AWC そばにいるだけで 31−13   寺嶋公香


        
#4749/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/12/30  10:31  (185)
そばにいるだけで 31−13   寺嶋公香
★内容
「相羽君が遊びに来てるってね。わざわざ教えてくれたわ。何考えてんだか分
からなかったけれど、そういう事情があったとはねえ」
「怪我させちゃった弱味、じゃなくて、負い目から、しばらく付き合ってあげ
てたのー?」
 富井があっさりした調子で、単刀直入に聞いた。
 相羽は表情を和らげると、今度は困った風にうなずいた。
「痛そうにしてたから、見過ごせなくて。だけど、町田さんの家にも行かなき
ゃならないから、凄く焦ってた。盆と正月――盆とクリスマスがいっぺんに来
たみたいに。それで電話しておこうとしたんだけど、話し中で」
「話し中だった? ああ、そう言えば」
 納得した風に首肯する町田。例の間違い電話を思い出したに違いない。
「だけど、どうして白沼さんはそのことを言ってくれなかったのかしら。折角
電話するぐらいなら、教えてくれていいのに」
 そばかす顔をしかめて、井口が至極当然の疑問を述べた。
 もっとも、純粋な疑問かというと、そうではない。白沼の行為を暗に非難す
る意味合いが込められているのは、恐らく誰にでも分かるだろう。
 相羽は右の人差し指でこめかみの辺りを一度かき、難しい表情をなしていた
が、やがてふっと口元を緩めた。
「多分……正直に話すと格好悪いと思ったんじゃないかな。クリスマスイブを
前にして、足を挫いたなんて、いいことなんか全然ない。その点、僕も反省し
ないと」
 多分、相羽は冗談を交えている。そしてまた、相羽自身も本当のところはき
っと察している。
 でも、口にはしなかった。
「ところでさ」
 顔色を明るくした相羽。皆の注目を集めたところで、オーバーな動作で自ら
の二の腕を抱きしめた。
「あれだけ運動したのに、もう冷えてきた。そろそろ上がらせてもらえないも
のでしょーか?」
 一瞬の間だけ、きょとんとした純子達だったが、横目で互いに見合わせて、
唇や目元に笑みを浮かべる。
「そうですねえ」
 代表して町田が言った。腰には両手。小首を傾げて何やら思案する素振り。
「ま、遅刻した罰はこれぐらいにしますか。私達も冷えちゃったわ。相羽君、
あんたの腕を見込んで、熱い紅茶を全員に入れてくれない?」
 相羽もまた、かすかに笑った。靴を脱ぐ動作を中断し、顎に手を当てる。そ
して返事した。
「うーん。おまけの罰ってことで、甘んじて」

 クリスマス会一番の目玉、プレゼントの交換が始まっていた。
 純子は真っ先に、「交換するのとは別に」と前置きして、予告していた物を
手提げから取り出した。背の低い和風の机に置かれたのは、ディスクが三枚。
「あ、これ、鷲宇憲親がプロデュースした曲だあ。久住クンの」
 顕著な反応は富井が一番早かった。
 しかし、分かりにくいながらも、相羽はずっと早く反応を示していた。ジャ
ケットの写真を見るや否や、口元をかすかに歪め、次に純子へ「どういう心境
の変化?」とでも問いたげな、不可思議そうな視線を送ってくる。
 相羽の所作に純子は気付いたけれども、目でうなずき返すぐらいしか今はで
きなかった。
「三枚も買うなんて、どうしたのよ? あれって、本気だったの?」
 井口が怪訝がって、ディスクと純子を交互に見やる。町田も同様で、目を白
黒させている。
「買いに行ったあのとき、純たら、欲しがってなかったじゃないの。なのに、
何じゃいな、これは。本当にくれるって?」
「と、とにかく、ジャケットをよく見てよ」
 喜ばれるよりも不審がられるのを目の当たりにし、内心慌てつつも、純子は
