AWC 『ぶら下がった眼球』 第24章 スティール


        
#3037/3137 空中分解2
★タイトル (RJM     )  93/ 4/ 2  20:41  (108)
『ぶら下がった眼球』 第24章   スティール
★内容
         第24章 『憎しみ』

 大佐は、二本目の煙草に火を点けた。

『この計画は、人類を滅亡の危機から救うために、どうしても、必要なものだ。誰
にも、絶対、邪魔はさせない。この俺が、人類の人々を救うんだ。このことは、上
層部も、一般大衆も、誰も知らない。だが、いつかは、この私が、人類を破滅の危
機から救ったということがわかるはずだ。そのときこそ、私は、人類の救世主とし
て、私は崇められるのだ。私が、人類を救ったのだ。私が、人類の支配者くらいに
なってもいいはずだ。いやっ、絶対に、なってみせる。誰よりも、優れていて、正
しい、この私が、人類を、より正しく、完璧な道に導くのだ。いまさら、バベル博
士に出てこられて、手柄を横取りされても困る。いまさら、ヒューマニズムを振り
かざされても、迷惑だ。お前らには、優しさはあっても、人類の支配者になるほど
の力はない』

 大佐は、かなり興奮していた。拳銃を握っている手の、引き金にかかった指が、
ピクッ、ピクッ、と、痙攣していた。銃口は、私に向けられていた。危険な状態だっ
たが、私の神経も、大佐と同じくらい、高ぶっていた。私は、怒りに任せて、怒鳴っ
た。

『なぜだ? なぜ? 俺にADAMを殺させた!』

 私の言葉に、EVEは敏感に反応した。EVEは、私に聞いた。

『ヘンリー、ADAMは、ほんとうに、死んだの?』

 私は、大佐を指さしながら、叫んだ。
『こいつが、ADAMを殺したんだ!』

 EVEは、『あなたが、ADAMを殺したのね』と言って、大佐に掴みかかった。


 大佐は、なんのためらいもなく、寸分の狂いのない動きで、EVEのほうに拳銃
を向けて、引き金を引いた。彼女のみぞおちから、血が噴き出た。私は、EVEの
名を叫んだ。私は、EVEのそばに駆け寄って、彼女の体を抱き締めた。私は、大
佐に、いますぐ、EVEの治療をさせてくれるように頼んだ。だが、大佐は、平然
として、言った。

『どうせ、死ぬんです。早いか、遅いかの、違いですよ。あなたに、人は殺せない。
それが、あなたの致命的な甘さであり、弱点なんだ。あなたは、私には、絶対に勝
てない』

