると、何も言
えなくなるじゃん」
 両手を肩の高さに上げ、あきらめた風に首を振る唐沢。手を下ろすのに合わ
せて、ため息を深くつく。
 純子は胸をなで下ろし、唐沢に礼を言った。
「とにかく、天文部に入りたければ、さっさと入っちまえばいいんだよ。今な
ら相羽は部員じゃないんだろ。あとから相羽が入ってきたからって、退部する
必要はあるまい」
「理屈ではそうかもしれないけれど」
 踏ん切りが着かないで悩んでいる内に、この休み時間は終わってしまった。
 だから、相羽に会いに行けたのは、その次の休み時間。戸口のところで、中
に相羽がいるのを確認……基、鳥越がいるのを確認してから、四組の教室に入
っていく。都合よく、相羽と鳥越が二人で話している。
 鳥越に声を掛けるつもりで歩み寄っていると、先に、相羽に気付かれた。彼
は純子を見つめ返すと、何か言うでもなく、笑顔で片手を上げる。
「こ、こんにちは」
 一方の純子は先日のバースデー、相羽のマンションでのことを思い出し、変
に緊張して堅苦しい台詞になり、しかも声がうわずってしまった。
 その不自然さは、しかし、鳥越の反応によって目立たなくなる。純子が来た
ことに気が付いていなかった彼は、振り向き、机をがたがたっと鳴らして大い
に慌てながら、どうにかこうにか「いつの間に」と口走った。
「と、鳥越君に話があるんだけど」
「あ? じゃあ、退いておこうか」
 席を立つ相羽。純子は「いいの」とすぐさま言い足した。それから鳥越に、
「今朝の話だけれど、もう少し考えさせて。今日中には無理」
「う、うん。分かった」
 からくり人形みたいに、ぎこちなく首を縦に振る鳥越。まだ落ち着きを取り
戻していないようだ。
「好きなだけ、考えてよ。それで、いい結論を出してほしい」
「何の話?」
 相羽が辛抱できなくなったみたいに、首を前にひょいと突き出した。
「何でもない」
「大したことじゃないわ」
 鳥越と純子は、ほとんど同時にそう答えていた。怪訝そうにした相羽だった
が、それ以上の追及はなし。
 純子はさあ、いよいよとばかり、相羽に話しかけようとした、が。
「あら。涼原さん、珍しい。何しに来たの」
「――白沼さん」
 声の方向に目線を合わせる。真っ直ぐ近づいてくる白沼には、風を感じさせ
る勢いがあった。もう目の前まで来た。
「よそのクラスに、何の用かしら」
「それは、相羽君と鳥越君に、用事があって」
 別に義務でも何でもないのに、迫力に押され、素直に答えてしまう。
「終わったの? 済んだら、さっさと出て行って――なんてことは言わないわ」
 白沼が表情を一変させた。険しい岩肌の山々が真冬、雪で覆われたみたいな。
「どんな話をしたのか、聞かせてくれる?」
「な、何で、そんなことを」
 開けっぴろげな態度で、ストレートに求めてきた白沼に面食らったのは、純
子ばかりでなかった。鳥越は顔をしかめ、おい、どうなってんの?という目つ
きで相羽を見やる。相羽は、肩をすくめただけだった。
 白沼は周りにかまわず、意味ありげな流し目を作った。
「言えないような話? 怪しいわねえ」
「大したことじゃないわよ。それに、説明しなくちゃいけない理由なんて、な
いでしょう?」
「そうね。でも、気になるんだもの」
「〜っ……相羽君とは、まだ用事が済んでいないんだから」
「あ、だったらちょうどいいじゃない。ここで聞いていていい?」
「え?」
 いけない。すっかり、白沼のペース。
「相羽君、いいでしょう?」
 甘えるような調子で聞いてきた白沼に対し、相羽は少し考え、
「白沼さんのことだから、だめと言っても、『ここは私のクラスなんだから、
どこにいても私の自由でしょ』とでも言い返す気じゃないのかな」
 と、なかなかの皮肉を込めて応じた。
 びっくりしたのは純子だ。相羽が白沼にこういう応対をするなんて、想像で
きなかった。同じクラスになったことで、以前よりずっと親しくなっているも
のと決めて掛かっていた。
 それが実際には、前と変わっていないように見える。
「当たり」
 悪びれず、認める白沼。「だから」と、純子の胸先に指を突きつけた。
「内緒話がしたいのなら、こんなとこでしないで、どこかよそに行ってよ。私
から見えない場所で」
「白沼さん、別に内緒話――」
「いいから、廊下にでも出なさいよ。ほんと、いらいらするわ」
 純子に対する(勝手な)ライバル心は相変わらずだが、自制できるようにな
ったのか、それとも相羽の前でみっともなく騒ぎ立てるのはプライドが許さな
いのかもしれない。
「行こう」
 相羽は席を立つと、純子を促した。
 純子は白沼の存在を気にしつつ、先に廊下に出た。休み時間の残りも、あま
りない。
「白沼さんとはどうなってるの? 何かあったの?」
 教室を出るなり振り返り、尋ねる。
 相羽は「何もないよ」と辟易した風に、また肩をすくめた。
「それよりも、君の用事っていうのは?」
「あ……琥珀のことなんだけど」
「うん」
「夢じゃ、ないよね?」
「――はははっ。もちろん。夢みたいな話だけれど、現実だね。僕も、すぐに
は信じられないくらい、凄い偶然」
「よかった。確かめたくなって……えへへ」
 うつむき、舌先を覗かせる純子。言ってから、気恥ずかしさを覚えて仕方が
ない。それでも言ってよかったと思えるから、不思議。
「そのことが聞きたくて、わざわざ?」
 問い返してきた相羽の目元がほころび、嬉しそう。普段、喜びの感情を大き
く表すことが少ないだけに、なおさら印象的だ。
「うん」
 純子は返事してから、時計をちらっと見た。次の授業まで、まだもう少しあ
る。
「相羽君、朝練まで始めたって聞いたんだけれど」
「ん? ああ、柔斗のこと。少しでも多く練習しないと、勘が戻らないからね」
「試合、するの……?」
「いや、決まってはいないんだ。津野島がやりたいと一方的に言っているだけ
で。だったら、いつでもできるようにしておかないと、あいつに悪い」
 そう語る相羽は、さっきとは違った意味で嬉しそうだった。わくわくという
表現が一番合う。
 純子が応援すべきか、反対すべきか、態度を決めかねていると、相羽は先読
みしたかのように言った。
「大丈夫、ピアノもちゃんとやっている」
「え……それはいいんだけど、どうしたって、手を悪くするんじゃあ」
 驚きを隠しながら、疑問を呈した純子。対して、事も無げに答える相羽。
「手を使わずに勝てるように、戦略を考えてやっている。当然、蹴りを鍛える
ことから始めてね」
「……津野島さんて、私も見たあの強い人でしょ。蹴りだけで勝てる?」
「見てたのなら、逆の感想を持ってほしいな。あはは。純子ちゃんが見ていた
試合では、蹴りで優勢だったはずだけど」
「言われてみれば……そうだったよね」
 あの試合、相羽の敗因は私の悲鳴のせいとの思いから、それ以外のことはほ
ぼきれいに忘れていたが、どうにか思い出せた。勝機が垣間見えた気がして、
少し明るくなる。でも。
「相手の人も、研究してくるでしょう? だったら、結局は……」
「その可能性は充分にある」
 あっさり認める。
 純子はまたまた不安に駆られ、何か言おうとしたのだが、タイムアップ。
 チャイムの鳴り響く中、相羽は「じゃ、またあとで」と言い残して、行って
しまった。
「……もおっ」
 背中を見送りながら、純子は短く、小さく不平を表現した。

