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★タイトル (AZA ) 99/ 7/31 22:34 (200)
かわらない想い 10 寺嶋公香
★内容
* *
眠れない。
目、こんなに真っ赤なのに。
涙、出尽くしてしまった? ううん、まだ残っている。頬を伝って、ぽたぽ
た、下に落ちるぐらい。
秋山君……。
小学生のとき、あんなことがあったのに。それなのに今また、私なんかに気
持ちを伝えてくれた。うれしい。
うれしいけれど、今はだめ。
カナはあなたのことが好きなの。気づいていない? あんなにはっきり、気
持ちを表に出しているんだよ。
カナの気持ちをどう受け止めますか? それが気がかりです。
まだ、あなたが私のことを想っていたなんて……。あなたが今後、カナを受
け入れても受け入れなくても、私はカナに笑顔では会えなくなりそうです。
私はどじだから、カナに先を越されちゃった。あのとき、私も秋山君が好き
だって言えていれば、こんな悲しむこと、なかったんだろうね。−−でも、言
えなかった。
カナは私の大事な親友の一人。彼女を応援する一方で、あなたへの想いを抱
いているだけでも、ちょっぴり罪悪感を覚えているのに。あなたからの告白を
受けてしまったら、私、あの子にどんな顔をすればいいの?
あなたに応えたかった。けれども、カナへの答が見つからない。だから……
だめ。
カナの応援をすると決めたときから、秋山君への想い、断ち切っていればよ
かった。そうしていれば、この心の痛み、きっと味わわなくてすんだのに。
痛いよ。あなたの言葉が、私を見る目が、笑顔が、私には痛いよ。
それでも−−あなたが好き。
かわらない想い、消せない想い。
いつから好きになったんだろう?
初めて会ったのは、小学五年生の一学期? ううん、違う。四年のとき、私
に話しかけてくれてたよね。それまでも、家が近かったら、たまに見かけてい
たんだと思う。そのときから気になる男の子だったのかも。
初めて言葉を交わしたのは四年生の二学期。学校ではなかなか話せなかった
けど、五年生になって、初めてクラスがいっしょになったね。それでいっぱい、
話すようになって。あなたが聞いてきて、私は「うん」か「ううん」と答える
ので精一杯だったけど、脳裏には鮮明に残っています。
好きになったのは、好きになったのは……いつ? 知らず、あなたにひかれ
ていた。多分、あなたが時折見せる、素敵な表情や瞳に引き込まれたのかも。
それは、夏休みも終わりのあの夜、二人で歩いたときにも強く強く感じたわ。
小学生の私は勇気がなく、中学生の私は事情が許さなかった。もしも……も
う一度、私に機会が与えられるのなら、そのときは自分の気持ちを素直に打ち
明けられるようにありたい。
そう願わずにいられない私がいます。もう一人、カナを大事にしたがる私も
います。難しいね。折り合いがつかないよ……。
将来、秋山君が誰と結ばれようと、私はあなたへの想いを抱き続けることで
しょう。二度の後悔と共に。
* *
早朝の空は快晴だったけれど、公子の気は重かった。
(どんな顔をして、秋山君に会えばいいんだろう)
ほとんど眠れない夜を過ごし、朝になってからも、ずっとそのことがちらつ
く。いつもより早く起きた分、いっそう長い間、思い悩まざるをえない。
(……学校、行こう。今の時間なら秋山君だって、朝の練習には早すぎるから、
顔を合わせることはないはず)
大きく深呼吸をし、公子は一歩を踏み出した。
さすがに空気がひんやりとしている。でも、まだ九月上旬。これから太陽が
高くなるにつれ、どんどん暑くなりそうだった。
何ごとか考えていながら、まるでまとまらない。そんな思考の空転を繰り返
していたら、見慣れた校舎が視野に入ってきた。
(静か……。生徒は誰もいないみたい)
門をくぐり、下駄箱のある玄関へ向かう。何故かしらこそこそとした振る舞
いになってしまう。
(鍵がかかってる)
玄関のドアは開かなかった。職員室に行けば何とかしてもらえるだろうが、
それよりも裏手に回れば、まず確実に開いている出入り口がある。そちらに公
子は向かった。
遠回りして、日のあまり射し込まない裏庭を通っているとき、公子は物音を
耳にした。
(……?)