 私は、自分の戸惑いを後悔していた。大佐は、生きている価値がないほど、冷酷
な人間であった。このような生きている価値がないような冷血な人間を倒さずして、
私に、なんで、生きている意味があろうか。次の瞬間、大佐の上半身が、煙りに包
まれていた。正確にいえば、大佐の上半身は無くなったのだ。大佐の上半身は、電
子メスの高熱で、痛みも苦しみも感じる間もなく、溶けてなくなったのだ。刀でスッ
パリと切ったような断面を残して、大佐の上半身は、その下半身を残して、消え去っ
た。大佐の下半身が倒れて、血がどくどくと流れ出ていた。私は、それにはわきめ
も振らずに、EVEを抱えたまま、大急ぎで、研究室のベッドに運んだ。そして、
コンピューターに、EVEの治療を命じた。私は、大佐とADAMの二人も、人を
殺した。殺してしまっていた。私の頭の中は、混乱していた。いままで、見たこと
もない風景や、聞いたこともないような言葉、触れたことのない感触が、次々と、
心に浮かんだ。そうだ、これは、何かが甦っているのだ。きっと、そうに違いない。
頭痛は、さらに、ひどくなり、私は、頭を抱えた。私は、頭を抱えたまま、EVE
の看護をした。といっても、私にできることは、彼女の額の汗を拭きとるくらいの
ものだったが。私は、コンピューターに、EVEの容体を聞こうと思ったが、やめ
た。たとえ、ほんの少しであっても、コンピューターの処理能力を落としたくなかっ
たからだ。EVEの顔は、能面のように、真っ白になっていた。血が、止まらない
ようだ。また、電子メスが動いた。EVEの体内の弾を取り出すのだろうか? 電
子メスは、EVEのみぞおちのあたりで止まり、何かが閃いて、みぞおちが、縦に
パックリと開いた。私は、それ以上、見ていられなくなって、部屋を出た。EVE
は、瀕死の重傷だった。彼女は、助からないかもしれない、もしかしたら、死ぬか
もしれなかった。私の頭の中で、懐かしい声がした。それは、バベル博士の声だっ
た。いつも、私の心の中で、声がしていた。その声の主は、バベル博士だったのだ
ろうか? 私の頭は、爆発しそうなくらい、痛んだ。私は、ある衝動に駆られた。
私は、博士の操り人形になってしまったのか、それとも、自分自身の意志でなのか
は、わからないが、ある衝動に突き動かされて、進んだ。私は、この世に存在する
あらゆるDOGに、メッセージを送るための準備を始めた。博士が、何十年も前か
ら、そのための機能を、DOGの基本設計に盛り込んでおいてくれたのだ。
 いま、私は、この世に生きている、すべての人間を憎んでいた。遺伝子の呪いに
負けて死ぬのは、生きている価値のない、弱い人間なのだ。いやっ、生きていても、
しょうがない人間なのだ。俺が裁いてやる。私が、神になりかわり、悪魔になりか
わり、裁いてやる。私は、そのために、生まれたのだ。私は、初めから、そのため
にのみ、生まれてきたのだ。この世のすべての苦しみや寂しさ、罪悪を持って、生
まれてきたのだ。私がやらなくても、そのうち、いずれは、誰かがやらねばならぬ
ことなのだ。強い意志があり、罪の意識を持ち、苦悩を背負う覚悟で、誰かが、や
らねばならないことなのだ。
 そうだ、いま、わかった、私は、心の奥底では、神を憎んでいるのだ。神という
よりも、その正体の遺伝子を、憎んでいるのだ。自己のコピーを繁栄させるために、
子供を作らせ、後顧の憂いをなくすために成功を望ませて、苛酷な生存競争をさせ、
そればかりか、お互いに殺し合いさえさせている。人間の愚かしさは、すべて、あ
の遺伝子のせいなのだ。遺伝子は、自分自身のコピーを残すことしか、考えていな
い。直系の遺伝子、つまり、親や子をいたわっても、傍系の遺伝子、ようするに、
他人は死のうが、どうなろうがよいのだ。ただ、生殖行為のために結びつき、つが
いになることを、例外として。

 私の作業は順調に進んだ。ノア6号から、私のDOGの電波が飛ばされた。まず、
私のDOGから、他のDOGへ。そこから、中継されて、次のDOGへと、私のメッ
セージは、無限に突き進む。これこそが、バベル博士が、一生を賭けて、その生命
を犠牲にした、本当のバビロン計画なのだ。DOGの、中継による無限連鎖がうま
くいっているか、どうか、チェックした後、私は、EVEの様子を見に、研究室に
戻った。彼女は、いつ、死んでも、おかしくない状態であった。危篤というのは、
こういう彼女の姿を指すのであろう。もしも、彼女が死んでしまったら、私は、ど
うやって、生きればいいのだろう。私には、わからなかった。彼女は、私の生きる
糧であり、唯一の希望だった。その彼女がいなくなったら、私は・・・。そうだ、
私も、死のう。もう、死ぬしかないのだ。彼女こそが、私を、この世に、生かして
おいてくれている、たったひとつの重しなのだから。そう、もう、そうなったとし
ても、その前に、どうしても、やっておかねばならないことがあった。私は、固い
決心をし、覚悟を決めて、EVEのもとを離れた。

 私は、DOGを、作業机の横に、設置し、電話と接続した。画像付きモード、ハ
ンドフリーのスイッチを入れた。私は、自分の上半身が、きちんと撮れているかど
うか、チェックした。これで撮った映像と音声が、DOGで、電気信号に変換され、
全宇宙に向けて発信されるのだ。これから、人類史上、最高にして、最大、かつて
ない、そして、これからもないであろうという、歴史的なショーが始まるのだ。お
そらく、この世の、すべてのDOGを通じて、私のメッセージは伝わるだろう。私
は、必要なスイッチをすべて、オンにして、呼吸を整えてから、話を始めた。




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