#390/1158 ●連載
★タイトル (AZA ) 05/03/19 22:37 (204)
そりゃないぜ!の恋22 寺嶋公香
★内容
「もう一発、ローリングエルボー!」
目の前で叫びながら、剣持が反時計回り(上から見て)にくるっと回転、勢
いをつけて右肘を僕の胸板にぶつけてきた。無論、手加減されているから、痛
くはないが、体重が乗っている分、重たい。僕はよろよろと下がった。
「ギブ、ギブ。もうええやろ?」
「まだまだ」
答えたのは剣持ではなくて、蓮沼さん。昇降口のドアにもたれ掛かるように
して、腕組みをしている。表情は逆光で判然としないものの、呆れているに違
いない。
「ほんっとに、誰が愛の告白をしろと……」
ぶつぶつ言ってる。教室を出てからずっとこれだ。
先ほどのホームルームで、追い詰められた僕が吐いた台詞。あれのおかげで、
議事進行が完全にストップしてしまったのだから、怒るのも理解はできる。予
定していた半分も話を詰められなかったと、ぼやくことしきりだ。
「ギャグをかますにしても、あれはやり過ぎだな」
剣持が言った。喋りながらプロレス技を繰り出し続けて疲れたのか、息切れ
気味だ。
「つーか、面白くなかったよ。関西人の神風にも置けない」
僕はそう言った蓮沼さんの顔色を窺った。取り澄ましていて、ぼけたのかど
うか判断が難しい。「……」と時間が経つ。
やおら首を振って、剣持を見た。そして声を潜めて言う
「――なあ、剣持。君が即、突っ込まないところをみると、“神風”ってのは
まじぼけ?」
「恐らく」
「かなんなぁ。関東人のぼけを見破るのは難しい」
男二人でひそひそやっていると、当人も気付いたらしい。赤面しつつ、「ち
ょっと言い間違えただけだよっ」と声を荒げる。
おかげでこっちも助かった、と密かに安堵する僕。あの窮余の台詞――「三
井さんを幸せにすると誓います」――を、ギャグで済ませられたのだから。あ
のとき、せめて「お姫さまを幸せに」云々と言っていたら、ここまで冷や汗を
かくこともなかったはずなんだが。
まあ、結果オーライ、過去は振り返らないことにしよう。幸い、ホームルー
ムでの話し合いが長引いたおかげで、三井さんは終わるや否や、由良の迎えで
慌ただしく帰って行った。さっきの時点で、三井さんからあの台詞の真意を尋
ねられていたら、ごまかせる自信がなかっただけに、ほっ。
「うん? まだ帰らないのか」
全面ガラスのドアを押し開け、出て行こうとする格好で振り向いた剣持。そ
れに続く蓮沼さんも、動かないでいる僕を不思議そうに見た。
「ちょっと用があるんや。待ち合わせ」
「ふーん」
その顔つきから、詮索したそうなのを堪えているのがよく分かる蓮沼さん。
剣持は察してくれたのか、
「もしかして、岡本クン。気を遣って、俺らを二人きりにしようというつもり
なら、ありがたく受けよう」
と、冗談めかして応じた。そして蓮沼さんの鞄をぎゅっと掴んで、彼女を引
っ張っていく。
「ちょっとちょっと。私は別に、二人になりたくない」
「いいからいいから」
そのままグラウンドを抜け、校門へと遠ざかっていく。
そんな僕らの様子を見ていたかのように、グッドタイミングで待ち合わせの
相手が来た。何かと協力してくれる知念さんだ。
「人を出にくくさせておいて、物凄く楽しそうにじゃれ合ってたわね」
やっぱり既に来ていましたか。どこから見ていたのやら。
「あれは、あいつらが。それに、いたんなら、出て来ればよかったのに」
「非難してるんじゃないから。特に男子同士のは、見ていて羨ましいなと。男
同士の友情って、女同士よりからっとしていて陽性よね」
「……分からんでもないけど、そもそもさっきのプロレスごっこを友情と呼ぶ
のは、ちょっとおかしいような」
「そんなことよりも、本題に入りましょ」
脱線させておいて、彼女はそう言った。
「首尾よく、相手役に選ばれたみたいね。もう耳に入ってきたわ」
「うん。……知念さんから三井さんに、何か言ってくれたん?」
「何かって、岡本君を選ぶように? 特になし。だって、電話して探りを入れ
たら、断トツで君に好感を持った風だったもの。私がとやかく付け足す必要な
かった」
「ほんま? せやったら嬉しいなー」
頬の筋肉が緩む。今さらだけど、ここに来て、本気で脈あり、と思えてきた。
が、目の前の知念さんは、宙で肘をつくポーズを取り、顎をさすりながら、
注釈を加えてくれた。
「えー。幸せな気分のところを悪いけれど。関西テイストが物珍しかったって
感じも、多少窺えたわよ」
「……」
萎む。膨らんだ風船の口をほどいたように、しゅわしゅわと。
それに多少って何だ。微妙な表現だ。
「で、肝心の由良担ぎ出し作戦は? こればかりは万里に聞く訳にいかないし、
気になってるのよね」
勝手に話をどんどん進める知念さん。落ち込んでいる暇もない。
「今日のホームルームは時間なかったし、三井さんもおったからその話は出な
かった。でも、目処は立った。日曜、蓮沼さん達が結婚のお祝いを理由に、接
触をはかって、あ、もちろん三井さん抜きで。婚約者を驚かせるために、学園
祭の劇にゲスト出演してくれませんかと頼んだら、結構乗り気の様子だったら
しいよ」
「へー。案外、乗りがいいのね、あの男も」
「こっちにとっては思う壷。元々、学園祭に来る予定だから、スケジュールに
も問題ないし。練習時間を取りにくいのが目下の難点で、どんなちょい役でも、
とちって恥を掻くのは御免だってさ」
「由良らしいというか」
知念さんの声が呆れた響きを含む。表情の方は、最初から呆れ顔だったので、
変化なし。
「それにしても……由良にやらせようという役、王子様だっけ。とてもちょい
役じゃ収まりそうにないんじゃない?」
「そう、そこなんよ」
大いに同感。最初は、縛って転がし解けばいいと簡単に考えていたが、まと
もに芝居を成立させるには、無理がある。
「みんなして色々案を出し合ったんやけれど、どうしてもいくつかの場面に出
ざるを得ない。三井さんのいる練習のときは、代役を立ててごまかすとして、
由良に充分な練習させる時間が取れそうにないのが、問題やなあ。ここをうま
くやらんと、引き受けるのやめると言い出されかねない」
「第一、そのやり方じゃあ、本番当日、万里も驚くでしょうに」
「そりゃあ、一応、驚かせるためにやるんだから。それがメインの目的ではな
いけど」
「うん、だからね。由良が登場した途端、万里がびっくりしちゃって、劇を続
けるどころじゃなくなる可能性、なくない?」
「あー、そういえば……」
これは盲点だった。間が抜けていたとも言う。下手をすると、脚本を根本的
に直さなければならなくなるのか? 僕らの練習時間さえ、ぎりぎりかなとい
う状態なのに。
「由良が王子をやるのは、最後の方の肝心なとこだけでいいんじゃない?」
「え、何? どういうこと?」
知念さんの提案がすぐには飲み込めず、思わず強い調子で聞き返した。
「だから、途中まではその誰か知らないけど、クラスの男子が王子役をやる。
クライマックス近く、肝心要のシーンで入れ替わるのよ」
「……おお」
名案だ。これなら、由良の練習時間確保の問題までも一気に片付く。頭よく
ないと自称していたけれど、鋭い閃きじゃないか、知念さん。
「そして、婚約者を驚かせて得意になってる由良を、岡本君達が引っかけると」
いたずらげなくすくす笑いが流れ、広がる。つられて笑いながら、
「それから僕は花嫁を連れ出す、ってね」
と言ってみた。いや、本当に連れ出すかどうか、決心つけかねているけどさ。
「あとはキミの腕次第。花嫁が気持ちを変えるかどうか」
指差され、ひとしきり笑う。それが段々と空虚なものになってくるのは、自
分でも分かった。
「厳しいな。常識で考えれば、この程度で心変わりするなんて、あり得ない。
それくらいの冷静さはある。その場の乗りや、ちょっとぐらついた程度じゃ、
今のまま粛々と結婚に進むに決まってる」
「急に自信なくされても困るなぁ。どうしたのよ」
「決定打とまでは望まへん、勝ち目が欲しい。これまでに分かったことや計画
したことって、三井さんの気持ちを変えるにはどれも弱い」
「確かに、由良が女たらしっていうぐらいよね。でもこの線で学園祭前日まで
徹底的に調べて、劇のとき、大勢の前で発表したら、効果ありそうじゃない?」
「何となく、三井さん、そういう辺りもひっくるめて、承知の上で結婚に同意
してるみたいなんだよな」
そうなのだ。現在の手詰まり感は、結局、ここに行き当たる。せめて、隠し
子の噂が広海君の出任せでなく、本当だったなら、話が違ってくるだろうが、
それは無い物ねだりというもの。コメディドラマよろしく、嘘の隠し子騒動を
起こすわけにも行くまい。
「かもしれないけれど、不本意ながら同意って匂いがぷんぷんする。一〇〇パ
ーセント幸せな結婚には見えないのよ。そこが気に入らない。あっ、言い直す
わ。そこも気に入らない」
由良のことを何もかも気に入らない人が言った。そして同じく、由良のすべ
てが気に入らない僕が応じる。
「三井さんてさ――」
「気が付かなかったけど、いつの間にか、喋り方が普通になってる」
話の腰を折ってくれるな。ついでに、指差すなって。
「三井さんて、頼まれたらいやと言えない質だと思うんだ。違ってる?」
「まあ、当たっているんじゃない? それで? 由良に頼み込まれたから結婚
に応じたっていうのは、事実に反するからね。悔しいけれど、万里は一時期、
由良を頼り切っていて――」
「うん、それは分かってる。今、考えたのは逆さ。クラスメート、いや、よそ
のクラスも含めて友達全員で、彼女に、結婚しないでくれ!と頼む。一列に並
んで、頭を下げるのもいいな」
「……冗談なら笑ってあげもいいかな。でも、本気なら、ちょっとねえ」
「効果はあると思うぞ」
「そりゃあ、効果あるでしょうよ。みんなから頼まれ、頭を下げられたら、一
度固まった気持ちも凄くぐらつくと思うわ。けれど、由良が同意するとは思え
ない。結局、板挟みになって万里を苦しめることになるわよ」
「時間を稼げればいいんだ。つまり、卒業するまで結婚を延期してほしいと、
皆で頼むというか、説得する」
現実路線の妙案だと自画自賛していたのだが、目の前の知念さんは難しい顔
をした。首を傾げ、「う〜ん」と唸る。
「だめか? 何で?」
「それ、一応、もう試してるのよ。とっくの昔にね。私を始め、万里の友達が
説得してみたわ。でも、決意を変えるには至らずってわけ」
「そうか。そりゃそうだよな」
肩を落とした僕の耳に、今度は「ただ……」という言葉が届く。そう言うか
らには、何らかの望みが残ってるってこと?
「そのときは、私達、別々に説得したのよね。みんな揃って万里の説得に当た
るのなら、ひょっとしてと思えなくもないかな……」
微妙な言い回しだが、可能性ゼロではないってこと。そして首尾よく、卒業
まで猶予が得られたなら、こちらとしても作戦の立てようがある。勝ち目は薄
いが、少なくとも同じ土俵に上がれたって感じがするじゃないか。
「やってみないか。やれることは全部やっておかないと、後悔する」
「私は……賛成。やるんなら協力する。でも、万里にとってより大きいのは、
クラスメートの存在だろうからね。旗を振るのは私じゃなくて君だよ、岡本ク
ン?」
「えーっ? 男かつ転校生の自分は、適任とは言いがたいような。それに、そ
の……」
「何? 何なに?」
言いにくいから語尾を濁したのだが、知念さんは彼女らしくもなく、しつこ
く聞いてくる。いや、これは性格云々ではなくて、女特有の直感と好奇心のな
せるわざか。
僕は仕方なく口を開いた。別に正直に答えずともごまかせばいいんだが、今
後のことも考えると、きちんと言っておこう。
「僕が中心になったら、クラスのみんなに『僕の恋路を助けてちょうだい!』
と言ってるみたいで、物凄く格好悪いじゃないか」
「実際、助けてもらおうとしてるのに」
それは確かにそうだが。僕が三井さんを本気で狙っていることを、公にして
ないんだ。そこのところを忘れてもらっちゃ困る。
「じゃあ、蓮沼さんに言って、音頭を取ってくれるよう、頼めば?」
「それもなあ……ワンクッション置いただけで、同じだよ」
「何でそんな些細なことにこだわるのか、分かんないなあ」
男のメンツみたいなもんだよ。さっき彼女の言った通り、実際には助けても
らいたい、でも、大っぴらにはしたくない。仮に、大っぴらにして、みんなが
僕を応援してくれたとしても、それだと今度は三井さん対して余りにもアンフ
ェアになるじゃないか。数に物を言わせた圧力を行使するのは、必要最低限で
収めたい。そうでなくても、劇を利用して由良を引っかけようとしてる分、負
い目を感じないでもないのだから。
「しょうがない。私から蓮沼さんにそれとなく言っておく。でも劇でみんな忙
しくなるんでしょ? 私が焚付けてもうまく運ぶかどうか分からないから、当
てにしないでよ」
やっと理解してくれたか、知念さん。ありがたい申し出に、僕は感謝した。
「ありがとう。劇のアイディアは、僕が伝えとくよ」
――続く