AWC そりゃないぜ!の恋23   寺嶋公香


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#454/1158 ●連載
★タイトル (AZA     )  05/10/14  23:27  (201)
そりゃないぜ!の恋23   寺嶋公香
★内容

 何やかやとざわざわしながらも、学校全体はお祭りムード、生徒もお祭りモ
ードになってきた。僕は、(蓮沼さん曰く)二転三転、苦心の末に完成した台
本をありがたく受け取り、台詞の暗記に取り組む日々……なのだが、同時に、
舞台の大道具小道具作りも手伝わないといけない。時間の都合上、台詞を覚え
きれないまま、立ち稽古に入る形になっていた。
 一つのクラスが催す劇に、大層な時間が取れるはずもなく、長さは正味四十
分ほど。必然的に、ストーリーは分かり易く、シチュエーションや人間関係は
極力、簡略化したものにせざるを得ない。それをさらに簡略化し、粗筋を述べ
ると……<自国Aの平和と安全を維持するために、隣接する強国Bの王子と政
略結婚する運びとなった王女。ところがB国内は不安定で、国王や王子の立場
も安泰ではない。それを偶然知ったA国の大臣は、昔から密かに想いを寄せて
いた王女をものにすべく、野心を燃やし、実状を公にする機会を窺う。ずるず
ると引き延ばす内に、王女がB国反主流派の手に落ちるという、A国を揺るが
す大事に発展。愛国心に目覚めた大臣は、自らの不遜とともにすべてを告白。
彼の命を賭した活躍で、王女は危ういところを救われる>
 えっ? ちっとも簡略でない? 仕方がないのだ。物語の背景は、ナレーシ
ョンで説明すればどうにかなる。
 それよりも、狩人が出て来てないぞ、という疑問が出るかもしれない。実は、
さっきの粗筋は、由良を信用させるための、表の台本。そう、由良が(クライ
マックスだけだが)演じるのは王子ではなく、大臣になったのだ。
 これが裏の台本では、三井さん演じる王女がB国反主流派の手に落ち、えら
いこっちゃーとなるまでは同じだが、そのあとが異なる。大臣は己かわいさに
B国反主流派と引っ付くのだ。まあ、開き直りですな。それを察して、活躍す
るのが狩人。いきなり出て来て王女とハッピーエンドだと不自然なので、前半
からちょい役で登場し、王女とのやり取りもある。
 途中で筋書きが台本と違うことを、由良に訝しがられないかって? 大丈夫。
物語が分岐する頃には、由良は舞台裏の控室にいる。しっかり防音されている
ので、部屋に篭もったままでは、舞台の声や音なんて聞こえやしない。
 ちなみに、大臣が途中で入れ替わる点は、ダブルキャストとして初めから明
かしておくことになった。そうじゃないと、観ている人が混乱する。
 ちなみにパート2。三井さんには由良出演を明かせないため、クラスメート
二人が中途で入れ替わるものと思わせている(あー、ややこしい)。
「――あ。ねえねえ、ちょっと待って」
 三井さんに声を掛けられたのは、稽古が本格化して数日が経過した頃。僕は
早く帰ろうと、廊下を急いでいた。練習で疲れていた上、宿題を山ほど出され
て憂鬱な気分だった。
 だからといって、三井さんの声を聞き逃すことはない。すぐに返事をしなか
ったのは、名前を呼んでほしいな、なんて思ったから。
「岡本君! 待ってってば」
 追い掛けてくる気配に、僕は即座に振り向く。と同時に、廊下の右端に寄っ
て、立ち止まった。
 近付いてくる彼女には、焦っている様子が窺えた。ほんの短い距離なのに、
息を切らしているように見える。無論、錯覚なのだけれど、悪いことをしたと
感じた僕は急いで言った。
「ごめん、自分のことだとは思わんかった」
 謝る僕に、三井さんは周囲を気にする風を見せたかと思うと、急いた口調か
つ小声で言った。
「それより、一緒に練習できないかしら?」
「はい?」
 単刀直入に過ぎる物言いに、戸惑わずにいられない。だいたい、劇のことを
言ってるのなら、さっきまで一緒に練習していたじゃないか。
「岡本君さえよければ、二人だけで練習したいなあって思って」
「え?」
 にやけていないか、自分? そんなつまらないことが気になり、僕は手のひ
らを顔に持っていった。口を覆いながら、続けて答える。
「悪くはないけれど、どうしてまた」
 三井さんは再度、辺りに人がいないことを確認する仕種を挟んだ後、答える。
「狩人と王女のやり取りは、特に重要でしょう? 他の場面は最低限、話の流
れが伝わればいいと思うの。でも、狩人の王女への想いは、最後につながって
くるんだから、しっかり印象づける必要あると思うし、台詞以上に気持ちが出
るようにした方が、絶対にいいわ」
 静かな物腰だが、力の入れようはひしひしと伝わってくる。劇をだしにしよ
うとしている自分が、恥ずかしくなる。いや、僕だって、劇そのものは真剣に
やるつもりだ。だから、三井さんの申し出は(彼女への好意を除いても)、願
ったり叶ったりだ。
 ただ……。
「うん。学校でする稽古だけじゃ不足やなっていうのは、僕も感じてた。諸手
をあげて賛成!と言いたいのは山々なんだけど、宿題が」
「それなら、宿題も一緒にやろうよ」
「え? え?」
 あかん。もう完全に、にやけてしまったに違いない。頬が緩むのが、自分で
も分かる。意味が飲み込めない風を装う口ぶりとは逆に、有頂天になってる僕
の内側。せめて赤面しないように気を付けよう。下心があるみたいじゃないか。
「問題は、どっちの家でやるかなのよね。私が岡本君の家に行くのは、ちょっ
と難しいから……。岡本君、女のクラスメートの家には来づらいでしょう?」
「……そうでもない。というか、三井さんこそ、僕を家に上げるのは、色々あ
って難しいんじゃ? 家族の人だけじゃなく、ほら、由良さんも……」
 余計な身振り手振りを交え、聞き返す。本心を言えば、この機会に三井さん
