#2168/3137 空中分解2
★タイトル (PQM ) 92/ 9/21 2:22 (154)
物品巡回>通信ソフト(1) ひろし
★内容
§1
標準家庭サービスロボットのロビンは、居間の皮張りのソファー
に座ってテレビを見ていた。
時刻は昼を少し回ったところ。テレビのスクリーンでは、三流所
の役者が演技過剰のくさい芝居でヒロインの女性に愛を告白してい
る。
家庭にテレビが普及してからもう一世紀以上たつというのに、昼
メロは平日の昼下がりのこの時間帯を占領しつづけている。
もともとテレビドラマは好きなロビンだったが、さすがにこのメ
ロドラマの安っぽさにはうんざりしてしまう。
来る日も来る日も、男の浮ついた台詞に心をときめかすヒロイン
。どうせいずれは恋は破局を迎え、ヒロインは大粒の涙を流して泣
き崩れるに決まっているのだ。
(なんで人間はこんな物を、楽しんで見ているのだろう?)
何だかんだ言いながら毎日欠かさず見ている自分を棚にあげて、
そんなことを考えるのだった。
彼女がぼんやりと考えている間にメロドラマは終わり、画面には
「つづく」の文字が出ていた。
ロビンは、ゆっくりと立ち上がりテレビを消した後、キッチンに
向かった。
主人の飼っているポメラニアンに餌をやる時間だった。
彼女の主人である山田家の人々は、長期休暇を取って三ヵ月の月
旅行に出掛けていた。
彼女は一人留守番として残された。山田家が旅行に行ってる間の
彼女の仕事は、ペットの世話と庭の観葉植物の水やり、あとは部屋
の掃除ぐらいしかない。
仕事はすぐに終わってしまう。そうして、有り余った残りの時間
は先程のようにテレビを見ていられるのである。
まあ、ロボットとしては実に結構な身分なのだ。
ロビンがキッチンでポメラニアンの餌のドッグフードの缶を開け
ながら、この後はどの番組を見ようか考えていると、突然玄関のチ
ャイムが鳴った。
彼女が玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは郵便配達ロ
ボットだった。
「山田さんに、小包ですよ。受領書にサインしてください」
機能本意で造られた郵便配達ロボットはサインを受け取ると、彼
女に小包を渡してさっさと行ってしまった。
その夜、ロビンは小包を手に持って居間の、ソファーに座ってい
た。
小包みは片手で十分もてるぐらいの大きさで、表にこの家の住所
とこの家の主人である「山田太郎」名前が書かれてる他は差出人の
名さえ書かれてなかった。
いい加減テレビも見飽きて暇をもてあましていたロビンは、この
怪しい小包みに興味を引かれた。
(何が入ってるんだろう?
太郎さんが何か通信販売で買物でもしたのかしら?
でも、太郎さん何にも言ってなかったし‥‥。
差出人が書いてないってのも変ね。
もしかして、悪質な悪戯だったりして。
開けると突然、爆弾が爆発なんてことはいくらなんでもないわよ
ね。
でもこの小包み、太郎さんたちが帰ってくるまで3ヵ月近くある
のに、そのままにしておいていいのかしら?
中に生ものが入ってるかも知れないし‥‥。
こういう場合、わたしは包みを開いて中を確かめなければいけな
いんじゃないかしら?)
