#28/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 86/10/23 21:54 (258)
『殺人告知...(3)』
★内容
「フーム、やはり他殺か...
そうすると犯人は誰だ?それに殺してからどうやって逃げたんだ?」
さすが百戦錬磨の佐々警部もミステリーまがいの、密室殺人事件にはお手上げのようで
ある。
事件がこのようにこじれてくると真夏の聞込みというTVの刑事物ドラマとは
段違いに地味で苦しい作業が待っている。
気楽に2−3発拳銃をぶっぱなして解決する『太陽に吠えろ』がうらやましい...
カッ!と照りつける真夏の太陽に、汗を拭きながら一雄は聞込みに回ることになった
「くそっ、あの太陽を逮捕してやりたいぜ!」
ライトグレーのサマースーツを肩に掛けてサングラスごしにまぶしい太陽を見て
つぶやいた。
まずは現場のマンション周辺で目撃者捜しである。
ちょうどマンションの出口に露天のアイスクリーム屋がパラソルを広げていたので
警察 手帳を見せてから聞込みを開始することにした。
ここはマンションの前が児童公園になっていて子供達の歓声がひびいている。
結構商売になるのだろう。
「はい、昨日も午前中から午後3時頃までいましたよ...はぁ、その間ここから
入ったり出たりした人はここに住んでる奥さん連中しかいませんよ、
間違い有りません...
不景気だなぁと思って誰か買いに来るのを待っていましたから」
目の細いバイト学生らしい男はそう証言した。
一雄の刑事の勘では信用出来そうである...とするとマンションの正面から
怪しい人間は誰も入らなかったし出て行かなかったという事になる?
その時、後ろから明るい声がした。
「あら!偶然ね、何か分かったの?」
後ろを振り向かなくても泉だと分かる....なにが偶然なものか!
「聞込みだよ、いろいろあってね...君の好きなミステリーになりそうだ....」
一雄はゆっくり後ろを振り返ると肩をすくめて見せた。
そこには昨日とうって変わって水色のワンピースで、大人びた泉が小さなショルダー
バッグを肩に掛けて笑いかけている。
「いとしの恋人と会ったのにお茶くらい誘ってくれないの?」
「ああ仕事中だけど少しくらいならいいよ...」
一雄はこんなキレイな娘と昨晩あんな事があったとはとても思えない気がした。
泉は、さっと腕をからませると肩を寄せて歩き出す。
知らない人が見たら完全に恋人同士としか見えないだろう。
少し楽しい気分にならないと言えば嘘になる...
マンションの近くの『カリーナ』というピザハウスに入ってアイスコーヒーと
コーラを注文した。
こんな暑い日はなにより冷えた空気と冷たい飲物が一番だ、
これで可愛い娘と昼寝がつけば言うことはない...
「フーン、あのナイフはそんなに強い力で突き刺したの?」
今の泉は殺人事件よりも、ここで何を食べるかが重大事らしくメニューに
目を落しながら言った。
「ウ涛それにあのCHAャのメッセージだろ...
一応、他殺という線で捜査する事になったんだ。あっ!これは誰にも言っちゃ
いけないよ、まだ捜査中だから」
ようやく注文が決まって、泉は真剣な表情で一雄を見るとストローから唇を離して
「警察って本当になんにも見ていないのねえ....あっ!すいません私、
ツナサラダ追加ね!」
一雄には殺人事件とサラダを同時に考える事のできる泉を理解出来ない、
だから素人は困る!
「なんだよ、それは...君の推理が有るのなら参考に聞いてやるぜ」
泉は得意そうに胸をそらして言った。
「まだ肝心のところがよく分からないから言えないわ、名探偵は最後にカッコ良く
謎を解かなきゃあ!」
「でも少しくらいヒントをあげようかな...えっと、まずあの時現場は
クーラーが止まってたでしょ、この暑いのに...それからあの紙切れと、
現場が洋間だった事や被害者がスリッパはいていなかった事なんか考えたら少しは
分かるんじゃない?」
「ますます分からない???」
「じやあ、どうせこれから被害者の周辺を調べるんでしょ?
詳しく分かったら私に教えてよ...」
泉は確かになにか手がかりになる事を掴んでいるようだ。
CHATしていた人がいるはずなんだけど調べといて欲しいの」
一雄は何の為にそんなこと知りたがるのか分からなかったが、ばかに真面目な泉が
おかしくなって、からかうように...
「分かりましたよ明智小五郎さん...」
泉はすまして答える。
「あら!シャーロックホームズと言って欲しいわ!ワトスン君...」
この娘とつき合っていると目まいがしそうだ。
一雄はそろそろ捜査に戻ろうと思った。
「それでは被害者の周辺を洗ったらどこで名探偵に連絡すればいいのかな?」
一雄は電話番号を聞いたつもりだったが、泉はにっこり笑って可愛い顔からは
想像出来ない事を言う...
「ホテルのベッドで聞いてもいいわよ...」
一雄は飲みかけたコーラを吹き出した。
結局この日は目新しい事実はなにも無くて、密室の謎が深まるばかりである。
どのように考えても近代的なマンションの一室は賊の進入出来るような所は
見あたらず、完全な密室になっていた....
やっと夜になって涼しくなった捜査一課の部屋で一雄と佐々警部が話をしている...
「外部の人間が出入り出来ないなら知人や家族はどうかな?」
老練な佐々警部の頭も、どうどう巡りしているようだ。
「家族であろうと合鍵もっていようと、外からドアチェーンは掛けられませんよ」
「風呂場の天井から換気扇の金網を破って進入するのはどうかな?」
「警部、直径15センチの換気扇からですか?ゴキブリかネズミくらいしか出入り
出来ませんよ」
渋い顔で投げ出すように佐々警部は言った...
「じゃ自殺だ、それに決めた!」
「そんないい加減な!死んでからCHATできますか?」
「なんでもFullAutoTermなんて自動で動く、ふざけたソフトもあると
言うじゃないか?」
警部は県警本部のコンピュータマニアから、さっき仕入れたばかりの情報を披露する。
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注.FullAutoTermとは、レジャーマップのATIK氏の開発した
BASICで書かれた通信ソフトで、ログインからログオフまで
当初設定したとうりの動作が出来るソフトであり、当然無人運転できる。
「あのへやのS1にはそんなもの入っていなかったですよ、タイマーもあの部屋には
無かったし、第一あのナイフの刺さり方は自分でやるのは無理だと鑑識が
言ってたんじゃないですか?」
佐々警部はいらだって一雄を怒鳴りつけた!
「人の揚げ足ばっかり取っとらんで、さっさと交遊関係を洗って何か掴んでこんか!
刑事は足だ!!」
部屋を飛び出したのと同時にドアに灰皿がぶつかった音がした!!
佐々警部の剣幕に捜査一課を飛び出した一雄は、あの時のCHATのメンバーの一人、
ShigというBBSネームの高校教師から洗うことにした。
遅くなりそうなので、一雄の嫌いなパトカーである...
高校生の時無免許でバイクに乗ってパトカーに捕まり、一週間の停学を食らってから
どうもパトカーは好きになれない。
いまでもパトカーのサイレンを聞くとジンマシンが出そうである。
Shig氏はあの時CHATしていたのだから、アリバイらしきものは有るのだが、
それを別にしても被害者の身辺を聞き出すつもりだ。
瑞穂区の住宅街に住むShig氏は本名、後藤茂樹という数学の教師で、
年齢は31才、独身のなかなか好男子だ。
「レジャーマップに入って長いのですか?」
「ええ一番初めのころからのメンバーで、いつもはゲームしてるんですが、なにしろ
夏休みはヒマですから...」
最近コンピュータゲームも18才未満お断りのような裏ソフトみたいなものも
出ているのを思いだした...
別にこの教師がそんなゲームが好きだと言った訳では無いが、真面目な学校の先生に
暗いコンピュータゲームをたすと答えはどうしても変態の世界を連想してしまう...
そう言えば、ここの本箱にもCOMPの本に混じってSFの雑誌がたくさん目についた
きっとこの男も空想癖が有るのだろう。
「被害者とは長い付き合いですか?」
「いえ、半年前からです、といってもBBSが知り合うきっかけでしたが...
あの人は石油の販売会社を経営していましたから冬は忙しいそうですよです」
「会社の景気は良さそうでしたか?」
「ここのところのガソリンの乱売で、苦しかったと聞いています」
泉に聞いておいてくれと頼まれた事を思いだした。
「話は変わりますが、あの時間はいつもアクセスしているのですか?」
「ええ、いまは夏休みなので毎日あの時間にはCHATしていますよ」
「誰かその事は知っていましたか?」
「レジャーマップのメンバーなら大抵知っていますよ...あの時いたメンバーも、
あの時間なら私がいることを知っているからアクセスしてくるんです...
誰もいないのに自分とCHATしても面白く無いですから...ハハハハハ」
被害者の死亡推定時刻には丁度大須の『道具屋たかぎ』というコンピュータショップに
いたと言うことで、アリバイははっきりしているようだ。
家にいるときはCHATで、でかけるとパソコンショップか!この男、少しは
コンピューターから離れていられないのか!
それから.NAOBEと呼ばれる三井尚弘氏の家に向かった...
昭和区の川原神社のそばにある三井氏の家はコンピュータマニアの主人を反映して
大きな机にコンピュータが3台も置いてある。
二人の子供がそのうちの一台でゲームをしていた...
三井氏は30代前半の中年で、奥さんと子供二人の四人家族、仕事は土地の測量技師と
言う事だ。
色の黒いスポーツマンタイプに見えるが、これでコンピュータマニアとは人は見かけに
よらないものである。
「大きな声では言えませんが、以前金沢氏は千種会という仲間の会合を
主催していたんです、ところが経営していたガソリンスタンドが不景気で
倒産しそうになり、最近は会合にも全然顔を出さなくなりました、
奥さんとも別居していると聞きましたが..」
「フーーーム、コンピュータに狂うと家庭崩壊まで起こるのですか?」
事件とはなんの関係も無いのだが、つい興味をそそられて聞かなくてもいい事まで
質問した。
「金沢さんの所はコンピュータが原因ではなくて純粋に仕事が原因でしょうけど、
コンピュータ狂いも原因の一つにはなりますよ...どうしても深夜出歩く事が
増えますし....へへへ」
なんでも夜中の2時3時の呼び出しなど日常茶飯事で朝6時頃の御帰還も珍しくない
との事だ。
勿論三井氏も呼び出しをかける張本人の一人である。
よく嫁さんが黙っているものだ!
よほどうまく嫁さんを飼育したか、すでに家族に見捨てられているかのどちらかだとは
思うが...
あの時間前後は会社からアクセスしていて、ずっと同じ部屋に沢山仲間がいたので
アリバイは完全だった。
その他のBBS仲間の事などいろいろ聞き出して一雄は三井氏の所を出た。
時間はすでに夜9時をまわっている...