AWC 『ぶら下がった眼球』 第十四章  スティール


        
#2948/3137 空中分解2
★タイトル (RJM     )  93/ 3/ 2  21:59  (111)
『ぶら下がった眼球』 第十四章  スティール
★内容

                 第十四章 『復活』

 目が醒めた。私は、何か悪い夢でも見ていたようだった。頭が痛い。私の首に
は、包帯が巻かれているようだった。目が開かない。私は、また、眠りに落ちた。
私は、夢を見た。

 真実は求めようとすればするほど、遠くなってゆく。今までも、そして、おそ
らく、これからも。だが、この世のすべての事象は、物理の法則、科学全体の法
則で、解明できるはずだ。時間はかかっても、それが遠い将来のいつかであって
も、すべての謎は解けるはずだ。私は、今までも、今も、そう、信じていた。そ
して、これからも・・・?

 私は、死の空間を漂っているのか? それとも、もうとっくに死んでしまった
のか? 私は、いつ死んでもいいと、思っていた。いや、死ぬことだけが、私の
すべてだった、すべての結末だった。虚しさ。生きていても、時とともに、少し
ずつ、自分の中で、何かが死ぬのだ。未練。そうだ、私には、EVEがいた。私
には、EVEがいたのだ。薄れゆく意識の中で、私は心の中で願った、『死にた
くない』と。

 次に、目が醒めたとき、私の傍らには、EVEがいた。EVEは、私が目覚め
たことを、とても、喜んでくれた。生きていてよかったと、私は思った。EVE
の目からは、ぽろぽろと、涙がこぼれ落ちていた。私は、EVEのそのさまを見
て、バビロン計画の成功を悟った。EVEは、もう、体だけでなく、その心も、
完璧な人間の女性だった。私は、EVEの涙が嬉しかった。
 私の目にも、涙が溢れてきた。私の、両方の目の端からは、はらはらと、涙が
こぼれ落ちた。私たちは、お互いが、人間であることを、お互いに知った。EV
Eは、私の脇で添い寝をしてくれた。今度は、良い夢を見れそうだった。
 EVEは、大佐から、メールが来ていたと言った。だが、私の、この体調では、
大佐のメールは、読めそうもなかった。私は、DOGに、大佐の手紙を判読し、
返事を代筆するよう、依頼した。もちろん、私の異変は隠したままでだが。
 それにしても、時は、どのくらい流れたのだろうか? 私には、量りかねた。
私は、そんなことを、ぼんやりと考えながら、EVEの横で、また、眠りに落ち
たのだった。

 昔、意地を張ったこと、嵌められたこと、みんな、この世は、みんな、罠だ、
罠なのだ。私は、笑っていた。わはははは、わはははは。私は、白い小さな部屋
にいた。その部屋の壁に、私は、自分の背中を押し当てた。私は、そのままの姿
勢で、ずり落ちて、床に座り込んだ。くそぉ。くそぉ。おかしい。何かが、おか
しいぞ。何がか、違う。白日夢か?
 夢なら、何をしてもいいはずた。しかし、私の体は、思いどおりには動かず、
スローモーションのように、空間は転換するだけだ。私の想念も、喋る言葉も、
みな、スローモーションだ。ただ、廻りの空間だけは、変換し、時だけが流れて
いった。
 しかし、そんな状態にもかかわらず、私は、何かから、逃れようとしていた。
後ろから追ってくるものから逃れるために、私は、前に進もうとしていた。私の
時間は、ますます、ゆっくりになっていき、私を逃さんとする何かが、その何か
が、猛然と、物凄い勢いで、私に迫ってきた。私は、何かに押し潰され、その何
かに負けてしまい、その獰猛な何かに身を委ねてしまいたくなかった。死の恐怖
ではなく、死なない恐怖、いやっ、それとも、生き続ける恐怖というような、はっ
きりとしない、いたたまれない何か。いつの間にか、私は起きて、現実に舞い戻っ
ていた。現実に戻っても、その恐怖の感覚は残っていた。涙こそ、出ていなかっ
たが、私は泣いていた。心では泣いていたようだ。右と左の両方の手の十本の指
を曲げて、私は、何かを掴もうとしていた。私の指は、何かの確かな物体を必要
としていた。私は、両方の手でシーツを掴んだ。私の目からは、本当に、本物の
涙が、こぼれ落ちた。ベッドにがんじがらめに縛られたように、私の体は痺れて、
私の体は動かなくなった。なぜか、私は、自分の眼球だけは動かすことができた。
私は苦しみながらも、ようやく、左の眼球を動かし、その眼で隣に寝ていたEV
Eを見た。私は、自分に充足感を与えてくれるEVEに感謝した。私は、数分を
かけ、なんとか、平静を取り戻し、ようやく、二度目の眠りに就くことができた。


 だが、私は、また、夢を見た。それは、爽快な夢ではあった。
私の精神は、高揚していた。
『お前ら、みんな、ぶっ殺してやる!』
私は、何かに勝ち、そして、それを破壊し、粉砕し、ぶち壊していた。私が勝っ
ていたものは、いままでの憎しみや恨みの凝縮したものには違いなかった。しか
し、私は、それが、いったい、どういうものなのか、よくわからなかった。
 私は、爽快な気分で、笑っていた。大声で笑っていた。どういう方法で、その
何かを壊したか、それとも、殺したか、それが、私には、どうしてもわからなかっ
た。

 翌朝、目覚めた私の体調は、ほんの少しだが、回復していた。喉が渇いたので、
私は、コーヒーを何とか啜ることができた。
『被害者の次は、加害者か』
コーヒーを飲みながら、私は昨日の夢を思い出し、呟いた。

 EVEは、私のちょうど真向かいに座っていた。EVEは、私の顔を見て、微
笑んだ。EVEは、私の悪夢のことを、何も知らないのだ。私は、コーヒーを持っ
て、席を立ち、窓に向かって歩いた。窓の外には、いつもの風景が拡がっていた。
その風景の中には、地球もあった。私の胃に、一瞬、痛みが走った。

 それから、何日かしてから、大佐からの電子電話があった。
『やぁ、ヘンリー、久しぶりだな。電気メールは見たか、見たよな』
『ええ、もちろん』
『いったい、いままで、何をしていたんだ?』
『いや、ちょっと、体の調子が悪くて』
『ああ、そうか、せいぜい、体には、気を付けるんだな』
 大佐は、普段にもまして、機嫌が良いようだ。

『でっ、大佐、それで、量産の方は?』
『ああ、順調だ! きみの、あの提案のおかげだ』
『ヘンリー、きみの、あの提案は、どこから出て来たんだ? 脳の神経の補強を
やめるという案は。脳の神経を補強して、流れを良くするのは、精神病の治療な
どに、よく使われる方法だそうだが』
『いえ、あれは、ただの勘です』と、私は、少し口ごもった。これ以上、この話
題に触れられるとまずいと思った、私は、話題を変えようとした。
『大佐、それよりも、ADAMにも、同じ処置を施したんですか?』

『うん、もちろん、そうした。ADAMは、今度も、私の監視下におくつもりだ』

『だいたいの事情は、よくわかりました。近いうちに、また、連絡します』


 私は、フックを降ろした。私の体の調子が悪いことには、気付かれなかったよ
うだ。私は、立ったまま、少し、ぼんやりしていた。そのとき、EVEが食事を
持ってきた。私は、それを食べ、また、深い眠りについた。

 体力が少しずつ、回復しつつあった。しかし、元通りになるのは、いつのこと
になるだろうか。





前のメッセージ 次のメッセージ 
「空中分解2」一覧 レミントン・スティールの作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE