AWC 異世界の魔法使い(改訂新版) 3          泰彦


        
#4766/5495 長編
★タイトル (BWM     )  99/ 2/16  23:15  (200)
異世界の魔法使い(改訂新版) 3          泰彦
★内容
 と、不意にショウの表情が引き締められた。僕が何の事か分からずにきょとんと
していると、彼は黙って“てれび”を指さした。そこにはあの森と、倒れている人
々がいた。
「ジス。あいつを放っておいたのは失敗だったみたいだ。奴はすでに活動を開始し
てる。急いで行かないと手遅れになる」
 ショウはそう言うと、杖を大きくして数語つぶやく。
 一瞬の後、僕たちはあの森にいた。


 ひどいありさまだった。人々は肉をえぐられ、見るも無惨な姿をさらしている。
どこからともなくカラスの群れが集まり、死肉をつつく。ざっと見ただけで、倒れ
ている人は30人以上。カラスの方は、数える気もおこらないほどだ。
 そして、その中心に奴はいた。返り血を浴び、白い体毛の中で無数の赤が複雑な
模様を描いている。
 木々がざわめき始めた。
 ショウと狐は、じっと向かい合う。
 どれだけの間、そうしていたのだろう。永遠にも思える沈黙を破ったのは狐の方
だった。
「キイッ!」
 甲高い声で叫ぶと、ショウへ向かって飛びかかる。
「同じ手を2度は食わないよっ!」
 軽く身をかわしたショウを横目に見つつ、狐はそのまま僕の方へ向かってきた。
突然の事に避けることも出来ず、僕の右肩からは盛大な血しぶきが上がる。
「ぐっ」
「しまった! ジス、大丈夫か」
『大丈夫なわけないだろ』そう言おうとしたものの、痛みがひどくて声にならない。
肩を押さえて座り込んだ僕をかばうように、ショウは再び狐と向かい合う。
「大地よ。その力を以て、奴の行動を奪え」
 と、その声に応じるかのように、狐の足元の土が大きく盛り上がった。そのまま
四本の足をとらえて離さない。
「グアァ!」
 狐は何とかふりほどこうと身をよじるけが、土はびくともしない。やがて諦めた
のか、ずいぶん静かになった。
「そうそう。おとなしくしてれば命まで取ろうなんて考えないよ」
 狐に歩み寄るショウ。突然、狐の口が大きく開かれた。
 グオォ!
 吐き出される炎。一瞬にして見えなくなるショウの姿。炎は、後ろにいた僕にま
でその舌をのばしていた。
 「ぐうぅ!」
 とっさに両手を交差して顔をかばったものの、その手や投げ出していた足は炎の
直撃を避けられない。一瞬にして表面が黒く炭化した手足を、僕は他人ごとである
かのように眺めた。
『ショウは?』
 そう思って顔をおこすと、杖を正面に構えた彼の姿が目に入った。傷を負ったよ
うな気配は全くない。
「そこまでして僕に本気を出させたいの?」
 ショウの、怒りを押し殺した低い声。
「風よ。その力を以て、奴を切り裂け!」
 彼の言葉は突風を巻き起こした。突風はかまいたちとなって狐の体を切り刻む。
体毛におおわれたその体から、どす黒い液体が流れ出た。おそらくそれが奴の血な
のだろう。
 狐は九本の尾をふり上げて反撃しようと試みたようだったが、やがてその尾も一
本、また一本と力なく垂れ下がり、やがてぐったりと動かなくなった。
「ジス、大丈夫?」
 それを確認してから、彼は僕の方へ駆け寄ってきた。「すぐに治してあげるから
ね」と言って、呪文を唱える。手足の痛みが、肩の痛みが嘘のようにひいていく。
「まあ、何とかね」
 僕は彼の手を借りて立ち上がった。立ち上がって最初にみたのは、あの狐がこち
らをじっとにらみつけている姿。
「ショウ、後ろ!」
 思わず彼を突き飛ばす。そして、飛びかかってきた狐を回し蹴りでとらえる。
「ギャン!」
 犬のような声を出して、奴は道端に転がった。なおもこちらをにらみつけていた
が、急速に瞳の色が失われていく。それと同時にその体が薄れ始め、やがて、消え
た。
「なあ、あれは何だったんだ?」
 完全に消えたのを確認してから、僕はショウにたずねた。
「あれはこの世界のひずみが生み出した怪物だよ。怒り、妬み、絶望。それらのや
り場のない感情が、ある時一ヶ所にたまることがある。あいつもそうして生まれた
んだ。血の色を見た? あの黒さは人間の感情の色だよ。もしも喜びや希望から生
まれたのなら、もっときれいな色をしていただろうね」
 僕は何も言えなかった。ついさっきまであんなに憎んでいたのに、今では同情し
ている。生まれたくて生まれたんじゃない。あんな行動をしたくてしたんじゃない。
すべて人間がやらせたことなんだ。
「この世界はね、今見たみたいな感情が多いんだ。彼らは人間に対する警告なんだ
よ。人間の内面の醜さを表わしているんだ。人間の記憶から様々な形を取る。多い
のは狐かな。昔から人を手玉に取る逸話が多いからね。さっきのは、九尾の狐なん
て姿を取れただけ、よこしまな思いが強かったんだよ。でも、警告だということに
気づいている人は少ない。彼らが表通りを歩くようになってからじゃ遅いんだ。今
なら僕が何とかするけど、もしそうなってしまったら……人間は彼らに殺されるだ
ろうね」
 ショウは悲痛な面もちで、言葉を吐き出していた。自分では分かっていても、他
人に分かってもらえないつらさがにじみでていた。
「帰ろう」
 最後に、彼は微笑みながらそう言った。


