AWC 恋の魔法 5   リーベルG


        
#2880/3137 空中分解2
★タイトル (FJM     )  93/ 2/18  22:49  (128)
恋の魔法 5   リーベルG
★内容

                  5

 「まあ、二人ともまだ若いんだし、そんなに慌てて結婚する必要はないんじゃない
のかね?」香澄の父親、黒田辰己は眼鏡を通して、圭介を見た。「それとも、何か急
ぐ理由でもあるのかね?」
 「い、いえ。もちろん、そんなことは…」圭介は口ごもった。香澄は両手を握りし
めて、はらはらと父親と恋人を交互に見つめていた。
 「悪いが、これから人と会う約束があるんでね」香澄の父親は立ち上がった。「ま
た、この次にしてもらえないかね」
 圭介は反論する事ができなかった。正座したまま新品のスーツの膝をぎゅっと握り
しめた。黒田辰己は蔑むような一瞥をくれると、そのまま居間を出て行ってしまった。
 圭介は無言で立ち上がると、玄関に向かった。ぴかぴかに磨き上げられた靴に足を
突っ込むと、逃げるように香澄の家を退去した。
 「圭介さん、待って」香澄がサンダルをつっかけて、後を追ってきた。圭介は苦い
顔で立ち止まり、香澄を待った。
 「ごめんなさい」香澄は、圭介に追いつくとしょんぼりと謝った。
 「香澄が謝ることはないさ」必死に平静さを装ってはいたが、声が強ばるのはどう
しようもなかった。それでも、恋人の父親を罵倒したりしないだけの自制心は持ち合
わせていた。
 二人は夕暮れの道をしばらく黙ったまま歩いた。二人が初めて出会った日と同じ、
春が近づいている暖かい夕方だった。
 「どうも、お父さんはぼくがお気に召さなかったようだね」先に圭介が沈黙を破っ
た。香澄はかぶりを振った。
 「違うのよ」
 「違うって何が?」
 香澄は迷っていたが、思い切って言った。
 「実は、お見合いの話があるの」
 圭介の頭の中が真っ白になり、ついで真っ赤になり、最後に真っ黒になった。
 「聞いてないぞ、そんな話!」圭介は爆発した。
 「もちろん、断ったわよ!」香澄も、少しきつい調子で叫んだが、すぐに声を落と
した。「だけど、相手が父の会社の専務の次男で、若手係長だから、もう一度考え直
せって言うのよ。わたしが断った事も、相手に伝えてないらしくて…」
 「ばかな」思わず圭介は吐き捨てた。「今時、そんな…」
 「今、父の会社は派閥争いが激しいのよ。父は生き残るために、専務の方につこう
としているらしいわ。詳しくは知らないんだけど」
 「政略結婚じゃないか、それじゃあ」圭介は香澄を見つめた。「香澄はどう思って
るんだ?」
 「いやに決まってるじゃない。そんなあったこともないような男。でも」香澄は、
悲しそうにため息をついた。「父が失業するかもしれないって考えると…」
 圭介は黙って香澄を見ていた。香澄は圭介の人生そのものといってもいい。それを
喪う可能性など、考えただけでも発狂しそうだった。
 「もし、圭介さんがいなければ、わたしは父に従ったと思うわ。子供の頃から、父
の言葉は絶対だったし、母が亡くなってからは、わたしのために身を粉にして働いて
くれたのを知ってる。父を裏切ることなんか考えもしなかったでしょう」香澄は涙を
浮かべて、圭介を見た。「でも、今は圭介さんがいる。圭介さんのいない人生なんて
とても耐えられそうにないわ。ねえ、わたしは一体、どうしたらいいの?」

