AWC ガラスの靴はなくても 1   寺嶋公香


        
#4735/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/12/24   1:54  (187)
ガラスの靴はなくても 1   寺嶋公香
★内容
 自分がいる道の両側には、木々が生い茂っていた。人家があることはシルエ
ットからも確かだが、明かりはほとんど見当たらない。
 その前の記憶では、繁華街で飲んでいた場面が浮かぶばかり。
 しみじみ、最悪のクリスマスイブだなと思った。感情剥き出しにささくれだ
った気持ちは、どうにか丸味を帯びつつあるようだ。
 腕時計をかざしたが、文字盤は読めない。
 外灯はかなり間隔を開けてではあるがきちんと立っている。明かりの下に行
き、改めて時計を見ると、すでに二十五日になったと知らされた。こんなに飲
み歩いていた覚えは全くないのだが。それとも、今いる場所まで長い時間をか
けて歩いてきたということなのだろうか。
 寒さに身を縮こまらせながら、足を前に運ぶ。横からだと、ペンギンのよう
な動きに見えるかもしれない。自分の想像に笑えたが、馬鹿馬鹿しく、空しく
もあった。
 地面を蹴っ飛ばしながら、わめくつもりで小声で言った。
「何も今日じゃなくてもいいのによぉ。恨みでもあるのか」
 だからと言って、たとえば二十三日に彼女からふられても、気の悪さにさほ
ど大きな変化が生じるものでもなかろう。強いて言えば、恐らく、むしゃくし
ゃした感情は減るが、その代わり魂が抜けたみたいに無気力状態で聖誕祭をや
り過ごす羽目になる。その点、今の自分は活力だけはまだ残っていた。やり場
のなくなった活力が。
 寒くて、さっきからコートのポケットに手を突っ込んでいるのだが、彼女の
ために用意した小箱の角が当たってきて、心地悪い。でも、捨てられないのは
貧乏性だからか。
 息を吐くと、白く小さな即席カーテンができた。
 次の瞬間――。
「おっ、と」
 突然、目の前に女の子が現れた。
 もちろん、本当に魔法みたいに何もないところからいきなり出現したのでは
ない。
 ちょうど四つ角に差し掛かっていた。だから多分、右の曲がり角から飛び出
したのだろう。
 しかし、驚いたのには変わりない。
 いや、びっくりしたという以上に、その子の姿のかわいらしさに、意識を奪
われてしまった。
 真っ白な、ふわふわしたドレスに、やはり白の――ひょっとしたら薄い桃色
かも――肩掛けを巻いている。帽子も白ければ、靴も白。
 極短い間だが、雪の妖精と錯覚した。
 急いで頭を振り、ポケットの中で拳を握った。自分の酒臭い息から、妖精が
生まれるわけがない。
「君」
 声を掛けたのは、一目惚れしたからではなく、その子の年齢が気になったた
めだ。しかと見てはいなかったが、成年に達しているのかどうか……? この
歳になって分別くさくなってしまったつもりはない。自分は元々こういう質な
のだ。
 現代は年齢の見当をつけにくいと常々感じている。特に高校、大学、新社会
人付近は難しい。
 少女は、背はそこそこあるようだが、発散される初々しさというもののため
か、幼くも見える。中学生の可能性も捨てきれないが、一般通念で判断すれば
高校生か大学生ぐらいが妥当なところ。
 背を向けかけていた少女は、横顔のまま、目線を動かした。どきっとさせる
瞳を持っていた。
「はい。何でしょう」
 案に相違して、声はかすれていた。しかし、愛らしさを充分に含んでいる響
きは、耳に心地よかった。蜜をたっぷり入れたホットレモンを想起させられる。
寒い夜には最高の飲み物。
 立ち止まった少女は、こちらに身体の正面を向け、伸ばした両手を前で組み
合わせていた。表情は……どうやらきょとんとしているらしい。暗くて分かり
にくいが、まだまだ子供のようだ。幼い、純粋な顔立ち――そんな形容が許さ
れるなら――をほんのちょっと右へ傾けている。