そんなことを考えているとうちに、彼女は中を開けてみたくなっ
てきた。
他人の小包みを開けることは違法行為である。そうしてロボット
は人に不利益なことは決してできないよう、基本プログラムにしっ
かりと刻み込まれている。
しかし、彼女を始めとする最近のロボットたちは人に危害を加え
ないかぎり、物事にかなり柔軟な対応ができるようになっていた。
そうして、彼女は結論に達した。
(こういう訳のわからない小包みは中を開けて確かめてみるべきだ
わ。
もし危険な物が入ってたりしたら、大変だもの。
自分の主人の危険を未然に防ぐのもわたしたちロボットの義務な
んだから)
かなり勝手な解釈ではあるが、彼女のこの考えは、電子頭脳に刻
まれた人間の不利益になることはしてはならないというハードルを
なんとか乗り越えることができた。
彼女は胸をワクワクさせながら小包みを開いた。
しかし、彼女の予想に反して中から出てきたのは紫色のICカー
ドが一枚きりだった。
このICカードは現在、デジタル信号の記憶素子としてもっとも
ポピュラーなもので、そんなに珍しいものではない。
なかばがっかりして、ICカードを手に取ったロビンはそのカー
ドのラベルに「ル・サイファー・ネット専用通信プログラム」と書
かれていることに気が付いた。
§2
ロビンは、家庭用コンピューター端末のディスプレイの前に座っ
て、身動き一つする事無く明滅する画面を見詰めていた。
彼女の首筋の所にある外部データーコネクタには太めの通信ケー
ブルが伸びていて、そのもう一方の端はコンピューターのそれと繋
がっている。
コンピューターのICカード用スロットルには紫色のICカード
が一枚差し込まれていた。
いま彼女は、ル・サイファー・ネットとダイレクトに接続されて
いた。彼女は外部との接触を断ち、未知のネットから送られてくる
情報の波の中に漂っていた。
*
彼女が例の小包みを開き紫色のICカードを見付けたとき、その
小包みの中に一枚の説明書が同封されているのに気付いた。
その説明書にはこのICカードが「ル・サイファー・ネット」と
いうコンピューターネットワークの専用通信ソフトであることが簡
単に書かれていた。
ただ妙なのは通信料金についての所で、「‥‥通信料金はネット
ワーク利用者の魂の純粋な部分で支払ってもらいます‥‥」などと
書かれている。
そして、このICカードが郵送後十三週間で回収されるとも書か
れていた。
おかしな事が書いてあるものだ、彼女は思った。
魂というのを彼女のバックアップの辞書で調べると、「魂−−生
物に宿り、精神の働きのもとになるもの」とあった。しかしロボッ
トの彼女にとって、魂といわれても昔の人間が信じていた迷信とし
か理解できない。
このことから、これはただの悪質な悪戯に違いないと彼女は判断
した。
やっぱり小包みを開けてみてよかったと彼女は思った。これで彼
女のさっきの行動が正当だったと証明されたようなものである。そ
れに受取人の太郎さんはあと十三週間帰って来ないのだ。もしこの
説明書どおりにICカードが回収されるなら、太郎さんは始めから
このカードを受け取ることができなかったのだ。
ただ、彼女の思考回路の角にこの怪しげなICカードのことが少
し引っ掛かっていた。
(悪質な悪戯とわかってるけど、この通信ネットワークていうの、
覗いて見ようかしら?どうせ通信料金はかからないんだもの。少な
くともわたしに魂なんてないんだから。ただ十三週間ほおっておい
て、黙って持ってかれるのも損じゃない)
暇をもてあましていた彼女は、そう考えるのが早いか、ICカー
ドを持ってコンピューターの端末のある部屋に向かった。
*
「ロビン、今日はどうしたんだい?今日は元気がないじゃないか。
君がそんなだと僕まで悲しくなってしまうよ。君は素敵な女の子
なんだから、そんなにふさぎ込んじゃいけないね。
そうだ、今日は二十世紀の映画の話をしてあげる」
端末に接続されているロビンのもとへ、ル・サイファー・ネット
を通じてアダムからのメッセージが送られてくる。
アダムというのは、彼女がこのネットワークで一番始めに知合っ
た友達だった。送られてきたデータファイルによると、彼は最新の
A級アンドロイドで華麗な曲線から成り立つボディーをもっている
。また、それを裏付けるように、彼のメッセージは知的で話題が豊
富で、そしてなによりロビンの事が好きならしくて彼女の我侭を何
でも聞いてくれた。
「映画? わたしそんな気分じゃないわ。なんか他に面白いことは
ないの」
ロビンはわざと拗ねてみせる。そうすると、アダムは一瞬困った
ような沈黙をおき、それからまた彼女を喜ばせようと必死に代わり
の物を考えてくれる。
「そう。映画は好きじゃないの。そうしたら、最近できた3Dシュ
ーティングゲームを一緒にやるってのはどう‥‥」
彼女は甘ったるいネットワークの中の世界にずっと浸り続けてい
た。