 「最後にして、最大の障害ってわけね」グレーチェンは、頭を抱え込んでいる圭介
に言った。「その、父親の会社の様子はどうなの?香澄ちゃんの話は正しかったの?
調べたんでしょ?」
 「ああ」圭介はパソコンのディスプレイを示しながら、重い口調で言った。「その
K−総合貿易は確かに揺れてるよ。会長派と社長派が何年も前から争ってたけど、勢
力はほぼ拮抗していたんだ。ところが、社長派の重役の一人が病死して、それが崩れ
始めたらしいね。今や、内戦状態さ。会長派はこの機に、社長派を追い落とそうとし、
社長派は一発逆転を狙ってる」
 「問題の父親の立場はどうなの?」
 「今は、社長派で部長の地位についてる。そこに、会長派の専務が手を伸ばしたん
だ。部長の力はなかなか重要なんだ。あの男が会長派につけば、確かに一発逆転の可
能性は充分だよ。専務は今の社長を追いだした後、自分が新社長に、あの男を専務に
つけるという条件を出している。香澄の縁談は、その保証書というわけだ。くそっ!」
圭介は急に怒りに駆られたらしく、罪もない14インチディスプレイをガン、と殴り
つけた。ブラウン管をぶち破るほど強くはなかったが。
 「それは大変ねえ」
 「他人事みたいに言うなよ」圭介はグレーチェンのあどけない笑顔を睨みつけた。
「何とかしてくれ。今すぐにだ」
 「そんなこと言っても。これはちょっと難しいわねえ」グレーチェンは首をかしげ
て、考え込んだ。「要するに、あんたは香澄ちゃんと結婚できればいいんでしょう?」
 「ああ、そのとおり。それができるなら、手段は問わない。悪魔に魂を売ったって
いい」
 「滅多なことを言わないでちょうだい」グレーチェンはたしなめるように言った。
「本当の悪魔に魂を売ったりしたら、絶対幸せな結婚なんてできないのよ」
 「お前だって、悪魔みたいなもんじゃないか。前にお前自身がそういったぞ」
 「まあね」グレーチェンは別に腹を立てた様子もなく答えた。「でも、あたしは、
あんたの魂を強制したりしなかったわよ。あんたときたら、それをいいことにだんだ
ん要求がエスカレートしてくじゃないの」
 「お前の倫理や価値観なんか、この際どうでもいい。お前なら何とかできるだろ?」
 「まあ、できないことはないわね」セーラー服の少女は肩をすくめた。「ちょっと
荒療治になるけど」
 「何でもいいからやってくれよ」圭介はすがるように言った。
 「3日ほど待ってね。焦って、父親に直談判したりしちゃだめよ」

 「グレーチェン!」部屋に駆け込むなり、圭介は怒鳴った。宙から少女が出現する
と、圭介はかみついた。「何てことをするんだ、お前は!」
 「声が高いわよ」グレーチェンは、半ば予期していたように、圭介の怒りを受け流
した。「何を騒いでるのよ」
 「これだ!」圭介は握りしめていた新聞を押し付けた。「お前の仕業なんだろ!」
 「まあ、否定はしないわ」グレーチェンは無邪気といってもいいほどの、笑顔を浮
かべた。「それが、どうかしたの?あんたが頼んだのよ」
 「ぼくが!?」圭介は絶句した。それから、前にも増して大声で喚いた。「確かに
ぼくは香澄と結婚したいと言った。そう頼んだのは事実だ。だけど、K−総合貿易の
ビルを過激派に爆破させろとは言ってない!」
 「荒療治になるって言ったじゃないの」グレーチェンは、圭介が何を怒り狂ってい
るのか理解に苦しむ、といった顔をした。「それに、香澄ちゃんの父親は運よく会社
にいなかったでしょう」
 「それどころか、死んだのは例の専務や係長とか、会長派の幹部ばかりだ」圭介は
皮肉をこめた。「うまいことやったもんだ。これで、会長の派閥は潰れてしまったん
だからな」
 「万々歳じゃないの。香澄ちゃんの父親だって、これで馬鹿な考えを捨てて、あん
たと香澄ちゃんの結婚を考え直すでしょう。娘を愛しているのは確かなんだから」
 「人を殺してくれとは頼まなかったぞ!」圭介は爆発した。
 「殺すなとも、言わなかったわ」グレーチェンはさらりと答えた。
 「そんなことは言うまでもないだろうが!」
 「あたしたちと、あんたたちとじゃ倫理も道徳感も価値観も違うって言ったでしょ
う。何を清潔ぶってるのよ。あんただって、共犯みたいなものなのよ」
 圭介は身を震わせた。そして、グレーチェンをきっと見つめると怒鳴った。
 「出て行け!お前の顔なんか見たくない!2度とぼくの前に姿を見せるな!」
 グレーチェンの笑顔がコインを裏返したようにかき消えた。
 「そうはいかないのよ、坊や」極地の氷でも、もう少し暖かいのではないかと思わ
せるような寒々とした無機質な声だった。あどけない少女の顔は、能面のように無表
情な光を放っている。圭介の心から燃えるような怒りが急速に消え、かわりに得体の
知れない恐怖が沸き起こった。
 「あんたには、約束の報酬を払ってもらわなくちゃならないのよ。そのためには香
澄ちゃんと結婚するまで、あんたから離れないわよ」
 「か、勝手に持っていけばいいだろ」圭介の声は震えていた。「お前ならそれくら
い簡単だろうが」
 「ところがそうは行かないのよ。あんたたちが法律や経済や生物的限界に縛られて
いるように、あたしたちもある種の基本的なルールに縛られてるのよ。あんたの心か
らの承諾なしでは、あたしといえどもどうにもならないのよ。おまけに、契約はあん
たと香澄ちゃんが結婚するまでになってるしね」
 「契約は破棄だ。何もなかったことにする」心からの嫌悪感を露にして、圭介は言
った。「だから、消えてくれ」
 「わかってないのねえ。あたしの意志じゃないのよ」
 圭介は絶望のうめき声をあげた。
 グレーチェンは事情を知らない人間が見れば、とても魅力的な笑顔を浮かべた。
 「ま、そう心配しなくてもいいじゃないの。もうすぐあんたは香澄ちゃんと結婚で
きるんだから」





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