#1762/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HYE ) 89/ 8/ 9 23:41 (124)
流れついたのは無人島(の3) NINO
★内容
5.思惑
誠に信ちゃん、祐ちゃんは絵日記に描いたような伝統芸能、浜の風物詩的定番、スイ
カ割りをやっていた。女の子が三人、手を叩いて誘導している。どーやら残りの三人と
三人はうまくやっているようだ。俺にとっては、これは『最悪っ』だった。
「さやか、何処いってたの?」
「トモ……ごめんね。訳ありでさ」
「何だ、もう一人いたの? 俺達ももう一人いたんだけど……」
「いるじゃねーか」
「何処いってたんだよ。あっ、お前って、そういうことしてたわけ?」
俺は黙っていた。皆が事情を呑み込むまで、じっと耐えた。さやかが面白可笑しく俺
のことを言うので、ひたすら笑われ続けた。特にさやかがでっち上げた、俺がトイレに
行きたいと騒いだという、嘘話は盛り上がった。
「それで、信一さん。カナノコっていうの持ってないかな。腕の輪っかはおいといて
ずっとこのままじゃ不便なのよ」
「いやー、金鋸まではちょっと、ね……」
「しっかしこんな鎖。何処にあるのかね?」
誠が俺を見て言った。
「案外似合ってるよ」
マキという娘が言う、
「誠さん、それってさやかと伸彦君の二人のこと?」
「ちがうよ。鎖のこと」
おぼえてろよ、誠。しかし……大学生と浪人というのは『さん』と『君』という違い
になるんだろうか。
「よし。その男の子を探そう。皆で探せばなんとかなるよ」
信ちゃんは唐突にそう言った。
「まだ帰ってないかなぁ?」
「その子の特徴分かる?」
……ということで、俺達は二人一組みで(ここに、どーにも信ちゃんの陰謀めいた画
策を感じるのだが(陰謀めいた画策? って変な日本語だ))男の子を探すことになっ
た。特徴は一つ。アメリカ国旗の海水パンツをはいた子供。
「そんでさ、探す範囲は? 俺達は浜の東端の小山にしよう」
祐ちゃん。それって小山でトモさんと親睦をふかめよーってのが丸見えだぜ。
「マキちゃん。ぼく達は小山の下の岩場を探そう」
をいをい。誠、あっちは遊泳禁止で人が行かないんだぜ。
「それじゃカズエさん。西の公園だ」
あーたまきた。探す気なんかねぇんじゃねぇか。
「それじゃ、四時にここに集まることにしよう」
「がんばってねー。ちゃんと探すのよ」
「そっちも頼むぞ」
散り散りに人ごみの中を消えていくのを見ながら、俺はぼやいた。
「相談したのが間違いだった」
「あたしが悪いっての?」
「そうじゃないよ」
けど、その通りだ。俺の言う通り、どっかの工場(コウバ)を探していれば今頃、俺
……俺はどうなってたんだ? 切りは無されたはいいが、また砂に埋められて、ひとり
ぼっちだったのかもな。
6.たわぁー
グチャグチャした人の海になっていて、浜はわけ分からなくなっていた。他人の、塩
でべたべたする肌が擦れるたび、不快感が否応なく高まった。汗はべったりと、蜂蜜の
滴のように体を這った。救いがあるなら、さやかの汗が綺麗で、時折触れる肌がとても
心地好かったことだ。
俺は自動販売機を見つけると、鎖をなるべく伸ばさないようにして、近付いた。何度
も失敗した。さやかが歩く方向を変えたのと、鎖に人が突っかかってしまったのだ。
「何やってんだよ。あんたなんかどうでもいいけど、人に迷惑かけないよーに」
「ごめん」
自動販売機攻略と、男の子捜しは同時平行で進めた。輪の締まった腕が汗ばんで、気
持ち悪い。早くはずして、自由になりたい。
「よーし、今度はこっち」
さやかは、かなり焦ってる。当り前か。このままお嫁にいけなくなるってことは、な
いにしろ、こんな状態じゃシャワーも浴びれない。
「ほらっ」
「冷たいっ。なにすんの」
「コーラ。ほれ」
「だから冷たいって。ありがと」
結構、素直な笑顔。俺は真剣に思った。例え、残りの一生、この娘と会うことなくて
も、この事は忘れないんじゃないかなって。彼女の姿って、目に焼き付くようだ。後れ
毛も、前髪がすこし額に付いていることも、粒のような汗も。いかにも美味しそうにコ
ーラを飲み干したことも。
「なにこっちじっと見てんだよ」
「ん、別に。正直、素敵だなって」
「あーうざってぇ」
きっとこれって、さやかの口癖なんだろうな。だけど、その汚い言葉が板についてな
いところがいい。もう少し歳が若かったら、ぴったりハマってたかもしれない。その言
葉は借り物、仮面だ。
それにしても見つからない。ファミリーっぽいのはいくつも見掛けるのに、そこには
アメリカ国旗の坊やはいない。そこで、俺はかなりまともなアイディアが浮かんだ。
「なあ、さやかさん」
「うへぇ。気持ち悪い。なあ、とか、ちょっとでいいじゃない。名前を呼ばなくてもさ
……」
「あそこのタワー上ってみよう」
「何考えてんの」
「闇雲に探してもしょうがないし」
さやかは肯いてくれた。素直にしたがってくれるなんて、俺は思ってもみなかったか
ら、ちょっと驚いた。だけど『あなたのおごりでね』というところは変わっていなかっ
た。行ってみたら割に値が張るので、後悔したが、金が惜しいなんて言えはしない。
「意外とお金取るよ、ここ。大丈夫?」
「ああ。予備校帰りに、バイトしてたから」
「ほんとかよ?」
「浪人生じゃ、普段使い道ないし」
「大丈夫って言うんだから、大丈夫よね」
タワーを上りきると、下を見るために硝子の外に出た。人ごみの中とは違うし、高さ
も違うから、風がよく吹いていた。気持ち良かった。さやかの着ている白のスウェット
がハタハタした。目を細めて、気持ちよさそうにしている。
「写真撮ろうか?」
別に反対もしないようだったから、俺は使い捨てのやつを売店で買った。
「ほら、笑いなさいよ」
笑った。自分でも不思議に素直だった。
「さやかさんも写そう」
「いいよ。写真嫌い」
なぜだか、さやかがグズってた。しばらく俺達は突っ立ってた。そして、一組カップ
ルが寄ってきて、言った。
「あのーシャッター押して欲しいんですけど」
「ええ、いいですよ」
二人は、髪の長い女の人と、さわやかなお兄さんだ。おそらく、落ち着きといい、さ
りげなさといい、夫婦なんだろうと思った。ファインダーから覗いてみると、どうにも
おさまりがよいのだ。
「ありがとうございました」
そして、俺と彼女を見てから、
「君たちも?」
と言い、あっさりと、自然にカメラは縞のシャツ着た男の人の手に渡り、俺達は友達
でもなく、他人とも違う妙な感じでカメラの前に立った。かなり妙だった。サングラス
から横を見たら、さやかは少し笑っていた。
つづく