AWC そばにいるだけで 35−3    寺嶋公香


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#4796/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 4/29  16:25  (197)
そばにいるだけで 35−3    寺嶋公香
★内容                                         16/10/25 03:01 修正 第2版
 長瀬も心配顔をなす。それから恥じる風に頭をかいた。
「と言いつつ、涼原さんに投票しちまったけど。失敗だったかな」
「俺も。彼女、断ると思ってたんだよな」
 唐沢が同じことを繰り返し言った。対して、相羽は首を横に振る。
「分かってないぜ、おまえら。じゅ、涼原さんは頼まれたら、よほどのことが
ない限り、断らないんだよ」
「お、何か自慢げに言ってるぞ」
「小学校からの知り合いだけのことはあるな」
 唐沢と長瀬が二人して、揶揄する口調でひそひそと言葉を交わした。
「サポートしてやらなくちゃな、相羽」
 柚木に背を押された相羽はクラス委員長なのである。
 言われなくても純子を助けるつもりだが、わざわざ口に出しはしない。あえ
て心にもない、理屈っぽいことを言った。
「普通は副委員長が委員長をサポートするんじゃないかな」
「そんなもん、どうでもいい。気になるんなら、入れ替わっておまえが副委員
長やればいいじゃん」
「それ、名案」
 相羽は肩をすくめ、笑った。

           *           *

「不公平だわっ」
 富井が両手を握りしめ、机をどんとやったのは、調理部の新人勧誘のあと時
間を潰しにお喋りしているとき。
「どうしたん?」
 会話を中断し、目を丸くしたのは町田。その表情には演技も数パーセント入
っているようだ。証拠に、口元が笑っている。
「同じ物食べてるのに、体型がこうも違うのは何でなのよぉ」
 臆面もなく言えるのは、相羽が武道の練習のため早々に帰った故かもしれな
い。
 いの一番に指差された純子は、肩をすくめて苦笑するだけ。代わりに井口が
応じた。
「同じ物って、郁江の場合、家に帰ったあとも食べてるんでしょ、ケーキ」
「おやつぐらい、誰だって食べるよねえ?」
 同意を求める富井の瞳に、井口、町田、純子の順で答える。
「部活で何か食べたときはやめとく。危ない」
「私も滅多にない」
「体育で思いっ切り運動したなら別だけど」
 富井は救いを求める風に二年生部員の方を見た。しかし、場の趨勢に変化は
なく、そればかりか孤立をはっきり認識させられる始末。
「もーっ! みんながいじめるっ」
 かんしゃくを起こしたように髪を振り乱す富井を、一番近くに座る純子がな
だめにかかる。
「いじめてるんじゃないってば。今のままでもぽっちゃり、かわいい。ただし、
身体のこと考えたら、ケーキは遠慮した方がいいよって言ってるだけ」
「ケーキの分を差し引いたって、純ちゃんのスタイルは普通じゃできない」
 ほとんど言い掛かりみたいなものだったが、今度は町田達他の部員も、富井
に賛同。揃って首肯する。
「肌もきれいで、にきびゼロ。ううー、私のここ」
 と、左のほっぺの一点を指差す富井。にきびが一個、徐々に勢力を広げつつ
ある。
「みっともないから早く直したいのにっ。純ちゃん、秘法を教えてよ。知って