机の上を指差した。
「字か書いてある。何て言うか、流麗な」
「これ、まさか、鷲宇のサインでは……?」
 町田の台詞に、他の二人も声を上げ、食い入るようにサインを見つめた。三
分も見続ければ穴が空きそうな勢いだ。
「ほんとだー! 雑誌のピンナップにあったサインと同じ!」
「本物?」
 騒がしくなる中、井口の問いに純子は「うん」と首肯した。
「ど、ど、どうして、純ちゃんが」
「コンサートに行ったとか? あ、でも、鷲宇は日本では最近活動してなかっ
たっけ」
「だいたい、ついこの間に出たばかりの物にサインを入れてもらえること自体、
常識じゃ考えられない」
 やいのやいのと、矢継ぎ早に尋ねられる。純子は鷲宇憲親の人気の凄さを今
さらながら再確認し、唖然となった。
 そこへ、相羽が口を挟む。何も言わないでいるのは不自然だと考えたのかも
しれない。
「じゅ、涼原さん。これって、もしかして」
「え? ええ、そうよ」
 よいタイミングだ。純子は用意しておいた「種明かし」を始める。相羽では
なく、むしろ町田達に説明するために。
「相羽君のお母さんが、『ハート』のコマーシャル製作に関わっているのよね。
それで、みんなが鷲宇さんの曲がいいって言うのを聞いたから、お願いしてみ
たの。そうしたらうまく行っちゃったわけです」
「へえー!」
「だから、感謝の言葉は、相羽君のお母さんにどうぞっ」
 広げた手をひらひらさせながら、相羽の方へ向ける。
 そんな純子の言葉を受けて、富井と井口は素直に礼を述べた。
「ありがとうね、相羽君! 感激!」
「僕じゃないってのに」
 相羽は首を振り、その場しのぎという風に笑った。だが、富井達二人は「相
羽君がいたおかげだよ」などと言って、あれこれ聞き始めた。
 彼女らの様子を横目で見ながら、町田が純子に尋ねる。
「純、あなた自身は鷲宇憲親に会ったの?」
 興味津々な心情を隠し、平板な物腰である。
 純子の方は、「え」と言ったきり、しばらく絶句。
(ここまで考えてなかったわ。何て答えよう……当然、会ってないことに)
 大きな動作で首を左右に振った。
「とんでもない。私なんかが会えるはずないでしょっ」
「そうなんだ? がっかり」
 声に出して「がっかり」した町田は、ターゲットを純子から相羽へと移す。
「相羽君は? 本人と会ったことあるのかいな?」
「……見たことはある」
 微妙な答を返す相羽。当然、詳しい説明を求められた。
(まさか本当のことを?)
 実際にはそんなわけあるはずないと信じていたが、一抹の不安が、気持ちの
死角をよぎった。
 相羽は小さく咳払いをしてから、再び口を開いた。
「でも、このサインとは関係ないよ。昔、鷲宇がチョコレートのコマーシャル
に出ていただろ」
「あったあった。相当、前よね。スウィートテン・チョコでしょ」
「僕は商品名は覚えてないけど、そのCM製作に、母さんの会社が関わってい
てさ。撮影現場に一度だけ、連れて行ってもらったんだ。遠くから見て、『あ
れが鷲宇憲親かぁ』って感激してた。有名人を見るのが初めてだったから」
 この説明が真実なのかどうかは、本人にしか分からない。
 でも、純子は多分真実なのだと判断した。
(市川さんは昔から鷲宇さんと面識があったみたいだし、そうなると相羽君の
お母さんも、鷲宇さんと以前の仕事で知り合っていてもおかしくないわよね)
 という理由から。
「ははぁ。それでも羨ましいーっ」
「何とか会うことできないかしら?」
 富井達がミーハーなところを発揮する。が、相羽は困り顔で告げた。
「ごめん。鷲宇がまたコマーシャルに出るのならともかく、今は難しいと思う。
このサインで我慢してくれー」
「じゃ、機会があったら、でいいから。お母さんに頼んでみてね、ね」
「それぐらいはするよ。ただし、期待しないように」
