AWC 『ぶら下がった眼球』 第23章 スティール


        
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『ぶら下がった眼球』 第23章   スティール
★内容
         第23章 『対立』

 翌朝、私は滑走路の上にいた。ADAMを殺してしまったという、昨夜の傷が癒
えるまで、私は、地球に戻ってくるつもりはなかった。コーチェフ大佐が、見送り
に来ていたが、私は、できるだけ、目を合わせないようにしていた。大佐の顔は、
二度と見たくなかった。あのとき、大佐に押さえつけられていた手首が、まだ、痛
んでいた。大佐とは、目は合わせたくなかったが、私には、どうしても、彼に聞い
ておきたいことが、ひとつだけ、あった。
『大佐、どうして、EVEのことがわかったんだ?』
『あなたが地球に来ていたときに、EVEを人工睡眠させて、DOGでチェックし
ていたことがあったでしょう。DOGの、その電波を、我々のアンテナが傍受した
のを、私が直々に解析し、EVEの存在を割り出したのです』
『タネ明かしされてみれば、簡単なことだな』
 それを聞いた大佐は、腰の拳銃を抜きながら、言った。
『そう、赤子の手をひねるくらい、簡単なことです。丸腰のあなたを脅すようにね』
 大佐は、私に、拳銃を突き付けたまま、ノア6号に向かうようにと、指示した。
私は、『いったい、何のまねだ?』と、大佐に尋ねた。大佐は、いつもの優雅さと
は異なる俊敏な動きで、私の腹に、いきなり、蹴りを入れた。私は、『ウッ』と、
呻いて、うずくまった。意識が薄れてきた。大佐は、拳銃を振りかざして、振り下
ろそうとしているようだった。大佐の声がした。
『私が、ノア6号まで、丁重に、お連れしますよ、博士』

 次に、意識を取り戻したときには、私は、もう、ノア6号に着いていた。EVE
が、デッキに、出迎えに来たのか、頼りなげに立っていた。発着デッキの前は、私
の研究室だったので、シップの到着に、すぐ気付いたのだろう。
 大佐は、よれよれになっている私と、おびえているEVEに、拳銃を突き付けて、
研究室の床に座らせた。大佐は、それから、いつもの調子で話し始めた。
『時間はたっぷりある。ゆっくり、話をしましょう、博士』
 私は、落ち着きを、ほんの少しだが、取り戻していた。私には、なぜ、大佐が、
このようなことをするのか、わからなかった。
『いったい、何が狙いなんだ、大佐』
 大佐は、私の問いに答えず、左手に持っていた、私のDOGを、ゆっくりと、床
に下ろした。それを見た私の頭には、閃いたものがあった。
『そうか、私のDOGが、狙いか?』
 大佐は、拳銃の狙いを、私に向けたまま、微動だにせず、答えた。
『君のDOG? そうか、そうだな、君たちを殺したら、DOGも手に入るな。俺
なら、君のDOGのガードも外せる』
 いまの大佐の発言の中には、私とEVEの将来にかかわる、聞き流しにできない、
重大なセンテンスがあった。
『殺す? 冗談だろ、大佐』
 私は、いま起こっている事態が、よく呑み込めず、もしかしたら、大佐の冗談で
はないかと、思った。しかし、大佐は、眉一つ、動かさず、初めてみるような、真
剣な顔で、言った。
『いやっ、もう、君は、バビロン計画に必要はない。君たち二人の存在は、計画に
は危険なのだ。必要がなくなったというよりも、むしろ、もう、邪魔な存在に変わっ
ていると言っていいだろう』

 大佐は、左腕だけで、器用に、煙草に火を点けた。私に寄り添っていたEVEは、
何もわからず、ただ、震えていた。おそらく、彼女も、私と同じくらいの危険を察
知しているのだろう。EVEのように、ただ、おびえていたのとは違い、私には、
策があった。私のDOGは、バベル博士の手造りの特別製で、ほかのDOGとは違
う、特殊な機能がついていた。私のDOGは、頭の中で、念じるだけで、誰にも気
付かれず、遠隔操作をすることができたのだ。私は、こういう場合には、どうすれ
ばいいのか、DOGに相談した。

『あなたが、計画の妨害をしかねない人物だというネタは、もう上がっているんで
す。もう、そろそろ、本当の、正体をあらわしたら、どうです、博士』

 どうやら、大佐は、何かを誤解しているのだ。私は、あの遺伝子の秘密を、大佐
にばらすしかないと思った。そのために、大佐が、私のように、おかしくなっても、
大佐の自業自得で、しょうがないことだ。

