AWC Tの殺人 7   永山


        
#2912/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 2/24   8:34  (137)
Tの殺人 7   永山
★内容
「……」
 克は、松谷の日記を黙り込んで読んだ。
 どのくらい時間が経っただろう。待っていた男が帰ったようだった。
「……思わぬお客さんのようだ」
 克は松谷恭一をしっかりと見た。この男が、親父を殺した……。
「松谷さん。勝手に上がらせてもらって、すみません。洗濯物を入れて差し上
げようと思ったものですから……」
 玉美の声は震えていた。
「……それで、全てを知ってしまったようですねえ」
 松谷は、意外に淡々と受け答えしている。
「そちらは相原孝助の息子さんだね? 知ってるよ」
「日記、読ませてもらいました。いや、復讐計画書かもしれない」
「言い方がいいな。まあ、復讐するまでの日記のつもりだったから、復讐日記
と言えなくもない。それにしても、もう少し早く見つけてくれていたら、犠牲
者はもっと少なくてすんだんだが」
「まさか! また」
 克は、息を飲むようにして聞いた。
「そう。相原君。君のとこの病院のね、久島って婦長さんを殺してしまった。
これで、計画していた六人は処刑できた。これでもばれなかったら、もっと処
罰対象を広げるつもりだったんだが、これで終わりだ」
「久島さんを……」
「ご自身では、釈明しないんですか?」
 ショックを受けた克に代わって、玉美が言った。
「あなた達は日記、読んだんだろう? それなら、二度も聞かせる話じゃない」
「……いや、まだ分からない。どうして首を切ったんだ? ペンダントを残し
た理由は?」
 克は、振り絞るような声を出してみせた。
「首ね。罪人を処刑するんだったら、やはり、斬首だろう。元は、首だけはこ
こで保存して、最後に最も目立つ方法でさらしてやろうと思っていたんだが、
そこまで徹し切れなかった。こんな言い方をしては何だが、相原孝助の首は、
まだ面識のある相手だったから、恨みを持続できた。だが、二人目の遠藤福子
の首を持って来て、後悔した。気分の悪さが先に立ちそうになったんだよ。こ
れは無理だ。精神の平静が保てないと思ってね、三度目からは置き去りにした
のだよ。おっと、今さら、精神の平静もないか」
 自嘲的に笑う松谷。
「ペンダントは、自分でも分からない。早く、自分が犯人だと気付いて、どう
にかしてくれって気があったのかもしれない。そして、俺が復讐の対象とした
奴らを法的に罰してくれるよう、願った。結局は、全員を直接、殺してしまっ
たが。
 さて、演説は嫌いでね。警察に行きたいな。連絡しているかね、もう?」
「いや……」
「すまないが、どちらでもいい。警察に連絡しなさい。早くしないと、私の気
が変わるかもしれんよ」
 克は立ち上がり、電話を捜した。
「行く前に、報告するんじゃないんですが、あちらに」
 玉美が言った。その手は、仏壇の方を指していた。
「ん。そうだな」
 のんびりとうなずくと、松谷恭一はのろのろと立ち上がり、仏前まで行くと、
そこに正座をした。