「君は……こんな時間に、どうしたんだ?」
「え?」
「それに、見知らぬ人に声をかけられて、簡単に立ち止まったり、返事したり
しちゃ、危ないよ」
「……何か、面白い方ですね」
 気味悪がることなく、微笑んだ少女は、スローテンポで歩き出した。最初の
緊張が霧散し、今やくつろいでいるのは明白。声もやわらかくなった気がする。
先ほどのかすれ声は、冷たい空気のせいか、もしくは見知らぬ男性への警戒心
のためだったのかもしれない。
「とにかく、だ。こんな遅くに出歩いているわけを、話してごらん。なに、親
に言い付けるつもりはないよ。安心しなさい」
「――言い付けられてもいいんですよ」
 少女は不思議な笑みを見せた。
 年甲斐もなく唖然としている間にも、彼女は続けた。初めは独り言のように。
「私は……そうですね、シンデレラがいいかな。シンデレラなんです」
「シンデレラ」
「知らない?」
「いや、知ってるよ、もちろん。だが、意味がさっぱり分からん。お話の中の
人物だろう、あれは」
 そこまで言ってから、しまったと思う。シンデレラガールなる言葉があるの
を忘れていた。やはり今夜は酔いが激しい。
「そうか。待った」
 おかしそうにする少女を手で制した。
 そのとき、空から獣が唸っているような音が響き、見上げると、飛行機の赤
い光が視認できた。おかげでしばらくの間、話の中断を余儀なくされた。
 静かになる頃には、自分の酔いもいくらかはましになった。
「やっと分かったよ。君は一夜にしてお姫様か何かになったんだ?」
「ほぼ、当たりです」
 少女は、何故か空を気にする素振りを見せていた。
 返答はそれだけで、具体的に何なのかには触れてくれなかった。まさか、本
物のお姫様ではなかろう。
「魔法が解けるのは今夜かい? あれ? 確か、午前零時を過ぎると元に戻る
んじゃなかったかな」
「シンデレラの話はそうですけど、私がかけてもらった魔法は、いつ解けるの
か分からない。ちょっと恐いかもね」
「たった一日しか保たない魔法と、いつ解けるか知れない魔法。どちらが楽し
い?というわけか……」
 心理テストとして興味深いような気がする。だが、今は勉強じみた戯れ言を
弄ぶときでない。
 少女が空を見上げ、その場でくるりと回った。歩みは止まらない。
「それに、シンデレラは最後には幸せになる。私はどうか、まだ分からない」
「そんなことないと思うね。君は人に好かれる。そういう姿形をしてる。だい
たい、今の私と比べたら、誰だって幸せに違いないんだ」
「どうかなさったんですか」
 問い返されて、しまったと思う。子供相手に愚痴をこぼしても仕方ない。
 しかし、一方で、どうでもいいと考える自分もいた。雪の精に愚痴を聞いて
もらうのもいいかもしれない。聞かされる方はいい迷惑に違いあるまいが。
 とぼとぼと情けない歩調で前進しながら、二ヶ月近く前から約束を交わして
いたこと、奮発して洒落たアクセサリーを用意したこと、高級とされる料理店
に予約を入れておいたこと、ホテル最上階の部屋を取ろうと指と耳が痛くなる
ほど電話を繰り返したこと、費用を稼ぐのに必死だったこと等々、要するに自
分が相手の女性のためにどれだけ努力したかを、長ったらしく語った。
 何故か着いてくる――偶然同じ方角に向かっているだけかもしれない――少
女は、適度に相槌を打ってくれていた。この子が聞き上手なのか、自分が単に
話を聞いてもらいたかっただけなのか、定かでない。
「あーあ、店で引き取ってくれるのかねえ、品物」
「どんな物を用意されたんですか」
「ハート形のペンダントで、有名ブランドの代表作らしいんだ。上品な感じで、
彼女によく似合うと思ったんだが……世の中、うまくいかない」
 隣の少女を横目で眺める内に、この子にも似合うかもしれないと思った。常
識から言って、年齢には不相応だろうが、大人びた物を身に着けることで、こ
の子は新たに輝くような気がしてならない。優れたアクセサリーによってこの
