#1610/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (YDA ) 89/ 6/ 4 17: 9 (144)
さすらう人々の思い出 やまと あつし
★内容
Aさんのこと
とても優しそうな感じのAさんは、「実は、殺人未遂の前歴があるんだ」
と言い出しました。
私が新聞の代理配達の仕事を始めたころ、一週間くらいAさんと同じ部
屋に入れられた事がありました。冬でした。二人で炬燵に寝そべって、と
りとめもない話をしていたときにAさんは自分の過去を話し始めたのです。
殺そう決めた相手はAさんが片思いした女性でした。ある日のこと、A
さんは自分の思いを一大決心をもって告白したのですが、全くつれなくさ
れ、そのショックから、ひと思いにその女性を殺して自分も死のうと思っ
たそうです。そこで、彼女の帰宅途中を狙い、電柱の影で包丁を持ったま
ま待ち伏せていました。やがて彼女がが来ると飛び出していって腹を突き
刺し、次に自分を刺そうとしたのですが、これがなかなか出来ないでいる
うちに逮捕されました。
刺された女性は運よく一命をとりとめたそうです。Aさんの方は精神鑑
定を受けて、施設に入れられ、最近そこから出て来たのだけれど、これと
いった仕事が見つからなので、とりあえずこの仕事に就いたとのこと。
それから自分には変な感覚があるんだ、と少し笑いながら言い出しまし
た。モーツアルトの曲を聞くと、どういうわけか勃起するというのです。
街を歩いているときでさえも、急に股間がモッコリしてくるので「アレッ?」
と思って耳を澄ませると、いつも決まって何処からかモーツアルトの曲が
流れているのだそうです。
その後、互いに違う新聞屋に配属されましたのでAさんとはそれっきり
になってしまいました。あれからもう二十年近くになります。
Aさんは、いま何処でどうしているのか。
蒸発して来たBさんのこと
四十代なかばくらいのBさんは、やつれて果て、真っ赤になった目をこ
すりながら私の部屋に入ってきました。
このころ住んでいたアパートは一階がクリーニング屋になっていて、B
さんはこの店が出した、新聞の求人公告を見て来たのですが、あいにくと
この日は休みでシャッターが降りていました。そこで二階にあがって、私
の部屋のドアを叩いたのです。これも冬の日のことでした。
かなり憔悴しているようで、異様な印象を受けました。
電話を貸して下さいとの事だったので、部屋のなかへ招き入れました。
Bさんは部屋の隅に置いてある電話の前にきちんと正座すると、しわくち
ゃになった新聞の切れ端をポケットから取り出し、指を震わせながらゆっ
くりとダイヤルしました。しかし、誰も出ません。何回かダイヤルしたあ
と諦め切った表情で受話器を置くと、うなだれたまま黙り込んでしまいま
した。私も、異様な雰囲気のBさんに、どう話し掛けたらよいのか分から
なかったので黙っていました。やがてBさんは半分泣いたよな声で話しは
じめました。
二日前に、群馬県の太田市というところから自転車に乗って東京に出て
来たのだけれど、わずかばかりのお金しか持って来なかったので、ほとん
ど食べていないとのこと。もちろん宿に泊まるお金もないので、仕方なく
野宿したのですが、冬の寒さでほとんど眠ることが出来なかったそうです。
群馬県から東京までというと、かなりの距離になると思うのですが、そこ
を敢えて自転車に乗って出てきたのですからよほどの事があったのでしょ
う。しかし、その辺の事情については、何を聞いても黙ったままです。た
だ、家族は、と聞いたときに、「居ます」とだけ小さな声で答えてくれま
した。
とにかく住み込みの仕事を早く見付けたいとのことでしたので、その日
の新聞を渡しました。Bさんは求人欄のなかから適当なのを見付けてダイ
ヤルすると、なんと最初の一件目で話が決まってしまいました。お菓子屋
さんで、配達の人が居なくて困っているので、今すぐにでも来てほしいと
のことです。Bさんは道が分からないので途中で電話を替って場所を聞き
くと、アパートから3,4キロ位の分かりやすい所にありました。
Bさんは電話を借りた礼を言ってから、紙と鉛筆はないかというので渡
すと、何を思ったのか太田市の自分の住所をそこに書きました。私は黙っ
てそれを受け取りました。
それからBさんと一緒に外に出て、あそこの信号を左に曲がって・・・
