#2212/3137 空中分解2
★タイトル (FJM ) 92/10/ 1 23:53 (132)
「邪狩教団」第4章(1) リーベルG
★内容
4
午後8時。玲子は再び森の中にいた。
「9人ほど戦闘不能にしました。あと少なくとも村に3人残っています。いえ、わた
しを追跡しているかもしれません」玲子は歩きながらタイラントに報告した。
『機動隊員が100人以上道内に入った。もう1度ヘリを飛ばして村の中の状況を探
るだろう。すでにヘリには自然な形で故障が発見されるように手配してある。だが、ど
んなに遅くても、0時にはヘリが飛ぶ。決して姿を見られるな』
「監視衛星はどうなんです?<従者>らしき者は探知できたんですか?」
『村と、周辺の地上には発見できなかった』
「じゃあ、地下に潜んでいるということでしょうか?」玲子は少なからずぞっとして
周りの地面を見回した。
『知っての通り、衛星は熱源探知と、映像解析による動体探知を行っている。熱源は
君とSEAL隊員、機動隊員の他には探知できん。動体探知も夜では見落とす可能性が
大きい。君の方はどうだ。何か気配を感じないか』
「少なくとも今のところは感じません。プラーナをフルパワーで探知に使えばあるい
は発見できるかも知れませんが、わざわざ敵を呼び寄せることにもなりかねませんし。
熱を発しないタイプの<従者>でしょうか?」
『村の死体からは何かわからなかったか?』
「あいにくと。例の騒ぎで詳しく調べる時間がなかったもので」
『やむをえん。墜落−いや不時着したヘリに何か手がかりがあるといいが。場所はわ
かってるか。そこから西北西に8キロだ』
「了解」玲子は指示された方向に進んだ。「ところで私のレポートはどうなってます
か?」
『心配するな。もうできてる。君のワープロのフロッピーにセーブしてある』
「少なくとも心配の種が1つ減ったわけですね。以上。通信終わり」
暗い森の中を玲子は歩いた。村から離れるにつれて、再び機動隊員のグループが目に
付き始めた。夜目のきく玲子は闇の助けを借り、自らの能力を最大限に発揮して、慎重
に彼らを避けた。
玲子は何度か足を止めて、後方へプラーナを発して探ってみたが、SEAL隊員は追
跡してはこないようだった。1人で20人の兵隊と互角以上に戦えるはずの隊員が、5
分間の戦闘で9人もやられたのである。しかも、相手はたった1人の、かよわい(そう
見える)女の子。残りの隊員にしてみれば悪夢であろう。自分より強い敵とまともに戦
ったりしないというのは、優秀な兵士に共通の理念であるが、彼らはそれを忠実に守っ
ているらしい。
問題は戦力の4分の3を無力化されたSEAL隊員達がそのまま撤退するかどうかで
ある。どの世界の軍組織でも、全戦力の10分の1の被害が出た場合、指揮官は撤退を
考慮する。旧日本軍のように例外もあるものの、だいたいにおいて戦術上の常識である
。しかしこの場合は少々状況が異なる。
まずSEALが通常の軍事上の常識をわきまえているのかどうか。そもそも特殊部隊
などという連中は作戦の成功のためなら人間の命など路傍の雑草ほどにも重視しない。
仮にいかなる被害を受けても最後の1人までミッションを遂行するよう命令されていた
としたら。
さらにSEALに与えられた任務が逃亡した<従者>の捕獲、もしくは抹消であるな
らば、被害が出たからといって簡単に撤退などできはしない。このままSEALが撤退
し、その後夜明けとともに機動隊員が村に突入して、<従者>の餌食となったとしたら
いかに警察や政府が報道管制をひこうとも、容易に隠し通せるものではない。いずれ事
件と米軍との因果関係も明るみに出てしまうだろう。米軍もそのような事態だけは、何
があっても避けたいに違いない。 ジャカリチャーチ
それにしても玲子がいなかったら、そして邪狩教団がなかったら、この世界はどうな
っていることやら。玲子は思わずため息をつかずにはいられない。
1時間近く山の中を歩き、玲子は墜落したヘリを発見した。
「ヘリを発見しました」玲子は連絡した。
『様子はどうだ?』相変わらず冷静な声でタイラント長官は訊ねた。
玲子は慎重に距離をおいて、ヘリの周りを1周した。米軍のヒューイコブラであるが
それとはわからないように偽装してある。固定武装も完全に外されている。かなり注意
して観察しなければ、正体がばれることはないだろう。
「ほとんど無傷に近い状態です。ローターが1本曲がってますが。テールローターは
破損してます。火災や爆発の様子なし。機体は汚れていますが、戦闘の跡は見当たりま
せん。ドアは全部閉まってます。コクピットに人影はなし」
玲子はヘリの上をみた。ちょうど林が切れて、直径10メートルほどの空き地になっ
ている。優秀なパイロットなら着陸するのに手間取ったりはしないだろう。
『回線はこのままで、中の様子を探ってみてくれ』