子は高められ、その結果、今度はこの子自身がアクセサリーを価値を際立たせ
る……。
 酔いのせいだ。いや、違うのか。
「試しに着けてみるかい? そうだなあ。似合っていたら、君にあげてもいい」
「え?」
 戸惑う少女が、やっと子供らしく見えた。何だか随分ほっとする。
「見ず知らずの年寄りの話を聞いてくれたお礼だよ。ペンダントが似合ったら、
だけどね」
「……似合うも何も、こんなに暗くては、ほとんど何も見えませんけど」
「いいんだ。私がどうにか見えれば事足りる」
 ポケット内の細長い箱を、優しく押さえてみる。
 ――手応えがなかった。
 鳥肌が立った。頭から血の気が引いていくような、眩暈にも似た症状を呈す
る自分がいた。
「ないっ、落とした!」
 黒く濡れたようなアスファルトに目を凝らす。少女が何ごとかを言ったよう
だが、聞き取れない。
 自分は、ついには地面に這いつくっていた。コンタクトレンズを落としたわ
けでもあるまいに、あれだけの大きさの箱、こんな格好をしなくてもあれば見
えると頭では分かっている。しかし、せずにいられない。
「見つかりません? 私も手伝います」
 少女はいつの間にか、一緒に探してくれていた。しかも、同じようにしゃが
み込んで。
 礼を言うのも忘れ、落とした箱の形状を伝えた。
「それだけの大きさの物でしたら、簡単に目に着きますよね。だったら、ここ
にはないです。戻りましょう」
 言うが早いか、今来た道を引き返し始めた少女。
 慌てて追おうとしたが、急に立ち上がったら腰が痛くて、たまらずうめいた。
それでも一度大きく身体を反らすと、気合いを入れて走った。
 少女は二十メートルほど戻った地点に立ち止まり、こちらに指示を出してき
た。
「私はこの辺を探します! そっちはお任せしますから!」
「――分かった! すまないね」
 生活道路なので、道幅は大したことない。暗がりに目が慣れさえすれば、白
い小箱の有無はすぐに分かるはずだ。
 もっとも、必死になって探したからといって、見つかるものでもない。あら
かた探し終え、少女の方を見やると、彼女もまた途方に暮れたようにこちらを
見返した。
 少女へと駆け寄り、息を切らしながら言う。
「ここには、ないみたいだから、もう少し、バックしようか」
「はい。いっそのこと、お会いした場所まで戻って、ゆっくりと探した方がい
いかもしれません」
「よし、そうしよう」
 二人して戻る。人通りはないから、すでに拾われたということはないだろう。
 そして、いざ探し始めようとしたとき。
「涼原さん。ここにいたの」
 若者の声がした。
 面を上げ、前を見る。
 少女と同じ年頃の少年――青年と言っていいかもしれないが、とにかく男の
子が立っていた。着ているのはフード付きのウィンドブレーカーというやつだ
ろうか。鼻の頭や両頬を少し赤くして、乱れた息を落ち着かせようと肩を上下
させている。視線が厳しいのは、第三者の存在を強く警戒しているためらしい。
「相羽君、待たせてごめん。でも、もう少し。こちらの方が落とし物をされて」
 涼原と呼ばれた少女は、少年に全幅の信頼を寄せていた。そう確信したが、
明白な理由はない。とにかく一目で分かったのだ。
「お話を聞かせてください」
 相羽という少年の方も、少女の言うことならと、この見知らぬ男を受け入れ
てくれたらしい。
 ともかく、プレゼントを箱ごとなくしたいきさつを伝えた。最初は簡単にす
ませるつもりだったのに、少年が細かく聞いてくるので、長くなった。涼原も
いくつかの点で説明を補ってくれたので、ほぼ正確に再現できたと思う。
 そしてこちらが話し終わったとき、彼は自信ありげに言った。
「飛行機の音を聞いたのはどの場所でした? そこの近くに落ちていると思い
ますよ」

−−つづく




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