の自宅に行けるのなら、部屋に入れるのなら、そうしたいという気持ちが強い。
彼女の口ぶりから推測するに、僕が行くと言えば拒まないようだが、念押しす
る。
 三井さんは首を横に振った。
「平気。この週末、由良さんは研修会か何かで出張だから。私の家族の方は、
全然問題なし。男子を連れてきたら、珍しがって喜ぶかもね」
「そ、それはないだろ、さすがに」
 婚約者のいる娘が男友達を連れてきて、喜ぶ親がいるか? 舞い上がり気味
だとはいえ、この程度の冷静さなら、まだ持ち合わせているぞ。
「そうでもないわ。とにかく、気兼ねしないでいいから」
 ね、と腕を掴んできた三井さん。わざわざそんなスキンシップ的なことしな
くても、僕は行く気満々なのですが。迷う素振りを続けていると、嫌々行くこ
とにした、みたいな受け取り方をされるとも考えられる。それは本意でない。
「分かった。喜んでお招きにあずかります」
「わあ、ありがとう。がんばろうね」
「劇も、宿題もね」
 とても嬉しそうにする三井さんを前に、冗談めかして応じてから、いつ行け
ばいいのかを尋ねた。まさか、今日これからではあるまい。
「今度の土曜でどう?」
 そういえば、さっき週末と言ってたっけ。由良がいないときに合わせるわけ
だ。改めてそう考えると、こそこそ逃げ隠れしているようで、とっても癪な感
じがする。
 などと僕が思考を巡らせて返事を遅らせたのを、三井さんは都合が悪いもの
と受け取ったのか、続いてこう言った。
「岡本君が大丈夫なら、金曜の夕方からでも」
 ここで慌てて「土曜でOK」と返事する前に、僕は彼女に尋ねる。少し引っ
かかったのだ。
「大丈夫、とは?」
「門限とか、晩御飯とか……。岡本君が遅くなっても大丈夫なら、ご飯の用意
はできると思うけど」
「えっ……と」
 飛び付きたい話だが、それは図々しいってものだし、そもそも、家に初めて
上がらせてもらうだけでも緊張しそうな予感がいっぱいなところへ、三井さん
の家族と顔を合わせて食事というシチュエーションは、正直きつい。
 だが、反面、ここで勝負掛けなければ、って気持ちもある。そっちの方に傾
かないのは、三井さんに全然その気がないだろうという客観的分析が容易にで
きるからに他ならない。いや、当たり前だけれどさ。
「非常においしい話やけど、ご飯につられたみたいになるんは格好悪いんで、
やっぱり土曜にして」
「でも、土曜は都合が悪いんじゃあ……?」
「そんなことあらへん。今、余計な予定を入れてる暇なんかないって」
「だったら、決まり」
 若干、曇っていた表情がいつもの明るさを取り戻す。
「午後二時でいい?」
「全然、問題なし。忘れるわけないけど、記念にメモしとこかな」
 僕は生徒手帳にあるカレンダーのページを開くと、今度の土曜の欄に、しっ
かりと書き付けた。
「あ、それとね」
 手帳を仕舞った僕に、三井さんが話し掛けてくる。
「もしよかったらだけれど、妹の泉ちゃんも連れて来てほしいな」
「へ? 何で?」
 どうして泉の名前が出て来るのだ。まさか広海君のやつ、泉と付き合うよう
になったか。
「劇を観てくれるお客さんは、高校生だけじゃないでしょ。父兄はもちろん、
おじいさんおばあさんや、小さな子供だって来るかもしれない。高校生だけに
分かるようなお話にしちゃいけないと思うの」
「そりゃそやね」
 何となく言いたいことは分かった。つい、関西弁で素気なく応じてしまう。
「全員の人に面白く感じてもらうのは難しいかもしれないけれど、せめて小学
生ぐらいの子でも理解できるようにしたい」
「劇の一部だけでも泉に見せて、反応を探ろうっちゅうわけね。でも、広海君
がおるやん。あ、土曜はおらんとか?」
「ううん、いるんだけれどね。あの子は人に気を遣うタイプなのかな。私がや
ることを悪く言った記憶がないのよね」
 広海君の言動を、知る限り思い浮かべてみると、素直に同意できた。三井さ
んが姉として完璧かそれに近い、ということも考えられるが。
 その点、泉はずけずけと物を言う方に違いない。世渡り上手なところがある
から気遣いを知らないわけではない。が、遠慮をしないでいいと言われたら、
本当に遠慮しないだろう。
 さて、そんなことよりも、返事をどうするか、だ。
 はっきり言って、泉を連れて行きたくない。邪魔にはならないが、家に戻っ
てから何やかやと冷やかしてくるに決まっている。それに、演技について、僕
に対してだけぼろかすに言ってくれそう。
 だがしかし。ここは劇にかける三井さんの熱意に打たれたってことにしよう。
三井さんと二人きりになるチャンスはあるはず。何せ、泉だって広海君に目を
付けているくらいだ。細切れの劇に感想を出すなんてじきに飽きて、小学生同
士で遊びたいと思うもんだろ。
「うん、話しとくよ。予定さえなければ、多分、喜んで来る」
「お願い」
 かわいらしく手を合わせる三井さん。たいていの男は、どうして断れようか
という気になるわな、こんな仕種をされたら。
 そんなにも魅力的だからこそ、僕もこんな無謀な挑戦を続けてるわけで。す
ると、高校生を娶ろうとしている由良が、極悪人に見えてくる。そして僕は、
おとぎ話で望まぬ結婚に従わざるを得ないお姫さまを助け出す王子のごとく、
騎士道精神を発揮して……。そう考えると、今度の劇は結構オーバーラップす
るとこがある。一層、気合いが入ろうというものだ。
「あと、岡本君が私の家に来ること、他の人に言い触らさないでね」
「もちろん」
 言い触らせと言われたって、したくないぞ。二人だけの秘密って感じがいい
んだし。三井さんの方は、妙な形で噂になるのを避けたいのが一番の理由なん
だろうけど、それでかまわない。
「泉が行けるかどうかが分かったら、前もってこっちから伝えるよ」
「うん」
 そうして会話を終え、同じ方角を向いて歩き出す。これが、ごくノーマルな
(つまり、三井さんが婚約なんかしてない)状況下ならば、どんなによかった
ことか。つくづく感じた。

 土曜を迎えた僕は、柄にもなくそわそわしていた。いいことと嫌なことが一
度にやって来る気分。擬似とは言え、三井さんとはデート済みだから、たとえ
二人きりになっても、そんなに緊張はしないと思う。ただただ、段階を踏まず
に(それ以前に、恋人同士でもないのだけれど)、いきなり好きな異性の家に
行くことになり、しかも両親と会うかもしれないという事態が、何とも……。
 三井さんの両親は、娘の連れてきた男子クラスメートをどんな風に見るのだ
ろう。由良という婚約者がいなかったとすれば、僕を三井さんの恋人候補と見
なすのか。その場合、僕の印象は好悪どちらになるのか。
「……虚しい仮定だな……」
「ぶつぶつ言って、気持ち悪いよー」
 僕の独り言に、妹が容赦ない言葉を浴びせてきた。
「もしかして病気? だったら、今日、三井さんとこに行くの、中止にしなく
ちゃね。ああ、残念ー」
「勝手に決めるな。豪雨になっても絶対に行く」
 おめかししている妹をじろりと見やる。
 とは言え、僕に比べると、泉の方がまだ落ち着いている。小学生は気楽でい
いな。自分が小学生のときのことを思い出すと、そんなに気楽でもなかったが、
それでも高校生よりは気楽だ。
「そりゃそうだよね。愛する人のお家に足を踏み入れられる、千載一グーのチ
ャンスなんだから」
 相変わらず、覚え立ての言葉を使いたがる。変なアクセントに笑ってしまっ
た。すると泉のやつ、今度は「にやにやして、気持ち悪ーい」と来た。まった
く、疲れる。

――続く





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