「了解」
玲子は周辺をざっと探って、人間も<従者>の気配もないことを確認して、木にもた
れかかった。目を閉じて精神を集中する。潮が満ちるようにゆっくりとプラーナをヘリ
に伸ばしていく。
数秒で玲子はヘリの内部の探査を終わった。
「人間も<従者>も、少なくとも今はヘリにはいません。ただほんの微かに<従者>
のものらしい瘴気が残っています。やっぱり私の推測が…」
『ドアを開けて中を見てみろ』タイラントは玲子を遮って命令した。玲子は少々むっ
としたが、黙ってヘリに近付き、できるだけ静かにハッチを開いた。
玲子はヘリの中に、<従者>の輸送に使った檻か冷凍カプセルのようなものが残って
いると思っていた。ところが、それらしいものは何一つなかった。玲子は軍用ヘリの内
部に詳しいわけではないが、少なくとも<旧支配者>や<従者>に関係がありそうな装
備や道具はみつからない。しかし、ここに<従者>がいたことだけは間違いない。その
点に関しては、玲子は自分の能力を信じていた。
玲子は頭を混乱させたまま、見たものをタイラントに報告した。
『コクピットを見てくれ』
タイラントの考えている事が何なのかわからないまま、玲子は指示に従った。ジャン
プしてヘリに乗り込んだ。
前部のコクピットは完全に沈黙していた。非常灯ひとつ点灯していない。常人よりは
夜目のきく玲子も、キャノピーからもれる月明かりがなければ、ほとんど何も見られな
かったに違いない。
微かに、玲子は血の匂いを嗅ぎ取った。
非常用のマグライトが計器の横にかかっている。玲子はそれをとって、点灯した。ハ
ロゲンランプの強力な光が狭いコクピット内に満ちた。玲子は短くうめいた。
「計器が破壊されてます。外部から強い力で何かを叩きつけたようです」玲子は報告
しながらライトを動かした。そのとき視界に入ったものを見て玲子は絶句した。何を計
器に叩きつけたのかが否応なしに判明したのである。
『どうしたんだ』玲子の呼吸が大きく乱れたのを聞き取り、タイラント長官が鋭く訊
ねてきた。しかし玲子は数秒の間、声を出すどころではなかった。
ようやく呼吸が整うと、玲子はややかすれた声で告げた。
「に、人間の頭部です。我々の敵はたぶんパイロットの頭を掴んで、そのまま計器に
叩きつけたようです」
破壊されたディスプレイの破片に人間の眼球が突き刺さっていた。この種の残虐行為
は、この1日で飽きるくらい見たはずだが、もちろん慣れることはなかった。
『死体はないんだな』タイラントが冷静な声でいった。
「はい」玲子は何とか平静さを取り戻した。「持ち去ったのでしょうか?それとも食
べてしまったんでしょうか?血痕はほとんど残っていませんが」
『端末はないか?』タイラントが別の質問をした。
「端末?何のですか?」
『外部ネットにリンクしてる情報端末だ』
玲子は半分以上破損したコクピット内の計器をぐるりと見回した。
「小型のディスプレイはたくさんありますが、見たところヘリの標準装備ばかりだと
思います。どういうタイプですか」
『違う。私がいつももっているようなアタッシュケースを探せ』
玲子の目はすぐに求める物を見い出した。大きめのアタッシュケースがパイロットシ
ートの下に目立たぬように格納してある。表面には耐熱/対衝撃/防弾処理が施してあ
る。そしてカードホールとテンキーがついていた。これがロックなのだろう。
「ありました。開けてみますか」
『やってみろ。注意してな。間違った手順で開けようとすると爆発するぞ』
「了解。集中するので少し通信を切ります」
玲子は束ねてあった髪をほどいた。しなやかな細い指でそのうち1本を抜く。そして
ゆっくり大きく1度だけ深呼吸をすると、抜いた髪の毛に意識を集中する。
つまんだ指先から垂れていた髪の毛がすっと動いた。鎌首をもたげる蛇のようにゆる
やかに先端から持ち上がっていく。束の間の生命を与えられた漆黒の細い毛髪は、玲子
のコントロールによって、アタッシュケースのカードホールに忍び込んだ。
玲子はカードホール内の微妙な凹凸をプラーナを注入した髪で探り、記憶し、分析し
ていった。これを開ける権利を持った者は与えられたキーカードをカードホールに差し
込む。内部のCPUがカードに記録されたIDとパスワードをチェックし、第1のロッ
クが解除される。しかる後にテンキーから暗唱番号を入力し、正しければ第2のロック
が解除される。
玲子は数秒でスキャナー部から回路を逆にたどり、その小型で精密な機構の設計図を
脳裏に浮かべる事ができた。そしてパスワードチェックを迂回する方法を検討した。
もう1本髪を抜く。再び生命を吹き込み、カードホールに滑り込ませる。迷路を迂回
するモルモットのように目的の回路にたどりつき、バイパスを作り、CPUに偽の信号
を送った。
ロック部分が小さくカチリと鳴った。第1ロックが解除されたのである。