『いやっ、まだ、バビロン計画は、不完全だ。計画には、まだ、私の力がいるはず
だ。人間の遺伝子の正体は、実は・・・』

 大佐は、いつになく不遜な態度で、私の命乞いに、口を挟んだ。

『神だろう。とっくに、知っていたよ。神の正体も、遺伝子の正体も。私は、最初
から、何もかも、知っていたんだ』

 私は呆気に取られ、自分の置かれている状況を忘れ、大佐に問うた。

『知っていた、どういうことだ?』

 大佐は、煙草をくゆらしながら、落ち着き払っていた。彼は、一度、煙草の煙り
を深く吸い込んでから、それを吐き出した。

『俺は、バビロン計画に下っ端の生物エンジニアとして、最初から、参加していた。
そのころは、まだ、第15号計画という、名前のプロジェクトだったがね』

 私の脳に、直接、連絡が来た。DOGから発信された連絡だ。DOGは、三つの
案を提示してきた。ひとつめは、大佐と仲直りするという、和解案。ふたつめは、
大佐の要求を聞き入れて、被害を最小限にするよう交渉する、折衷案。みっつめは、
電子レーザーのメスで、大佐を溶かすという、強気の案であった。但し、みっつめ
の案は、法に触れるおそれがある、ということだった。みっつめの案が気に入った
ので、私は、それを採用することにした。私は、DOGに、電子レーザーの照準を、
大佐に合わせて、待機するように指示した。
 大佐は、私とDOGの、そのような動きにも気付かず風で、相変わらず、熱弁を
振るっていた。

『元々、バビロン計画というのは、バベル博士の発案によって始められた、遺伝子
対策のための計画でした。当時のスタッフで、生き残っているのは、私くらいのも
のでしょう。今回、再開されたバビロン計画のスタッフの中で、私が責任者に選ば
れたのも、私が唯一の生き残りだったからです。今回のスタッフの中では、私だけ
が、本来のバビロン計画の趣旨を知っていました。知ってはいましたが、私は生物
エンジニアであって、遺伝子の設計は専門ではなかった。そこで、バベル博士の教
え子の中から、協力者を募ったというわけです。
 バビロン計画で、創り出された人間の遺伝子には、あの忌まわしい呪われた神な
どは、存在しません。一方が、呪われた遺伝子を親に持つ子供であっても、片親が
バビロン計画で設計され、創り出された遺伝子を持つ親であれば、子供の遺伝子か
らは、あの神を排除することができます。つまり、バビロン計画は、あの神を、遺
伝子から排除するための計画なのです』

 私は、あの忌まわしい神のことを思い出していた。中途で失敗し、挫折したと思
われていた、バベル博士の、あの計画の、本当の狙いは、そこにあったのかもしれ
ない。

『もしも、あの、神の呪いの発作が起こったとしても、意志が強ければ、神の呪い
に勝つことが可能です。あなたも、たぶん、そういう目に遭って、生き残ったので
しょうから、わかるでしょう。まっ、99%の人間は、死ぬでしょうな』

 私は、大佐を見くびり過ぎていたということを痛感していた。大佐は、私を、い
いように利用していただけなのだ。私は、彼に、皮肉まじりに聞いた。

『人口減少も、君の仕業か?』
『それは、違う。遺伝子の仕業だ。いまの状況を予測していたバベル博士の慧眼に
は、私も感服している。ただ、昔の預言が実現しているという、バベル博士の非科
学的な意見には、賛成できないが。ユダヤ人だからな、博士は』

『博士の悪口を言うな!』
 大佐が、バベル博士を侮辱したことに、怒りを覚えた私は、反射的に抗議してい
た。

『ははは! ははははは!』
 私の言葉を聞いた大佐は、死ぬほど、笑い転げた。

『【自分の悪口を言うな!】ではないのかね?』
『自分? いったい、どういう意味だ?』

 大佐は、呆れた顔をした。

『まだ、とぼけるつもりか? あなたの過去は、すべて調べた。十八歳より前の記
録がない。あなたが、自分で言った、昔の話も、全部、現地に人を出して調べた。
まったく、根拠のない、架空の話だ。嘘なのか、それとも、本当に、そうだと、思
い込んでいるのかな?』
『何を言っているんだ、大佐? まったく、意味がわからない』

