AWC 対決の場 41   永山


        
#459/1158 ●連載
★タイトル (AZA     )  05/11/17  18:36  (203)
対決の場 41   永山
★内容
「俺が犯人を追ったあとなら、現場が無人になった時間はかなりあったろう。
床にある出入口から避難用通路に入り、屋敷から館へ移動、冷凍庫まで辿り着
ける」
「なるほどね。悪くない着眼だ。大回りをしておまえの追跡を振り切り、ずぶ
濡れで冷凍庫に入ったら、本当に凍え死んでしまうかもしれないな。風呂に浸
かって温まってから、冷凍庫に入れるのなら問題ないがね」
 納得したように見せかけ、新しい疑問を呈してきた近野。その余裕たっぷり
の物腰からは、本気で反論しているのか、飽くまで机上の理論として楽しんで
いるのかすら、見えてこない。
 遠山は、「それは……」とだけ言って、あとは口ごもってしまった。秘密の
通路に関する議論から、いつの間にか、近野襲撃事件にトピックスが移ってい
た。自作自演ならば簡単な事件だと思っていた遠山に、詰めの甘さがあった。
「ヂエが麻宮さんを殺したくなかったという考え方に固執するあまり、秘密の
通路を軽視してるようだが、俺を犯人とするなら、どうしても秘密の通路を使
ったと結論づけることになるはずだぜ。屋敷の一室にいた俺が、館に宿泊して
いる人達を襲うには、秘密通路を歩いて行くのが一番だ。いちいち、正規のル
ートで出入りしていたら、いつ第三者の目に留まるか知れたものじゃない。こ
の理屈は、俺以外にも、屋敷の方に寝起きの部屋を与えられた全員に当てはま
る」
「……しかし……昔から俺を知っており、麻宮さんを襲わない理由があるのは、
おまえ一人……」
「こちらに言わせれば、遠山竜虎だって、その条件に当てはまるぜ。おまえは
おまえ自身を昔から知っており、麻宮さんを殺せるはずもない」
「馬鹿な!」
「ああ、無論、馬鹿な冗談に過ぎない。からかっただけだ。ただ、麻宮さんを
端から容疑者に含めない態度には、異議を唱えたい」
「しかし、動機がない」
「俺には動機があるというのか。まったく」
「そ、そりゃ、自分で言うのもあれだが、自他ともに認めるライバルだったじ
ゃないか」
「決着のため、俺がおまえに犯罪による謎掛けをしたと?」
「ああ。得意のパズルを絡めて、いかにも近野らしいと判断したんだよ」
「どうして無関係の人を巻き込んで、命を奪ってまで、おまえと勝負しなけれ
ばならないんだか。仮に勝負するにしても、パズルだけで充分だと思うね」
「麻宮さんのあの言葉に影響を受けたんじゃないかって、考えたんだ」
「あの言葉って、どの言葉だ」
 小首を傾げる近野。遠山は、それが演技には見えなかった。
「覚えていないのか? 言っていたじゃないか。一字一句間違っていないとは
言わないが、確か、こんな感じだった」
 遠山はしかし、口ごもった。声に出すのはあまりにも気恥ずかしい。結局、
手帳に書き記した。
<私が好きなのは、頭のいい人よ。ミステリに出て来る、どんな難事件でもた
ちどころに解決する名探偵みたいな。警察の鼻さえ明かす、完全犯罪者のよう
な。その中で一番の人と結婚する!>
 そして、手帳の向きを換え、相手に示す。
「どうだ?」
「何となく、記憶にあるな。高校生の頃だっけか」
「もっと前。小学生のときから言っていた」
「ふむ。ともかく、この言葉に俺とおまえを当てはめるなら、刑事になったお
まえが名探偵なのは明白。俺には完全犯罪者しか選択肢がないという理屈か。
飛躍が過ぎて、妄想の域だぜ」
「頭がおかしくなったのは、おまえじゃなくて、俺だったってことか」
 虚ろな口調で言って、自嘲した遠山。近野は否定も肯定もしなかった。代わ
りに、意見を述べる。遠山の思いも寄らなかった意見を。
「麻宮さんが今もそんな思いを持っているとしたら、我々を仲違いさせ、競わ
せようとしたのかもしれない」
「仲違いって、ついさっき、俺がおまえを疑ったみたいにか。だが、競わせる
というのは?」
「そうだな、言ってみれば……対決だよ。名探偵と完全犯罪者の対決を実現し
たかった。おまえ自身が言ったように、遠山は刑事になったから、一応、名探
偵だ」
「一応、ね」
「ところが、俺は犯罪者にはならなかったし、悪の組織の首領にもならなかっ
た。麻宮さんの言っていた『名探偵か完全犯罪者が好きだ』云々なんて言葉自
体、しかとは覚えてなかったし、仮に覚えていたとしても、犯罪者になんかな
らんがね。そもそも、あれが俺達二人に向けられた言葉だとして、一人が名探
偵、一人が完全犯罪者でなくちゃならん理屈はない。二人とも名探偵になるの
が平和的だ」
「確かに、それはそうだ。――すると、彼女の思惑は外れたことになる」
