AWC 「大戦」(1)


        
#3048/3137 空中分解2
★タイトル (VEA     )  93/ 4/ 5   7:21  (188)
「大戦」(1)
★内容
「 大戦 」

 プロローグ

 冷たい宇宙。
 真空、絶対零度の暗黒の空間に人類が足を踏み入れてより数百年の年月が過ぎ去って
いた。
 太陽系を中心に数百光年に広がった人類の居住空間に知的生物は存在しなかった。光
合成植物が発見された最高の生命であった。
 ワープと呼ばれる空間転移の実用化は18世紀産業革命以来の文化革命を成し遂げ、
今宇宙には数十の国家が3つの共同体を為して共存していた。
 今、艦隊が動いていた。
 第4国家連合は今日、宇宙歴561年5月10日をもって帝国に宣戦した。




 1,目覚め


「帝国軍、発見。予想宙域の正面。総数、1万隻+−4%。」
 赤毛のオペレーターの緊張した声が艦橋にこだました。第4国家連合、連合と呼ばれ
る陣営にこの艦は属していた。
「主砲発射用意よし。反応炉出力を戦時出力へ、空間転移装置の安全弁を完全封鎖。」
「各砲手長へ、艦長のディター・カナリスだ。武器使用の権限を無制限レベルで委任す
る。」
 光点が艦橋正面、漆黒の宇宙空間に微かに見える。帝国軍艦隊のジェネレーターの噴
射火炎は肉眼で確認できる距離にあった。突撃艇の準備を知らせる旗艦からの通信がス
クリーンに文字情報となって流れる。
「突撃艇の準備はできていたな。」
「はい、艦長。」
 スピーカーに接続された旗艦、艦隊司令部の肉声がにわかに緊張した。
「全艦隊、発射!。」
 スピーカーの艦隊司令の命令はメインスクリーンを真白に塗り込めた。無音で発射さ
れた長距離射程の粒子砲が帝国軍に襲いかかる。一撃の放射が数百の花弁を宇宙に散ら
した。サブスクリーンに表示される抽象された帝国艦隊の像が皮一枚確実に消滅してい
た。
「シールド展開。最大。」
 一度にジェネレーターの全エネルギーをシールドに振り分ける。全力で前進して全力
で攻撃。そして全力で防御。タイミングを図ればこれほど有効で生存率、撃破率の高い
戦術は希である。
 全乗組員の三半規管を狂わす振動がきた。
「来ます。」
 軽い振動。
「右翼。第4宙域の151駆逐艦隊が消滅。」
 震える声で赤毛のオペレーターが報告する。
 年頃の若い美女である彼女には婚約者がいたはずだ。そう、あれは152駆逐艦隊だ
った。152は151の隣の宙域にいるはずだ。
「天辺方向1−52に転進。各艦にも転進命令をだせ。」
 予定通りの作戦を連合軍は行っていた。
で突撃して突破する事にあった。5千の艦隊は当然、重装甲と快速で鳴る高速戦艦と接
近戦を得意とする駆逐艦で編成されていた。
「艦長。」
「なにか。」
「後続艦よりです。」
 通信文を手渡す。暗号のかかった重要事項伝達に使用される紙にプリントされた通信
文は艦長のパーソナルコンピュウターでのみ解読できる。
 指揮卓の下のリーダーに紙を読み込ませる。紙には複雑なドット(点)の幾何学模様
があってコンピュウター処理によってそれが文字となって艦長席パーソナルスクリーン
に赤字で瞬時に表示される。

