AWC 異世界の魔法使い(改訂新版) 2          泰彦


        
#4765/5495 長編
★タイトル (BWM     )  99/ 2/16  23:13  (197)
異世界の魔法使い(改訂新版) 2          泰彦
★内容
 森の中にはとても広い砂利の道があった。途中にある小さな気の橋の上で、ショ
ウは立ち止まっている。
「周りには誰もいないから出ておいでよ。それともあぶりだされたい?」
 彼の声に答えるかのように、木々がざわめく。やがて、ざわめきは一つの音になっ
た。葉と葉のこすり合わせによって生じる音は、耳障りで頭に響く。
 耐えかねて僕は耳をふさいだが、ショウの方はまったく動かない。
 1分……2分……。
 時だけが静かに過ぎていく。
 7分……8分……来た!
 耐えられなくなったのだろう。木の上から何かが飛び降りてきた。
「ふぅん、それが君の姿ってわけだ」
 それは1匹の狐だった。目は異様に赤く輝き、尾は僕たちを挑発するかのように
ゆっくりと振られている。
「遠慮する必要はないみたいだね」
 そう言うと、ショウはズボンのポケットをさぐって何か小さな物を取り出し、そ
れを握りしめながら小声で数語つぶやく。
 一瞬彼の手が内側から輝いたかと思うと、次には大きな杖が現われていた。オレ
ンジ色に輝くその杖は、ショウの身長よりも頭1つ分大きい。また、ずっしりとし
た重量を感じさせながら、羽毛のように軽そうでもある。
 両手で杖を構えながら、ショウはじりじりと前進した。押されるかのように後退
する狐。杖を構えたショウは、今までとは違い、迫力があった。狐の方もそれを感
じたのだろう、からかうかのような行動は陰をひそめ、一撃を打ち込むために体勢
を低くして隙をうかがっている。
 次の瞬間、僕は目を疑った。狐が小さく身震いしたかと思うと、全身の色が白く
変化する。同時に尾も9本に増えていた。
 尾を9本持った、全身の白い狐。
 それは妖しい美しさを持った獣だった。
「九尾の狐か」
 ショウがうめく。彼にとっても意外なことだったらしい。
「ジス、下がって」
 その一瞬。ショウが後ろにいる僕に視線を走らせた一瞬を、狐は見逃さなかった。
 それは1秒の何分の1という短い時間でしかなかったが、狐にとっては絶好の、
ショウにとっては痛恨の一瞬だった。
 その一瞬、狐はショウに向かって飛んだ。ショウもとっさに両手で杖をふるう。
 狐の爪はショウのわき腹をえぐり、ショウの杖は狐の体をとらえていた。
『駄目だ!』
 ショウの杖は確かに狐の体をとらえてはいた。でも、とらえた位置が体に近すぎ
た。てこの原理を持ち出すまでもなく、杖をふるったときに最も威力があるのは先
端だ。ショウの杖は、体のすぐ近くで狐をとらえていた。
 血しぶきが舞った。
 狐は空中で体勢を整えると、ショウに攻撃されたことなどなかったかのように着
地する。対称的に、ショウはわき腹を押さえてうずくまっていた。
 ショウと僕との間で、狐は不敵に笑った。笑ったように見えた。
 僕は右手に砂利をつかんで軽く腰をかがめる。
 僕の事を大した相手ではないと思ったのだろう。狐はすぐに動いた。ショウに傷
を負わせたように、鋭く飛び込んでくる。
「させるか!」
 右へ倒れ込んで避けると同時に、右手につかんだ砂利を投げつけた。それが命中
したかどうかを見るより早く立ち上がる。
 そこには何もいなかった。あたりを見回したものの、人一人として見あたらない。
『逃げたのか?』
 吹き抜ける風以外、感じるものは何もなかった。
「……ジス」
「ショウ! 大丈夫なのか?」
 振り返ると、そこには杖にすがるようにして立っているショウの姿があった。
「一回、家に戻ろう」
「え?」
 確認する間もなく、ショウは杖をふるいながら何かをつぶやいた。


 気がつくと、そこは白い小さな部屋だった。
「ここは?」
「僕の部屋だよ」
