AWC 『ぶら下がった眼球』 第19章 スティール


        
#2996/3137 空中分解2
★タイトル (RJM     )  93/ 3/18  23:32  (147)
『ぶら下がった眼球』 第19章 スティール
★内容

        第19章 『真実』


 EVEから、私宛のメールが届いていた。『真実が、遠くなる! お
願い、ADAMを助けてあげて!』

 シャワーを浴びながら、私は、考えていた。真実が遠くなる。いった
い、何が、真実なのだろうか? 死刑の執行のボタンを直接押さないこ
と、死刑という刑を阻止することが、真実なのだろうか? 事実こそが、
真実ではないのだろうか? それとも、自分が信じる正義の真実か?
未来の、幾多の選択のうちの、正しい選択を指すのだろうか? 私は、
また、誤った道を歩むのだろうか? 歳を取り、経験を積むと、かえっ
て、真実が遠ざかってしまうのだろうか? 私は、またひとつ、大切な
何かを失うのだろうか? いや、しかし、歩まなかった道は、その道が
たとえ正しくとも、結局、事実でも、真実でも、何でもないのだ。

 もう、結論は出ていた。ADAMの処刑の決定をした上に、処刑執行
のボタンまで押して、後世に悪名を残したくはなかった。ADAMに死
んでほしいという気持ちが、私の心の中にはないわけではなかった。し
かし、自分の手で殺したくはなかった。だから、やはり、自分で、処刑
のボタンを押すというのは、できれば、回避したかったのだ。
 私は、そんなことを考えながら、ADAMのいる独房に向かっていた。
大佐との打ち合わせで、ADAMの裁判での公式な尋問の前に、ADA
Mと二人きりで、話をすることに決まった。大佐のいうように、私なら、
ADAMを説得できるかもしれない。おそらく、大佐も、そのことに期
待をかけているのだろう。だが、私はADAMを開発した当事者だから、
私には、大佐の言うように、開発者としての責任があるのかもしれなかっ
た。やはり、私がADAMの処刑を行うという形で、責任を負うべきで
あろうか?

 私は、ADAMの収容されている独房に着いた。独房のドアの前でた
むろしていた兵士のうちの一人が、私に、『ADAMには、拘束衣を着
せておきました。二人だけで話すんでしたら、どうぞ』と、私に笑いか
けながら、言った。私は、心の中で、(また、大佐か)と思った。大佐
は、普段は、馬鹿なふりをしているだけで、実はそうではないのだ。私
は、その兵士の言葉に頷き、独房の中に、独りで入っていった。
 外の様子から推察して、殺風景な独房だろうと、私は予想していたが、
独房の中は、意外と、きちんとした部屋になっていた。この独房は、牢
獄というよりも、小綺麗な安ホテルの一室といった感じの部屋だった。
ただ、本当のホテルの一室のように、物が、あまりなかった。ADAM
は、壁ぎわの椅子に座り、机に向かっていた。ADAMは、拘束衣を着
せられていたが、きちんと、椅子に座って、本を読んでいたようだった。
私は、雰囲気に負けて、自分の方から、口火を切った。私は、何かを言
わねばならなかった。私は、ADAMに語りかけた。

『久しぶりだな、ADAM』

 ADAMは、私の顔を見た。彼は、爽やかな、はればれとした顔で、
私に言った。

『ほんとうに、久しぶりですね。ヘンリー』

 私は、何かを恐れて、本題に入った。そのときは、その、恐れの正体
に気付かなかったが、ずっと後になってから、その何かに気付いた。

『今日、公開の場で、君を尋問する。君の裁判だ。もし、君が神のこと
を否定しなければ、君は、今日明日にでも、そのまま、すぐにでも、処
刑されるだろう』
『そのことは、知っています。なぜ、私が、このような目に遭うのかが、
よく、わかりません。我々、ADAM型の中にも、神を信じる者が、た
くさんいるのです』

