#1745/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (RMF ) 89/ 8/ 5 18:58 ( 99)
お題>聞いて極楽見て地獄<総集編> 山椒魚
★内容
時は平成元年の夏、処は新宿歌舞伎町のとある雑居ビルの2階、人品骨柄い
やしからぬ白髪三千丈の老人と毒キノコのような顔をした腰巾着の男がウーロ
ン茶を飲みながらボソボソ話をしていた。
老人の名前は山椒太夫。今でこそ知る人も少ないが、かっては一世を風びし
たことのある天才的な作家で、ノーベル文学賞の候補作家にも推薦されたこと
さえある。しかし、歴代のノーベル文学賞授賞作家のリストを見ても老人の名
前は載っていない。真偽のほどは明かでないが、老人の方から辞退したという
話である。あんなもん貰うても、三島や川端のように自殺するのはかなわん、
わいは長生きをしたいんや、と言ったとか、言わないとか。
その雑居ビルの2階は、ホストクラブだった。かっての天才作家は、いつの
まにかホストクラブ「サラマンボー」の経営者に転身していたのである。「サ
ラマンボー」は、店開きをしてしばらくの間は面白いように儲ったが、最近は
競争相手が増え、過当競争のためにで経営がきびしくなった。
競争に勝つためのポイントは何といっても、優秀な人材を確保することであ
る。山椒太夫と毒キノコは常に有能なホストを募集するよう心がけていた。条
件は、ルックスと下半身、そして文学的才能だった。ルックスと下半身の性能
がいいだけのホストなら他の店に行けば、ゴロゴロしているが、「サラマンボ
ー」のホストは、プラスアルファとして文学的才能を売り物にしていた。
「応募状況はどうだ」。老人は聞いた。
「今回は、八人の応募がありました」。
「えらい少ないな」。
「今年の就職戦線は売り手市場ですからね。でも、なかなか粒よりのいい男
たちが集まりました」。
毒キノコは、八人の履歴書と写真、そして、課題「聞いて極楽見て地獄」の
答案を老人に渡した。八人の応募者の名前は、ゐんば、天津飯、バベッティ、
秋本、ううたん、YOUNG、永山、クエストだった。
「ふん、顔だけ見ると、売れそうな奴ばかりだな」。
「そうでしょう。特に、この天津飯という男は、いいタマですぜ。田村正和
と村上弘明を足して2で割ったような顔をしています。性格もマメで、この商
売に向いています。下半身はテストしてみなければわかりませんが、みっちり
鍛えれば、ナンバーワンホストになるかもしれません」。
「文学的センスはどうだ」。
「この応募作品を読んで頂ければわかりますが、悪くありません」。
「ほう、主人公が血の池地獄に行かないで、極楽に行くという話だが、昭和
天皇をおむかえして極楽はテンテコマイ、という描写がある。深沢七郎の「風
流夢譚」みたいに攻撃されないよう、右翼に気をつかっているな。それに、極
楽にもAWC老人ホームがあると書いてある」。
「先生に気をつかっているみたいです」。
「うい奴じゃ、使ってやろう」。
「ゐんばという男も使えそうです。「寛政自転車操業」と「独尊」ーーー二
つも課題作品を書いてきました」。
「自転車操業とはうちの店のことを皮肉っているのではないか」。
「違います。タイムマシンで江戸時代に自転車を売りにいって大儲けを企む、
という話、もう一つの作品は、いろはカルタをネタにした話、です」。
「トボけた味があって、面白いじゃないか。採用しょう」。
「次のバベッティという男の作品は、帝政ロシヤ時代の世界を現代ソ連のゴ
ルバチョフ政権によるペレストロイカと結びつける、という意表をついたアイ
デアで注目されます」。
「ドストエフスキーの「罪と罰」か。面白い、採用だ」。
「ええと、次は、何だこりゃ。やけに短い作品だな。この人はひやかしみた
いですね」。
「何を言っとるんじゃ。この方は、かの高名な秋本先生ではないか。先生の
作品なら短くても必ず何かしかけがあり、深遠な意味があるんだ。しかし、秋
本先生のような方が何故ホストクラブに応募してこられたのだろう。おいたわ
しや。しかし、断わる訳にもいかんのう。まあとにかく、くれぐれも失礼のな
いようにしろよ」。
「次はううたんです」。
「ふむ。百聞は一見にしかず、をひっくり返して、百見は一聞にしかず、か。
なるほど、そうも言えるな」。
「聞いて極楽見て地獄、をひっくり返して、聞いて地獄見て極楽、というの
もあります。これは、永山という推理マニアのアイデアですが」。
「よし、二人とも採用しょう」。
「YOUNGという男の作品は、T電力の原発の跡地をウラン温泉にしてい
るところへ、馬鹿な作家がやってきて、頭髪が抜けた、というお話です」。
「うむ、たしかに、ラジウム温泉があるんならウラン温泉やプルトニウム温
泉があってもおかしくない。採用だ」。
「最後のクエストという応募者は、年齢制限にひっかかるかもしれません」。
「トシはとっていても、若い娘とビルカ星に新婚旅行に行って、浮気まです
るというから、元気なもんだ。中年ホストを好む女性客もいることだし、採用
しょう」。
採用通知を受け取った八人の男は、期待に胸を躍らせて、ホストクラブ「サ
ラマンボー」で働き始めた。彼らは、ホストクラブこそ、女と富と栄光が約束
される極楽のような職場だ、と聞き、まったく疑いを抱いていなかった。たし
かに、女性客の中にはブスもいたが、もともと、女なら何でもいい、という連
中ばかりである。そんなことが苦になる筈がない。
はじめの1カ月ほどの間は何も起こらなかった。八人の男たちは、幸せな日
々を送り、この世の春を謳歌した。しかし、2カ月、3カ月と経つにつれて、
極楽は徐々に地獄の様相を呈してきた。過ぎたるは及ばざるが如し、毎日のよ
うに何人も相手をしていればいくら女好きでもウンザリしてくる。そのうちに、
一人やめ、二人やめしていき、最後にはナンバーワンの天津飯だけが残った。
「私も辞めさせて下さい」。流石の天津飯もついにネをあげて、山椒太夫に
頼んだが、どうしても辞めさせて貰えなかった。逃げようとしてしても、毒キ
ノコの監視が厳しくて逃げられない。天津飯は日に日に痩せ細り、見るかげも
なく憔悴した。
「可愛そうな天津ちゃん」。天津飯の客にはオバタリアンが多かったが、彼
女たちは天津飯の健康状態を心底から心配するのだった。「もっと元気を出し
て貰うために、私たちの血をあげましょう」。彼女たちは、生理の血を集めて、
天津飯のためにスープをつくってやったり、風呂をわかしてやったりした。
天津飯は毎日、毎晩、オバンたちにこってり可愛がられ、血の風呂に入れさ
せられた。それは、さながら、おVAN漬けの血の池地獄だった。 (終)