AWC 『殺人告知...(2)』


        
#27/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG     )  86/10/23  20:26  (233)
『殺人告知...(2)』
★内容

「やっぱり殺人事件みたいね....」

少し青ざめただけで悲鳴も上げない泉の度胸に一雄は驚いていた...
指紋を消さないようにハンカチを使って部屋の隅にある電話の受話器を取って
県警本部 に電話しようとしたが、電話がつながらない?

「あら!コンピュータとモデムの電源が入って電話の切り替えがモデム側になっている

  わよ、これじゃ電話できないわ」

そういって泉は電話の切り替えスイッチをPHONE側にした。
コンピュータは死体のすぐそばの壁ぎわの大きな机の一角にBBSには珍しい日立の
S1のフルセットが乗っている。
不思議な事に机の上のコンピュータは電源が入っていて、自動式のモデムも
電源ボタンがONになっていた割には通信ソフトも走っていない?
泉は机の前にきちんと揃えられたスリッパを不思議そうに調べている...

「もしこれがそうなら....おかしいわね...」

一雄は県警本部に連絡してから、この部屋にたった一つある窓に近付き鍵を確かめた、

背後からいち早く調べた泉の声がする。

「そこの鍵は掛かっているわよ、それも中からね」

一雄は困ったように渋顔を作ると...

「現場を荒さないようにしてくれよ、すぐに鑑識がくるから...」

まったく取り合わずに泉は落ち着いた声で答える。

「完全密室になってる訳ね...そのほかにも不可解なところが少しあるけど..?」


「ああそうか!そう言われてみれば密室だなぁ」

現職刑事の、のんびりした答えに泉は不満そうだ。

「たよりない刑事さんねぇ...」

泉はコンピュータに近付くとキーを叩いてファイルの中を調べたが通信ソフトは入って

いないし特に不審なファイルも見あたらない、メモリーも空であった。

「あれっ!これ何かしら?」

泉は被害者の横の床に10センチ四方の小さな紙が2枚落ちているのを見つけると、
屈みこんで調べている。

「頼むから外に出てくれないか?そろそろ県警から到着するころだし、まずいから..」
そのとき、ドヤドヤと警察が大勢入ってきて、中年の角刈りで人相の悪い男が一雄に
声を掛けた...

「おお!高村君、非番のところご苦労さん!現場はここか、暑くてたまらんなぁ..
 窓を開けてくれ..」

中年で腹の出ている佐々警部は暑がりのようだ。

「はっ!佐々警部、害者の名前は金沢弘、年齢は40才で奥さんと女の子の3人家族で

 現在奥さんと子供は里帰りしていると言うことです」

直立不動の姿勢で一雄が管理人から聞き出した事を報告する。
うなづきながら聞いていた佐々警部は、すみっこで考え込んでいる殺人現場には、
およそ不似合いな派手な格好の若い娘に目を止めると...

「ところで、あの娘はいったいなんだ?」

一雄が冷汗をかいて困った顔で答えを渋っていると、いつのまにかそばに来た泉が
笑顔で答える。

「あの...私は高村さんの恋人で結城泉と言います、警部さんの話はいつも聞いて
 いますわ、私達デートの途中だったんです」

すっと一雄の隣に来ると手を絡ませて背伸びをしながらほっぺたに唇を押し付けた..

恋人の証明のつもりらしい。

「おっ!おい君!!」

一雄はほっぺたを手で抑えたまま、真っ赤な顔で目を白黒させているが言葉にならない。
「高村君!君は今日はもういい、詳しく説明してからその娘を連れて帰りたまえ」

中年の、どちらかと言えば警部というよりヤクザの幹部みたいな佐々警部が
かなしそうな顔をして、物わかりのいいところを見せた。

あきれたのかも知れないが....

一雄が汗をふきふきCHATの事や、その時ログインしていたメンバーの連絡先、
密室になっていた事など詳しく説明してから外に出たのはすでに夜9時を回っていた。


「君、困るよ、あんなところでいい加減な事言っちゃあ...」

一雄は外に出てから、さっそく泉に文句を言った。

「じゃあ私が、なんの関係もないって言ったら貴方はあのこわそうな警部さんに
 誉められたの?」

一雄はギクッ!とした...そんな事になったら2−3日は佐々警部の顔がまともに
見られないくらい怒られただろう...

「そら見なさい...お礼にどこかで食事おごってよ!お腹すいちゃった」

誰のせいで!と言いかけたが、屈託のなさそうな泉の横顔を見るとそんな言葉も
どこかに行ってしまい、月給前の薄い財布の中味が急に気になりだした。

「あ、俺あんまりお金持っていないぜ、月給日の前だから...」

月給日の後でもたいして持ってはいないが....

「分かってるわ、財布の中味はいいとこ5000円位のもんでしょ?
 私だって、こんな格好だからホテルでディナーのフルコースなんてゼイタク言わない

 わよ。」

泉は、ちらっと一雄の方を見ると軽くウインクしてみせた...
なんて娘だ!
一雄は泉が見透かしたとおり、5000円札一枚と100円硬貨が3個の財布を思い
浮かべた...

「刑事さんは、この事件をどう思う?」

「あさや」という汚いラーメン屋でラーメンをすすりながら泉が聞いた...

「密室殺人なんて信じられないがCHATで殺しのメッセージを聞いたのが
 15:45頃だから、それ以前に金沢氏が殺されていたら、
 そう思わざるをえない...」

泉はクリクリとよく動く目で一雄の顔を見て微笑しながら...

「そうね、自殺なら死んでからCHATなんて出来ないし..
 でもあの紙切れとモデムの電源は...それにあのCHATのメッセージ...」

一雄はタバコに火をつけた。

「どうかしたのかい?」
「たいした事じゃないけど、ちょっとひっかかるの、少し考えすぎかもしれないわ」

泉はひょいと手を出すと...

「タバコ一本ちょうだい!」

一雄はセブンスターを一本渡して100円ライターで火をつけてやりながら言った。

「僕が父親なら、ひっぱたいてやるところだ...」

「あら野蛮なのね!子供は親の知らないところで成長するものなのよ。」

泉は青い煙を吐き出した....何か考える事があるようだ。

一雄をアパートまで送って別れぎわ...

「ちょっと、刑事さん...」

ドアを少し開けたので車のルームランプが点灯した。
呼ばれて振り向いた一雄の唇に泉のやわらかい唇が合わさった...


「一体あの娘はなんなんだ?」

自分のアパートのベッドの上で一雄はつぶやいた。
死体を見てもケロッとしているし、そうかと思えばいきなりキスなんてしてくるし...
あのあと泉は目を白黒させている一雄に向かって、こう言ったのだ。

「貴方をしばらく私の恋人にするわ、じゃおやすみなさい刑事さん」
その頃、泉も自宅に到着して玄関から居間に上がるとソファで姉の由利と義兄の貴志が

心配して、と、言いたいが、遅いのをいいことにしてラブシーンの最中だったらしく、

貴志が慌てて離れた。
熱烈なキスシーンの後らしく貴志の唇や頬に由利の口紅がうつってキスマークだらけと

いった惨状をていしている。

「姉さん、その口紅やめたほうがいいわよ...
 貴志さんの顔にベタベタついてるじゃないの。」
「いいのよ、これから二人で一緒にお風呂に入るんだから」

姉の由利はケロッとしたものである。
ばからしいのでもう寝ようと思った...子供がいないからって、本当にいつまでも
新婚気分なんだから、一緒に生活しているこっちは、たまったもんじゃないわ!

「じゃあ私はもう休むからラブシーンでもポルノシーンでもご自由にやってちょうだい」
階段を上がりかけた泉に姉の由利が声をかけた。

「こんな遅くまでどこに行ってたの?まさか男性と一緒ってことはないでしょうね?」


その方面の心配は全然したことのない由利が、珍しく常識的な事を言った。
泉も正直に答える。
かえってああのこうのと心配されるより信頼?されていたほうが正直に答えられる
ものだ...
この場合は信頼というより放任と言った方が当たっているかもしれないけれども。

「県警の高村刑事さんと一緒だったわ...」

「ああ、あの人なら大丈夫よ、独身だし...
 でもうまくやってね、間違いが有ると私がお母さんに叱られるから」

姉にしては分別くさいことを言う。
階段の途中から階下の由利を見ながら泉は聞いた。

「うまくやるってどういう事?」

由利は貴志の首に手をまわしながら、あっさりと答える...

「妊娠しないようにって事よ。」

話が分かるのか、なんなのか分からないが19才の妹に話す言葉としてはかなり
ドギツイ内容だ。
泉は可愛い顔を歪めて舌をだすと、心の中でつぶやいた...グレてやるからね!

翌日鑑識からの報告があって死亡推定時刻は14:00前後、
死因はナイフによって心臓を一突きと言うことだ。
ドアも窓も完全に閉まっていて、一種の密室状態であり、ナイフもドアの取っ手にも
犯人が拭き取ったのか指紋はなにも残っていなかった。
部屋の鍵も机の引出しに入っていたし、外部からの進入経路はなにもない...
現場に残っていた紙切れはプリンター用紙の端切れで、
使わないものを4ツ切りにしてメモがわりにしていたものらしいが、被害者の指紋しか

残っていなかった。
犯人と格闘したのか、被害者には鼻血の跡もあった。
巾広のナイフは凄い力で突き刺したらしく、肋骨をけずって刃を立てにした形で
心臓を貫き、とても自分ではあんな刺し方は出来ないと言う鑑識の所見だった..
勿論即死だ。
ナイフはアメリカ陸軍の軍用ナイフを模したもので、映画『ランボー怒りの脱出』の
S.スタローンが使っていたゴツイ奴だ。




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