「あの木々のざわめきは、敵をあぶりだすと同時に人を近づけない、一種の結界の
効果があったんだ」
 さっきの重苦しい雰囲気を何とか振り払おうとして、2人はよく話した。僕は自
分の世界の事を、ショウは彼の世界の事を。
「君の記憶の事だけれど」
 不意にショウはこう切り出した。
「たぶんそれは、封印されてるんだと思う。考えようとすると頭痛がするっていう
のは、封印が働いているからだよ」
「封印? だとすると、かけたのは誰なんだ?」
 余りに突然の話に、僕は驚いてしまった。まして、それが封印となるとなおさら
だ。
「これはあくまで推測でしかないけれど、君の養父母だと思う」
「どうして?」
 僕には何がなんだか分からなかった。自分は養父母にだまされていたのだろうか。
 ショウは僕の両肩に手をおいて、ゆっくりと話した。それはおそらく、僕を落ち
つかせようとして行なった事なのだろう。
「何かは分からないけれど、6才以前に君は心に傷を負っていたんじゃないかな。
君を引き取ったときに2人は相談して、その記憶を封印することにしたんだと思う。
君が将来、苦しまないように。もっとも君は逆に、記憶がないことで苦しんでいる
のだけれどね」
 そうだったのか。養父母が6才以前の事を話そうとしないのは、僕の事を心配し
ていてくれたからなのか。
 気がつくと、視界がゆがんでいた。何か熱いものが頬を伝っている。それが涙で
あることに、僕はしばらく気がつかなかった。
「ショウ……それでも、僕、探すよ……。本当の、両親の事、知りたいし、本当の、
僕の名前、知りたい……。でも、いつも、反対、される……」
「いつか君が、どんな過去にも負けないだけの精神力を身につけたら探せばいい。
まだ少し早いよ。君は傷つきやすい思春期だ。もしその時が来れば、君の養父母だっ
て反対しないよ、きっと」
 ショウは優しくそう言った。とても同じ年頃の少年だとは思えなかった。
「ショウ!」
 僕は思わずショウに飛びついて、その胸で泣いた。いままでこんなに頼れる人は
いなかっただけに、自分のとった行動に驚いた。
「ジス。いつか記憶を取り戻す日が来ることを信じてるよ。君が過去に負けないこ
とも……」
 泣いていいのか笑っていいのか分からず、僕はショウを見上げた。彼は黙って僕
の頭をなでる。
「うん」
 結局、僕は笑ってうなずいた。
「そろそろ帰らないとね」
 ショウは、僕が落ちつくのを待ってそう言った。狭い部屋の中で、杖を使わずに
手で印を結びながら呪文を唱える。
 しばらくして、壁が揺らいだかと思うと、そこに黒い空間が現われた。
「これに入れば元の世界に帰れるのか?」
 僕は、泣きはらした顔でショウに聞く。
「そう、一瞬だよ。ただ、どこに出るか分からないけどね。でも、君に聞いた場所
から1キロ以上離れることはないと思う」
「帰りたくないな」
 不意に、自分でも予期しない言葉。
「どうして?」
「だって、せっかく別の世界に来たのに、また元の閉鎖空間に戻るなんて……僕は、
いやだよ」
 僕がそう言うと、ショウは僕の目をのぞき込みながらこう言った。
