#1719/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC ) 89/ 7/27 14: 7 (198)
変・本格ミステリー * ブルーorグレイ? [2] 永山
★内容
ブルーorグレイ?−−もしくは「読後感想は?」−− 策斜和誰堕弄
「だからさ、犯人を捜そうじゃないか。」
本山が言った。
「あれ、自殺だったんでしょう?それなのに、犯人捜しなんて、おかしい。」
木原が言った。ここは文芸部部室を兼ねた図書室。木原は部員ではないのだが、
入り浸っている。本山が再び言った。
「あれは自殺なんかじゃないよ。」
「どうしてそんな事、分かるの。」
「推理したら、すぐ分かる。」
本山は、それから、その丸い顔に汗がふき出してくる程熱心に、吉田刑事とほ
ぼ同じ疑問を口にした。本山の情報源は、新聞・テレビ等のマスコミと自分が
経験した事だけだから、吉田刑事よりは劣るが。
「変と言えば変だけど、気にする程の事?あの人、変わってたし・・・。何
せ、カミ様だったもの。」
「それじゃ君は、同級生の死が殺人かも知れないのに、傍観しようと言うの
かい。」
「はっきりと殺人と分かるのならともかく、このままじゃあ、ちょっとね。」
「冷たいんだね。」
「ん?聞き捨てならないわね。それよりもあんた、随分と執着するじゃない。
まさか、河野さんのこと、好きだったとか・・・。」
「冗談じゃない。あんなオカッパ頭のド近眼で、いつも僕達の成績を一つ下
げていた奴なんか。」
確かに、河野は厚手の眼鏡をしたおかっぱ頭の、どちらかと言えば不器量な方
の生徒だ。
「女を奴なんて言っちゃいけないぞ。故人にそんな事言うなんて、ひどいの
は君の方よ。」
「君が変なことを言うからだ。ともかく、手伝ってくれよ。いや、手伝わな
くてもいいから、聞き手になってくれよ。そうじゃないと張合いがなくて。」
「いいわ。でも、これ以上、情報が集められるかしら。」
「あまり期待できないだろうね。だけど推理する要素なら、たくさんある。
まず、動機、殺人の動機だ。これはもう、2年生全員に動機があると言っていい。
河野さんがいなくなれば、確実に成績が上がる。彼女は人とトラブルを起こす
ような人じゃなかったから、他の動機は考えられない。これで容疑者は、2年
生全員になる。これを絞り込むには、アリバイだ。当日、犯行があったと思わ
れる時刻に学校にいたのは、僕、君、A君、B君、Cさん、高橋名人、荒木田
委員長、鈴木君、田中さんの9人だ。これはウチのクラスの人のみだけど、河
野さんは、他のクラスには友達と呼べる人がいなかったようだから、殺しに来
たら、不審に思うはずだ。それなのに彼女は毒を飲んで死んだ。と言うことは
犯人は彼女の友達、少なくとも、ウチのクラスの生徒に限っていいと思う。さ
らに先の9人の内、僕、A君、B君はお互いのアリバイを証明できる。君とC
さんにしても、同様だろう。荒木田と鈴木は陸上部の朝練をしていたらしいけ
ど、途中、10分程の休憩をしたそうだから、完全なアリバイとは言えない。
田中さんは、彼氏である荒木田を見ていたと言うけれど、証人はいない。名人
は、この図書室に1人でいたんだから、これも証人なし。もし、犯人が単独犯
だとしたら、怪しいのは、動機の面も考えて、本命高橋名人、対抗田中さん、
穴が荒木田と鈴木。」
「じゃ、名人が犯人?」
「断定は出来ない。いくらウチのクラスの者が犯人だと考えても、その中で
最も河野さんと仲の悪いと言うか、ウマの合わないのが、名人だろ。毒を飲ま
せるのは難しいんじゃないかな。」
「それじゃあ、田中さん?」
「毒を飲ませるという点に限れば、女子の方が有利だろうな。河野さんに恋
人でもいれば別だけど。」
「あ、大事なこと、忘れているわ。遺書よ。河野さんの筆跡に間違いなかっ
たのよ、あれ。」
「ああ、あんな物、書かせようと思えば、出来るよ。河野さんは英研に入っ
ていて、英語が得意だった。また、遺書は原稿用紙に書かれていた。この2つ
の条件から得られる答は一つ、犯人は河野さんに英文の訳を原稿用紙に書いて
もらうよう、頼んだんだ。もちろん、英文は例の遺書の言葉を英訳した物だ。」
「それなら出来るわね。河野さんは勉強について何か教えてもらうよう頼ま
れると、断われない性格だったみたいだから。内心は軽蔑していたのかも知れ
ないけど!Bハナも、この方法じゃ、名人は犯人じゃないわね。」
「どうしてさ。」