 そう言われれば見覚えがある。家具の多さ、壁の色、部屋の狭さ……。
「あ、そういえば」
 不意に思い出した。ショウはわき腹に傷を負っていて、まだ応急処置すらしてい
ないはずだ。
「動かないで! いま直すから」
 ショウは、急に僕が大声をあげたので驚いた様子だったけれど、僕はそれを無視
して彼の傷口に手をかざす。
「偉大なる我が知識神よ。その力でこの者の傷をいやしたまえ」
 神の力を借りて、様々な奇跡を行なうのが僕の使う魔法の姿だ。神の力は偉大で、
多少の傷なら、たちどころにいやしてくれる。
「え? 失敗した?」
 僕の祈りが神に通じなかったのか、それとも神が僕を見限ったのか。ショウの傷
は少しも変わった様子を見せなかった。
「それは無意味だよ」
 ショウはそう言うと、弱々しく数語つぶやいた。傷口がみるみるふさがっていく。
「何故? 僕がやったときは治らなかったのに」
「君の魔法は神様にお願いして力を貸してもらうんだろう?」
「何で知ってるんだ?」
「呪文の文句で分かった。でも、この世界には神様がいないんだ。いたとしても、
君の世界にいるのとは別の神様なんだ」
《異世界》
 その言葉が僕に重くのしかかっていた。この世界にいる限り、僕はお荷物でしか
ない。魔法が使えず、何も分からないということは、僕に精神的な苦痛を与えてい
た。
 それに比べて、ショウは呪文を自由に使っている。森の中からこの部屋への瞬間
移動。いま目の前でやってみせた治癒魔法。周囲が無気力にせわしなく動き回って
いる中で、彼は明らかにそういった人々とは違っているように見えた。
「君の魔法はどうして効果があるんだ?」
「僕の使っているのは神様に頼むのじゃなくて、大気中にほんの少しだけ含まれて
いる、とある物質を媒介にしてかけてるんだ。つまり、呪文のシステムが違うんだ
よ」
「なるほどな。どこで覚えたんだ?」
 何気ない質問。僕は何かを意図したわけではなく、ただなんとなく聞いただけだっ
た。でも、ショウの表情には困惑の色がみるみるうちに広がっていく。
 ショウは何かを言おうと口を開いたけれど、その口からはただうめき声がもれた
だけ。僕も、してはいけないことをしてしまった子供のように、ただ黙っていた。
「ねぇ。その前に君の事を少し話してくれない?」
「どうしてだ?」
「お願い」
 ショウはそれ以上何も言わなかった。なぜ僕に先に話をさせたいのかは分からな
かったが、僕の話がショウになんらかの影響を与えるであろう事は確実なようだ。
「話すって言っても、何を話せばいいんだ」
「何でもいい。君の生い立ちとか。とにかく自己紹介をするような感じで」
「僕の名前はジス。15才。何かの理由で6才までの記憶がない。本当の両親は不
明。養父母に育てられた。養母の推薦で、知識神の神殿で下働きをしている。
……これでいいのか?」
 語り終わった僕を、ショウは驚きを込めた目で見ていた。それは、驚愕とは少し
違う、懐かしさを伴った驚きであるような気がした。
 その予想通り、ショウの第一声は「懐かしいなぁ」だった。
「そうか、あの2人に育ててもらったのか」
「知ってるのか?」
 僕はショウの胸元をぐっとつかんで聞く。関係ない別の世界の住人をどうして知っ
ているのか。この人はいったい……。
「ねぇ、少し落ちついてよ。これじゃあ、まるで君が僕を押し倒してるみたいじゃ
ないか」
「え? あ、ごめん」
 僕はあわてて手を離すと、元の位置まで戻った。“ざぶとん”とかいうクッショ
ンの上に座り直す。
『やだ。何照れてるんだろ』
 顔が火照っているのが、何もしなくても分かった。おそらく耳の先まで真っ赤だ
ろう。男の人とあんなに接近したのは初めてだったから、そのせいかもしれない。
 ふと見ると、ショウの方も顔が赤かった。
「あー。実は君の養父母は、僕の友人なんだ」
 まだドキドキしていたのが、一気にさめた。この人は何と言った? 僕の養父母
が彼の友人?