 相羽はそう言い置くと、気疲れした様子で、純子の方に視線を投げかけた。
「涼原さんは、モデルとして、もしも鷲宇憲親と一緒に仕事ができたとしたら、
嬉しい?」
「な、なぁに、いきなり」
 これは逆襲されているのだろうか、と怪しんだ純子。
「絶対にないわ」
「そうそう。格が違いすぎ」
 喜んでいいものやら、富井が後押ししてくれた。
「たとえばの話だよ」
 相羽が返事を重ねて求めてきたので、純子は考えてみた。
 でも、答える前に、井口が純子の肩を揺さぶりながら、代弁するかのような
調子で言った。
「そりゃあもちろん、嬉しいわよねえ。あれだけ格好いい人と並んで写真に収
まるなんて、想像しただけでもどきどきする」
「う、うん」
 小声でうなずいた純子は、相羽を見返した。
 彼は多少、悔しがる雰囲気を口ぶりに滲ませ、応じる。
「はあ。女子に人気あるもんな、鷲宇って。僕も曲は嫌いじゃないけどね」
「あっ、それじゃ、ピアノで弾ける?」
「うーん。上手じゃなくてもいいんなら、少し練習すれば、多分弾ける」
 控え目なのか自信があるのか、よく分からない物言いである。
(いい加減な弾き方はしたくないってことかしら?)
 これまで耳にした相羽の演奏を思い起こしながら、そんな風に解釈した純子。
「あーあ、ここにピアノがなくて残念だわ」
「学校が始まったら、ぜひ聴かせて」
「はは、じゃ、それまでに練習しておかないと」
 皆からの要望に笑顔で応えた相羽だった。
 そのあとは、親からどんな物をもらうつもりかという話題になった。
 と言っても、大半がクリスマス当日にもらうことになっていると分かり、で
は何をもらう予定かに話が移る。
「私もまだだよ。二十五日にならないと分からない」
 これは町田。
「全然? 何か約束してないの? おねだりって言うか」
「要望は出したものの、受け入れられたかどうかは分からない。イブが明ける
までのお楽しみ、だって」
「――そう言えば、みんな、お父さんお母さんにプレゼントをするのかな?」
 ふっと思い出した風につぶやいた相羽。
 ちょっとざわめきが起きて、町田が真っ先に答を返す。
「ご冗談を。そんな余裕なんてない。代わりと言っちゃあ何だけどね、手伝い
を多くやって、感謝の気持ちは表す程度かな」
「私はもらう前に、いーっぱいお手伝いしたり、いい子になったり。でぇ、プ
レゼントもらえたら元通り!」
 富井が照れ笑いを隠そうともせず、開けっぴろげに言った。
 あとを受けて、井口も同調するように首を縦に振る。
「私も似たようなものだわ。どっちかと言ったら、お父さんやお母さんの誕生
日のとき、ちょっとした贈り物、それこそ肩たたき券ぐらいが関の山だけどだ
けど、あげたことある」
「純は? あんまり言いたくないけれど、少なくとも、先立つものはあるわけ
よね」
「ま、まあ、それなりに」
 実際のところ、レッスンしてもらったり、適度な売り込みをしてもらったり
で、出て行く額も多い。現時点では、アルバイト感覚でやっていた頃よりも実
入りは減っている。もっとも、中学生にしては多すぎるほどで、両親にプレゼ
ントを買うのにも充分足りるが。
「言葉にすると恥ずかしいけど……どんなときでも、心のこもった贈り物にし
たいな、私。久仁香がさっき言ったみたいに、小学生の頃は少ない予算で一生
懸命考えたでしょ? あの気持ち、忘れたくない。忘れない」
 照れもあって遠くを見つめるような仕種で言った純子。
 みんなはちょっと感じ入ったのか、しばらくの間、静かにしていた。
 やがて、町田が面白おかしい口調で言った。
「持ってる人こその台詞よねえ」

――つづく




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