「名人はプライドが高そうだから、カミ様に頭を下げて教えてもらうなんて、
出来ないんじゃないかしら。」
「そうだろうけど、殺すことを思えば出来るんじゃないかな。そうだ、教え
てもらったお礼に、と言う大義名分があれば相手が誰であろうと河野さんはジ
ュースみたいな飲物を受け取るんじゃないか。その飲物に毒を入れておけば・
・・。」
「そうね、それなら、名人にとって、ほとんど障害はなくなるわ。これはい
よいよ名人が犯人かしら。」
「残念ながら、証拠がない。せめて、毒を入手したことが分かったらな。」
このように高橋が犯人だとほぼ、断定した翌日、高橋が死んだ・・・。
それは、明らかに殺人だった。現場はH高校の校舎内、理科室(正確には理
科準備室)前の廊下。警察から吉田刑事らが調べに来て調べた結果、分かった
事は被害者、高橋勝秀の死因は棒状の物による後頭部殴打。凶器は現場に落ち
ていた鉄パイプとみられる。この鉄パイプはパイプ椅子の一部で、運動場の隅
に幾らでも転がっている代物のため、凶器から犯人を絞り込むことは出来ない。
もちろん、指紋は残っていなかった。死亡推定時刻は発見が早かったため、割
と絞り込め、午後4時30分から午後5時頃の間。偶然か故意か、この理科室
の管理責任者は高橋のクラス担任の佐藤であり、第一発見者も理科室に資料を
取りに来た彼であった。彼の話によると、午後5時30分頃、資料を取りに理
科室まで行くと、廊下に誰か生徒が倒れているのが見え、急病かと思い近付い
てみると死んでいるのが分かった。高橋だという事は、この時に気が付いた。
その後、すぐさま校長に連絡し、警察に通報となったと言うことである。他の
教師の証言と警察への通報があった時刻から考えて、佐藤の言っていることに
嘘はなかった。理科室は別館の3階にあり、滅多に生徒は行かないため、有力
な目撃者はいないようだった。
「河野の自殺と何か関係があるのでしょうか。」
佐藤が、学校を訪ねて来た吉田刑事を応接室に呼び入れ、話を聞いている。
「あるかも知れません。実は、私は河野という生徒の死について、疑問があ
るのです。」
「どういう疑問ですか、刑事さん。」
「自殺ではなく、他殺ではないかという疑問です。理由は・・・。」
と、吉田刑事は自分の考えを話した。初めは極秘に調査を行おうかと考えたが、
第2の事件として殺人が起こった今、「公開捜査」に踏み切ることにしたのだ。
「そう言えば、ウチのクラスの生徒が同じような事を言っていましたよ。」
「ほう、何という生徒です?」
「刑事さんも知っているでしょう、河野の件で証言をした本山という生徒で
す。大体、同じ事を言っていました。いや、これは噂で聞いたのですが。」
「一応、話を聞いて置きたいですな。ここに呼べますか。」
「ええ。」
放送で本山が呼び出されたのは、それから2分と経っていなかった。
「君も、河野さんは殺されたと考えているそうだね。」
吉田刑事は率直に聞いた。本山が答える。
「はい。あの、君も、と言うと、警察でも殺人だと考えているんですか。」
「いやいや、そう考えているのはほんの数人で、自殺でカタがつきかけてい
たんだ。ところが、もう知っているだろうが、今度は高橋君が殺された。初め
の事件と何か関わりがあるのかも知れない、と言うことで、また捜査に来たと
いう訳だ。それで何か思い付いた事はあるのかな?あるのなら、ぜひ、話して
欲しいのだが。」
「はあ、最初、僕らは−−僕らというのは、僕と友達の二人で考えたという
意味です−−名人、じゃない、高橋君が犯人だと推理しました。動機、アリバ
イの面から見て、彼が最も怪しかったからです。ところが今度、その高橋君が
殺された。それで困っているんです。せめて、自殺ならば、罪の意識に耐えら
れずに自殺、と解釈できるのに。」
「そうだろう。ところで河野さんの、まだるっこしいから第1の事件としよ
う、第1の事件を殺人と判断したからには、あの遺書の説明は出来るんだろう
ね。教えてくれないかな。こちらはさっぱりわからんのだ。」
吉田刑事にこう言われて、本山は遺書を書かせるトリックを説明し、ついでに
毒入りの飲物を飲ませる「大義名分」も話した。
「なるほど。そうか、遺書にホッチキスの跡があったのは、元の英文を綴じ
ていたためか。」
「へえ、ホッチキスの跡が残っていたんですか。じゃ、犯人は犯行後、その
原文を持ち去ったんでしょうね、筆跡を残さないために。」
「仲々やるねえ。その時、原稿用紙についた指紋を拭き取り、死体と化した
