AWC 『殺しとキスとセーラー服』(3)旅烏


        
#532/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG     )  87/12/ 2  23: 8  (125)
『殺しとキスとセーラー服』(3)旅烏
★内容

「おい、久美子・・ちょっと酷かないか?俺の足を見て見ろよ・・・擦りむけてるぜ」

芳夫君がびっこをひいて最後尾を歩きながら、ツンとしている私にささやいた。

「乙女心の傷は、擦りむきくらいじゃ済まないわ、もう絶交よ!」

「そんなに怒る事ないだろ?痛い目に会ったのは俺なんだから・・な、久美子」

「知らない!もう私を久美子なんて呼び捨てにしないでっ!あっち行って、シッシッ!
」

「俺あ犬っころじゃねぇや!」

五人が揃って8階の小原和江の部屋の前に立ったのは、深夜2時半を過ぎていた・・・
「もしもし、小原さん・・・済みません、起きて下さい・・・」

チャイムを何度鳴らしても、ドアから声を掛けてもシンと静まり返った室内からは何の
応答もない。
五人がなんとなく顔を見合わせると久野管理人は小さく諾いて、鍵の束から取り出した
部屋の鍵を鍵穴に差し込んで、ゆっくりと回した・・・・
鋭いカチッという音がして、鍵が外れた。

「じゃあ皆さん、入りましょうか?」

緊張で青ざめた顔の久野管理人は、おそるおそる鉄製のドアを開ける・・・
高田氏と小林君のお母さんは、気味が悪いのか一番後ろに回った。

「久美子、ほら俺から離れるなよ」

喧嘩したとは言え、私のボディガードを自認する芳夫君は私の前で腰を屈めて金属バッ
トを握りしめている。
小さなテーブルランプが点灯しているリビングルーム以外は真っ暗で、どこかの窓が開
いているらしくレースのカーテンがパタパタと軽い音をたてているのが薄気味悪い。

「蛍光灯をつけましょうか?」

さすがは管理人で、薄ぐらい中でもスイッチの有り場所を見つけ、パチッとつけた。
蛍光灯は数回点滅を繰り返してから、パッと辺りが明るくなった。
奥の6畳に続く襖が10センチ程開いていて、玄関とそれに続くリビングルームには誰
の姿も見えない・・・
リビングルームのテーブルに蓋を開けたウイスキーの瓶とグラスが一つ有って、そのグ
ラスには少し琥珀色の液体が残っている・・・

「ねぇ、警察が来るまで待ちましょ?なんか気味が悪いし・・・」

小林君のお母さんは、少し逃げ腰になっているようだ・・・

「折角入ったんだから残った6畳だけは見て行きましょう、ひょっとして小原さんが怪
我でもして倒れているかも知れないし」

管理人さんは、さすがに年の功で言うことがしっかりしている。
そっと襖を開けると、月の光で室内の様子はボンヤリと見て取れた・・・
カーテンの隙間に頭を突っ込み、窓際から外を見ているような姿勢で、女の姿が彫像の
ように浮かび上がっている。

「小原さん、そこに居られたんですか?ここで何か起こったのですか?」

久野管理人が声を掛けた・・・女の姿はピクリとも動かない。

「管理人さん、おかしいわよ?全然動かないし、息もしてないみたい?」

まさに彫像のようにという言葉がピッタリのように、浮かび上がった姿は微動だにしな
いのだ・・・
その時、窓から風が入って女の頭から肩にかけて引っかかっていたレースのカーテンが
パタパタと音を立てて大きくはためいた。

「キャーーーッ!」

「ウワーーッ!」

この場に居会わせた五人の口から、一斉に悲鳴が上がった!
窓の手すりにもたれて外を見ている女の体には、首から上が無いのだ!
その切口からは、夜目にも鮮やかに真っ赤な血が滴っている・・・
良くみると、女の着ている藤色のネグリジェも肩の辺りまで赤く血に染まっていた。

「あわわわ、こ腰が・・・・」

小林君のお母さんは玄関の辺りまで逃げだし、尻餅をついてもがいている。
高田氏は襖の外に呆然とたちつくし「そんなばかな・・・」と放心状態で何事か呟いて
いた・・・
で、私と芳夫君は玄関の所まで逃げだして、気がつくとしっかり抱き合っていた。

「ちょっと、いつまでしがみついてるの?いやらしいわね、離してよ!」

「あ、すまん・・・ついビックリして・・・」

久野管理人は、気丈にも窓際に近寄って窓の外をのぞき込んでから玄関に出てきた。

「いや、ひどい事をするもんだ・・・警察はまだかな?とても儂らの手には負えんて・
・・」と言うと、青ざめた額の汗を手の甲で拭った。

「久美子・・・ありゃ死んでるのか?」

「首が無くて生きてる人間が居たらお目に掛かりたいもんだわ」

まったくノンビリしているというか、芳夫君は時々間の抜けた質問をする。
丁度そこにバタバタと足音がして、数人の警官と私服の刑事が階段から上がってきた。
深夜とはいえ、五人もの人間が悲鳴を上げたり叫んだりしているので、あちらこちらの
ドアが開いて、こちらを伺っているのが目に入った・・・

「久美子!どうした、大丈夫か?」

走ってきた私服の刑事が、聞き覚えのある大声をだした・・・パジャマの袖口についた
血の跡を見て驚いたのは兄の後藤茂樹刑事である。
やせ形の色白で、見るからに気の弱そうな兄は、刑事なんかより中学校の家庭科の教師
になったほうが余程ピッタリくると思うのだが・・・
妹の私が見ても好感は持てるタイプなんだけど頼りなさそうに思えるから、なかなか結
婚相手は見つからないだろう。

「私は怪我なんてしてないわ、上から血が降ってきて・・・管理人さん達と調べたらこ
この小原さんが死んでるの」

「そうか、何にしてもお前が無事で良かった・・人の一人や二人死んだって構うものか」
「お兄さん!・・・ほら、警部さんでしょ?」

兄の不用意な発言は、でっぷり太った赤ら顔の佐竹警部の耳にも入ったようだ。

「ウォッホン!」

「あ、け、警部!これ妹で・・・いま高校3年です・・・名前が後藤久美子って言うん
ですから、まったく大笑いで・・」

私の名前をダシにしてごまかそうって言うんだから、見ちゃ居られない。




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