#1666/1850　ＣＦＭ「空中分解」
★タイトル (NQC     )  89/ 6/30   1:31  ( 73)
中型ゐんば小説《東京特許許可局》・・・・・・・・・天津飯
★内容
松本喜三郎は今年の春　三本松大学を卒業し東京特許許可局に入局した
彼は名門三本松大学在学中から秀才の誉れ高く
卒業のときには総長から首席に贈られる金時計を首にかけてもらい
スポーツも万能で大学に入ってから始めたテニスで
ソウル・オリンピック代表にもなった
語学は英仏独は言うにおよばずラテン　サンスクリットにも通じ
中国語　モンゴル語　スワヒリ語などいずれも
その国の人と５分もしゃべればお前はネイティブかといわせしめた
顔は田村正和　村上弘明　天津飯を足して３で割ったというとんでもない２枚目だった
当然のことながら彼の行くところ常に美女が山をなし交通整理のため機動隊が出動した
恋人は３８人　愛人２８号　３００万出すからつき合ってくれと頼まれた
神楽坂の芸者が一人というすさまじいモテかただった
上級職試験には大学３年のときにパスしたキャリア組で
当然ながら高級官僚としての将来が約束されていた
イタリヤ製のスリーピースに身を固め  ＢＭＷに乗って
最初に登庁したときは噂を聞いた庁内に勤務する全女性５８人と
掃除のおばちゃん３人が彼のデスクに押し掛け室内はパニックとなった
ところが　そんな騒ぎをよそに彼には目もくれず一人窓際の席で
ボンヤリと窓の外を見ている男がいた杉野森弥三郎だった
喜三郎はそんな彼が妙に気になった
ある日喜三郎は杉野森のデスクに近ずいてそれとなく様子を窺った
相変わらず仕事をしている様子は無い
机の上に置かれた紙を覗きこむと
『我ときて遊べや舌の無い雀　無舌』とだけ書いてあった
どうやら一日俳句を詠んでいるだけの窓際族らしい
無舌というのはかれの俳号であるらしかった
そのとき不意に杉野森が窓の外に向けていた視線を喜三郎の方に向けた
急に目があってドギマギする喜三郎にたった一言
「ん」というと杉野森は再び窓の外に視線を戻した

それから喜三郎はしだいに仕事に没頭していき彼のことは忘れてしまっていた
バリバリと仕事をかたずけていく喜三郎の姿は自信に満ち
彼の類まれな優れた能力をもってすれば何事においても
不可能な事は無いかのように思われた
しかし　そんな彼に思いもかけない陥穽が待ち受けていた
「じりりりーん！」
彼のデスクのベルが　けたたましく鳴った
勢いよく喜三郎は受話器を取ると
「はい！　トウキョウトッツ、キョ、キョワ、キョワキョクです」
その時彼の端正な顔に生まれて初めて当惑の色が浮かんだ
彼が味わった生まれて初めての挫折だった
たった一度の舌のもつれが彼の全ての自信をドミノのように崩していった
そして失われた自信は二度と取り戻すことは出来ず
彼は二度と再び「東京特許許可局」と正確に発音出来なくなっていた
それから彼の苦闘の日々が始まった
道で会った近所の人に「どちらに　お勤めですの？」と聞かれた彼は
「トウキョウトッツ、キョ、キョワ、キョワ、キョワ、キョワキョク」
それだけ言うと真っ赤になって逃げるようにして帰宅した
それ以来　彼は道で知合いに会うことを恐れた
なかでも喜三郎が極度に恐れたのは電話だった
とうとう電話のベルが鳴る度にヒキツケを起こす喜三郎を見かねた
上司が彼を電話の無い窓際に席を移した　あの杉野森弥三郎の隣だった
例の一件以来　喜三郎は杉野森を無能な窓際族で人生の敗残者だと決めつけ
それまで歯牙にもかけなかったのだが　そんな彼の思いを知ってか知らずか
憔悴しきった喜三郎を憐れむような目つきで杉野森が喜三郎にお茶を煎れてくれた
そのとき初めて喜三郎は杉野森と話をした
話といっても筆談だった杉野森は口がきけないのだった
二人で窓際に机を並べて話をするうちに
喜三郎は彼から驚くべき事実を教えられた
なんと無能だと思っていた杉野森は喜三郎と同じキャリア組のエリートだったのだ
大学は三本松で首席でテニスの選手でオリンピックだった
語学は英仏独でラテン　サンスクリットでモンゴル　スワヒリだった
若い頃は　顔は田村正和　村上弘明　天津飯で
恋人３８人　愛人２８号で　神楽坂３００万だった
彼が最初に登庁した日にはパニックで掃除のおばちゃん３人だった
そして彼もまた「トウキョウトッツ、キョ、キョワ、キョワ、キョワキョク」
で挫折したのだった　しかも彼は無理して立ち直ろうとしたため
誤って舌を噛み切ってしまったというのだった・・・

人生の虚しさを知った喜三郎は上司に辞表を出すと
郷里の松戸に帰って梨作りを始めたという

                                                      ［完］