と道順を教えてあげると、何度も私にお礼を言ってから、ごつい自転車に
またがって、ゆっくりと去ってゆきました。
後になって、Bさんは腹が減っていたのだからラーメンでも作ってあ
げればよかったのにと、気の利かない自分に腹が立ちました。
それにしても、いったいBさんに何があったのだろうか。家庭のいざこ
ざからか、あるいは何か犯罪に関係したことか。なぜ住所のメモを残して
いったのだろうか。
Bさんのその後は全く知りません。住所のメモはしばらくは引出しに入
れたままにしておいたのですが、引っ越しの時に捨てました。
7、8年前の出来事です。
住所不定のCさんのこと
Cさんは、60才位で、痩せていて、ちょっと浮浪者風の格好で、よく
駅前でキャバレーの看板を持って立っていました。十年くらい前のことで
す。
このころ私は氷配達の仕事をしていました。そこは下町の歓楽街で、し
かも場外馬券売場があるので土日となると、かなりの賑わいになります。
馬券を買いにくる人を目当てに、風俗営業の店も多くあり、人込みとけば
けばしさで、かなり猥雑な所だったですが、そういった雰囲気が妙に私を
引き付けるのでした。
こんな街で、おしぼり屋さんや、屋台の人、キャバレーの呼び込みをや
っている人などと仲良くなりました。Cさんもその一人でした。普段の日
は看板を持って立っているのですが、土日になると予想屋さんのサクラに
なります。予想屋さんというのは当てにならないものなのだそうで、競馬
新聞に書いてあることを適当にアレンジしているだけだとの事。こうした、
いい加減な的中予想をガリ盤で刷って、封筒に入れ、何千円かで売ろうと
いうのです。
どうやって売るのかというと、予想屋さんの回りに適当に人だかりがし
てきた頃を見計らって、Cさんが
「いやー、この前はどうも有難うございました。お陰で大儲けさせても
らいましたよ。これは儲けさせてもらったホンノお礼ですから、どうか受
け取ってください」
と、前もって渡されていた万札を差し出しながら
「今日もよろしくお願いします」
と言って、ひとつ買っていく。すると、回りの人もつられて買う。
生きるために人はいろんな事を考えるものだと感心してしまいます。
ある日、Cさんが具合が悪そうにしているので尋ねてみると、もともと
お腹が変なのだけれども、今日また痛みだしたというのです。病院へ行く
ことをすすめたら、お金がないという。役所へ行って生活保護の手続きを
したら、と言うと、あれは住所がないと駄目だという。実は自分には住所
がないのだという。どうして住所がないのかときくと、不愉快そうに顔を
そらせる。病気がだんだん悪くなるじゃないかと言うと、どうせもうじき
死んでしまうからいいのだ、と投げやりだった。どういう生活をしている
のだろうか。
しばらくしたある日の夕方ごろ、Cさんは看板も持たずに駅の前でぼん
やりと立っていた。
昨日からなにも食べていないと言うので、「これで旨い物でも食べな」
と言って千円札を渡しました。Cさんはそれを受け取っても、ボーッとし
たまま黙って立っていました。私はそのまま別れて電車に乗っていったの
ですが、次の日の夕方、また駅にCさんがいました。
涙を流しながら昨日のお礼を言うので、こちらの方が何だかばつが悪く
なってしまいました。曰く、「こんなに親切にしてもらったのは初めてだ」
とか「世の中にはいい人も居る、という事を初めて知った」とのこと。い
ったい今まで、どういう人生を送って来たのだろうか。すさんだ人間関係
しか無かったのだろうか。
私は体調を悪くして氷屋をやめて以来、この街から遠ざかっていました。
あれから十年。ふとこの街が懐かしくなって訪れてみた。そして、余り
の変わりように驚いてしまった。
氷屋のあった所には大きなラブホテルが建ち並び、汚れていた馬券売場
はきれいなビルに、ごちゃごちゃした飲み屋街は地上げで、きれいに更地
になっていた。デパートが消えて駐車場に、映画街は白い大きなビルに飲
み込まれていた。
私はあの頃の思い出を探し求めながらとても悲しい気持になっていった。
みんな消えてしまって、そして、みんなどこへ行ってしまったのだろう。
Cさんも、どこかで、まだ生きているといいのだが。
やくざに追われていたDさん、大きなお腹を抱えたまま浮気の相手と駈
け落ちしたEさん、・・・
みんな、それぞれの人生を・・・
YDA49104 やまと あつし