AWC そばにいるだけで 54−6(文化祭編−前)   寺嶋公香


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#5286/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/11/30  00:25  (201)
そばにいるだけで 54−6(文化祭編−前)   寺嶋公香
★内容

 目尻に人差し指を当てる純子。この辺りの返答は、当意即妙、だいぶうまく
なった。慣れが最大の理由だろう。
「ふふ、そういうことか。お互い、抱える悩みは同じようなもんなんだね。そ
れで、俳優の方は、もうやらないの?」
「映画はきついですね。長い間、拘束されて。あんなに疲れることは、しばら
くやりたくないなあ。短い物なら、何とか。加倉井さん達にもまた会いたい」
「おいおい、ヒロインの名前を出してやらないのかい」
「え? ああ、ですから、俳優の皆さん全員と会いたいっていう意味で、別に
加倉井さんを特別扱いしたわけじゃあ……」
「そういうことにしとこう。加倉井君も、君のこと、気に入ってたみたいだっ
たけどね」
「はあ。パーティのとき、また共演しましょうって、誘ってもらいました」
「それ以外の意味でのアプローチは、なかったのかな?」
「ん? 何のことですか」
「つまり……いや、いい。やめとこう。また芸能レポーターに戻るところだっ
たよ。どうもよくないな」
 自己完結し、頭をかく星崎。純子はそれでも小首を傾げた。
「ま、それだけ、久住君に魅力があるということなんだよね、きっと。多くの
人間が、君に興味を持つ」
「……喜んでいいのかしら……」
 小声で、聞こえないようにつぶやいたつもりだったが、星崎は「え?」と反
応を示した。純子はすぐさま、言い足す。
「いえ、独り言です」
「ふむ。興味ついでに教えてほしいな。次の仕事は? 曲名だけでも」
「あ、それが……実は、声優をやることになりそうなんです」
「へえー? 声優とは、また新境地の開拓じゃないか。手広くやってるねえ」
 感心と言うより、呆れの色合いが強い様子の星崎は、身体を斜めにずらして、
背もたれに片腕をかけた。
「それで、何に声を当てるの? 洋画としたら――」
 上目遣いになって、欧米の俳優の名前を挙げようとする星崎を、純子は急い
で遮った。
「アニメなんです」
「なぁんだ、それなら僕もやったことある。ほっとした。いやあ、君に早速追
い抜かれてしまったかと思って、内心、焦ってたんだよね」
「追い抜くだなんて」
「ふむ。久住君は、闘争心を出さないタイプだね。それとも、競うこと自体、
嫌いかい?」
「それは」
 考えたことのない問いかけに、純子の口が途中で止まる。言葉が出て来ず、
決まり悪そうに、唇をなめた。
「歌謡賞を狙わないのかな? 今年だったら、まだ新人枠でも行けるはずだよ
ね。時期的に、そろそろノミネートの打診がある頃だけど、久住君のサイドで
は、どうするんだろう?」
「……分かりません。聞いてない、と言うか」
「ふうん。去年もどうして出て来ないのか、不思議だったんだ。ノミネートさ
れること自体を、拒否したよね」
「あれは、鷲宇さん達がそうしろと言ったし、僕もまた本格的にやる決心が固
まっていなかったから……」
 歯切れが悪くなる。賞獲りに興味が湧かなかったのは、確かだ。それよりも、
主体性のなさを自ら認めているようで、恥ずかしい。ついつい、下を向いてし
まう。
「デザート、そろそろいいかい」
 星崎が、いいタイミングで言ってくれた。ひょっとすると、これ以上問い詰
めなかったのは、彼なりの優しさの表れかもしれない。

