#2167/3137 空中分解2
★タイトル (RJM ) 92/ 9/20 22:40 (146)
無頼、そして、過去もなく (2) スティール
★内容
彼女の、自分の過去を調べてほしいという
申し出に、俺は戸惑った。ちょっと、面食ら
ったといってもいいかもしれない。その、彼
女の言葉を聞いた瞬間、俺の口は、ほんの気
持ちだけ、開かれたままになってしまったよ
うな気がする。
瞬時の空白の後、俺の脳は、ホストという
体面もあって、また、活動を始めた。
「過去を調べてほしいと言われても・・・。
でも、あなたは、自分で、自分の過去のこ
をよく知っているんでしょう? 」
彼女は、微笑みを浮かべながら、俺に、言
った。まるで、二人きりで、デートでもして
いるかのように・・・。
「もちろん、知ってるわ。でも、わたしが知
たいのは、そんなことじゃなくて、べつな
ことよ。わたしが知りたいのは、わたしが、
いままで、他人から、どう思われていたか
ということよ」
どういう根拠でかはわからないが、彼女は
自信たっぷりな口ぶりだった。だが、そんな
ことには関係がなく、俺は、もう、探偵にな
っていた。だが、俺には、彼女の言っている
仕事の内容が、いまいち、よく、理解できな
かったので、その点について、俺は、彼女に
聞いてみた。
「いままで、どう思われていたか、と、おっ
しゃいますと・・・、要するに、自分の過
去についての、身上調査をしろと、おっし
ゃるんですか?」
「そう、そのとおりよ。わたし、自分では、
いままで、幸福だとおもってたけど・・・、
でも、いまになって、考えてみると、廻り
の人たちが、わたしのことをどう思ってい
たのかな、と、気になるの・・・」
彼女の態度には、なんの屈託もなかった。
俺は、言葉に詰まった。俺の体は、もう探偵
になっていた。さて、これから、彼女に、何
を言えばいいだろう?
「煙草は、お吸いにならないんですか? 」
迷った俺は、結局、ホストのマニュアルに
頼った。彼女が、美人だから、俺は、緊張し
てしまっただろうのか? 俺は、やはり、ね
っからのホストじゃないなと、俺は、思った。
彼女は、謎めいた微笑みを浮かべて、「い
え、吸わないわ」と、言った。彼女の好意に
甘えて、俺は、葉巻を吸わせてもらうことに
した。ゆっくりと、葉巻に出し、口にくわえ
た。胸のポケットに入っているライターを無
視して、わざと、いろいろなポケットに手を
入れた。そうしながら、俺の目線は、彼女の
手元に注がれていた。彼女の指は、微動だに
しない。これで、彼女が、水商売の女である
確率は、少し下がったわけだ。俺は、テーブ
ルの上にあった、店名入りのマッチで、葉巻
に、火を点けた。俺は、ゆっくりと、葉巻の
煙を吸い込んだ。これで、少しは、間を保て
る。
金持ち女の酔狂か? はたまた、狐でも化
けたのか? だが、まだ、七時半だ。狐が出
るには、まだ、はやい。この女の過去よりも、
この女の現在のほうが、いまの俺には、よっ
ぽど、興味があった。
とにかく、俺と彼女、二人を取り巻く空間
は、俺の探偵事務所に変わったのだ。この依
頼を遂行するためには、もっと、詳しい話を
聴かねばならない。彼女が、それを望めばの
話だが。世間話をして、お客の緊張をほぐす
のもいいかもしれない。ここは、ホストクラ
ブでも、あるのだから・・・。
俺は、まず、そのことについて、確認しな
ければならないようだ。
「ご依頼の件ですが、どうします? 事務所
でも、お話は、うかがえるんですが・・・。
もちろん、ここでも、かまいませんが」
「いえ、わたしは、ここで、かまいませんわ。
だって、ホストの方と、ふたりっきりにな
るのは、危険でしょう」
「僕は、安全です。ただ、女目当てでホスト
になるやつは、一般的にいって、かなり、
危険ですがね。この店のなかにも、危険な
やつが、ごろごろしてますよ」
俺は、彼女に酒をねだった。店内での正規
な業務に戻ったわけだが、俺が、酒をねだっ
た理由は、それだけではなかった。飲みたか
ったからだ。飲んだら、心身とも、リフレッ
シュするような気がしたからだ。
ふたりで、にこやかに笑って、見つめ合い
ながら、乾杯をした。そのあと、話は、また、
さっきの続きに戻った。俺がそうしたのは、
彼女が、それを望んだからだった。
「ホストも、ホステスも、変わりない。来た
お客さんの愚痴をきいて、お金を貰ってい
るんです。来る、女性客が若くて、きれい
などというのは、漫画や映画の世界だけの
幻想で、現実の客層は、クラブの中年おじ
んの裏返しのようなもので、中年の有閑マ
ダムや、若いといっても、水商売や風俗で
働いている女の子が寂しくなってくるとい
うのが、せいぜいです」
俺は、一息をついて、グラスの酒をあおっ
た。彼女は、にこにこしながら、俺の話を、
聴いていた。まるで、こっちが、接待をされ
ているみたいだ。しかし、ストレスが溜まら
ず、解消されるというのは、心地好いものだ。
俺は、また、葉巻に、点火して、それから、
店内を見廻した。いつのまにか、時が過ぎて、
店内にも、ちらほら、客の姿が見えてきてい
た。俺は、その様子を見ながら、また、話し
始めた。
「それを、何を勘違いしたのか、二十歳かそ
こらの若いやつが、店に入ってくる。若く
て、いい女たちを、とっかえひっかえ、い
いようにできると思って・・・。結局、そ
ういう奴は、長続きしない。所詮は、ディ
スコのボーイを落とされたからといって、
ホストクラブに来たようなやつらですから」
彼女は、相変わらず、微笑んでいた。俺は、
二人が、まるで、恋人同士になったように、
感じた。恋なのかもしれない。このアルバイ
トを始めて、結構、長くなるが、こんな気持
ちになったのは、初めてだ。
あやうく、俺は、彼女の依頼の件を忘れる
ところだった。だが、俺の仕事は、ホストで
はなくて、探偵なのだ。彼女への関心が増せ
ば、増すほど、そして、何か熱い想いが芽生
えれば、芽生えるほど、俺の心は、彼女の持
ってきた仕事に対する興味が湧いてきた。