「信じられないだろうけど聞いて。僕は君の世界に行ったことがあるんだ。その時
あの2人にはお世話になってるんだよ。彼らには娘さんがいるだろ?」
 こく。当たっているので、僕は軽くうなずく。その子と僕は、実の姉妹のように
育てられたのだ。
「そうか、思いだした。君は食事を運んだりしていた子だ。てっきり使用人かと思っ
ていたけど。そうか、養子だったのか」
 そう言われて、僕の方もおぼろげながら思いあたることがあった。「珍しいお客
様だから、そそうのないように」と言われて、食事を運んだのだ。あの人は3、4
日滞在すると、養父母と一緒に出かけて、2度と会うことはなかった。
 あまり興味を抱かなかったから、養父母が帰ってきた時点で何もかも忘れてしまっ
ていたのだ。
「懐かしいなぁ。また行ってみたいや」
「行けば?」
「そう簡単に行けたら、こんなに悩まないよ」
『でも、さっきは瞬間移動をしたじゃないか』そう言おうとするのを、ショウは手
でさえぎった。
「瞬間移動は、異なる空間へ行くことは出来ないんだ。別の空間へ行こうとするな
ら、その空間とこの空間を結ぶ、一種のトンネルを掘る必要があるんだよ」
「じゃあ、それをすれば……」
「してもいいよ。たぶん成功するだろうね。でも、その後一ヶ月は呪文が唱えられ
ないと思う。それほど体力を消耗することなんだ。僕にはこの世界の生活がある。
一ヶ月も向こうでのんびりするわけにはいかないよ」
 ショウのその台詞は、何かが引っかかった。具体的にどの部分がそうなのか、僕
には分からなかったが。
 ショウは天井まで届きかけている杖を小さくすると、ポケットに詰め込んだ。そ
のまま机に向かうと、何かの本を取り出してそれを読み始める。僕は何だか取り残
されたような気がして、不安になった。あたりには静寂が漂っている。
「なあ」
「ん?」
 気のない返事。意識は本の方へ向いているようだ。それでもかまわずに、僕は話
し始めた。
「僕の6才より前の記憶ってどんなのなんだろう。何で忘れてしまったんだろう。
僕は、もう少し大人になったら、失った記憶を探すことにしているんだ。そうした
ら、きっと本当の両親や自分の本当の名前も分かると信じてる」
「本当に何も覚えてないの?」
「うん。何度か思いだそうとしたんだけど、駄目だった。決って頭痛がするから、
考えるどころじゃなくなるんだ」
 一瞬ショウの肩がぴくっと動いたように見えたのは気のせいだろうか。さっきと
は逆に、彼は本の方を向いてはいるものの、僕の言うことに耳を傾けているような
気がする。
「さっきの狐は何だったの?」
 僕は話題を変えることにした。さっきの狐、ショウは“九尾の狐”と言っていた
けれど。
「悪霊の一種だよ。あれは本当の姿じゃなくて、仮の姿」
「放っておいていいのか?」
「ちょっと脅しをかけたから大丈夫だろう。あの手の奴は、実は臆病だからね」
 ふぅん、と相づちをうちながら、僕はあの赤く輝く目を思いだしていた。あの目
からは、とても臆病なんて単語は出てこないのだが。
 再び静寂があたりを包んだ。
 静かだ。まるで人間なんていないかのような静けさだ。
 人間なんていないような?
「なあ、御両親はどうしてるんだ? この家の中からは気配が感じられないが」
「ああ、内は父親が単身赴任だから。母親の方も今会いに行ってるし」
「“たんしんふにん”?」
「言い替えれば出稼ぎかな? 少し違うような気がするけど」
 よく分からなかったけど、とりあえずうなずく。と、おなかがなった。そういえ
ば、朝食を食べていないのにもう昼だ。
「なに、おなかすいた?」
『聞かれてた』ということに僕は思わず真っ赤になりながら、首を小さく縦に振っ
た。


 出てきた食事は米だった。エビやにんじんなどが入っていて、なかなかおいしい。
なんでも、“えびぴらふ”とかいう食べ物だそうだ。
 そしていちばん驚いたのは“てれび”とかいう箱だった。
 箱の中で小さな人間が何やら話している。「これは、箱の中に人がいるんじゃな
くて、別の場所の映像をここに映しているんだ」とショウは説明してくれたが、な
にがなんだか分からない。とりあえず、この人間はまやかしだということで納得す
ることにした。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 泰彦の作品 泰彦のホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE