AWC Tの殺人 5   永山


        
#2910/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 2/24   8:27  (176)
Tの殺人 5   永山
★内容
 そろそろ大学に出ないといけない。何しろ、履修届を出さなくてはならない
から。休み前に定期試験をやってくれる大学だったことが、せめてもの救いだ
った。
 そんな気になっていた相原克の意志を打ち砕くようなニュース−−そう、第
五の殺人が起こってしまったのだ。
「被害者の名は本庄賢治、五十二才。小さなアクセサリーメーカーの社長だ」
 湯川刑事は、容疑者さえ浮かばない後ろめたさがあるためか、ほとんど無条
件に話してくれる。
「現場は被害者宅で、絞殺後、やはり首を切断されていた。首を持ち帰っては
いない。今度は犯人の奴、かなり大胆で、夜中の三時頃に押し入って来たそう
だ。被害者は奥さんと二人暮しだったんだが、寝室は隣合わせになっていると
は言え、別々だった。犯人は最初、奥さんの真理さんの部屋に侵入、いきなり
奥さんの口を押さえ、縛り上げた後、猿ぐつわも咬ませた」
「犯人を見たんですか、その人は?」
 克が聞くと、刑事は首を横に振った。
「暗かったし、いきなりだったため、よく分からなかったそうだ。そもそも、
恐怖心で混乱していたようだからな、奥さんは。
 で、犯人は部屋を出て行った後、隣の旦那さんの部屋に入ったらしい。まも
なく、うめき声がかすかに聞こえたかと思ったら、それもすぐに静かになった。
それからも何か物音がしていたが、三十分かそこらでそれも静かになった」
「その音が、首を切断していた……」
「恐らく……。
 さて、犯人が立ち去った後も、奥さんは縛られていたのだから、助けを呼ぶ
ことができない。結局、朝になって、近所の友達が来て、異変に気付き、通報
となった。
 現場にはいつも通り、Tにされたプラスチックの十字架があった。が、指紋
は相変わらず発見されず。それでも今回、犯人は手がかりをくれた。庭に足跡
があったから、これは有力な証拠となるだろう」
「しかし、容疑者がいないんじゃね」
「皮肉を言うなら、もう一つの有力な情報、話さないでおくか」
「え?」
 克は慌てて口を閉じた。
「何か分かったんですか?」
「はは。どうせ、公表されるはずだがね。今まで出所の分からなかった例の十
字架、この会社の製品だったんだ」
「それは……偶然じゃないんでしょうね?」
「分からん。が、手がかりには違いない。これならもっと早く、十字架につい
て公表しとくべきだったかもしれんがね」
「十字架から犯人は絞り込めないんですかね?」
「ああ。最初の推測通り、量産品で、どこででも売られてる代物だってことだ
よ」
「僕の親父を含め、今までの被害者とのつながりは?」
「あったよ。一人だけだが、遠藤福子との関係があった。本庄賢治の会社で造
ったペンダントを、『幸福を呼ぶペンダント』として通信販売する旨の広告を、
例の雑誌に掲載していたんだ」
「例のって、『ミスズ』にですか? そうか、やっと見えてきたような」
「まあね。犯人はペンダントの効果を盲信していた誰かって可能性が強い。だ
から、もう君もね、首を突っ込まずに、警察に任せてくれないか。こうなれば、
もう逮捕も時間の問題だ」
 そこまで信用できないな、という言葉を飲み込むと、克は
「忠告、耳に入れときますよ。どうも」
 と言って、その場を離れた。

「平沼さん、その後、どうですか?」
 買物に出かけようとしたところで、平沼玉美は声をかけられた。夫が殺され
たときに世話になった隣人、松谷恭一だった。
「あ、どうも。もう、私自身はすっかり元気になりましたけど、お陰様で」
 相手の顔に微笑みかけながら、玉美は答えた。松谷という男、かなり年は行
っているようだが、一人暮しである。と言って、どこにも不潔感がなく、さっ
ぱりした格好をしている。特に、髪型はいつ見ても同じに見える。
「でも、向こうのご両親はショックが大きいみたいで、もう帰られたんですけ
ど、少し、心配なんです」
「まあ、しっかり励まして差し上げるのいいですよ。あなたのご両親の方だっ
て、心配してるんでしょう?」
「ええ、まあ」
「と、足止めしてすみません。何か力になれることがあったら、遠慮なく言っ
て下さいよ。隣なんだから」
 感じのいい笑いを浮かべ、松谷は自分の部屋に入って行った。
 力になってもらいたいことはあるけど、まさか犯人を見つけ出して糾弾しよ
うなんて、言える訳ないわ……。玉美はまっすぐ前を見ながら、そう思ってい
た。

 相原克は講義中にも関わらず、後方の席で大学ノートの見開きに、犯人像を
書き綴っていた。それは以下のようなメモであった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 前提−−犯人は、どの殺人も確固たる動機を持って行っている。

 相原孝助・・・病院経営に関わる悪事が動機?
◎遠藤福子・・・「幸福のペンダント」に関連するトラブルが動機?
 平沼一造・・・不明
 白井五郎・・・女性関係か、市役所での苦情係という立場が動機と関係?
◎本庄賢治・・・「幸福のペンダント」に関連するトラブルが動機?

 病院は、いざとなれば強引にでも。
 ペンダント関連は編集室を訪ねる?
 平沼、未亡人とのつながりがあるので、そちらに期待。
 公務員、最も困難。警察に期待するしかないか?

 これは復讐である?
  首を切るのは罪人を処罰する感覚か。
  破損した十字架を置いて行くのも、皮肉

 途中から首を残して行くようになった理由?

 病院病院病院
     手術ミスではない
     赤ん坊の取り違え        (注 削除した印)
        産婦人科ない
     ある種の患者を拒否した?
     医療器具・薬等の利権がらみ
     医大への遺体提供で不手際とか

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「あ……」
 また一つ、克は思い付いたことがあった。
 そして、「ペンダントについて−−康子にやってもらう」と書き加えた。

「あのー、こちら『ミスズ』の編集室でしょうか」
 編集員の一人、水木秋美は入口の方を見た。制服姿の中学生か高校生が立っ
ている。土曜日の昼過ぎなのだから、来てもおかしくはないなと思う。
「そうよ。何か?」
 薄い眼鏡を掛け直しながら、水木は少女に聞いた。その顔を見て、高校生だ
と見当をつける。
「あの、『ミスズ』に載っていた『ムー・ペンダント』について、週刊誌に嫌
なこと書いてあったから、気になって」
「どういうこと?」
「今、連続首切り魔の事件が噂になってるでしょう? それに関係してるんだ
って。それも悪い形で。殺人の動機に、あのペンダントが関係してるなんて、
私、信じられなくて。ペンダントの効果がなかったからって、それで人を殺す
なんて」
「ふうん。そんな噂があるの。それで、言いたいことは分かったんだけど、あ
なたがここに来たのはどうして?」
「私、ペンダントを買って、すっごくいいことがあったんです。成績上がった
り彼氏ができたり……。それでここに来たら、効き目がないって投書してきた
人が分かるかなと思って。その人に直接言ってやりたいんです」
「待って待って。そんな風な投書は確かにあるわ。でも、住所を教えるっての
は、無理じゃないかなあ」
「そんな……。だったら、せめて、見るだけでも、お願いします。決してメモ
ったりなんかしませんから」
「うーん。ちょっと待ってね」
 困り顔をしてみせてから、水木は新しい編集長の席へ走った。
「……ということだそうなんですけど、どうしましょう?」
「うん? いんじゃない? 見せるだけなら。それにさ、『私はペンダントで
こんないいことありました』って具合いの文章、書いてもらいなよ。写真も撮
ってさ。嘘っぽくないようにね」
「はあ」
 あっさりと了解が出たので拍子抜けしながらも、水木は高校生の前に戻った。
「編集長がいいわって。その代わり……」
 説明をする水木に対し、高校生はいちいちうなずいていた。

「帰ったか。どうだった?」
 克は康子の姿を認めるなり、すぐに聞いた。
「うん、まあ、何とかね。警察、まだあっちには来てなかったみたいだし」
 兄の目の前に座りながら、康子は言った。
「投書は結構あるんだけど、問題のペンダントについては、それほどでもなか
った。それに、お礼のハガキなんてのもあるから、本当に少ないのよ。
 住所、それとなく覚えようとしたんだけど、やっぱり東京が多いわ。次に神
奈川とか千葉に混ざって、大阪とか名古屋とかがあった」
「東京に限っていいと言っただろ」
「分かってる。ポケットに手を入れたままメモをしたから、読みにくいけど」
 と言って、康子はテーブル上に紙を置いた。しわがきつく付いているが、何
とか判読できる。
「該当するのは、それだけだったと思うわ。名字だけだけど、下はみんな女の
名前だった」
「よく書けたな。ふん、エトウ、スズキ、ナカニシ、オオタ、コジマ、サトウ、
マツタニ、サトウって、佐藤が二人いたのか。やっぱり多いんだな。で、オオ
ツカ、クリモト、カトウ、ヤナギ、ヤマモト。十三人か。これ、何年前のまで
あった?」
「プレゼントなんかへの応募なら、すぐにでも処分しちゃうんだけど、こうい
う投書は、三年経つまで置いとくんだって。だから、二年前までかな」
「二年か。微妙だな。殺しまでするような奴なら、製造元にも投書してるかも
しれないから、そっちと照らし合わせるのも手かと思ってるんだが」
「難しいかもね。それに、殺人するほど恨んだからって、投書するとは限んな
いのよ。怒りを内に閉じ込めておく人だっているわ」
「そうだよな。だけど、勘が働いているんだ。公務員が殺されているが、あれ
は苦情についての動機で殺されたんだと思う。ということは、犯人は役所に苦
情を言いに行っている可能性がある。それなら、こんなペンダントについても、
文句を雑誌社の方に言ってるんじゃないか。そう考えたいんだ」
「でも、これはやっぱり、警察の仕事よ。私達なんかには無理。何て言うんだ
っけ。人海戦術? そんな方法が採れるの、警察だけだもの」
「だがな……」
 克はカタカナの名前十三人分を見ている内に、引っかかる物を感じた。この
中の誰か一人は、最近、耳にしたことのある名字だ、と。

−続く




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