#1740/1850 CFM「空中分解」
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【遙かなる流れの果てに】(6) コスモパンダ
★内容
(6)男と女
「ロック・マツオ輸送監督官です」
「どうぞ」
ロックは、アニタのコンパートメントに呼ばれて来た。
部屋に入り、彼女の姿を見たロックは少し戸惑った。
アニタは、いつものコスモルックではなく、どうしたことか太股も露なショートパ
ンツスタイルだった。形のいい綺麗な足を軽く組んで、イスに座っていた。それに、
髪もいつもの淡いパープルの静電気防止ウイッグではなく、長い黒髪を背中に垂らし
ていた。無重力の中で、黒髪は棚引いていた。淡いブルーのアイシャドゥと赤いルー
ジュの彼女は、くつろいでいた。
「どうしたの? お座りなさいな」
でくのぼうのように立っているロックにアニタは声を掛けた。いつもの刺のある話
し方ではなく、落ち着いた優しい話し方だった。
ロックは、座っている彼女とテーブルを挟んで向かい合ったイスに腰を下ろした。
テーブルの上には赤い液体が入ったゼロGグラスが二つ、グラスロックの窪みに収
まっていた。
「ワインなんていうのは、飲むことがあるかしら? シャトー・ブリオンの2180
年物があるの。一人で飲むのも味気ないし、一緒にどうかしらと思って……」
「どういうことだ?」
ロックは注意深く口を開いた。しかし、アニタの答えはロックの予想と違った。
「あなたは宇宙が好き?」
「ああ、好きだね。ここは静かだ。余計な物音は一切聞こえない」
「孤独が好きなの?」
「いや、孤独は嫌いだ。あんたは、どういう時に孤独を感じる?」
「ふふふ、夜、独りでベッドにもぐり込む時よ」
アニタは可愛く笑った。
「俺は人込みの雑踏の中だ。ゴミゴミした地球のメガロポリスの最も人通りの多い繁
華街や、出店や屋台の並ぶ裏路地。そんな所を歩いている時に一番孤独を感じる。孤
独になろうと思ったら、雑踏の中を歩けばいい」
「分かるような気がするわ」
アニタはグラスロックの窪みからゼロGグラスを取上げ、ロックにすすめた。彼は
素直にそれを受け取った。
「宇宙っていうのは、暗いわ。星があんなに見えてもやっぱり。ここに居ると、孤独
になるわ。星の光は心の奥まで凍らせてしまいそう……」
アニタは彼女の位置からだと右手にある窓を見た。高透過性強化ガラスを通して、
無数の星が見えた。地上から見る星と違って、それらは瞬くことはなかった。
「星々の輝きは凍るほど美しい。その無数の輝きの中には、俺達のような、いや別の
形でもいい、いろんな生物がいるはずだ。そいつらは俺達と同じ時間に生きているの
か、過去に生きていたのか、あるいは未来に生きていくのか。それは誰にも分からな
い。だが、無数の星の輝きの中で俺は感じる。俺達と同じ生命が、この宇宙に満ち溢
れているのを。俺は孤独じゃない。この無限の宇宙の中に多くの仲間がいる……って
ね」
「あなたは子供みたいね」
「子供?」
「そう、子供。私の逢った大人の男達はみんな雑踏の中で生きていくことに必死。権
力や地位や金に貪欲で醜かったわ。でもあなたは違う。子供みたいに純真。夏の暑い
日に麦わら帽子を被り、破れた捕虫網を持ってトンボやセミを追い回している真っ黒
に日焼けした少年。男としては始末に負えない。でも興味があるわ」
アニタは自分の持ったグラスを掲げた。
ロックもそれに習う。
「無数の星と、孤独な男と………女に」
アニタが囁いた。彼女の潤んだ瞳に、ロックは強烈な何かが込み上げてくるのを感
じた。
カチンとグラスを合わせると、二人はグラスの中の赤い液体を口に含んだ。
世界がグルグルと回っていた。色とりどりの光が渦巻き、ほのかな甘い香りが漂っ
ていた。その光を背負った人影が歩いて来る。
人影が優しく囁く。
「あ・な・た……」
その声はロックの心の奥底に染み込んでくる。懐かしい響きの声。甘い香り。
「マスドライバーが恒星間移民船を狙ってるっていう話を誰から聞いたの?」
「なんのことだ……」
「隠さなくてもいいでしょ? わたしたちは一心同体。わたしはあなた、あなたはわ
たし」
ロックの頬を暖かい手が撫でる。
「鉱石を船にぶつけるって話。そんなおとぎ話を誰から聞いたの?」
「お前は誰だ?」
「わたし? わたしはあなたが一番逢いたがっていた女」
「ジェニファー……」
「そう、覚えていてくれたのね。そうよ、あなたのジェニファーよ」
「逢いたかった…。ジェニファー……」
ロックは、光の中に浮かぶ影を抱き締めた。
「教えて、マスドライバーで宇宙船を狙うなんて誰が言ったの?」
「ロン……。事故で死んだロン・コービック…」
「ロン・コービックですって!」
その声に光が薄らいだ。
ロックは腕の中の温もりを確かめた。それは確かな存在だった。
だが、それは彼が求めていたジェニファーとは全く別人だった。
「あんたは……」
ロックは自分の腕の中の相手を信じられない思いで見つめた。
一糸まとわぬアニタは、美しかった。豊かな量感の肉体は彼の身体に心地好くもた
れていた。
「私はあなたみたいな男を探していたのよ」
間近で見るアニタの睫毛は長かった。その睫毛が裸のロックの胸板をくすぐる。
しかし、ロックの心は急速に冷えていった。
「あんたは酷い女だ。男を喰い物にする。俺に何を飲ませた?」
「害は無いわ。メスカリンの一種」
「自白剤か……。俺の心の中を覗いて楽しかったか?」
「あなたが背負っている悲しみを見たわ。あっ!」
ロックはアニタを突き飛ばした。素っ裸のアニタは宙を舞い、寝室の壁に背中を激
しくぶつけた。彼女はそのまま、反動で床に撥ね飛ばされた。
「俺に薬を飲ませたことは大目に見てやる。だが、ジェニファーの振りをしたことは
許さん。人間として、やっちゃいけないことだった」
「あなたに酷い仕打ちした女は、もうすぐ居なくなる。船と一緒に宇宙のもくず。そ
して、あなたは私のものになる」
床の上で四つん這いになったアニタは、豊かな乳房を揺らしながら、ベッドの上の
ロックを見上げていた。
−−−−−−−−−−−(TO BE CONTINUED)−−−−−−−−−−