AWC お題>青空                  グレイ


        
#3049/3137 空中分解2
★タイトル (QUB     )  93/ 4/ 5   7:26  ( 58)
お題>青空                  グレイ
★内容

  男は、その時下を見つめながら川辺の土手にその姿をさらしていたが、ふと目を
 遠く川上の方へ向けた。

  そこには春の日差しを受けたボートの群れが、幸せそうなカップル達を乗せて、
 春の午後をこの世のものとしていたのだが、その姿を眺める男の表情はとても幸福
 とは言い難いものがあった。

  「愛し、愛される幸福か・・・・・・」

  男に取って恋愛とは苦しみの代名詞であり、愛するとは忍耐の具現化として定義
 するしか無い様な経験しか無かったのだが、それでも他人の幸福を妬む事も無く、
 人を愛すると言う事にも無縁では無く人生をここまで生きて来ていたのだった。
  そして、無言の内にここ数年の自分の恋愛を振り返ってみていた男は、他者から
 見れば悲惨の一語に尽きるであろうその経験をまるでドラマの様に再現していた。


  最初に思い出されたのは、数年前入社したての後輩の少女に好感を覚えた所から
 始まって、電話での交際申し込みを断られ、その後硬化する彼の態度に周囲さえも
 彼を避ける様になるに至って、普段は穏和なはずの彼が粗暴の権化と化し勤務中の
 態度さえも粗暴を極めるに至った時期の事であった。
  彼にしても女性にふられただけで、これほど粗暴になる要素は持ち合わせて無い
 はずであったのだが、条件が悪過ぎた。何しろその少女が選んだ交際の相手は同じ
 社内の人間であり、好むと好まざるとに関わらず彼の日常の中でその姿を認識しな
 ければならず、少女もそれを隠そうとする所か故意に見せつける様な態度を続けた
 のであった。
  それが愛を保ち続けた男の感情に火を点ける結果となり、表裏一体の憎悪となっ
 て復習心に変化するまでにそれ程の時間は必要では無かった。

  その粗暴時期が1年を数えた頃になって、見かねた男の先輩がとある席に彼を招
 いたのが、男の次の恋のきっかけであった。
  その席で、男は一人の少女と出会ったのだが、この少女の魅力はそれまで愛憎を
 彼に全て保たせていたかつての愛する者への感情を急速に減退させるのに充分な物
 があった。
  そして、また交際を断られながらも、友人関係を今現在に至るまでの2年間保ち
 続けている。
  だが、その境遇さえも彼をして「愛は苦しむ為にあり」と言わしめるに足るので
 はあったが、それでも二人目の少女を憎む気持ちは不思議と男の感情の中には起き
 なかった。


  「何時の日か、愛する者と結ばれる日を夢見つつ、今日を生きるか?」

  そう一言呟いた男は、アベックの戯れる川辺から目を転じて、花霞に揺れる春の
 青空を眺めると、笑顔を浮かべた。
  幸福と言うにはまだ遠い表情ではあったが、彼の感情が青空の姿と今思い出した
 過去との間で、幸福を再び夢見ようとしている事だけは如実に顕している姿がそこ
 にはあった。

  日々を映す幸福と不幸、人はそれをして落ち込みまた立ち直り人生を生きて行く
 青空も、そしてまた自然も人の幸福も、わが身に同じ幸福の来る日を夢見させると
 言う存在であるのかも知れない。




                                 グレイ





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