AWC そばにいるだけで 32−2   寺嶋公香


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#4752/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 1/31   3:23  (199)
そばにいるだけで 32−2   寺嶋公香
★内容                                         16/10/01 04:22 修正 第2版
 今年の四月には三年生になるんだから、進路をしっかり考えなさい――お年
玉とともに両親からもらった言葉。
 将来のことどう考えてる? 早めに結論を出してほしい――ルークの関係者
に年始回りに行った際にもらった言葉。
 ついでに言えば、小学五、六年のとき担任だった福谷先生からの年賀状にも、
似たような意味合いの一文が記されていた。
「逢う人逢う人みんなに同じこと言われて、うんざり」
 電話口で富井相手にこぼすと、素早い同意を得た。
「うちもだよー。本気で勉強しなさいって、うるさくてうるさくて。お餅で耳
栓したくなるぐらい。お正月気分、台無しぃ」
「あは、みんな一緒で、少し安心した」
「純ちゃんはいいよ、勉強できるから。高校選び放題」
「そんなこと全然ないって」
「あるのーっ。あーあ、私なんか今から心配で……みんなと同じ学校に行ける
かどうか」
「……その『みんな』には、相羽君も?」
「もっちろん」
 るんるんと効果音が付いてきそうな、明るく弾んだ声の富井。が、それも一
瞬のことで、現実の前にまた暗くなる。
「はぁー。心を入れ替えて、勉強するようにしようっと。特に英語と数学と理
科と……」
「ふふふ。明日の初詣のお願い事、決まりね」
 この電話は元々、翌日みんなで行く予定の初詣の話をするためのものである。
「これだけじゃないわよ。いっぱいする!」
「はいはい」
「純ちゃんは何をお願いするつもり?」
 質問返しに、純子は口ごもった。送受器を持ち替えながら、「そうねえ」と
つぶやく。
(今一番気になっているのは……歌。スタッフの人達に迷惑が掛からない程度
には売れますように――っていうのは郁江には言えないか。うーん、他にもあ
るけれど、言えるようなのが少ない)
 散々待たせた挙げ句に「内緒」とだけ答えた純子に、富井は不平たっぷりの
ブーイングを送ってきた。

