AWC 松陰神社のかたつむり 野水 じゅん


        
#1642/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (UMC     )  89/ 6/14  22:32  ( 49)
    松陰神社のかたつむり           野水  じゅん
★内容
  かねてより心引かれるものがあって、一度訪ねてみたいと思っていた世田谷区にある
松陰神社と豪徳寺をやっと先日訪れた。

今年のつゆは男性的との予報であるが、まだ湿り気は少なく風も涼しくて、歩いてめぐ
るのには、丁度気持のよい日であった。
豪徳寺は、井伊直弼の葬られている寺で、さすが規模といい、その古びといい立派な
ものだが、私にはやはり松陰神社の感慨がより印象にのこった。

                    まぼろしの松陰像や友の墓

松陰神社内のどこに松陰像があったかさへ記憶が定かではないが、私には友にかこ
まれた比較的質素な松陰たちの墓と、松蔭像が頭の中で重なりいま実像を結んでいる。
そして厳しい中にも親しく、将来の夢を共に語り合っているように感じられる。

  鳥居をくぐった左手に松下村塾の復元舎があり、見ていると当時の熱血の志士たち、
松陰のほとばしる情熱と激動の世相、そして彼等の日々の生活と愛憎が、まざまざと
脳裏を走るように高まる鼓動を伝えてきた。
その右手には神社に向かってみごとなあじさいが咲いており、あたかも松下村丸の帆船
が有志たちを乗せあじさいの海に浮かび、嵐を乗り切っていくような錯覚すらおぼえ
させ、身の内に粟立つような思いがはしる。

                   あじさいの海乗り出しき松陰塾

  平凡な我が身ゆえに、松陰の意を受けついだ有能な志士たちと、日本の礎ともなった
松陰その人の偉大さに強く心を動かされる。思えば松陰ですら、その後の日本がどう
なるのか、また塾生がいかなる役をはたすか、まったく見通せなかったであろう。
しかし志に燃えて有能な若者の心に火を点じ、壮大な力を形成した松陰の偉業は、
永久に朽ちることはない。志にむかい思い切り燃焼しつくす、そこに無意識の改革が
宿ったのだろう。
また今となれば善悪をこえ、志し半ばに倒れた人達や、安政の大獄を決した井伊大老
なども、すべて今日の歴史の大きな歯車の一つとして欠かせない。

                   つゆの墓しらゆり三つすがれおり

  結局幕府も尊王攘夷も、日本帝国も、わずか百二十年の間に消えさり、そして現在
の繁栄を迎えている。我が国二千年のうち最も富み栄えている現代も、ここから始
まったのであり当時の激動をめぐる吉田松陰と、井伊直弼たちの争いも歴史は知らぬ
げに溶かし、今年の梅雨に我々はある。
そして今また、未曾有の難しい国の選択の岐路がさし迫って来ているとき、あらためて
松陰を想い、及ばずながら我々も未来を想い、彼の残した大きな遺産を忘れるべきでは
ないと思った。

  目と鼻の先にある松陰神社と豪徳寺の、両者の墓をめぐるように争いも恩讐も越え、
ひとけのない静けさのなかで、かたつむりは紫陽花の葉をたゆみなくゆるゆるつたう。

                   松陰と  直弼めぐる  蝸牛かな
                           なおすけ        かぎゅう
                                                                       完
              ID:62826                  野水  淳




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