#1673/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (YDA ) 89/ 7/ 5 17:53 ( 63)
魔術師 やまと あつし
★内容
マトリックス氏は記者会見で次のように語った。
「この世には超能力などというようなものは存在しません。あれは
全て手品によるトリックなのです。私は全てを暴いてみせましょう。
私は手品を使って、彼ら超能力者と自称する人たちのやることと同
じ事をやってみせましょう。全て出来るのです。私には超能力など
と言って人を惑わしている人々が許せません。そこで健全なるイン
ターテイメントの発展ために立ちあがりました。私は挑戦します。
超能力者の皆さん、もし自分の超能力に自信がおありなら私の挑戦
を受けてもらいたい」
マスコミはマトリックス氏に飛びついた。
TPSテレビではさっそく「超能力への挑戦」という特別番組を
企画した。テレビ朝露でも「勝っても敗けても超能力」、フジ日本
テレビは「笑っていいかな?超能力」。テレビトキオは残念ながら
予算の関係で企画を断念したせいか視聴率がますます下がってしま
った。
各週刊誌も競ってマトリックス氏の記者会見に関連した記事を書
いた。堅いことで知られる毎朝読新聞も、飯田橋大学の新大久保教
授の解説をのせた。新大久保教授曰く
「超能力はおそらく存在しないでしょう。穴の開いていないコイン
をタバコが姦通、いや貫通する等ということは物理学的に考えられ
ないことです」
このようなわけで・・・
超能力者といわれている人が次々とテレビに出演していったのだ
が、視聴者の期待を裏切ってというか、または期待通りというか、
超能力のトリックが片っ端から暴かれていった。
タバコのコイン抜けは手のひらのなかで素早く穴の開いたコイン
と交換されていた。コインが手のひらを貫通するときも、実に素早
く、用意しておいた半分かけたコインと交換されていた。透視術は
目隠しに問題があったし、心霊写真は回りの人の目を盗んでフィル
ムが感光されていた。
超能力者たちはだんだん不機嫌になっていった。なかには涙を流
しながら視聴者に自分の超能力を信じてほしいと訴える人もいたが、
もはや世論の流れは変えることが出来なくなっていった。マトリッ
クス氏に対する抗議の電話もはじめのうちこそ多かったが、やがて
潮が引くように無くなっていった。
マトリックス氏は得意だった。そして、この挑戦シリーズの締め
くくりとしてNNKテレビの「ニュースTOMORROW]に出演
して勝利宣言を行なった。
「超能力というのは幼児的な願望が肥大したものでしかありませ
ん。病気が鼻の頭を撫でるだけで治るとしたらどんなにいいでしょ
う。何もない皿の上に、掛け声ひとつでケーキが出現したらどんな
に楽しいでしょう。しかし、現実というものはこのような魔法を許
しません。ですから私達は知恵を絞ってトリックを考えだすのです。
皆さん、これからも手品をご覧になるときは、このことを心に留め
ておいてもらいたい。そして、もし素晴らしいと感じたなら、どう
か私達のトリックと技術に対して拍手を送ってもらいたい。あなた
の拍手が私達の努力の励みになるのです」
NNKの控え室に戻るとマトリックス氏は満足げにタバコに火を
付けて煙を吐き出した。これでやっと終わった。もう超能力者と名
乗るものは出てこれないだろう。
ふと気が付くと手元に灰皿がなかった。部屋に誰もいないことを
確かめてから、部屋の隅にある灰皿を見つめた。灰皿はふわりと宙
に浮くと漂うように近付いて来る。マトリックス氏は手元に着地し
た灰皿に、タバコの先の灰を払い落としながらつぶやいた。
(この世に超能力者など存在しないのだ。わたし以外は)
〜Θ−Θ〜 やまと あつし YDA49104