           *           *

 暖かければ公園にしようと、町田は考えていた。
 だが、実際は夕方からこの季節にしては肌寒くなり、仕方なく、井口の家に
押し掛ける形になった。
「急な話になったけれど、大丈夫?」
「うん、うん。全然、問題なし」
 井口が気安く応え、中に案内してくれる。井口の家族への挨拶を済ませた町
田は、富井とともに付き従った。
「考えてみれば、中学校まで、ほとんど芙美ちゃん家を使わせてもらってたん
だよね。これくらい、お返ししなきゃ、罰が当たる」
 富井が調子のいいことを言うと、先を行く井口がぴたっと足を止め、振り返
る。そして、「じゃ、次はあんたの家ね」と指差した。
「いいけどぉ、でも、あんまり騒ぐと叱られるんだよ。うちの親ったら、家を
凄く大事にしててさあ」
「別に鬼ごっこするわけじゃあるまいし」
 そんな話をしながら、井口の部屋に収まる三人。密室空間ができあがったと
ころで、井口が町田に聞いた。
「それで、話って何?」
「芙美ちゃんから電話あったときは、ちょっとびっくりしたよぉ。話があるの、
だなんて久しぶりだったから」
 富井も同調し、気になっていたことを素直に表す。
 町田は一つうなずくと、ためを作ってから、話を切り出した。最初は、きっ
かけを作るために、やや遠くから。
「二人とも、相羽君とは会っているのかな?」
 え?と声を上げ、町田を見返したあと、お互いに見合う富井と井口。次に答
えたのは、井口だった。
「会ってることは、会ってる。たまにだけれどさ」
 この言葉を受けて富井が何度か首を振り、同意を示す。
 町田は、そのときの様子を教えてほしいと、頼んだ。
「様子と言っても、特に……。前やってた勉強会と、ほとんど変わりない。そ
うよね、郁江」
「そうそう。人数が減っただけって感じだよ」
 井口に対して首肯を繰り返してから、富井は町田に目を向けた。えくぼをこ
しらえ、不思議そうに尋ねる。
「どうして、そんなこと聞くのー? 芙美ちゃんも入りたくなった?」
 町田は片手を上げた。富井の今の質問には、まだ答えないという意志表示。
代わりに、自分が予め描いておいた段取りで、話を進める。
「相羽君との仲は……進展した?」
 今度の問いかけには、伊具とも富井も無言。短い間があって、再び、互いの
顔を見た。どちらからともなく、口を開き、「そんなこと言われても、無理だ
よね」「うん……」というやり取りが交わされる。
 井口は町田に向き直り、小さな声で答えた。
「前にも言ったかもしれないけれど、二人きりならともかく、三人だとね」
「ふむ。じゃ、二人きりになれるチャンスがあれば、あんた達は、お互いにお
互いを出し抜くつもり、あるわけよね」
 町田は、ここが勝負所だと考えていた。声に気迫がこもる。
 案の定、当の二人は虚を突かれた様子で、何ら返事が出て来ないでいる。た
だ、そんな事態になることを考えていない、と目が語っている風に見える。
 町田は畳み掛けた。
「抜け駆けをしないまま今の状態をずるずる続けるか、出し抜いて気まずくな
るか、よね。まあ、二人とも大方、現状維持を期待しているんだろうけど、そ
れにしたって、いつまで続けるつもりなのか、はっきりさせて置いた方がいい
んじゃないかしらね」
「……」
「相羽君の気持ちを確かめないまま、ずるずる続けようってのは、甘いわよ。
彼だって、内心ではいい加減、呆れてるかもしれない」
「そんなこと――」
 富井が反駁しようとするのを、町田は敢えて遮った。肯定で包み込む。
「ええ、ないでしょうね。相羽君は、優しいから。だけど、本当に好きな相手
は、一人しかいないわけよ。まあ、これは相羽君に限ったことじゃないけどさ」
 トーンを少し緩めて、二人の反応を見る町田。心算では、このあと、純子が
相羽から告白され、それを断っていた話を持ち出す予定だった。
 ところが。
「そのことなんだけど……」
 井口が、沈み気味の声音で言った。しかし、不思議と目線は町田を真っ直ぐ
見ている。
 意外な反応とその視線に、一瞬たじろぐ町田。ほとんど無意識の内に首を縦
に振り、井口に続きを促した。
 富井を一瞥する井口。かすかに、うなずき合ったように見えた。井口は意を
決したように唇を真一文字にし、そして言った。
「相羽君が好きなのは、やっぱり、純子だと思う」
「久仁……それって」
 いつ気付いたの?と聞きそうになったが、危ういところで台詞を飲み込む。
漫画みたく、ほんとに喉仏が動いた気がした。