被害者の手で新たに指紋を付けたに違いない。」
そう言いながら、吉田刑事は思った。この生徒は使える。捜査に協力してもら
おうか。万が一、この生徒が犯人だとしても、捜査に協力させておけば、自分
が有利になるような矛盾が出るはずだから、大丈夫だろう、と。
「頼みたいことがあるんだがね。」
「何です、刑事さん。」
「余程容疑が強くない限り、未成年者であるここの生徒を取り調べるのは、
あんまり好ましいことじゃない。そこでだ、君に調べてもらいたいんだ、第1
の事件でアリバイのなかった生徒の、今度の事件のアリバイを。やってくれる
かい?」
「友達を売るようで、なんだか気がとがめるけど、ま、いいか。その代わり、
警察で分かった事は僕にも教えてください。いいでしょうか。」
「ふむ、仕方がない。いいだろう。」
そうして本山が調べた結果、第2の事件でアリバイがなかったのは、偶然にも
第1の事件でアリバイがなかった荒木田、鈴木、田中、そして本山自身だった。
A男、B男、C子は各々、友達の家に寄っていた事が分かった。また木原は居
残り勉強中だったと、補習の教師が証言をした。高橋が何故、理科室に行った
のかは、分からなかった。犯人に呼びだされたのなら、不審に思わなかったの
だろうか。死体移動の可能性は、危険が伴うため、ゼロに近いと思われる。ま
た、新たな容疑者は浮かばなかった。これらの事を警察に話し、高橋の殺され
た日の行動に不審な点はない、と言うくだらない情報を換わりに得た本山は、
図書室で木原としゃべっている。
「全く、不公平だよ。あれだけの事に対して、こんなくだらない情報一つだ
なんて。」
「ボヤかないの。それより犯人の目星はついたの?」
「うーん、まだちょっと。でも、一つ思い付いた事がある。犯人は成績の良
い順に殺しているんじゃないか、とね。」
「もし、そうだとしたら、次に殺される成績が上から3番の人は荒木田君じ
ゃないの。」
と木原が言ったとき、先輩がやって来た。
「なーに、成績だの殺しだの、イヤな感じ。」
石鳥純。高3で文芸部部長だ。話を聞いた彼女が意見を言った。
「それなら私達3年生にも動機がある訳だ。特に成績不振の者には。」
「は?」
「成績が悪けりゃ、大学をスベって一浪し、あなた達2年生と重なる訳じゃ
ない。そうなると、そんな頭のいい人は消しておくのに限るわ。」
「まさか。冗談でしょう。」
「もちろん冗談。でも、本山君、君の今の話じゃその河野って子に先輩はい
ない言っていたけど小学校・中学校の時の先輩がいるかも知れなくてよ。一応、
調べといたほうがいいんじゃないの。」
こう言われて本山は実際に調べてみたのだが、これが結構、骨の折れる仕事で
あった。出身中学が同じかどうかは名簿を調べれば分かるが、小学校となると
直接、学校へ行かなければならなかった。その結果、河野、高橋の2人の先輩
及び後輩の内、何等かの動機があり、アリバイのない者はいなかった。
「結局、骨折り損か。これはもう、荒木田、鈴木、田中さんの3人の中に犯
人がいるとしよう。僕自身は第2の事件のアリバイはないけど、第1事件では
A男やB男と一緒にいたと言うアリバイがあるんだから、除外させてもらって
も、誰も文句は言うまい。さあて、第1の事件はかなり検討済みだから、第2
の事件を中心に推理してみようか。アリバイや凶器からは犯人像を絞れないか
ら、殺人が可能か否かを考えてみると・・・。」
「女の子である田中さんには、高橋名人を殴り殺すなんて、出来ないんじゃ
ないかしら。」
木原が言った。
「そうかな。近頃の女は力があるからね。ま、これは冗談として、手で殴り
殺した訳じゃない、パイプで殴ったんだ。これぐらいなら凶器の重みで出来る
と思う。それに高橋は見ての通り、ヤセ型で背も高くはない。だから女の子で
も充分、殺せると思う。問題はどんな理由を用いて、高橋をあの理科室前に呼
び出したか、だ。」
「それなら高橋君は付き合いが悪い方だったから、誰もできないんじゃない。
少なくとも女子には無理ね。」
「うん、僕も初めはそう思ったんだ。でも、実を言うと、これでも犯人は絞
り込めないんだ。」
「どうして。」
「『おい、高橋、佐藤先生が理科室に来てくれって呼んでいるぞ。』と犯人
が言ったとしたら?これなら誰にでも可能だ。」
「誰でも可能か。結局、何もわかんないじゃないの。」
「そういう事になるな。」
このように本山達が無駄足を踏んでいる間に、第3の事件が起こった・・・。
−続く−