           *           *

 土曜日の昼過ぎ、ちょうど食事が終わった頃合だった。
「何の用かしら。お珍しい」
 町田は唐沢の訪問を、内心では歓迎していた。だから、当然上がってくるも
のと思い、さっさと背を向けて、奥に行く。
 だが、板間の軋む音が続かない。焦って振り返ると、唐沢は玄関に立ったま
まだった。
「な? どうしたの。上がらないの。親は二人とも、今出ているわ」
「用件、ここですませるつもりだから、いい」
「ふうん……手短にすむのね?」
「いや、分かんねえ。長くなるかも」
 眉を寄せ、眉間にしわを作る町田。
「私も分からないんですけど。どういうこと? 何の話よ、一体」
「涼原さんのこと」
 やっぱり、と町田は思った。それを期待して、内心で歓迎したのだから。
「純と相羽君のことね」
「ま、そういうこと。俺、二人の応援するって決めたんだ。柄じゃないけどな。
で、芙美も協力してくれないかって頼みに来たわけ」
「……いい心掛けだと思うけど、私に、全面的に協力を求められてもねえ、は
っきり言って無理、迷惑」
「何で。芙美も知ってるだろ。あの二人が、お互いに好き同士だって」
「ええ。そして、郁や久仁が相羽君を好きだってことも、私は知ってる」
 唐沢は一瞬、言葉を失い、次に、後頭部に片手をやって、髪をかきむしった。
「やーれやれ。女って、どうしてこうも友情に厚いかねえ」
「男の友情には負けると思うけどな」
「どういう意味かいな、それは」
「純が好きなくせして、相羽君の応援するのは、どこのどなたかしら」
「……お見通しってわけか」
 何故か、ほくそ笑む唐沢。町田は、さも当然という風に、首を傾げてみせた。
「いつから好きになったのよ。ずーっと、プレイボーイ気取りだったわよね。
普通、本命ができれば、その他大勢の子との付き合いはやめるもんじゃないか
と思うんだけど」
「いっぺんに聞くな。混乱するだろうが」
 言い捨て、靴を脱ぎ始めた唐沢。
「やっぱ、上がらせてくれ。立ったままの長話は疲れる」

――つづく





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