#457/1158 ●連載
★タイトル (AZA ) 05/10/28 18:11 (203)
対決の場 39 永山
★内容
およそ四ヶ月前、ヂエの名の下で行われた殺人全てプラス見開殺しの容疑を、
遠山は掛けられた。取り調べは峻烈で長期に渡ったが、共犯者が全く見当たら
ない点、単独では辺見徳江、武藤裕、勝俣栄美子の三名に関する殺害が遠山に
はなし得なかった点、図面を奪うためだとしたら見開を一番最後に殺害したこ
とは理屈に合わない点、これら三つを主な理由に、釈放された。しかし、証拠
不充分とは言え、雅浪島での事件に関しては、疑いを完全に払拭できた訳では
ない。また、多大な犠牲者を出したこと、さらには(遠山が犯人でないのなら)
ヂエが遠山に対する私怨で犯行を重ねたと見られることから、責任を取る形で
刑事の職を失っていた。
「それについては、すまないと思っている。巻き込んでしまって、申し訳ない。
いくらでも謝罪するし、名誉回復に力を尽くそう。ただ、現在の私では、名誉
回復しようにも、打つ手に乏しい」
「だから力を貸せっての?」
コーヒーを一口だけ飲んだ嶺澤。味わうよりも先に、相変わらず甘いなと思
ったのは、遠山の考え方に対してだ。
「気乗りしませんな。こっちばかり、危ない橋を渡らされそうだ」
「虫がいいかもしれないが、頼れるのは嶺澤さんだけなんだ……」
遠山の声が消え入りそうになる。嶺澤は、意味もなく昔の上司を追い込むく
らいなら、少しでも役立つのなら動いてもらおうかと思い直した。
「ふん。一〇〇パーセントの成功が約束されてるんなら、協力しないこともな
いがね。私だって名誉を回復したいのは山々だ」
「一〇〇パーセントは……難しい」
「見通しを言ってくれないか、元警部としての。策があるんなら、それを聞い
たあとで、こっちも考えようじゃないか。雅浪島での殺人を全く防げなかった
のは、自分にも責任がない訳じゃないしな」
「あ、ああ。分かった」
遠山は大きく頷くと、お冷やのコップを空にした。唇を舐め、強い語調で言
った。
「推理の上では、犯人の目星をつけている。それを補強し、確証を得たい。確
証が得られたら――犯人と対決する」
「対決? 復讐の片棒を担がされるのは御免蒙る」
目元をしかめた嶺澤に、遠山は今日、初めて自信ありげな表情を覗かせた。
「もちろん、法には触れない手段でやる。パズルにはパズルでな」
近野創真はレポートに目を通していた。教育棟の四階にある与えられた部屋
で、一人、コンピュータに向かって。学内LAN経由で提出された課題は、味
気ないテキストデータで、個性に乏しい。それどころか、一年生の手による物
であるためか、基本からなっていない構成のレポートが多く、読みづらくて仕
方がなかった。
「半年経つんだから、もう少しましな仕上がりにならないものかね」
また一つ、最後まで読んで評価を下すと、小声で独りごちる。創造性に欠け
るばかりか、反復学習の能力すらない。憂えると、急に疲労を覚え、目を閉じ
た。瞼を押さえながら、椅子の向きを換える。もう一台のパソコンのキーボー
ドを叩き、スクリーンセーバーを解除すると、メールの受信に取り掛かった。
こちらのパソコンは外部と常時接続している。
学会の案内、ニューズレター、他大学の知り合いからの私信……。利用した
ことのあるオンライン書店からは、的外れな専門書の売り込みが来ており、苦
笑させられた。
英文の物はあとでじっくり目を通すとして、日本語の物から片付けていく。
と、最後の一通が近野の手と目をとめた。タイトルに、「死へのパズル1」と
ある。開くと、前置きなしに、出題がなされていた。
『PUZZLE 次の漢字穴埋め問題で、ABそれぞれに当てはまる漢字を使って、
単語を作れ。解答はこのメールアドレスに返信せよ。
正 無
違A意 公B語
則 文 』
メールアドレスに目をやる。記憶に全くない。
新手のワンクリック詐欺だとしたら、随分とターゲットが狭い。まず、あり
得ない。それに、この問題文のスタイルは……。
