#1766/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (WYJ ) 89/ 8/12 20:24 (100)
大型リレー小説>第7話「モノリス」 SOPHIA
★内容
喜三郎が新松戸へ発った事を見届けた後、手児菜は一人学校に戻った。
何をするでもない。ただ、いつものグラウンドをボーッと眺めるためここ
へ来たのだ。
放課後のグラウンドには、いつも通り練習に励む運動部の連中の声が響い
ている。…しかし野球部の姿は見えない。
こんなに空っぽの気分でグラウンドに立つのは一体何年ぶりの事だろう。
夕暮れとはいえ暑い季節だ。手児菜は額の汗を拭った。風がセーラー服に
まとわりついて来た、髪がかきあげられる。手児菜はホゥと溜息をついた。
「本当に私にとっては……夏が終ってしまったんだわ……。」
さっきの駅での光景を思い出す。見送りのメンバーの中に入院中のカナリー
監督と、バスを降りた乱菜の姿は無かった。そして喜三郎も去った。
手児菜は妙な脱力感にとらわれていた。ただうずくまっていたい気分だ。
そのくせ妙な喪失感に責められる。………あぁ何て投槍な気分!!
−−− 夢中になれるもの探さなくちゃ。もう野球は出来ないんだもの。
「……………海に行きたいな。」
言葉がポツリとこぼれ出た。
「行こうか?」
ふいに後ろから声がした。驚いた手児菜は跳ねる様に振り向いた。
「………なんだ、弥三郎君。」
「びっくりさせたね、ごめん。」
やはり駅からこちらへ来たのだろう。弥三郎が申し訳なさそうに近付く。
「海ならカイロンって南の島へ行かないか。……連れて行ってあげるよ。」
「おぉっと、豪気ネ。」
はぐらかそうとする手児菜に構わず、弥三郎は熱っぽく続ける。
「その島からは、ずっと綺麗に星が見える。…白鳥座を見せたいよ。」
「あの…弥三郎君。この間のグー星人のお話だったら私は………。」
「天文部の部室においで。即席だけどプラネタリウムを観せてあげるよ。」
弥三郎は帰ろうとする手児菜の腕を引きずって、部室へと向かった。
天文部の部室にはもう人は残っていなかった。一応暗幕を引くと天井や壁
に星々が映し出される。部屋の真ん中に天球儀の様な物かある。球の中心に
ライトが入っていて星図を壁に映す。確かにプラネタリウム気分だ。実は手
児菜も星には心惹かれる方だった。夜空を見上げると懐かしい気分になって
吸い込まれてしまいそうに思えて来る。やっぱり星ってものは綺麗だと思う。
星空を前に、弥三郎は熱心に手児菜の説得を試みている。
「君は白鳥座から力を借りるに相応しいよ事。僕らは共に、あのノーザン・
クロスを背負って戦わなくてはいけないんだ。そう思わないかい?」」
「弥三郎君って白鳥ダンス踊るの?で『ダイアモンド・ダストーッ』って叫
んで北極グマと戦うんでしょ。ねぇ良かったらカミュ様に紹介してよ。」
抑えてもついバカにした口調になってしまう。実際バカげた話だと思う…
のに心が少し動揺する。この小さな天球儀の星空のせいかも知れない。
「………あのね手児菜君、これ真面目な話なんだけど。」
「……ごめんね。でも、やっぱり信じられない。私、帰る。」
弥三郎の熱意の暑苦しさに耐えられず、手児菜は席を立った。
その時である、四方の部屋の壁が一斉に火を噴いた。
ドンッッッ!!
たちまち暗幕に燃え移る。勢いが凄い。熱気と煙が顔を焼く。いきなりだ。
「きゃあぁっっっ、何っ、何よーーーぉっこれっっっ!!」
叫びながらも手児菜はとっさに防火用水のバケツを掴むとドアに見当を付
け水をぶちまけた。弥三郎はと言えば天球儀を抱えて走り回っている。
「弥三郎君、こっちっ、早くっっっ」
手児菜と弥三郎は外に転げ出す。とたん、走り出た二人に数人の男達が群
がった。見れば下級生達である。ハッキリ言って目付きがアブナイ、まるで
人形の様な表情をしている。
「いやぁっ、何すんのーーーーーーーーーっっっ」
パパパパパーーーーーーーーーーーーーーーーンッッッ
気持ちのいい平手打ちの音がして手児菜に手を掛けた男が三人、廊下の端
までふっとんだ。しかしまた一人後ろから手児菜に組みつく。
「やだっっっ、わたしに触ぁわんないでよぉっっっっ」
手児菜は振りほどきざまに、スカートの裾を翻し男の顎を蹴り上げた。
「野球部マネージャーをなめるな、ばかぁっっっ、あっち行けーぇっ!!」
いかに手児菜がトラブルに強い質だと言っても結構な数である。次から次
ぎへと学生達がどこからか迫って来る。
野球部員用に使い慣れたスコアブックが無いので手児菜は仕方なく椅子を
掴んで男たちを蹴散らした。校内はまだ人気があるハスなのに助けが呼べな
い。オタつく弥三郎を叱ったして走り抜けようとしたが部室は4階。道は細
い廊下と階段だけである。後ろから迫る火と学生たちに阻まれて、二人は簡
単に窓際から逃げ道を失ってしまった。
「何よ、これ、どういう事よぉっっっ」
ガチャチャーーーーーーンッッッ!!
いきなり弥三郎の右手のガラス窓が外から破られ金髪娘が飛び込んで来た。
「ヘイ!サッサとアタシにつかまりなっ!」
学生達から二人をかばう様に仁王立ちした美女を見て弥三郎が叫んだ。
「レイチェル!」
二人が動くよりも早くレイチェルは二人を抱え校舎の外に身を躍らせる。
すかさずマーフィーの乗るガン・ボートが三人を受け止めた。
「混乱してるね、可哀想に泣きベソのベィビー。」
そう言われて初めて手児菜は自分が涙ぐんでいる事に気がついた。
レイチェル達に連れられて、二人は例の工場跡地に来ている。
乱菜の変貌に、また弥三郎と彼らの関わりに手児菜は驚いていた。
「全くっ本当にアンタがグー星人に選ばれた男かい?可愛いベィビーこんな
男よりアタシを頼りな。昼でも夜でもあたしの方がよっぽど役に立つサ」
「悪かったな、俺はあんた達とはちょっと違うタイプなんだよ。」
気の悪そうな顔で、持って来てしまった天球儀を抱えて弥三郎は言った。
「けれど手児菜君。これで僕の話を信じてくれるだろ。グー星人はあんな風に
人間を操る。奴らはもう近くまで来ている。戦わなければならないんだ。」
手児菜は言葉を失っている。しかし未だ弥三郎を見つめる視線は不審気だ。
「ところで弥三郎、俺たちは手に入れたゼ。例の『モノリス』を。」
気まずい沈黙に助けを出す様にマーフィー乱菜が赤黒い金属を取り出した。
その金属を見た瞬間、手児菜は何か心に引っ掛かるものを感じた。
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