 大佐は私の言葉が聞こえていないかのように、私の質問を無視して、話を続けた。

『君が、第15号と聞いただけで、人口激減対策の計画と指摘したときに、心に、
ピンとくるものがあった。君は、バベル博士だとね』
『そんな馬鹿な、バベル博士は、もう、死んだはずだろう』

『そこのコンピューターに、直接入力して、調べてみたらどうだ? たぶん、君の
DOGを介してじゃ、だめだろう』
 と、大佐は、近くのコンピューターを、顎でしゃくりながら、言った。
 私は、放心状態で、コンピューターの前に座った。コンピューターを操作しなが
ら、私は、心の中で、考えた。(そんな、馬鹿な、まさか、私が、バベル博士なは
ずがない。そんなことがあるはずがない)

 私は、コンピューターをいじって、地球のデータベースにアクセスした。私の十
八歳前後の記録を、呼び出してみた。自分の記憶の中を、呼び起こしながら、少し
ずつ、少しずつ、過去を溯ってみた。私の、学歴の記録、そして、青春の記録を、
私は、思い出していた。私は、自分が十九歳のときの、大学の記録を、見つけだし
た。私は、その大学の記録を溯ってみた。十九歳のときからの、大学の記録を少し
ずつ、少しずつ、私は、溯っていった。受講した講座。住んでいた場所。払ってい
た公共料金。少しずつ、溯るたびに、私の心には、嫌な予感が強まっていった。心
臓の鼓動も、それにつれて、高鳴っていった。私の記録は、ちゃんとあった。そし
て、とうとう、私の十八歳の誕生日まできた。記録が途絶えていた。私の記憶の記
録が・・・。画面には、『ヘンリー・C 編入試験にて、優秀な成績を取り、中途
入学』と、出ていた。私の記憶と違う。私は、正規に、入学していたはずだ。なぜ、
初学年度に編入なのだろうか。私は、それに関する記録を探してみた。その手掛か
りは、すぐ見つかった。コンピューターの画面は、非情に『ヘンリー・C 無学歴
 義務教育も、まったく未履修』と、私に告げた。私は、驚愕しつつも、冷静さを
失わず、別な記憶を当たってみた。だが、いくら、呼んでも、私の記憶の記録は出
てこなかった。住んでいた街や、学校は出てくるのだが、私の名前が、見つからな
いのだ・・・。
 私の背後から、大佐の声が響いた。

『君の体のことも、調べた。X線カメラで、君を隠し撮りした。頭の左側に、影の
ようなものが写っている。拡大したものが、これだ。見てみたまえ、博士』

 大佐は、胸ポケットから、封筒大の大きさの書類入れを、私の足元に投げてよこ
した。私は、足元から、それを拾って、中のセロハンのようなものを取り出し、天
井の電灯に透かしてみた。確かに、大佐の言うとおりだった。大佐は、私がX線写
真を確認したのを見届けると、また、話を始めた。

『生物エンジニアとしての、私の意見を、はっきりと、言おう。バベル博士は、自
分のDOGの内容をコピーした超小型のDOGを、君の脳に埋め込んだのだ』

『そんな! まさか・・・』
『手術だって、素晴らしい芸術品のような凄いやり方だ。まったく、外傷を残して
いない。左の眼球を取り外して、その奥に、マイクロサイズのDOGを埋め込んだ
ようだ。よく、神経が、ずたずたにならなかったな』

 大佐は、私の頭を凝視しながら、そう、言った。私は、部屋中に響き渡るような
声で、叫んだ。
『もう、やめてくれ!』

 私は、電子メスで、大佐を溶かしたい衝動に駆られた。しかし、いざとなると、
なかなか、そうはできなかった。とりあえず、拳銃を溶かそうかとも、思った。だ
が、拳銃だけを溶かしても、意味はないだろう。かえって、こっちの手の内を、教
えてしまうことになる。大佐のことだ。彼なら、武器無しでも、私たち二人を、絞
め殺すだけの冷徹さと、力を持ち合わせているに違いない。ここをうまく切り抜け
たとしても、大佐が生きているかぎり、いつかは、必ず、抹殺されてしまうだろう。
いますぐにでも、大佐の右手の拳銃から、弾が飛び出すかもしれなかった。私の心
臓の鼓動は、胸を突き破って、飛び出てくるほど、ますます、激しくなってゆくよ
うだ。そのとき、突然、左目に激痛が感じて、私は、左目を押さえた。不思議な感
覚が、私を包んだ。私の中の、何かが目覚めて、甦ってくるような感触。私は、頭
に、軽い頭痛を覚え始めていた。




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