 旗艦パースより月面軌道艦隊旗艦ヤヒコ、

  貴艦隊は直ちに戦列を離れ、メインコンピューターのコード15478を実行せよ
。 帝国軍別動隊は座標15−5−58にあり。迎撃せよ。

 一気に読んで、ディター・カナリスは眉をしかめた。
「コード15478を入力しろ。」
 とりあえず、航海士にそう命令する。艦隊の情報艦からの戦術データが受信され、左
のサブスクリーンの一枚に情報が表示され始めた。
「帝国軍第5軌道艦隊か、。」
 呟くように参謀長ウェルナー・クーン大佐が言った。
 各々の部署に自動的に送信されたデータを元にして、艦が左に旋回するのが感じられ
た。航海データを表示するスクリーンに月軌道艦隊1500隻が戦列を離れつつあるの
が見えた。
 別動艦隊の戦力は不明と表示されている。
 ディター・カナリスは無言で指揮卓に全データが配置されるのを見ていた。
「敵は艦隊は3000隻+−50%、か、、。」
 月軌道艦隊参謀長、ウェルナー・クーン大佐が唸るように言った。
要因であるが、彼自身の清い人格も大きい。
「+−50%、ということはつまりは、、。」
「最小で1500隻、最大で、、。」
「4500隻ということだ。」
 ディター・カナリスが締めくくるように言う。今年で38才の最年少艦隊司令は独身
の痩せた学者のような風貌の人物であった。丸眼鏡と綺麗な歯並び、仕立ては良いが大
人しい趣味のセーターを紺の軍服の下に着けている。
 理論と机上演習に於いて無敵無敗のこの准将にとって艦隊指揮官として初めての戦闘
であった。
「本艦隊は、取りあえずは直進で別動隊正面に出る予定だが、仮に敵艦隊が4500隻
であった場合、どうするかだな。」
 のんびりとした口調で副艦隊司令が問題提起してみせる。
 副艦隊司令、五条遥中佐は高級士官学校を出て間もない若い女性であった。
 高級士官学校と呼ばれる特別教育機関は定員10名、士官学校の上位10名がエレベ
ーター方式で進学して5年で中佐に任官される。士官学校卒業生が5年で大尉だから高
級士官卒業生は士官学校同期に比べて約5年早く中佐に昇進できる事になる。
 化粧してスカートでもはけばそれなりに見えるのだろうが、無骨な士官服の紺のスー
ツは魅力的には見えなかった。
「そして、我々は敵別動艦隊を攻撃するか、防御するか、も重要だな。」
 ウェルナー・クーン大佐が顎の髭を撫でるようにして言う。
 敵艦隊の目的がどこにあるかは問題ではない。ようは連合軍の作戦が成功するまで別
動隊の動きを封じれば良いのである。それを月面軌道艦隊が攻撃して封じるのか、ある
いは防御して封じるのかが問題であった。
「防御、で封じるのは確実だがかなりの損害がでるな。机上で計算して6500隻だっ
た場合、。」
 ディター・カナリスがコンソールを操作して指揮卓に表示する。
「あれま。50%が中破以上か。」
 五条遥が顔をしかめて言った。
力、即ち積極性に障害が生じる。
「ダメ、ダメ。とても無理だ。50%の損害じゃ、敵艦隊は突破しますな。提督。」
「しかし、攻撃的に振る舞って失敗したら本隊は背後から攻撃される。可能性が高い方
を採るのが最大多数の為ではある。」
「小数の為に全力を尽くすのが民主的な軍隊だ。と私は教わりました。」
 面白くなさそうな顔で五条遥が言う。彼女は秀才に似合わずセンスの悪い冗談に慣れ
ている。自分達を犠牲にして多数のために死ぬ事をいとわず。などという陶酔型の作戦
を真面目に言うほど月軌道艦隊上層部は馬鹿ではない。
 苦笑してウェルナー・クーンが言う。
「言うようになったな。上級士官学校のお嬢さん。どうも君は私たちの色に染まるのが
早いな。俺が30才前はもうちょっと青春的な台詞を言ったものだがなあ。」
「貴方の青春がそんなに不毛だったなんて、私には関係のない事です中佐。女性と飲酒
と喫煙が青春だと勘違いしておられる中佐に、私の感受性と波乱に満ちた青春を侮辱さ
れるいわれはありません。」
 すましてそう答える。
 ウェルナー・クーンはそれを聞いて、不機嫌な顔をして怒るどころか
「うん、うん。提督。俺達の教育はうまくいったらしい。」
 などと、一人でしたり顔で頷いている。
 まだ見習いの文字の消えない内は五条遥のいかなる反論もこうしていれば無力化でき
るのだ。
 ディター・カナリスは2人の顔を交互に眺めるようにしてみて、コンソールを操作す
る。
「増援の到着を待って、突撃軌道陣を引く。本艦を中心に250万トン級以上の重戦艦
を先頭に中央突破背面展開を行う。うまくやれば主力艦隊と連携して包囲できるかも知
れない。」
 指揮卓のスクリーンに戦闘の予測場面が表示され、満足のいく結果が表示される。
「うーん。こんなもんかね。」
「賛成です。」
 意見が一致をみる。
 が、しかし、、
 後ろからしゃがれた濁声がして3人が振り向く。
 1人の老人兵がそこに立っていた。戦時の徴用によって参集された兵が着ける3本線
の階級章は大佐の階級を示している。小柄で華奢な体で白髪の老大佐は名をクルト・シ
ュタイナといった。
「負けるぞ。」
 もう一度そう言って、ディター・カナリスの顔をにらむ。
 第二艦橋で艦の艘艦指揮を取る大佐だとディター・カナリスが思い出すより早く、ク
ルト・シュタイナ大佐は指揮卓のコンソールを操作し始める。
 指揮卓のスクリーン上で優勢だった月軌道艦隊が次の瞬間画面から消えて、縮尺が拡
大する。一単位1光年だった縮尺が5光年に拡大すると、連合主力艦隊、連合別動艦隊
、連合月軌道艦隊、帝国別動艦隊の相関図が表示される。
「俺の名はクルト・シュタイナだ。退役大佐だったんだが、戦時召集ってやつで第二艦
橋にいる。」
 黄色の線がスクリーン上、帝国別動艦隊から伸びる。
「この黄色の線。帝国の超長距離光子魚雷の射程範囲だ。」
 伸びきった黄色の線が交差する。
「主力艦隊機動部隊。」
「そうだ。」」
 クルト・シュタイナが唸るように言った。
「別道艦隊の狙いは機動部隊だというのか。」
 真剣な顔でウェルナー・クーンが言う。
「そうだ。敵は恐らくは我が軍の機動部隊、すなわち空母部隊を叩く。そして攻撃機で
空母の迎撃戦闘機の護衛を受けられない主力艦隊を叩くつもりだ。」
「では、。」
動部隊の位置を正確に把握しているとしたら当然後方の連合別動隊5000隻の存在も
把握しているだろう。」
「ダメか、、。」
 ディター・カナリスが絶望的な声をあげる。ウェルナー・クーン、五条遥も苦しげな
表情をうかべた。
 指揮卓上に全速で月軌道艦隊が移動しても帝国艦隊が雷撃可能な位置に到達するまで
に迎撃ができない事が表示されていた。
「遅かった。俺は現役の頃にこれと同じ作戦で乗艦を吹っ飛ばされた事がある。敵は帝
国じゃなくて反乱軍だったがね。もしやと思って第二艦橋からすっ飛んで来たんだが遅
かったな。」
 クルト・シュタイナはそう言うと押し黙った。


 時間だけが刻々と流れていた。

                             つづく


                       作者   今井一浪












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