近野はしばし考え、答を出すと、返信した。解答のみのシンプルな内容で。
それから十分ほどで、次のメール「死へのパズル2」が着いた。予想通りの
展開に、近野の頬が緩む。いつの間にか、ほくそ笑んでいた。レポートの採点
なぞ、とうに放り出している。
『PUZZLE 二通りに読めるかな? 解答はこのメールアドレスに返信せよ。』
何だこれは……。近野は部屋に一人きりにも拘わらず、戸惑いを隠そうと、
顎を撫でた。へし口を作り、考え込む。
問題文は、「二通りに読めるかな?」のみなのか。不完全に思える。メール
の送信時に、何らかのエラーが起こり、一部のデータが消えたんじゃないかと
すら考えてしまった。
だが、次の瞬間には、出題の意図を汲み取った。口元が緩み、笑みが再び浮
かぶ。
「『かな』、ね。くだらない地口だが、なかなかよくできているじゃないか」
独りごちつつ、近野は答の一文字を返信した。
次のパズルが届くまでに、今度も十分ばかり待たされた。他のことに手がつ
かなくなっている。
予想通り、「死へのパズル3」と題されたそれは、前二問に比べるとスマー
トさに欠けていた。
『PUZZLE 下記の暗号を、運を取り除き、咎のないように読み解け。解答はこ
のメールアドレスに返信せよ。
トウ マト ト
お父が的え飛んだ 』
そのまんま……でいいのか? 簡単すぎて、穿った見方になる近野。振り仮
名がなければ、別の可能性も考えられなくはないが、この問題文では揺らぎよ
うがない。それでも三分ばかり、思考に費やした。結論は変わらなかった。
是が非でも正解せねばならないパズルではない――少なくとも、今のところ
は。ならば、ストレートな答でかまうまい。それよりも、メールの差出人の意
図を早く知りたかった。楽しみでもあり、不安でもある。
三度、解答メールを出す。今度もまた、五分前後で新たなメールが到着した。
今度の題名は「死へのパズル」のみで、数字はない。開くと、PUZZLEという
見出しもなかった。
『これまでのPUZZLEの答を順に並べよ。
意味が通じなければ、答に誤りがある。再検討せよ。
言い開きがあれば、このメールアドレスに返信せよ。』
キーボードに載せた手が止まる。
返答の都度、新たなパズルを送ってきたのは、正解の証だと思っていたが、
そうではないらしい。事実、近野の出した答を順に並べると、一つの文ができ
あがるが、日本語として不正確だ。
近野は己の答を見つめる内に、一つ目が誤答だなと当たりをつけた。改めて
考え直す。先程は頭の中だけで漢字を思い浮かべ、答を見つけたつもりになっ
ていたが、今度は紙とペンを用意した。
試行錯誤を経て、それらしき別解を見つける。
「これは俺のミスじゃないぜ。問題に“問題”がある」
苦笑混じりに呟き、できあがった一文に視線を落とした。
<犯人 は おまえだ>
ふむ、と鼻を鳴らすと、近野はパズルに取り組むとき以上に、真剣な面持ち
になった。
とりあえず、答を送信した。三つの出題と違い、指示が曖昧だが、送るなと
も書かれていない。
「申し開きと言われても、ね」
どう対処すべきか……。思案げなため息が自然と出た。
それとほぼ同時に、携帯電話が振動する。机の片隅に放り出して置いたそれ
を掴まえ、公衆電話から掛かってきたことを認めてから、通話状態に。
「近野。これから訪ねるつもりだが、いいな?」
いきなりそう切り出した声に、近野は間違いなく聞き覚えがあった。念のた
め、確かめる。
「遠山か?」
「覚えていてくれて、光栄だよ」
「自宅か、携帯電話からにしてくれれば、一発で分かるのに」
「実は、すぐ下まで来てる。大学の中の公衆電話から掛けてる」
それにしても、携帯電話を使わない理由にはなっていないようだが……。
近野は怪訝な思いを払拭できぬまま、次の言葉を発した。
「やることがない訳じゃないが、付き合うぜ。そうだな、門のところで待って
いてくれれば、七分で行く」
「いや、いい。君の働き場所を見たいんだ。だから、見られたらまずい個人情
報の類は、隠しておいてほしいな」
