AWC ぶら下がった眼球 第九章   スティール


        
#2889/3137 空中分解2
★タイトル (RJM     )  93/ 2/21   0:44  (104)
ぶら下がった眼球 第九章   スティール
★内容
                第九章 『生きている価値』


 彼の演説は、さらに続いた。

『神の声を聴き、それを、多くの人々に伝えるために、私は産まれてきました。だ
から、私は、その使命を果たさねばなりません』

 会場の人々は、ADAMの、意表のついた発言に、かなり、ざわめいているよう
だった。TVに映っていない部分の、そういうざわめきが、私にも、感じとること
ができた。
 ADAMに、いったい何が、起こったのだろうか? 私の知るかぎりでは、あん
な発言をする理由は見つからない。だとすれば、おそらく、誰かか、ADAMの脳
に、何か細工をしたに違いない。いったい、誰が・・・。細工したとすれば、あの
大佐以外の人間が、やったとは、少し、考えにくい。おかしい。何かが、不可解に
引っ掛かる。(あの大佐、何を考えているのか、わからないようなところがあるか
ら、油断できないな)と、私は、思った。
 大佐が、TV画面の後ろのほうで、何かを指示しているのが映っていた。大佐の
態度や表情を見るかぎりでは、彼は、かなり当惑しているように見受けられた。演
技にしては、上手すぎる。
 何らかの陰謀だとしても、ADAMの発言が、これから、どう転ぶのか、また、
その意図も、私には、分からなかった。どちらにしても、私の元にも、呼び出しか
なにかの連絡が来るはずだ。もし、来なければ、こちらから、連絡をしなければな
らないだろう。
 私は、隣にEVEが座っていたことを、ふと思い出し、彼女の顔を、横目で、ま
た、見てみた。EVEは、なぜか、顔を赤らめ、ADAMの映像を見入っていた。
EVEは、私の視線に気付くと、私に、こう言った。

『ADAM、かわいそう』

 私の気持ちは、EVEの、その一言で、動揺した。私は、彼女とADAMとの行
為の部分の、記憶を消した。しかし、その他の部分の記憶は残っている。私が、A
DAMを培養していたときの記憶から、二人があの行為を始めるまでの記憶の部分
が・・・。

 EVEの唇が、言葉を発しないまま、わなわなと、動いた。TVの画面を見ると、
ちょうど、ADAMが演説を辞めさせられるところだった。画面は、何の予告もな
く、いきなり、CMに変わった。私はそれほど酒が好きではなかったが、なぜか、
急に、飲みたくなった。二日酔いだったが、EVEとADAMのことについては、
ほろ酔い気分になりながら、ゆっくりと考える必要がありそうだと、私は、本能的
に、そう思ったのかもしれない。CMをBGMにして、私は、ただ、ぼんやりと、
そんなことを考えていた。過労気味で、体が疲れていた。CMに画面が変わったせ
いか、私は、気が抜けた感じで、EVEの表情を観察していた。心身とも疲労困憊
のところに、度重なるアクシデントで、いまの私は、嫉妬する気分にも、陰謀の匂
いを嗅ぎ分ける気分にも、なれなかった。
 長く続いていたCMが終わった。だが、画面のどこにも、ADAMの姿はないよ
うだ。その代わりか、愛想笑いを浮かべた司会者が、何かを話していた。EVEの
顔には、一瞬のうちに、失望とも、心配ともつかない表情が、浮かび上がってきた。

 そのとき、電話のベルが鳴った。私は、軍の誰かが電話してきたのだろうと思い、
すぐに、受話器に飛びつこうとしたが、思いとどまった。あせっていると、足元を
見られると思った私は、わざと、ゆっくりと、電話を取った。

『やぁー、ヘンリー! TVを観たか?』
『ああ、いま、観てるよ! ちょうど、いま、ADAMが、マイクを取り上げられ
たところだ』

 私に電話をかけてきたのは、モーゼルだった。

『ヘンリー、知ってるか? 大佐は、研究者や技術者を、地表の研究所に、何百人
も、集めてるらしいぞ! バビロン計画も、とうとう、最終段階に入ったという、
もっぱらの噂だぜ、まだ、シークレットの話だがな』
『しかし、どういうことだ、何百人も集めるというのは』
『さあな、でも、なんだか、悪い予感がするぜ。さっきのADAMの会見を見たか
ぎりじゃな』

『さっきのADAMがした発言も、計画のうちというわけか?』
『いやっ、聞いてないな。お前が、組み込んだんじゃないのか?』
『モーゼル、冗談はやめてくれ。組み込んだ奴が、もしも、誰かいるとしたら、きっ
と、大佐だろう』
『ならいいが。あの発言は、何か、臭うな。せいぜい、気を付けるんだな。まあ、
今度、大佐に会ったら、ゆっくりと、話し合ってみたらどうだ』

 モーゼルに、アドバイスに対する礼を言い、私は、電話を切った。もう、TVは、
他の番組に変わっていた。私は、TVを消し、それから、EVEのほうに向き直り、
彼女の顔を、じっと、見つめた。私に、見つめられていることに気付いたEVEは、
数秒のうちに、顔を真っ赤に染めた。私は、そんなEVEが、とても、可愛らしく
なって、その場で、抱いた。

 窓の外には、宇宙、そして、地球があった。私たちは、一つになった後、二人で
一緒にノア6号の窓から、外を見ていたのだ。地球を見れば見るほど、私は、次第
に、気分が悪くなってきた。そして、私は、地表に住む人間たちのことを思った。
(愚かで、自分のことしか考えない利己主義の馬鹿ども。地表に存在する、生きて
いる価値がない人間たち) いろいろな思いが、私の頭の中を駆け巡った。口にこ
そは、いままで、一言も出していなかったが、私は、生きている価値がない人間は、
一人残らず、ことごとくすべて抹殺すべきだと、ずっと、信じていた。これからも、
ずっと、そうだろう。
 突然、私は、虚しいような、悲しいような気持ちにとらわれた。私は、あどけな
く、傍らに立っていたEVEに問いかけた。それは、EVEが、人間であるならば、
絶対に言わないような、問いかけだった。

『いままでの、私の人生は報われるのか?』『いったい、何のために生きてきたの
か?』『いますぐにでも、自殺したほうがいいんじゃないのか?』
『なぜ、いままで死ななかったのか?』
『これからも、生きていることが、必ずしも、正しいのか?』

 EVEは、何も言わず、微笑んだ。ただ、単に、私の質問の意味が分かっていな
かったせいかもしれないが、私は、EVEの優しい微笑みが嬉しかった。私は、E
VEの胸に、顔をうずめた。EVEは、やさしく、私を抱き締めてくれた。私は『こ
のまま、眠りたい』と、彼女に言った。EVEは、私の顔を上げさせ、不思議そう
に、私の顔を見つめた。それから、彼女は、ゆっくりと、うなづいた。疲れを回復
するためか、それか、EVEとの愛に包まれるために、私は、彼女とともに、眠り
についた。





前のメッセージ 次のメッセージ 
「空中分解2」一覧 レミントン・スティールの作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE