AWC コロンブスの卵 7     永山


    次の版 
#2178/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 9/21   8: 4  (194)
コロンブスの卵 7     永山
★内容
「そうか。確かに、頼山先生の厳格さは有名だからな」
「それと中西が、どうして『彼女達には悪いことを』と言っているのか、分か
らない。被害者は頼山絹子一人であって、複数じゃないのに」
「やっぱり来てた!」
 不意にハスキーボイスが降ってきた。座っていた荒木田達が顔を上げると、
田中素美礼が後ろ手を組んで、ゆっくりと歩いて来るのが見えた。
「どうして分かった?」
「だって、日記を解いたら、来るのはここしかないよ。違う?」
 荒木田の問いに、当然という表情で答える田中。
「日記を解読しただって? 冗談だろう?」
「わたし、ホントは記憶力がいいのだよ。だから、あの時、見せてもらった文
章を覚えておいて−−」
「それにしたって、簡単に解けるもんか?」
「簡単だよ。わたし、中西っていう人のこと、ほとんど知らないけれど、音楽
をやってた人だって考えれば、自然に解けるわ。12345が各母音で、Fが
N音だっていうのは、すぐに見当がついたし、必ず、謝りの言葉を書いてると
思った」
「謝りの言葉?」
 若生が不思議そうに聞き返す。
「ごめんとか悪かったとか……。それで、一番下の行は、三文字だけで、最後
はN音だったし、意味ありげに#もあるから、これが『ごめん』じゃないかと
考えたの。あと、使われている記号を見ていたら、ふっと閃いちゃった。これ
は、音楽用の符丁を使っているって」
 ああ、と荒木田も思い当たった。
 何かの音楽雑誌の小ネタで、音楽の世界では、1はツェー(C)、2はデェ
ー(D)、3はエー(E)、4はエフ(F)、5はゲー(G)、6はアー(A
)、7はハー(H)、8はオクターブ、9はナインというのを読んだことがあ
った。
「だけど、ナインを漢字の9で表すのはともかく、オクターブを十としたのは
説明がつかない」
「それは書いた人の洒落っ気かな。十月のこと、英語でオクトーバーって言う
でしょ。あれ、何故だか知らないけれど、たこのオクトパスから来ているんだ
って。だから、オクターブを十としたんじゃない?」
「……なるほどね。だが、いったい何のために、そんなスパイじみた暗号なん
て」
「もちろん、一つは、コロンブスのメンバーだけに解読して欲しかったから。
もう一つは、ずっとバンドを続けてほしいって願いじゃないのかなあ」
 こんなことも分からない? そんなそぶりで答えた田中は、その場でくるっ
と一回転した。
「……じゃあ、何で、こいつは死んだんだよ? 正直に警察に行ってくれりゃ
……。俺達は待つのに」
 荒木田は感情が高ぶってきて、自然と声が大きくなった。
「−−出よ。ここは適当じゃないわ」
 田中素美礼が言った。


「言うと重くなるから、言わないでおこうと思っていたけど」
 荒木田達三人と田中は、図書館近くのあまりはやっていない喫茶店に移った。
本当は、校則で禁じられている。
「重くなる? 何が?」
 高橋がおうむ返しに聞くと、田中は説明を始めた。
「頼山絹子。彼女は、わたし達のバンド仲間なの」
「嘘っ!」
 驚きのあまり、そんな言葉が荒木田の口を突いて出た。他の二人も、一様に
信じられないという顔つき。
「ホントだってば。あーあ、覚えていないんだ。予選でドラムやっていたんだ
よ、シルク。あ、シルクって、頼山さんの愛称よ」
 荒木田は、何とかミルキィウェイのドラマーの姿を思い出そうとした。確か、
華奢な身体つきで、力いっぱいやっていたと思う。あれが頼山さん……?
「しっ、しかし、よく親が許してたなあ。頼山さんの母親が僕らの学校の音楽
教師だって、知ってた?」
 若生が驚いた表情のまま、聞いていく。
「ええ。その上、バンドなんて許してくれない先生だってこともね。だからわ
たし達、内緒でやってたの。あの日もシルク、友達の家で勉強するって言って、
練習に集まったんだ。練習が終わった帰り道、シルクは、たまたまバイクで走
っていた中西さんの前に飛び出しちゃったのよ」
「ちょっと! どうして頼山さんの方が飛び出したって言えるんだ? もし、
俺達の手前、気遣って言ってるんなら、お断わりだよ」
「違うわ、荒木田君。わたし、直接、入院中のシルクに聞いたんだ。飛び出し
たのは自分だって。約束した帰宅時間に遅れそうだったから、慌てて走ってい
たんだって……。それでね、覚えていたの、シルク。バイクに乗っていたのが
コロンブスのメンバーだって」
「……じゃ、あんたが転校してきた理由は、それか?」
「なに、邪推してるの? わたしは本当に、そのギターに惚れたんだから!
偶然、こんなことになっただけなんだから。考えてもみて。わたしがホントに
荒木田君のことをギターの音だけで覚えていたとしたら、あんなに早く、転校
できると思う? 調べるだけで時間かかっちゃうよ。わたし、本当に記憶力が
いいんだから! ……どこまで話したか忘れちゃった」
「……頼山さん、じゃなくてシルクさんが、バイクの運転手を知っていたって
ところまで」
 口を挟んだのは若生。
「そっか。どうして覚えていたのか知らないけど、とにかく、覚えてた。日記
の意味が分かってから考えたんだけど、中西さんの方も、分かったんだと思う。
ひいてしまったのが、ミルキィウェイの一人だってことを。どうしてって、『
彼女達に』とあるものね。中西さんがやめると言い出したのは、不祥事も怖か
ったけど、恐らくはね、自己保身が大きな理由だったと思うの。色々と聞いて
回ったら、トレードマークのようにしてた長髪を切っちゃったっていうから、
印象を変えようとしたんだ。決勝大会に出ないと言ったのも、自分の顔がテレ
ビに映るからね。ここまでだったら、わたしはこの人を軽蔑したままだった。
だけど、謝ってくれたからね。それに、このメッセージをあんな音楽用語で書
いたのも、コロンブスとミルキィウェイが一緒に、活動を続けて欲しいって願
いだと思うから」
「ちょっと待て。途中まではいい話として聞いてたけど、どうしていきなりそ
うなる?」
「だって、中西さんが自殺しちゃったのは、シルクが二度とバンドをやれない
って知ったからだよ」
「何で、そう言える?」
「シルクのお母さんのところに、電話があったようなの。けがの具合いはどう
かって。足はともかく、手の方はちょっと。そんな風にシルクのお母さんは答
えたんだって。名乗らなかったけど、絶対にあれは中西さんだと思う。電話の
あった日に自殺してしまったみたいだから」
「それじゃあ、中西は、俺達だけじゃなく、もう一つのバンドの運命も狂わせ
るようなことをしちまったんで、死んだ……?」
 そこまで思い詰めるものだろうか? 荒木田は自分の心の中、天秤にかけた。
自分だったら、どうするか。死を選びはしないと思うが、相当の責任を感じた
ことは間違いあるまい。
「家族に言うのか。その、頼山先生や中西の家の方に」
「さあ。言ったところで、中西さん家には、それこそ重たいものを持ち込むだ
けだと思うし、頼山先生にはシルクのやっていたことがバレちゃうだけだし」
 言い終えると、彼女は舌をちょっと出してみせた。
 荒木田は少しだけ笑ってから、静かに答えた。
「それならいい。……そちらが決勝に出なかったのは、そんな理由だったのか。
いつだったっけ、ひどいこと言ったな。謝るよ」
「謝りの言葉よりも、わたしは荒木田君のギターの腕がいいの」
 様子を伺うように聞いた田中。
「……悪いけど、まだ考えさせてくれ。そいつばかりは」
「いつまで? いつまで考えるの?」
「……せめて、夏休みが終わるまで、か」
「うん、分かった。いい話を持ってこないと、わたし、自主退学しちゃうから
ね。そうなったら、荒木田君の責任だよ」
 そう言うと、いきなり彼女は立ち上がり、自分のジュース代だけ置いて、小
走りに出て行ってしまった。
「あ、おい……。退学なんて、そんなこと言われても、知らないぜ」
 荒木田がぶつぶつ言うと、高橋が横合から言った。
「まだこだわっているのかい、めいギタリストさん?」
 続いて若生も。
「あのー。僕、図書の先生から聞いたんだけど、夏休みの間中、ずっと、学校
に出てきていたらしいよ、田中さん」
「何? じゃ、俺達が来ている日ばかりに登校してたんじゃなくて……」