「そこで仕方がなく、夢にまで見た名探偵と完全犯罪者の対決を、彼女自身が
演出した……のかもしれない。そしてその結果、俺達が仲違いをするように仕
向け、本当に対決するように持っていくのが狙いなのかもな」
「落とし穴に、まんまと落ちる寸前だったってことか」
 何度目かの自嘲とともに、歯がみする遠山。そこへ苦笑顔で警告する近野。
「おいおい、まだ真相と決まった訳じゃないぜ。さっきから、麻宮を『さん』
付けで呼んでいるのは、その意味もあるんだが」
「分かっている。俺は冷静だよ。彼女が犯人だとして、殺人を一つ一つ見てい
くと、その動機が理解できないものが多いしな」
「そうか? 建築や設計図絡みの殺人は、偽装の作用があったし、若柴刑事が
殺されたのは、島に初めて来た刑事を殺すことで、島内の人々は犯人ではない
と思わせる狙いだった。勝俣というか外尾さんは、おまえの知り合いだからと
いうだけで、遠山竜虎を事件の主役に仕立てるべく選ばれた不幸な犠牲者だ。
伊盛に到っては、言うまでもあるまい」
「全ての説明は付かないぞ。角治子や八坂はどうなる? 外尾さん以上に不幸
な犠牲者と考えるには、無理があるだろ。それぞれ、練馬と武藤という知り合
いを殺されたばかりなのに、島に来ている」
「勝手な想像を思い切り膨らませていいのなら、角は練馬の、八坂は武藤の殺
害をヂエに依頼していたんじゃないか? その成功報酬を支払うとか、殺人依
頼の口止めを確認するとか、そういった理由で島を訪れたと考えれば、辻褄が
合ってくる」
「……そうだとして、何で依頼者を殺す?」
「恐らく、絶対確実な口止めだろうな。依頼者が生きている限り、口を割る危
険が残る。伊盛が島で事件が起こることを知った上で、ヂエからの招待に応じ
ていたとしたら、やはり口止めの意味で消されたと見ることも可能だな」
「麻宮さんこそがヂエという仮定で話してるんだよな? なら、俺達を巻き込
んで、名探偵と完全犯罪者の対決を演出する目的があるのに、まったく無関係
な人からの殺人依頼をいくつも請け負うのは、おかしくないか。島でパズルを
絡めた連続殺人を行う、つまり犠牲者の頭数を揃えるためにしちゃあ、リスク
が大きい」
「こう解釈すればいいんじゃないか。少し前に話したように、ヂエは遠山竜虎
刑事を捜査に引っ張り出すべく、いくつも殺人を重ねてきていたと推測できる。
だが、殺し続けても、いつ狙いが達成されるか目処は立てられない。その間、
多額の金銭が様々な用途に必要になるのは、予測するに難くない。しかも、誰
にも咎められることなく、自由に使える秘密の資金がね。その資金稼ぎと、殺
人の続行を兼ねる妙案が、殺しの請け負い業ってことさ」
 疑問を呈しても、近野の口からは次から次へと、解答が出て来る。それは、
近野が「俺の推理を無条件で信じるな」と警告したことと矛盾するようで、遠
山にはおかしく感じられた。
 だが、近野の与えてくれる答が、推理に説得力を持たせるのも事実。これは
最早、無条件で信じているのではない。
「最大の問題が残っている」
 遠山は、最後のつもりで口を開いた。その中身に言及する前に、近野が言っ
た。
「麻宮さんには、島を出ていないというアリバイがあるよな」
「あ、ああ。俺の言いたいことが、どうして分かった?」
「麻宮さん犯人説に立つ場合の、最大の問題といえば、これくらいしか残って
いないさ。少なくとも、島の外で起きた四つの殺人は、彼女にはできない。あ、
見開殺害を含めると五件になるのかな」
「いや、見開氏の事件が起きたとされる時間は、麻宮さん達も本土で参考人聴
取を受けるため、島を離れていた。聴取が終わったあとは自由の身のはずだか
ら、犯行可能だろう。もちろん、調べてみれば、アリバイが出て来るのかもし
れないが、現時点では不明だ」
「ふむ。では、第一から第四までの殺人に絞ろう。島と本土とを結ぶ、高速か
つ秘密のルートは存在しない。間違いないな?」
「ああ。飛行機は離着陸の場所がないし、それ以前に、音で気付かれる。ヘリ
コプターは論外だ。自前の高速船を使った形跡もない。船があったとしても、
島への帰途に使ったあと、どこに隠す? 海に沈めるしかないが、そんな物が
発見されたという報告はない」
「じゃあ、簡単だ。共犯がいて、そいつが島外の殺人を実行した」
「共犯? 一体、誰が? 島の人で生き残ったのは、布引、吉浦、淵、それに
学生の榎の四人だが……布引や吉浦は宿の仕事があるから、とてもじゃないが
一週間も抜けられまい。淵も、画廊の仕事を一週間も放り出すのは目立つし、
第一、手伝いの榎に気付かれる。その榎が一番自由が利くだろうが、それにし