『確かに、ふつうのADAM型には、宗教の自由が認められ、むしろ奨
励さえされている。だが、君の立場は、少し違う。君は、神に直接会っ
たと言っている。また、君は、神の言葉を聴いて、それを伝えるとも言っ
ている。君は、一番最初に創り出されたADAM型だ。バビロン計画か
ら、外れることをしてもらっては困る。それに、いまや、君は、ADA
M型の教祖的な存在だ。君が望まなくても、そうなってしまっているの
だ。政府や軍は、そういう君の発言が、植民星などの不穏な分子に拍車
をかけるのではないかと憂慮しているのだ。まぁ、私は、そうは、思わ
ないがね』

 ADAMは、黙って、私の言うことを聞いていた。私の話を、きちん
と聞いているようだったが、彼の目は、うつろで、遠くでも見るような
目付きをしていた。

『それに、君は、人を三人も殺した。それは、普通の人間でも、許され
ぬことだ』
『私は、植民星で、ADAM型の男女が、もっと、ひどい目に遭ってい
るのを見ました』

 私は、ADAMの、その冷静沈着な態度に、怖さを覚えた。私は、自
分の動揺と恐怖を隠すために、わざと、大声で言った。

『ADAM! お前は、殺すよりも、ひどい仕打ちがあると、言うのか
!』
『そうです』
『何言ってるんだ、お前は! お前は、何をした! なぜ、殺したんだ
!』

『夢を見ました』

 ADAMは、生気のない目になっていた。過去に浸り、恍惚という言
葉の状態に陥ったように。

『夢を見たから、殺したというのか?』

『EVEが、ひどい目に遭っていました』

『何だと!』

『EVEが、あなたに、ひどい目に遭わされている夢でした』

『もう、いい、やめろ!』

 私は、大声で、そう言ってから、部屋を飛び出した。ドアの外で立っ
ていた兵士たちが、何かを言っていたが、私は、それを無視して、早い
足取りで、前に向かって、進んだ。

 私は、廊下を歩いた。行く先も分からずに、さまよった。行き交う人
を、全員傷つけたいという衝動にかられた。世の中の、すべてのものを
従えるか、破壊したいと、思った。

 いつのまにか、私は、自分の部屋にいた。たいした運動もしていない
のに、息が荒く、胸が苦しかった。私の心の中では、いつも、声がして
いた。落ち込むと、その声に苦しめられた。私を苦しめている、それは
声ではなく、意識のようなものかもしれなかった。奴は、人を殺してい
るのだ。こんなことでは、ADAMは救えない。こんなことでは。

 時刻が来て、私は、処刑場に赴いた。最初から、公開処刑のようなも
のだった。処刑場には、陪審員、裁判官、弁護士などが、立ち会いで、
来ていた。ADAMには人権はなかったし、三人の兵士を殺していたの
だから、裁判という形式などいらなかったのだが、上層部は、後に禍根
を残したくなかったのだろう。その証拠に、傍聴人として、軍のお偉い
お歴々も来ていた。私にとっては、法曹の面々も、傍聴人たちも、自分
を奮い立たせる存在でしかなかった。私としては、他人の視線があった
ほうがよかった。そのほうが、私は、しっかりとしていられた。他人の
目があって、本当によかったと、私は実感していた。私は、処刑場の人
々を観察するのをやめ、自分の職務と責任を思い出していた。ADAM
を説得しなければならない。私は、死刑執行のパーツのひとつにすぎな
いのだから。

 ADAMは、被告席のようなものに立たされていた。昨夜は、そのよ
うなもの、まだ、なかった。おそらく、あれから、設置したのだろう。


 私は、ADAMより、少し立派な席に案内された。私は、そこには座
らず、立ったまま、ADAMの審理を始めた。

『ADAM、最初に、はっきりと聞こう。神に対する、君の意見を聞き
たい』

 ADAMは、うつむかせていた顔を上げた。ADAMの左右には、兵
士が数名居り、ライフルを構え、いつでも、発砲できるように、備えて
いた。ADAMの手に掛けられている手錠が、照明に反射して、私の目
に入った。私は、さらに、話を続けた。




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