 ついに発見した。あのナンバープレート、間違いない。こんなところに住ん
でいたのか。
 私の復讐計画は、このときに始まったと言っていい。処罰すべき人間全てを
確認できた瞬間、始まったのだ。
 私・松谷恭一は、次の五人に死刑を宣告する。
 平沼一造。右は、我が妻・千夏子が交通事故に遭い、救急車で病院へ運ばれ
る途中で、駐車違反という罪を犯し、我々の急行を妨害した。そのため、救急
車は回り道せざるを得ず、妻は命を落としたと言える。しかも、何日間も生死
の境をさまよい、逝ってしまうという、最悪の結果の遠因となった。これは死
に値する。
 相原孝助。右は、妻の治療に対しては最善を尽くしてくれたようだ。それは
認めるし、感謝もしよう。しかし、右が病院経営の切り詰めと称し、廃棄物処
理を怠ったことは、重罪に値する。我が娘の愛香は、母親の見舞いに来た折、
放置された注射針に触れ、劇症肝炎にかかってしまい、死に至った。これだけ
でなく、私が数日後、変調が明確となった娘を、相原病院に運び、最終的に死
亡した後、問い質した際も、知らぬ存ぜぬを通した右の態度は、許し難い行為
である。
 本庄賢治並びに遠藤福子。右二人は、「幸福のペンダント」なる紛い物をお
おっぴらに広告・販売し、その責任を取ろうとしない。娘の死後、ペンダント
にこんな説明書が添付されていたことを、私は知った。「……苦しいこと、悩
みごとがあっても、誰にも打ち明けず、このペンダントを胸に抱き、祈るので
す。そうすれば苦しみは消え去るでしょう……」。これを信じる子供がいるか
もしれないことを、右二人は考えなかったのだろうか。愛香は信じてしまった
が故に、劇症肝炎による変調も、外から分かるようになるまで打ち明けず、一
人で苦しんでいたのだ。かわいそうな愛香……。右二人、死に値する。
 白井五郎。右は、公務員という立場にあるにも関わらず、私の苦情を受け入
れず、そのまま握りつぶしていた。駐車違反しかり、不法投棄しかり、悪質通
信販売についてもしかりだ。少しは法律の本を読んだが、最低限、廃棄物の処
理に関しては、市役所は責任を負う。それさえも、右は認識していない。死に
値する。
 他にも多く、上の五人の周辺に、付随して罪を重ねている人間がいるが、根
元的悪を、まず処刑することにする。
 私は、少なくともこの五人を殺すまでは、犯罪人として逮捕される訳にはい
かない。よって、殺人狂による犯罪に見せかけるため、処刑の順序を慎重に考
慮する必要がある。
 まず、本庄と遠藤は、間を開けなければならない。さらに、どちらかを五番
目としなければならないだろう。何故ならば、この二人が共に犠牲者となった
瞬間、ペンダントの線で二人を結び付ける人間も出ると考えられるからだ。
 二人の内、どちらを五番目とするか。やはり、本庄だ。一人暮しでない本庄
を殺すのは、下手をすると目撃される可能性が強い。目撃される危険は、最後
に冒すべきだろう。
 一人暮しでないと言えば、相原に平沼もそうだ。平沼の場合、まだ生活パタ
ーンが分かっていない。少々、危険であるが、平沼の隣の部屋に入り、それを
探ることにする。そうなると、平沼を最初に殺すのは無理であろう。また、私
は罪人の首を保存するつもりだから、計画末期で警察とかかわり合いになるの
は避けたい。そうなると、平沼を殺すのはまん中、つまり三番目としよう。
 相原はほとんど子供達に構っていないようだから、どうにでもなろう。
 最初に殺すのは誰にするか? 難しいが、生活パターンのはっきりしている
人間を選びたい。この条件に合うのは、相原と白井だ。ただ、仕事が終わって
からの行動が、相原が確実に女目当てに出歩くのに対し、白井の場合は職場の
友人が関わってくる場合もある。不確定要素はなるべく取り除きたい。よって、
最初の犠牲者は相原とする。
 残りは決まったようなものだ。遠藤は、なるべく本庄と離したいのだから、
二番目に殺すことにしよう。自動的に、白井は四番目となる。
 罪人には、罪人にふさわしい死を与えよう。首を切るのだ。そして、せめて
もの供養に、本庄の会社の、あの嘘っぽいプラスチックの十字架をくれてやる。

 万が一、この計画の途中で私が死に、その結果、この文章を読んだ人がいた
ら、その人は私が狂っていたと思うかもしれない。
 そんな人が存在した場合に備え、二つだけ返答しよう。一つ、私は狂っては
いない。完全に正常な精神で、殺人を実行するのだ。
 一つ、あなたの身を私に置き換えてほしい。三度にも重なる不法な行為に、
愛する者二人を葬り去られ、それに対する不満は、常に押さえつけられてきた
のだ。悠長な裁判を起こす気になれなかった私の精神を、分かってもらえるだ
ろうか。

                   (松谷恭一の「復讐日記」より抜粋)



 相原克は、懐かしい名前の刑事から、ある知らせを受けていた。
「そうか……。今日、松谷恭一が死刑に……」
 十八年前の事件を思い出し、克は目をつぶった。理由は分からないが、久し
ぶりに目頭が熱くなったのを感じた。しかし、それも一瞬だった。
 今なら、今の俺なら、あの事件について、どんな対処をしただろうか。ひょ
っとしたら、犯人を見逃していたかもしれない。あの女、平沼玉美ならどうだ
ろう……。
 愚にもつかない空想を、相原克はした。
 俺を新聞記者にさせたのは、あの事件だった。が、その俺も、今では私立探
偵だ。分からん。あの事件が、どんな影響を俺に与えたのか。
「そうだ……」
 思い立ったように、相原は気持ちを口に出した。
「今はどうあれ、どうしてあのとき、俺は松谷に礼を言うのを忘れたんだろう
な……」

−終




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