るんでしょ、でしょ?」
「知らないわよぉ」
 肩を落とした純子。知らないことを教えてくれと頼まれているようなもの。
「特別なダイエットしてるんですか?」
「ううん、何にも」
 後輩からの質問に応じたのがきっかけになった。とても信じてもらえなかっ
たらしくて、矢継ぎ早に尋ねられる。
「スマートなのはいいけれど、栄養足りてないんじゃないの? ほら」
 と、胸のラインを手で形作ったのは町田。表情はちょっと意地悪げなスマイ
ルマークだ。
 いつものこととは言え、これにはふてくされたくもなる。
「生まれつきよ、生まれつきっ。こういう身体なのは、みーんな生まれつき」
「でもさ、食べたらそれなりに出るもんよ。にきび、吹き出物……」
「強いて言うなら、私、ずっとレッスン受けてるもん。運動して疲れてぐっす
り眠るからじゃないかな、うん」
 話を打ち切るために自己完結的にうなずいた純子だったが、周りが許さない。
「健康的な食べ物を選んで食べてません?」
「菜食主義とか?」
 面倒になってきた。ため息混じりに反論する純子。
「部活でたまにお肉も食べてる。見てたでしょ」
「あ、そうか。それでも野菜サラダやこんにゃく、わかめなんかの美容食が多
そうなイメージですよ、涼原先輩って」
「残念、外れ。特にこんにゃくは数少ない嫌いな食べ物なのよね。好きなのは
唐揚げだからまるで逆よ」
 純子の返事に、後輩達は「信じられなぁい」、町田なんて「特異体質ね」と
言い出す始末。
「食べても太らないし、肌もすべすべー。いや、ほんと、うらやましい」
 太鼓持ちみたいな調子で付け足した。
「そりゃあもちろん色々と気を付けてるわよ。事務所から注意を受けてるんだ
から。これでも苦労してるんだから」
 分かってもらいたくて力を込めて「だから」を連発する純子。だが、思惑は
空振り。
「それですよ、それっ。何か秘訣があるに決まってます」
「隠してないで教えろー」
「隠してなんかないって。だいたい、大したことないのに。ごく当たり前の」
 右へ左へ、相手に顔を向けるので忙しい。
「たとえば?」
「えっと、夜九時以降は何にも食べないとか、ストレッチを欠かさないとか、
おやつはスナック菓子より果物を多くするとか」
「それだけでプロポーション保てたら、この世からダイエット本が消えてなく
なるわい。……でも、メモしとこう」
 と、町田は手帳を開いてメモを取るポーズをした。町田本人は、体重で言え
ば決して太っていないが、胸がある割にそこから下が寸胴なのが悩み。要する
に、腰のくびれがほしい!というわけだ。
「肌の方は……あ、そうか。化粧品、いいやつを使わせてもらってるんでしょ。
天下の美生堂とつながりあるんだもんね」
「それはまあ、撮影でメイクするときはね。でも普段は保湿の乳液と、ぶどう
の木から採った肌水を使ってるぐらい。特別じゃあないでしょ?」
「うーむ。今度持って来て、見せてよ」
 実物を見て確かめようということらしい。
「ついでに、海草や泥のパックとかは? 効果あるって聞くけれど、高くてと
ても手が出ない」
「してないってば。だいたいねえ」
 純子は、それなら私にも悩みがあると、思わず口走りそうになった。でも、
口を開きかけた時点で、中止した。冷やかされるのが落ちだと分かっている。
 だから心の中でつぶやくにとどめた。
(胸がほしい……。せめて、水着姿になったとき、バランスがいい程度に)
 これって、気にしすぎなんだけどね。

