AWC  天奏のものがたり・2   月境


        
#2874/3137 空中分解2
★タイトル (RDF     )  93/ 2/18  11:44  (183)
 天奏のものがたり・2   月境
★内容

同・書斎(夜)
    文机の上にひろげている本を、読むわけでもなく、ただぼんやりとながめてい
    る被沙。
    疲れきっている様子である。
    被沙の後ろで影のように控えている宗春。
被沙「(虚ろに)私は智可の何なんだ。憎悪の対象になるだけの存在か・・?」
宗春「・・・(見る)」
被沙「・・どうして憎まれなければならないんだ」
宗春「・・・」
    被沙の瞳に怒りが宿る。
被沙「昔はどうあれ、今は敵じゃないか!そんな男をどうして助けようとするんだ!大
  切な幼友達?天奏に仇なすかもしれない奴が?自分を殺すかもしれない奴が?冗談
   じゃない!」
宗春「・・一の君さま・・」
被沙「どうして被崎ごときのために憎まれなければならないんだ!奴を倒すということ
  は天奏を守ること、即ちあいつを・・智可を守ることにほかならない!」
    遣り切れないように拳を握る。
被沙「智可はどうしてそれに気付かない?」
    きつく目を閉じて俯く。
    伏し目がちに俯く宗春。
    暫しの沈黙。
被沙「・・宗春」
宗春「は・・」
    僅かに顔を宗春の方に向ける。
被沙「智可は・・どうしている?」
宗春「何も口にされず、ただずっとお部屋でうずくまっておられます」
被沙「・・・(沈痛な面持ち)」
宗春「(労わるように)すべては時が解決してくれましょう。あまりお気に病まれます
  な」
被沙「・・宗春・・」
宗春「は」
被沙「暫く一人にしてくれ」
    文机に突っ伏す被沙。
    気遣わしげに見つめ、やがてそっと立ち去る宗春。


同・渡廊下(夜)
    思案顔の宗春が歩いてくる。
    一人の小姓が小走りにやって来る。
小姓「父上!」
宗春「ああ、明か」
明 「(小声で)例のこと、調べましてござりまする」
宗春「うむ。それで?」
明 「疱瘡、にございまする」
宗春「やはりそうであったか。して、容体は?」
明 「一応、落ち着いているとか」
宗春「一応、か・・。明」
明 「はい」
宗春「薬を調合する。手伝ってくれ」
    そのまま歩きだす宗春。
    目を見開く明。
明 「薬って・・どういうことです?」
宗春「声が高い」
明 「(押し殺して)被崎を救うおつもりですか?」
    責めるような目。
宗春「(微苦笑をうかべて)一の君さまがお命じになられればな」
明 「命じられるワケがないでしょう、よりによって・・」
宗春「(遮って)智可さまが強く望んでいらっしゃる。弟思いの被沙さまのことだ、命
  じられぬとは限るまい」
明 「え・・(愕然)」


同・被沙の居室(夜明け)
    光が差し込んできている。
    文机に突っ伏したままの被沙。
    やがてゆっくりと身体を起こす。
    やつれきった表情。
被沙「・・誰か・・」
声 「お呼びにございますか?」
被沙「神月宗春を呼べ」
声 「かしこまりました」
    遠ざかっていく足音。
    やつれた瞳で開いたままの本に視線を向ける被沙。
    ややして重いため息をつく。
宗春「神月にございまする」
被沙「(視線を流して)入れ」
宗春「は」
    静かに入ってくる宗春。
被沙「宗春」
宗春「はい」
被沙「被崎が何の病か、どんな容体か調べろ」
宗春「(クスリとして)疱瘡にございまする。容体は一応落ち着いているとか」
    かばっと振り向く被沙。
    微笑をうかべたままの宗春。
被沙「・・おまえ・・(凝視)」
宗春「薬は調合しておきました。如何致しましょう?」
被沙「・・お前の薬はやたらとよく効くんだったよな・・(吐息)」
宗春「(笑って)疱瘡にかぎらず、薬の調合ならお任せ下さい」
被沙「宗春。智可の名で密使を送れ。被崎のそばには天奏の息のかかった者が数人いる
。
  その者たちを使って、何としてでも被崎に薬を。早う」
    すっと笑みを消す宗春。
    毅然として見つめかえす被沙。
宗春「本当に、よろしいのですね?」
被沙「人選はお前に任せる。ー後悔はしない」
宗春「(一礼して)確と承りました」
    立ち上がる宗春。
被沙「待て」
宗春「何でございましょう?」
被沙「智可には私が密使を送ったこと、内密にしておけ」
宗春「何故です?」
被沙「いいから!急げ」
宗春「は」
    一礼して慌ただしく出ていく宗春。
    見送る被沙。


同・薄暗い一室・智可の幽閉されている部屋(朝)
    膝を抱えてうずくまったままの智可。
    ややして、重たげに上半身を起こす。
    やつれた表情。
声 「二の君さま」
智可「・・・」
声 「二の君、智可さま?」
智可「・・・」
声 「智可さま?」
    障子を開けようとする気配。
    はっとする智可。
智可「開けるでない!」
    びくりと手を引く小姓の気配。
小姓「あ、あの・・お食事をお持ちいたしました」
    ギッと障子を睨めつける智可。
    殺気を感じて狼狽える影。
智可「いらぬわ!下がれッ!」
小姓「は、はいッ」


同・廊下
    あたふたと去っていく小姓の後ろ姿。


勝山城・全景(昼)
    やわらかい日の光に包まれている城。


同・渡廊下
    被崎速騎の臣・小原許信が、ひとりの若い女の薬師を従えて歩いてくる。どこ
    か智可と似通った雰囲気を醸し出している、18、9ぐらいの娘である。

同・被崎の居室
    眠っている被崎の枕辺に藤綺がひとり侍っている。
    人の気配にふと顔をあげる藤綺。
藤綺「小原さまにございますか」
小原「いかにも。新しい薬師をつれて参った」
藤綺「どうぞ、おはいりください」
    すっと障子が開き小原と女が入ってくる。
    目をまるくする藤綺。
    藤綺のそばに座る二人。
藤綺「小原さま、薬師というのはもしや・・(動揺)」
小原「いかにも。この女性のことでござる」
藤綺「・・・(愕然)」
小原「なに、心配はいらぬ。無名ではあるが腕はたしかじゃ。儂が保障する」
藤綺「・・はあ・・(困惑)」
小原「それとも、このまま何の手も打たずに、殿が苦しまれるのを見ているというか?
  おぬしは」
藤綺「滅相もない!」
小原「ならば、この薬師にすべてを任せてみようではないか」
藤綺「・・はあ・・(不承不承)」
女 「恐れながら申し上げます」
小原「何じゃ」
女 「お人払いをお願いいたします」
    ムッとする藤綺。
小原「藤綺、下がっていろ」
藤綺「・・はい(嫌々)」
    部屋を出ていく藤綺。
    見送る小原。
    足音が遠ざかる。
    頃合をみて、被崎の枕辺ににじりよる小原。
小原「殿・・、殿」
被崎「・・ん・・?」
    うっすらと目を開ける。
小原「薬師をつれてまいりました」
被崎「・・ああ・・」
小原「(女を振り返って)智」
智 「はい」
    被崎の枕辺による智。
    ふいに被崎が怪訝そうな顔になる。
被崎「(探るように)・・この動きは忍びのものだ。小原、どういうことか?」
小原「(小声で)はい。実はこの娘、天奏殿の配下の忍びにして、智と申す者でござい
  ます。先程天奏殿の二の君・智可殿から、密使としてこの娘が送り込まれてまいり
  ました」





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