「……ふん、分かった。場所は知っているのか?」
「教務課で聞いてもいいんだが、どうせ簡単には教えてくれないだろ?」
「名前と来意を告げれば、部屋に確認の電話が入ることになっているから、教
えてくれると思うが。まあ、二度手間だな。教員の塔は分かるか? そこの四
階、四一三号室にいる」
「四一三だな。大丈夫だと思う」
電話は切れた。
近野は準備を始めた。まずは、学生達の成績を保存する。
「予想外だ」
四一三号室に足を踏み入れた遠山は、中を見渡すなり、言った。
「もっと雑然と散らかっているかと想像していたのに、思いの外、きれいじゃ
ないか。急いで片付けたのか」
「まさか。少し前に、教員の出入りがあってね。部屋を移って日が浅い。まだ
汚れていないだけさ」
近野は前もって開いておいたパイプ椅子に座るよう、遠山を促した。立派な
ソファを持ち込む教授もいるが、ここにはそんな物はないし、ソファに見合っ
た来客もない。
自身はデスクと対の回転椅子に腰掛けたまま、言葉を継いだ。
「それで? 突然の訪問の意図は何だ? 本当に職場見学じゃなかろう」
「意見を聞きたくてな、事件に関する」
棚の本にやっていた目を戻すと、遠山は一言ずつ、区切るように言った。
「警察は辞めたんじゃなかったのか」
単刀直入に聞き返す近野。気を遣っても無意味、と考えるタイプだ。
「今は個人として動いている。うまく行くようなら、探偵を始めてみるのもい
いな」
「……そういや、今は何をやっている? 心持ち、ほっそりしたようだが」
実際には、心持ちどころか、明らかに、だった。
「いいじゃないか、そんなことは。それよりも、どうだった、パズルは?」
「――やはり、君なのか」
にやりとする遠山に、近野も一拍遅れて同じ表情を返した。
「ああ。三つのパズルをメールで送り付けたのは、この俺だよ。あんまり驚い
てないみたいで、残念だよ」
「書式が、ヂエの事件を詳しく知る者であることを示唆していた。犯人か事件
の関係者か。そこへ、おまえからの電話。偶然と判断するには、タイミングが
よすぎる」
「ノートパソコンから送ったんだ。ただ、旧型でね。バッテリーが保たないよ
うなら、さっさと帰るつもりだったんだが、そちらの回答が期待以上に早くて
助かったよ」
「元刑事にしては、悪趣味だな」
「楽しんでもらおうと思って、知恵を絞って作ったパズルだぜ。専門家は厳し
いねえ」
「専門家ではないよ。だが、敢えて言うなら、一問目はパズルよりもクイズに
近いな。その上、正解が複数あるのはいただけない」
「お、そうなってたか?」
「とぼけるなよ。メールで送った通りだ。おまえはAに『犯』、Bに『人』を
入れさせたかったようだが、違犯や犯則なんて言葉はなかなか使わない。はん
ははんでも、反対の反の方が一般的だ。だから俺は、Aに『法』を当てはめた。
違法、戦法、法則、法例。どれも自然だぜ。Bも、『人』を思い付くより先に、
論文、論語、無論、公論の『論』が浮かんだ。これでも『論法』となり、成り
立つ。まあ、Bが『人』でも、『法人』となるがな」
「さすが。穴は見逃さないな」
「他にも正解があるかもしれない」
「ま、いいじゃないか。二問目、三問目の答の理由も一応、聞かせてくれよ」
「二問目は文字通りさ。『二通りに読めるかな』の『かな』が、『仮名』であ
ると気付けば、簡単。五十音中、二通りの読み方ができるのは『は』だけだ。
三問目は、典型的な暗号問題。全てを平仮名に直し、そこから『うん』を取
り除き、『とが』をなくしていけばいい」
「お見事。腕は鈍ってないらしい」
形ばかりの拍手をする遠山。近野は眉を寄せ、「事件に関する意見を求める
前に、俺をテストしたのか。衰えていないかどうか……」と、不機嫌な口調で
応じた。それに対し、遠山は首を素早く振った。
「おっと、ちょっと待ってくれ。続きがある。そこまでパズルを解くのが得意
なおまえが、何故、気付かないんだろう? 一問目の正解が『論法』や『法人』
などではなく、『犯人』であることぐらい、端からぴんと来ていいはずなんだ」
――続く