何か固い物がぶつかる音と、かけ声らしき音。二つが交互に聞こえ、単調な
リズムを生んでいる。
(この声、まさか)
思わず、公子は音の源を探していた。すぐにそれは分かった。
(これ、武道場よね)
学校の施設の中で、女子には縁の薄いところだ。せめて、関係のある運動部
に入っていない限り。
(見てみたい)
そう感じた公子は、武道場の周囲を小走りに歩く。
ちょうど目の高さ辺りに、格子窓が飛び飛びに並んでいる。その一つが開い
ているのを見つけた。
「あ」
場内を覗いて、小さく声を上げた公子。
(やっぱり、秋山君だ……)
秋山は白い道着に、紺の袴姿で、布を巻いた太めの立ち棒を相手に、突きを
繰り出していた。
一心不乱。この言葉がぴたりと来る。
(こんなに早く、一人で練習なんて……)
不思議がる公子。だが、やがて、その思いは消え、別の感情がわいてきた。
(初めて見たけど……夢に触れるときと同じように、素敵な目をしてやってる
んだね)
距離があって分かりにくいが、秋山の眼差しが真剣さをたたえているのは事
実。
(ひょっとして……嫌なことを吹っ切ろうとして、練習に集中している? 嫌
なことって……)
公子は頬に手を当てた。止まらない想いを、敢えて止める。
(真剣な目。星座や飛行機を語るときとは違う意味で、輝いてる。別のあなた
がいる。あんなことがあった次の日、しかも黙って見てしまって……許してね)
公子は秋山の姿を脳裏に焼き付けると、そっとその場から離れた。
一時間目の始まる間際に、秋山は教室に飛び込んできた。
当然ながら、公子と言葉を交わす時間はなかった。
ただ、ほんの一瞬、公子の方へ視線を向けてきたと、公子には感じられた。
実際に目を合わさなかったので、気のせいかもしれないけれど。
ともかく、ひとまずはほっとする公子。
(こんなとき、同じクラスって……辛い。二年になった初めは、同じクラスに
なれて、うれしくてたまらなかったのに。今は凄い重圧、感じる)
授業が始まってからも、なかなか集中できない。
(秋山君は頭いいから、きっと集中できるんだろうな)
そう思いながら、公子はちらりと、左前方の秋山へ視線をよこした。
すると、偶然か、秋山も右後ろを振り返った。
自然、二人の視線がぶつかる。
「あ」
声を出したのは秋山の方。公子も声が出そうになったが、あわてて両手で口
を押さえ、何とか飲み込んだ。
それでも視線はしばし、秋山を見つめていた。
(あ……)
つい、「秋山君」と声をかけそうになった。
が、次には、先生の声が飛んで来た。
「秋山! 何をしている?」
「は、はい」
急いで前に向き直った秋山。途端に、クラス中に笑いが起こる。笑っていな
いのは当の秋山と、公子だけだったかもしれない。
「珍しいな、おまえが。ちょっと気が抜けてるようだから、一つ、問題をやっ
てみるか?」
「え……はあ」
「それじゃあ、六十八ページの練習問題、前に出てやってみろ」
秋山は照れ笑いを浮かべながら、教科書を持ち、立ち上がった。
(秋山君でも、気が散ることってあるんだ……)
チョークを動かす秋山の背中を見つめながら、そんなことを公子は思う。
(私のせい?)
自分の思い付きに、ちくりと心が痛む。
(私って、まだ、そんなにも大きく、あなたの心を占めているの? まさかね。
単に、私が昨日、泣いちゃったから、それを気にしてくれてるだけなんだわ。
きっとそう)
秋山が書き終わった。
「……よし、正解だ。戻ってよろしい。解説は先生がやる」
教室内はおお、とちょっとしたどよめき。よそ見していてどうして分かるん
だという驚きの反応だろう。
(さすがだなあ。秋山君の邪魔になっていたら悪い。早く忘れてもらうために
も、何とかしなくちゃ)
公子は一人、うなずく。
(差し当たって……次の休み時間、これまで通り、挨拶しよう。普通に、普通
にね)
やがて一時間目が終わった。
すぐに席を立つと、公子は秋山の机を目差す。
失敗したなあという感じで、鼻の頭をかいていた秋山に、そっと声をかけた。
「あの……秋山君」
「え?」
振り返った彼の顔は、驚きに満ちたものに変わった。
「き、公子ちゃん……」
少しの間、沈黙。先に口を開いたのは、公子の方だった。
「お、おはようねっ」
「お、おはよう」
「……あの、さっきはごめんなさい。私のせいで」
「さっき? さっきって……ああ、あの後ろを振り向いた……」
手を額に持っていく秋山。
「格好悪かっただろ。いや、公子ちゃんは悪くない。絶対悪くない。つい、気
になって」
「……私もそう」
「……昨日、あれから大丈夫だった?」
「うん……」
「よかった。心配だったんだ。あとから考えて、放ったらかしみたいにしちゃ
ったな、と」
「平気よ。私のことなんか心配しないで」
「……」
視線を自分の足下に落とし、ふーっと息をついた秋山だった。それからまた
顔を上げ、公子を見つめてくる。
「とりあえず、よかった。話しかけてきてくれてほっとしたよ。友達ではいら
れるんだってね」
「当たり前よ。……今朝、早かったみたいだね」
気になっていた点を聞いてみる。
「今朝は私も早く出たつもりだったのに、秋山君に会わなかった」
「あ−−っと、それは、思いっ切り早起きしたから、道場で一人で練習をして
いたんだ。夢中になってたら、一時間目に遅れそうになったけど」
片手を頭に、照れたような笑いを浮かべる秋山。
(何かを忘れようとしていた、吹っ切ろうとしていたね)
聞けない言葉を胸に、公子はこくんとうなずいた。
「その内、みんなでプラネタリウム、行こう」
思い出したように秋山が言った。
「ええ、きっと」
公子が答えたところで、二時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。
噂にならなくて助かった、と公子は思っていた。
小学生のときのように、秋山から告白されたことが噂として広がってしまう
と、要に伝わり、面倒な事態になりそうな気がしてならなかった。けれど、そ
の心配は、もうなくなったと見てよさそう。
「今度の日曜だね、プラネタリウム」
公子の右隣で要が言った。秋を迎えつつあるためか、腰を下ろした芝は薄く
茶色がかっている。
「楽しみだなぁ」
「あんたはいいかもしんないけど」
とは、公子の左隣の悠香。
「あのばかの相手をせにゃならん私の身にもなってよ。疲れるわ」
「あらあ? いいと思うけどなあ」
まじめに反論する要。
「気は合っているように見えるけど」
――つづく