 アミューズメントビルは、正月の午前中から当たり前のように開店営業して
いた。
 行き交う客には子供の姿が目立つ。さぞかしたくさんのお年玉をポケットに
詰め込んでいるのだろう。薄着の出で立ちが多いのが不思議だったが、ちょっ
と考えればそれも道理で、あとから着いてくる大人の腕にはジャンパーやコー
トが半折りにして掛かっている。寒さに備えて厚着していたのが、建物に入っ
た途端、逆効果となったに違いない。
「町田さん……渋い色ね」
 エントランスホールの片隅にある待合いスペースで、目を丸くするのは前田
だけではない。町田の深い藍色の着物に、純子達は呆気に取られていた。
 念願かない、ついに今年、晴れ着姿でのお参りが実現した。集まった二年生
女子――純子達調理部の四人に前田と遠野を加えた六名、揃って着物だ。
「若者らしくないってことでしょ?」
 町田は両手を広げ、デザインを確かめるようなポーズを作った。
「ううん。別にそうとまでは、言ってないけれど」
「いいのいいの。私もそう思ってるんだから。でもねえ、おばあちゃんが作っ
てくれた物だから、断れなくってさ」
 照れから来る笑みを浮かべ、さらに後頭部に片手をやる町田。皆の視線を意
識したのか、続いて「わはは」と声を立てて笑い始めた。
「いやー、まったく、おばあちゃんにも困ったものよね。孫の年齢も趣味もま
るで把握してないんだから。もっと派手なのがいいのに」
「その割には、張り切って着てるみたい。勘違いかしら」
 富井と井口が声を合わせて言う。すると町田はそっぽを向きながらも、「ま、
ね」と小さな声で認めた。
 純子は笑いをこらえながら、手首を返して細い腕時計を見た。
(そろそろ来るわね)
 約束の時刻に、あと少しで針が重なろうかという頃合い。
 寒くないようにとの配慮からだろう、待ち合わせの場所にここを指定したの
は、相羽だった。
「わあい、来た来た」
 程なくして、富井の歓声がした。
 出入口へ目を転じると、自動ドアをくぐって、相羽と立島が現れる。二人は
ほんのわずかに探す仕種を見せ、待合いのベンチに向かって、人混みをうまく
避けながらやって来た。男性陣はさすがに紋付き袴ではなく、ダウンジャケッ
トあるいは皮ジャンにジーパンというなり。
 彼らが正面に立つまで待たずに、町田が他の女子に目配せをする。
「あけましておめでとう!」
 そう言って、練習したみたいにきれいな角度でお辞儀する。背の高さこそま
ちまちだけれども、ぴたりと決まった。
「お。おめでとう……ございます」
 圧倒された風な男子二人。しかし、表情にはすでに苦笑が広がっている。
「やれやれ。探したんだからな」
 ポケットに両手を突っ込んだ立島が、わざとらしい粗野な調子で言う。明ら
かな嘘のわけは。
「会ってみて納得。普段とまるで違うんだもんなあ。めかし込みすぎだぜ、み
んな」
「ふむ」
 町田は鼻で笑ったような息を漏らすと、前田の方を見た。あとは任せたとば
かり、微笑を送る。
 前田も心得たもので、立島を真正面に見据えると、悪戯っぽく唇の両端を上
げた。浅く広い皿を横から見たような形になる。
「まあ、それも無理ないか。普段以上にきれいになって、すぐには見つけられ
なかったというわけよね、立島クン」
 対する立島は眉間のすぐ下を赤くし、しばし戸惑った風に言葉をなくすも、
不意に歯を覗かせた。
「……そういうことにしといてやるよ。な、相羽」
 と、隣の相羽の肩を叩く。
 相羽はかすかに首を振った。
「僕を巻き込むな。――でも、いつもと印象が違って、確かにいいね」
 よく言われて、富井や井口はきゃあきゃあと反応した。遠野にいたっては、
顔ばかりか耳まで真っ赤にして、うつむき加減になる。
 はっきり声で返事したのは、純子。袖を軽く摘んで、両手を左右に広げてみ
せる。ついでに少し首を傾げて。
「おしとやかに見えるでしょ」
「うーん、涼原さんの場合、隠しても隠しきれないようなものが」
 真面目な口ぶりで答える相羽に、純子は「何よー」と苦笑いで応じつつ、蹴
っ飛ばす真似をしたが、着物のせいで高く上がらない。あまり暴れると裾が乱
れそうだ。
「こらこら。そんなリアクションするから、突っ込まれるのよ」
 町田が呆れ顔でたしなめてきた。裾を整えながら、取り繕う純子。
「いいの、わざとやってるんですぅ。元気で活発、これが持ち味」
 半ばやけで、左腕を曲げて力こぶを作るポーズをした。
「自分で言ってるからいいか」
 町田が言うと、前田らもうんうんとうなずいた。
 そこへ立島が片足で床をことこと叩き、しびれを切らした様子で割って入る。
「おーい。いつまでもだべってないで、早いとこ行こうぜ」
「まだ来ていないのがいるだろうが」
 相羽が、何を当たり前のことをと目を丸くした。
 立島もまた、当然のように首を縦に。
「長瀬と勝馬だろ。分かってる。遅れる方が悪い。放っておいて、ちゃっちゃ
とお参りして、どこかへ遊びにだな」
「一つ、質問していいかな」
「何だ何だ、いきなり?」
 怪訝がる立島に、人差し指を立てて問いかける相羽。
「仮に遅れているのが女の子だったら、どうするか」
「……なるほど。難しいな。痛いところを突いてくれる、まったく」
 立島は前田の方をちらりと見やり、肩をすくめた。
 遅刻したのが女子だったらもちろん待つ、と答えたいけれども、前田の存在
が頭をよぎり躊躇してしまう――こんなところだろうか。
「しょうがない。待ってやるか」
 立島はダウンジャケットを脱いだ。