「本当にそう思ってる?」
「え?」
 彼の言葉の意味がつかめなくて、僕は聞き返す。
「それを言うなら、ここだって閉鎖空間だよ。でも、たとえ閉鎖されていても、ト
ンネルを掘れば別の世界に来れるってことが分かったよね? それに、閉鎖空間と
言っても、そんなに狭いものじゃない。僕のこの世界では、月まで行った。そして、
もっと先まで行こうとしてる。君の世界だって、まだだれも行ったことのない場所
は多いはずだし、誰も知らないことだってたくさんあるはずだよ」
「うん」
「ね。わがままを言わないの」
 ショウは子供をあやすような感じで言う。
「だったら、君の方が僕の世界にこない?」
 この世界に絶望しながら、それでもこの世界にとどまる理由。それが僕の心に引っ
かかっていた何かの正体だと、いま分かった。
「ごめん。そうはいかないよ」
 彼はつらそうだった。絞り出すように言葉を続ける。
「この世界は確かに絶望的だよ。でも、僕には友達がいる」
「だったら、その人たちも一緒に」
「そうはいかないよ。彼らには彼らの友達がいる。それを全員連れて行くと、いっ
たい何人になるか分からないよ。それに」
 ショウはそこで一息ついた。その目は、闇の中でたったひとすじの光を見つけた
ように輝いていた。
「それに、この世界にだって自然はあるんだ。いつもは悲観的に考えていても、い
ざこの世界を見捨てるとなると、あれだけ少なく感じられた自然が、とても大きく
感じられるんだ。捨てるにはまだ早いよ。ごめん。君の申し出はうれしいけれど、
やっぱり僕には他のどの世界よりも、この世界が一番大切なんだ」
 確固たる決意。僕はそれ以上何も言えなかった。けれど、一つだけ確認したいこ
とがあった。
「また、会えるよな」
「会いたいときはいつでも、というわけにはいかないけどね」
 彼は笑って右手を差し出した。僕も微笑んで右手を差し出す。
「いろいろありがとう」
「うん。元気でね」
「あ、そうだ。ショウって、初めて会ったときに比べてだいぶ明るくなったな」
「そう? もしそうだとすれば、それは君のおかげだよ」
 それが僕らの最後の会話だった。いつかまた会う日まで、この会話は最後の会話
であり続ける。
 でも、いつか。
 いつか必ずそうでなくなる日がくることを、僕は信じている。
 ショウの右手は、大きくて温かかった。


 数日後、僕はショウの夢を見た。
 夢の中で、ショウは友達と一緒に戦っている。
 戦いが終わると、ショウと友達は僕の方に向かって手を振っていた。
 気がつくと、全員が手に花束を持っている。あの黄色い花は、菜の花だ。
 ショウの合図で、全員が花束を空へ投げた。
 青い空の中に、黄色い花が舞う。


 次の日の朝、窓の向こうから、菜の花の柔らかい黄色が、僕の目に飛び込んで来
た。


              〜 Fin 〜

*------------☆ 篠原 泰彦 ☆---------------*
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