 新学期が始まる。型通りに物事は流れて行く。
 田中素美礼は、最後まで教室に残っていたが、ちょっと時計を見て、帰り仕
度を始めた。
 そのとき、開いたままだった扉に、影がいくつか映った。
「もう、あきらめたのかい?」
「……違うよ。落ち着いて待つため」
 荒木田の声に、彼女はハスキーボイスで応じた。
「しょうがないな。中西の家の穴は時が埋めるしかないだろうけど、コロンブ
スにできた大きな穴は、すぐに塞がないとね。君みたいに……図々しくないと
塞げない」
「何と言われても、弾いてくれるんならいいよ」
 首を傾げて、にこっと笑った彼女。
「場所は?」
「ああ、志知さんに頼んである」
 高橋が答えた。


「ザ・コロンブス、復活か」
 志知管理人が漏らした。
「いえ、バンドの名前はまだ……」
 若生が遠慮がちに答える。
「そうか。彼女、確かミルキィウェイの。それにしても、よく一緒にやる気に
なったもんだ。あれだけ女嫌いだった荒木田君が」
「それが直っているかどうかは、知りませんが」
 笑って、準備している荒木田を見やる若生。
「さあ、行くぞ、若生! 早く」
「ああ」
 そしてファーストステージ。いや、プレステージとなる。
 一瞬、しんとなる空間。
「何を歌う?」
「何でもいいよ。コロンブスの歌なら、ほとんど覚えてきたから」
「自信たっぷりだな。よし、夢フラ!」
 荒木田のかけ声の後、一拍をおいて演奏開始。
 あぁ、これだ−−。荒木田はやっと分かった。
 予選大会で一位になれなかったから悔しかったんじゃない。女に負けたから
悔しかったんでもない。
 この、彼女の歌声と一緒に演じられなかったのが悔しかったんだ。
 元から分かっていたことなのに、簡単なことなのに、それに気付くのに時間
がかかった。それは一つの、コロンブスの卵。
 音が止まると、大きな拍手。志知管理人だけでなく、メンバーがお互いに讃
え合う。
 これからコロンブスあるいはミルキィウェイにとっての新学期が始まる。型
通りでない新たな期が。

−FIN.


野暮ですが、参考までに−− 暗号解読表
 CDEFGAH十九
1かさたなはまやらわ
2きしちにひみいりゐ
3くすつぬふむゆるう
4けせてねへめえれゑ
5こそとのほもよろを

あの ひ の こ うつ うじ  こ を おこ し た の は ぼ  く
1F5G2F5C53E33D#2C5九55C5D2E1F5G1G#5C3

か の じ  ょ た ち に は わ る いこ と を し た
C1F5D#2h5E1E2F2G1九1十32C5E5九5D2E1

そ し て コ ロ ンブ  ス の み んな に も ご  め ん
D5D2E4C5十5FG#3D3F5A2FF1F2A5C#5A4F




前のメッセージ 次のメッセージ 
「空中分解2」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE