AWC Silent Angel 〜声なき天使の歌う歌〜【後書】 悠歩


        
#4734/5495 長編
★タイトル (RAD     )  98/12/24   0:37  (107)
Silent Angel 〜声なき天使の歌う歌〜【後書】 悠歩
★内容

 あとがき。

 どうにかこうにか、今年もクリスマス作品を書き上げることが出来ました。た
だし今回は特に、クリスマスというものが作中あまり意味のないものになってし
まいましたが。
 さて、ここからは今年の作品『Silent Angel』についてのあれや
これやです(笑) 本来作者、殊更私のようなど素人が作品についてご託を並べ
るのは、恰好のいいものではないと思っているのですが、ま、結構楽しいんで(^
^;)

 昨年のクリスマスに発表した『遠い宙のマリア』は、原稿用紙に直して千枚を
越える長編となり読んで下さる人も少ないだろうと半ば諦めていました。ところ
が意外なことに発表後予想以上に多くの方々からボード上やメール、チャットで
お声を掛けて頂き感激しています。
 それで図に乗ったつもりはないのですが、今年もまた長い作品となってしまい
ました。当初の予定では昨年の半分程度に収めるつもりだったのですが(^^;)
 一体今年はどれほどの方々に読んでいただけるのか不安です………

 本作では大きく二つ、目標にしていたことがありました。一つは歌。
 各種の創作の中でも、文字で表される小説は最も歌・音楽に弱いものだと思い
ます。実際私がこれまで読んできた中では、それが効果的に使われていたものは
あまり覚えがありません。作者が小説の中で歌や音楽を作っても、それを読者に
こちらのイメージ通り感じさせることはほとんど無理と言ってもいいでしょう。
既成の歌や音楽を使えば事情は異なりますが、それでも読者がオリジナルを知ら
なければ同じこと。万人が知る歌や音楽は、ごく限られるでしよう。例えば。

 青く晴れ渡る青空。今日は待ちに待った体育祭。『聖者の行進』が高らかに響
く中、ぼくは…………
 
 こんな文章があったとします。『聖者の行進』というタイトルは知らないとし
ても、体育祭でかけられる音楽ということで、大抵の人はそのリズムを想像出来
るでしょう。また別の曲を想像しても体育祭のイメージから大きく離れることも
ないでしょう。
 しかしこれはあくまで読者が体育祭で使われる曲を知っていることが、前提条
件になります。はなから体育祭の経験がない読者に対しては、「軽快なリズム」
程度にしか伝える術はない。まあ要は、小説は文字のみに頼る表現故、音声音楽
についてはそれを読み手が知っていないと都合が悪いってことです。
 今回の作品では敢えてそれに挑戦、と言うと大仰ですが歌を使っています。当
初は既存の歌を使用する予定もあったのですが、メジャーでない歌はこちらがで
っち上げたものを使うのと大差ない。なかなかイメージ通りのものが探せなかっ
たこともありますが、著作権(素人作品に関係ないと思うけど)の心配もない自
作の歌を使用。そっちの方は才能皆無なので、果たして読み手に対しどれだけイ
メージを伝えられたか………
 何か些か自分でも言っていることがよく分からなくなりましたが。さてもう一
つは台詞のないキャラクター。
 作品を書く上で、どうも自分には台詞に頼ってしまう傾向が強いようです。で、
ここは一つ表現力を自分で試そうと、ルウと名付けた台詞のないキャラクターを
作ってみました。しかしながら結果的に中心的なキャラクターでありながら、そ
の存在感が薄かったよう思えます。またルウに台詞がない代わりに、周囲のキャ
ラクターが余分に話すとこになり、当初の目的も意味を失ったかも知れません。

 この時期にクリスマスを題材にした作品を発表するのも、今年で五回目になり
ました。自分としてはこの五回、その度に工夫はしたつもりですが振り返ってみ
れば一貫してパターンから抜け出ることが出来なかったように思えます。
 本作品の構想、物語作りは一月頃から始めていましたが、その頃書き残したメ
モに次のようなものがありました。

>かつてのカルピス、ハウスの名作アニメ・シリーズふうの物語。

 あれはいつ頃だったか、PC−VANのOLT(オンライントーク、いわゆる
チャット)に参加した時。話題がその創作SIG参加者の作風についてになり、
ある人から「悠歩さんの作品って、名作劇場みたいな雰囲気がある」と言われた
ときには、モニターの前で苦笑したものです。
 特に意識したことはありませんでしたが、こどもを中心においた作品が多いた
め、そのようなイメージを持たれるのかも知れません。

 以前私のある作品に感想を下さった人から、「あまりこどもが虐められる話は
……」と言われたことがあります。
 この方に限らず、私の作品を何本か読んで下さっている人からはよく虐めの悠
歩などと呼ばれることもありますね(笑)
 案の定、本作品でも大いに子どもたちが虐められています。
 特に作品を通じて、世間に何かを訴えよう。そんな大層な考えはありません。
単にそういう話作りが好きだから、と言ってしまえばそれまで。一つ弁明させて
頂けば、ただ綺麗な話は書きたくない。それがいつも作品を書く上で考えている
ことです。それは別にドロドロした話を書くというのでなく、一見普通に書かれ
た作品にも現実にあり得る、存在する目を背けたくなるような事柄も取り込みた
い。そんな意識があるようです。(って、自分のことなんだけど)
 ただ自分としては今回、その傾向はあまりなかったようには思っています。唯
一、マリィちの職業を娼婦としたことぐらいか。

 今回作品はハッピーエンドで終わりませんでした。あるいはそのことによって、
これまでなんとか私の作品を読んで下さっていた方にも、嫌われてしまったかも
知れません。
 過去のクリスマス作品のあとがきでも記していましたが、私の頭の中には常に、
映画「クリスマスツリー」のような作品を書きたい、という考えがありました。
過去四回、ハッピーエンドで結んでいたこともあり、今回変化をつける意味もあ
りこのような結末とさせて頂きました。最後に付け足された駿との会話は、本当
におまけ(^^;)
 アンハッピーエンドに対するせめてもの救いと言うか、まあちょっと逃げに出
てしまったかも。

 五回を無事書き終えたことで、自分の中では一つ区切りが着いたように感じて
います。そんな訳で来年はこそは、投稿に力を入れたいなあと考えています。ま
あ過去も同じことを言いながら、結局クリスマス向けに書いてましたけど。
 でも来年は1999年ですしね。7月に大事が起きればそれどころではないし。
それにインターネットの普及のためか、パソコン通信の方はどうも衰退しつつあ
るようにも思えますし。
 それでも場所さえあれば、こうして作品発表続けていきたいと思っています。

 最後まで作品を読んで下さった方、とりとめもない話におつきあい下さった方、
ありがとうございます。みなさん、どうか良いクリスマスを、あるいは良い新年
をお迎え下さい。
 それではまた、いつかどこかで。

                   1998年12月24日 悠歩





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