たって、淵の協力がなければ無理だ。まさか、淵と榎の二人とも共犯と言うの
か?」
「もっと相応しい人物がいただろう。麻宮さんの近くにいて、姿が見えなくて
もそれが当たり前になっている」
 近野が意味深な目線を投げ掛けてくる。遠山は暫時、考え、すぐに一人の名
前が浮かんだ。
「まさか。面城薫だと?」
「ぴたりとはまるじゃないか。地下に篭もってしまえば、食事から何から、全
て麻宮さんが世話を焼くんだぜ。奴が週一の船に乗って、こっそり出掛けたと
しても、麻宮さんの振る舞い一つで、屋敷の地下にずっといたことにできる」
「あり得るか? 面城は死んでいる。ヂエに殺されたのはまず間違いない」
「依頼者を殺すのも、共犯を殺すのも大差ないんじゃないかね。用済みになっ
たから、殺したに過ぎない。麻宮さんが面城と知り合った経緯は、分かってい
るのかい?」
「いや。多分、警察も詳しくは調べていないんじゃないか。容疑者、つまり俺
と被害者の関係を調査することに重点を置くからな」
「それなら、面城が本当に絵描きだったのか、絵描きだとしても評判になるほ
どの才能の持ち主だったか否かは、麻宮さんの証言だけが頼りなのかな。まあ、
調べられても言い繕えるよう、美大を出ている男なのかもしれない。が、ひょ
っとしたら、腕前の方は箸にも棒にもかからぬ程度で、実態は麻宮さんに食わ
せてもらっていたんじゃないだろうか」
「その見返りが、殺人の手伝い、ね。このご時世だから、衣食住の保障を条件
に、二つ返事で引き受ける輩がいないとも限らないか……」
 思わず、己の現状と重ね合わせる。遠山はぶるぶるとかぶりを振った。
「でも、ある程度のレベルの絵が描けなければ、話にならないな。麻宮さんの
プロデュースがあったにせよ、現実に売れているのだから。それだけの絵を描
ける奴が、殺人の共犯になるものか?」
「絵は、麻宮さんが描いたのさ」
「え?」
「一週間、地下室に閉じこもったはずの面城が、絵筆を握りませんでしたじゃ
あ、おかしいからな。代わりに、彼女が描いていたに違いない――なんて、言
い切ってしまうのは悪いな。飽くまでも、想像のお話だ」
「だが、筋道は通る……」
 遠山は比較した。自分が抱いた近野犯人説と、近野の唱える麻宮犯人説とを。
いや、比べるまでもなく、判定は出ていた。
「確かめないと」
 ゆらり。遠山は席を立った。その表情を追って、近野の目が斜め上を向く。
「俺の推理とも言えないような推理を、信じたのか。証拠がないのに」
「麻宮さんが犯人だなんて、信じたくないよ。だけど、確かめる必要がある」
「確かめる必要ありなのは同感だが、どうやって」
「もう一度、雅浪島に渡る。彼女に直接会って、問い質そうと思う。無論、そ
の前に傍証の二つ三つでも見つけられるよう、あれこれと調べるつもりだ。た
とえば、面城の詳しい経歴とか、角治子と八坂についても、練馬や武藤を殺す
動機の有無や、麻宮さんと接触した形跡があるかどうか……」
「刑事でないおまえには、少々、難しそうだな。ましてや、一時は犯人扱いさ
れた身だ、遺族に会いに行ってもまともに答えてもらえるのやら」
「伝が皆無って訳じゃない。どうにかする。それよりも、近野。おまえに謝ら
ねばならない」
「犯人扱いしたことか? 別にかまわん。俺だって、ほとんど根拠ゼロなのに、
麻宮さんを犯人扱いしている。この場に彼女がいない分、俺の方がたちが悪い」
「……すまん、気を遣わせてしまって。真相が分かったら、真っ先に知らせる」
「ありがたいね。ただ、おかしなことを言うようだが、俺は俺の説を信じちゃ
いない。想像だけでいいのなら、任意の関係者を犯人に仕立て得ることを示し
たかっただけだ」
「案外、真実を見つけちまったのかもしれないだろう」
「……ないとは断言できないな。犯人以外の誰にも」
 近野は唇の端に笑いを短く浮かべると、遅ればせながら立ち上がった。遠山
の前に回り込み、尋ねる。
「すぐさま、調査に動き出したい様子だな」
「当然だ。この事件のおかげで、俺は長い時間、足止めを食らうことになって
しまったんだからな。やっと動き始めたばかりで、エネルギーだけはありあま
っている」
「協力できることがあれば、いつでも言え。こちとら、すぐさまという訳には
いかないが、可能な限り、サポートしてやる」
「その言葉、ありがたく受け取っておく。だが、気持ちだけで充分だ」
 応じた遠山の声は、決然とした調子になっていた。
「本当に彼女が犯人ならば、俺一人でけりを付けなきゃ意味がない。全て――
と言い切っていいだろう、事件の遠因は全て、俺の甘さにあったことになる」

――続





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