 足を運んだ先は、行ける範囲の中で一番の人出が予想されていた神社。
 そして現場に立った今、純子達はマスコミの予想の正しさをたっぷり体感し
ているところであった。
「折角の着物だけど、この格好で来るところじゃないわね」
「そう? しずしずと歩かざるを得ないから、ちょうど合ってるとも言えるよ」
「だけど、何かの拍子に引っかけでもしたら、泣くに泣けない」
「それよか、色々と気を付けなくちゃな。すりとか」
「落とし物も――痛っ、足、踏まれた!」
 お喋りをしながら、少しずつ進む。両端に出店が数軒ずつあるのだが、そち
らへ寄る暇はまるでない。人の流れが穏やかで、まずまず整然としているのが
救いだ。
(それに、寒くなくていいかも?)
 これもお正月らしさの内と覚悟を決め、雰囲気を味わっているとやがて到着。
 三メートルほど先のお賽銭箱へ硬貨をぽーんと放り投げ、手を合わせる。
 いっぱい願い事を考えていたのだが、いざそのときになってみると、周りの
喧騒と慌ただしさもあって、全部を唱える状況にない。
(これまでと同じぐらい、楽しい一年でありますように……。あ、ついでに、
デビュー曲、スタッフの人達から怒られない程度に売れてください。頼みます)
 何か大事なことを言い忘れてたらあとで別の神社に行こうかな、なんて考え
ながら、面を起こして目を開けた。
「――あれ?」
 終われば帰り道は左右の小径に沿って行くわけだが、人の流れに従っている
と、ちょうど真ん中辺りにいた純子達のグループは五人ずつの二手に分かれて
しまった。引き返しようもない。
「しょうがないなあ」
 こちら側には純子の他に、井口と遠野、相羽に長瀬。
 あちら側を見れば、富井の不安と不満に溢れた様子が際立って目に着いた。
前田は立島と何ごとか話に夢中のようだし、町田は表情にさしたる変化もなく、
のんびり落ち着いた風情で手を振っている。指の動きから判断して、出たとこ
ろで落ち合おうねとこちらに伝えたいらしい。
 分かったとサインを返して、行きしなよりは足早に進む。
「涼原さん、年賀状、サンクス」
 長瀬が後ろから声を掛けてきた。相羽は井口と遠野の相手に忙しい体だ。
 純子は肩越しに振り返ると、こちらこそと答えた。
「長瀬君の今年のイラスト、かわいかったね。猫がプラカードを持って、十二
支に入れてくれーって叫んでいるの」
「誉めていただき、光栄至極。絵は起用だけが取り柄で、毎年構図には苦労し
てるんだ」
 隣に来た長瀬は、右手の平を上に向け、胸の前にかざした。西洋の貴族が同
じようなポーズを取るのを、このお正月のテレビ映画で観た記憶がある。
「涼原さんからの分、去年は三日だったけれど、今年は元日に着いたよ。早く
書いてくれたんだなって」
「あ。去年のは……白沼さんのところのパーティがあってから、やっぱり出そ
うと思ったの。ごめんね」
「なるほど、あれのおかげか。涼原さん達とよく話すようになったの、あれか
らだね。となると、白沼さんにも多少は感謝する必要があるか」
 口元に笑みを浮かべる長瀬に、純子もつられて笑った。こういうとき、意味
を下手に問い質す必要はない。唐沢とのやり取りから学習した。
 逆に、少しぐらい意地悪な質問をしても罰は当たらないだろう。
「ね。前にも聞いたことあるけど、白沼さんとはたまに気まずくならない?」
「ふーん? 何だか唐突だね」
「だって、別れたあとも普通に話できるって、どういう感じなんだろうって、
不思議な気がしたから」
「うんうん。まあ、喧嘩したんじゃないし。僕も白沼さんも何て言うか、大人
の真似をしたい気分が強かったんだ、きっと。我ながらがきっぽいね。始まり
があっさりしてたおかげで、別れるのもあっさりしたもんよ、炭酸の抜けたサ
イダーみたいに」
「小学生の付き合いって、どんなことを?」
「たわいないさ。一緒に下校したり、手近にデートに行ったり……ああ、初詣
も行ったな。それから、一昨年のあのクリスマスパーティみたいなことはさす
がになかったけど、白沼さんの誕生日に招かれもした」
 話す長瀬の表情をそっと観察してみた純子。
(何の変化もない。こういうのは……楽しい思い出という位置付けかしら)
 分からないなりに推測。
 と、不意に長瀬が視線を向けてきた。
「ただ、一つだけ障害が残った」
「な、何?」
「女の子に声を掛けられなくなった。別れが恐くて」
「……嘘ばっかり」
 呆れて肩を落とし、これ見よがしに息を大きくついた。
 相羽はその様子を目に留めたらしく、「どうかしたの?」と声が。

−−つづく





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