 壁に設置された大型ビジョン、その画面に流れていたテロップが止まった。
 試写が終わると同時に、室内には明るさが戻ってきた。暖かみのある橙色に
染まる。
 室内には出演者や撮影スタッフの他、スポンサーを筆頭とする関係者を含め
た五十名ほどの人々でにぎわっている。終了直後に拍手が起きたが、形だけの
おざなりのものか、賞賛の意が込められているのか、純子には判断できない。
「まあまあ、よくやってた方じゃないの」
 ドラマ上映中もコメントを欠かさないでいた加倉井は、総括の段になると淡
泊に締めた。純子を見る眼差しには、ほのかに優しさが灯ったかもしれない。
もっとも、それを上回って余りある嫌味ったらしさも残っている。
 純子は何も言い返さず、黙って目で礼をした。
(改めて感じた。星崎さんも香村君も、他の人達もみんなうまいけれど、中で
も加倉井さん、うまい。色んな活動されてるけれど、演技が一番合ってる気が
する。同い年の女の子があれだけできるのに、私は……)
 キャリアが段違いであるとは言うものの、画面を通じて差を示され、ショッ
クを受けた純子。しかし、悪い意味のショックではない。もっと早くからやっ
ておけばよかったという後悔も確かにあるが、この一回きりで終わりたくない、
もっと自分を磨いて上手に演じたい気持ちが急速に膨らむ。
「どうしたの、黙っちゃって」
「……色々教えてもらって助かりました。もしもまた一緒にできる機会がいた
だけたときは、よろしくお願いします」
「もっとうまくなったら、考えてもいいけれど。その前にほら、話し方、昔に
戻ってるじゃないの」
 そう答えてから、五秒間ほど純子の反応を待ったらしい加倉井。反応がない
と分かるや視線を外し、おもむろに気取った調子で付け足した。
「CM、見たわよ。化けてたわね」
「あ。そ、そう?」
「別人だと思ったくらい。悔しいけれど、モデルやる分じゃあ、とてもかなわ
ないわ」
 加倉井はお手上げの仕種から、首を左右に何度か振った。
 ガイアプロから中締めの挨拶が済むと、簡単な立食パーティの席が用意され
ていた。打ち上げだけでなくスポンサーへの今後の売り込みも兼ねているらし
く、プロダクションの力の入れようが窺えるというもの。当然、主役の香村は
忙しい。事務所社長や藤沢マネージャーと一緒になって、様々な人の挨拶を受
けている。
(今さらこんなことしなくたって、充分すぎる人気あると思うんだけど。そう
言えば香村君て、学校には休まず通えてるのかしら)
 力を入れているのは、実は、純子の陣営も同様だった。最初は相羽の母だけ
が同行することになっていたのに、市川と杉本まで着いてきている。曰く、人
脈を築くのが大切、名刺交換だけでも充分意味がある、とのこと。特に市川は、
精力的に飛び回っていた。最初はそれに付き合わされていた純子だったが、加
倉井達に誘われて脱出できたのだ。
 その加倉井らとの話もひとまず終え、純子は相羽の母と一緒になる。壁に沿
って配置された椅子に並んで腰掛け、市川達を遠くに見ていた。
「とても場違いな気がするわ」
 相羽の母が手元の皿に視線を落とした。皿には小さな三角形のサンドイッチ
や細長いフライドポテトが乗っているが、あまり減っていない。
「私って、市川さんと違って順応力ないのかしら。CMを企画するのが本職だ
から、戸惑うばかり。モデルの仕事のマネージメントなら心得ているつもりだ
けど……」
 と、今度は純子へ振り向く。
 純子はジュースを少しずつ飲みながら、言葉を待った。
「モデル以外でもこんなに売れちゃうなんて、予想してなかった」
「おばさま?」
「あなたのためを考えると、全部ルークの下で処理する方がきっといいわね。
モデル仕事は私からルークへ依頼すればいいわけだし」
 広告製作会社専属のモデルという立場と、同じ会社の内部部署とは言えきち
んとした芸能プロのルークのタレントという立場。前者をなくして、後者に絞
ることを提案しているのだ。
「純子ちゃん自身、どう考えてる?」
「……これまで通りがいいです」
 答えてから、相羽の母の表情を伺う純子。できれば相羽の母の望む方向に沿
うようにしたい。でも、それが分からない。
「あの、邪魔なんでしょうか……おばさまの広告作りのお仕事に」
「そんな心配はいらないわよ」
 微笑みかけてきながら、相羽の母は説明してくれた。純子の仕事に付き添う
ことも仕事の一環として組まれているから邪魔でも迷惑でもない、と。
「私が関わることで、あなたの可能性を狭めてしまうかもしれない。それだけ
が心配」
「そんな。私は色んなことさせてもらえて、やってきただけで。自分から可能
性広げようとは思ってないから。――忙しくなるの嫌だし」
 舌先をちょっと覗かせる。
「学校行きながらでなかったら、歌もドラマも多分やってませんでしたよ。モ
デルだけはやってたかな、なんちゃって」
 そう言ったあと、急に思い付いた。
「ルークのみの所属になっても、これまで通り学校に行けます?」
「さあ、私には答えかねる質問だけれど。率直に言って、市川さんの意気込み
ぶりを見てると、学校を休むことが増えるのだけは間違いないんじゃない?」
「じゃあ、今のままでいいです、絶対」
 力強く言い切った純子。手がふさがってなかったら、左右とも握り拳を作っ
ていたに違いない。
 相羽の母は再び微笑み返してくれた。
「そうだわ、今思い出した。美術の先生から絵のモデルにならないか誘われて
たんだったわね」

−−つづく





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