 ゼロコンマ何秒かの内に考え、質問を組み立てる町田。冷静になってみれば、
今聞くべき問い掛けが一つしかないことは、明白だ。
「そう思ったのは、どういういきさつで?」
「今になって振り返ってみたら、思い当たる節は、いくらでもあったんだなっ
て分かるんだけど……」
 助け船を求めるかのように、井口は富井に視線を投げかけた。言ってみれば、
私一人に全部を喋らせないでよ、という雰囲気か。
 富井ははっきり分かる瞬きをしてから、気乗りしない、だるそうな動作で座
る姿勢を変えた。さっきまでと比べて、表情に暗雲がかかっている。
 町田は、「どうしたの? 言ってみてよ」と目で訴えた。言葉にするよりも、
この方がいいと考えた。
 それでも富井は唇を噛みしめ、躊躇していたが、やがて思い切った。
「私が、そうじゃないかな……って強く感じたのは、相羽君が純ちゃんの写真
を持っていたのを見たとき」
「写真?」
 町田のおうむ返しに、回答者は井口に交代した。
「相羽君の生徒手帳に、純子の写真が挟んであったのよ」
「……ふうん。なるほどね」
 表面上、合点した態度を装い、内心では、案外不用意なことしてるわねと、
相羽を非難した町田。
「当然、わけを聞いたんでしょう? 相羽君は何て答えてた?」
 二人を等分に見つめ返す。交代制でもできあがったか、今度は富井が答えた。
「純ちゃん、モデルとかの仕事をするでしょ。その現場に行くときが、相羽君、
たまにあるんだって。でも、仕事の関係者の人達が、相羽君のことを知らなか
ったら、すんなり入れてもらえないから、そういうとき、純ちゃんのプライベ
ートなスナップを見せれば、一発でパスできるとか何とか」
 理屈は通っているかもしれないと、一時的に感心した町田。でも。
(不自然さは拭いきれないわね。現に、この二人にも感づかれているんだから)
「それで、おかしく思ったのなら、相羽君にはっきり聞いてみた?」
 これには井口も富井も即、首を左右に振った。
「できるわけないか……」
 町田はまた黙考に入らねばならなかった。
(ちょっと予定が狂ったけれど、あのことを言うべきかしら)
 言えば、最後の一押しになって、二人とも、相羽をあきらめるかもしれない。
その反面、今、追い打ちを掛けてさらに落胆させる必要があるのかどうか……
判断に迷う。
 だが――早くはっきりさせねばいけない。町田は決心して、両手を握った。
そして、口を開く。声が出るまで、一秒ほどのタイムラグがあった。
「郁、久仁。二人とも、驚かずに聞いて」
 ――およそ一分後、富井も井口も言葉を失ったかのように、押し黙っていた。
町田が話し始めたときは、「嘘?」「ほんと?」という程度のつぶやきを差し
挟んでいたのだが、今は全く大人しくなっている。
「これからどうするかは、私の口出しすることじゃないと思うから、何も言わ
ない。二人がそれぞれ、考えて」
「……純ちゃんが、断ったのは、やっぱり……」
 絞り出すような声の富井。誰も、反応しなかった。
 代わりに、井口が独り言めかしてつぶやく。
「それで相羽君は、あきらめたのかな」
 しばらく経ってから、町田が「私には、分からない」と反応した。
「おんなじ学校じゃないからね。ただ、唐沢のやつの話を聞いてると、多分、
相羽君は純のことをまだ好きみたい。簡単に忘れられるはずないものね」
「……私だって、簡単にはあきらめられないよ」
 富井が言った。叫びたいのをこらえているかのような、くぐもった調子であ
る。町田はこれにも何も言えず、井口に視線を移した。
「久仁香、気持ちは分かるわよ。私だっておんなじ」
 井口が若干否定的な響きを含ませ、こう言い出したのを、町田はちょっと意
外な感じで受け止めた。井口の方は、予想していたよりも早く、決心が着いた
のかもしれない?
 息を詰め、耳をすませる。果たして、井口は続けざまに言った。
「だけど、相羽君は純子が好きで告白して、なのに純子は、私達のことを思っ
てくれて、告白を断って……こういう事情を知ってしまったら、何とかしない
と。もう知らんぷりはできない」
「……私も、それは思うよぉ」
 いつしか、泣きそうな声になっていた富井。どうしてこんな話を打ち明けて
くれたの?と、恨めしげな目つきを町田に向けた。一瞬だけだったから、町田
は救われた気分になった。
 富井は井口に視線を戻して、異を唱え始める。
「けど、理屈じゃ分かっても、嫌。好きなんだもん」

――つづく




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