AWC かわらない想い 29   寺嶋公香


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#344/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/09/28  23:34  (198)
かわらない想い 29   寺嶋公香
★内容
 伊達家の前を通る坂を下っていったら、わずかずつ左に曲がりながら、今度
は上り坂になった。畑の並ぶ丘をぐるりと巻くようにして、ずっと続いている
ように見える。
 ゆっくり進んで、丘の頂に到着。と言っても、実際の頂は、よその畑の中な
ので入れないが。
(わぁ――見渡す限り、ぶどう棚ばっかり。さすが、ぶどう郷ね)
 展望に感動していると、突然、背中の方から名前を呼ばれた。
「公子おねえちゃん!」
「一成君?」
 声と呼び方ですぐに分かった公子は、振り返ってその姿を探す。
 ところが、先に視界に入ったのは、秋山の姿。二人がやや前後して、坂を歩
いてくる。
「秋山君、おはよっ。一成君も早起きね」
「おはよう。散歩に出かけたって、叔母さんに聞いたから、それなら僕もと思
って。公子ちゃん、早いね」
 公子に追いついてから、秋山が言った。
「秋山君こそ。まさか、私が起こしちゃったとか?」
「いや、一成に蹴飛ばされた」
「えっ、ほんとに?」
 一成へ目を向ける公子。
「うん。広毅にいちゃんのすねを蹴った」
 どういうわけだか、得意そうにしている一成。
「あー、長すぎるのも困りもんだなあ」
「そういう冗談は、きちんと謝ってからにしろ。まじで痛かったんだぞ」
 一成の頭をげんこつでぐりぐりとやる秋山。
「いててっ! だ、だけど、寝ぼけてやったことだから。ほら、刑事ドラマで
見たけど、シンシツソーシキジョータイなら、罪に問われないって」
 いきなり飛び出した意味不明の言葉に、公子は首を傾げた。
(何? 寝室、葬式、状態……?)
 公子の頭の中を、ベッドと棺桶が駆け巡る。
「わざと言ってんじゃないのか? それを言うなら、『心神喪失状態』だろ。
まったく、疲れる」
 秋山は、あきらめたように肩を落とした。それから気分を変えるかのように
して、青空を見上げた。
「これだけ晴れたってことは、明け方は星がよく見えたはずだけど。今夜はち
ょっと、起きとこうかな」
「それ、いいかもしれない。けど、アスレチックなんかしたら、疲れ切っちゃ
うかもね」
「そうかな。今夜は多分、宵の口からよく見えると思うんだ」
「あ、そう言えば、昨日、聞きそびれてた。鹿児島の空とここの空、どっちが
よく見える?」
「鹿児島――と言うよりも、九州でも山の方に行けばもっときれいらしいけど
ね。あのときは一応、街の灯りが近くにあったから……記憶では、こちらの方
がより鮮明だったような気がする」
「ふうん。望遠鏡があればいいのにね」
 公子のつぶやきに、一成が反応する。
「双眼鏡ならあるよ」
「あれはだめだ。おもちゃだよ。もうちょっといいやつ、買ってもらいな」
 試してみたことがあるらしく、秋山は即座に一成をたしなめた。
 すると、一成が落ち込んだ表情をしたように、公子の目には映った。
「ないよりは、いいかもしれない。貸してくれない?」
 だからというわけでもないが、一成に頼む公子。
「うん、いいよ」
「ありがと」
 笑顔で礼を言う公子に、一成は満足そうにしている。
「公子ちゃん、小学生にまで気を回さなくていいのに」
 秋山が小声で話しかけてきた。
「そうじゃないの」
 言って、もう一度、広がる風景を眺望する。
「いいところだね、一成君の住んでるとこ。コンクリートの建物やアスファル
トに囲まれてると、緑がちょっとあるだけでも、羨ましくなっちゃう」
「お店の数が少ないのが、ちょっと不便だけどね」
 満更でもなさそうな一成。
「観光と農業と自然が一つになっているところは、ずっと変わらないでいるん
だろうな。そんな気がする」
 そんな秋山に同調する公子。
「変わらないでほしい」
 強く、心の中でそう願う。

 朝ご飯を食べてから、すぐに出発の準備にかかった。
「駅に何時だったかしら?」
 秋山達を車で駅まで送るおばさんまで、時間が気になっているようで、そわ
そわしている。
「八時十一分、Kぶどう郷発に間に合うように」
「それならまだ、充分、間に合う」
 と言いつつも、雰囲気はあわただしい。たいていの者は普段より早く起きて
頭がまだ覚めきってないためか、動作が緩慢なのである。
 ばたばたしたままワゴンに乗り込み、駅で降ろしてもらった。
「八分ある。ちょうどいい具合だよ」
 切符はもちろん、K里まで。最初に甲府で乗り換え、次にK淵沢でも乗り換
え、ようやくK里に着く。所用時間は合計二時間二十分といったところ。
 列車内でお喋りする内に目が覚めたか、十時半過ぎにK里に着いたときには、
全員、いつもの調子をほぼ取り戻していた。
「これからどうするって?」
 頼井が太陽の光に目を細めながら、秋山に尋ねた。
「最初は、駅のすぐ近くにある美術館。それからバスで、フィールドアスレチ
ック、次にU森ってとこに行って、そこから、叔母さんに買い物を頼まれてる
Sまでは歩き。次も歩いて」
「ずいぶん歩くんだな」
「ガイドブックを信じれば、全体で約一時間二十分、徒歩だね」
 げんなりする頼井。
「で、最後にM村でオルゴール博物館。お昼は適当に」
 秋山が予定を話している間、公子は要の様子が気になっていた。表面上は元
気そうだが、口数が減っているのは相変わらずなのだ。
(おかしいよ。昨日のワイン工場でのこと、まだ気にしている? 一成君が晩
ご飯のとき、余計な話をしたもんね。それとも、修学旅行で星を見たっていう
話、作り話だと感づいたとか……?)
 昨日から思い出しては原因を考える公子だが、今一つ、ぴんとこない。
(昨日、布団を敷くときだって、何かおかしかったような。カナちゃん、真っ
先に端っこを取って、真ん中にユカが来るよう主張したよね……。これ、私と
隣り合わせになりたくなかったから?)
 悩んでいると、周りの様子が目に入らなくなる。美術館での鑑賞は、急いで
回ったのも理由であろうが、それ以上に公子はほとんど集中できなかった。
 それからも、遊びに集中できないでいた。要が他の友達とはよく言葉を交わ
すのに、自分に対しては必要以上には口を利かない。そう受け取れる瞬間が、
何度も何度も公子に訪れる。
(どうしたらいいのか、分からない。もう謝ったのに。何度も謝ったら、かえ
っておかしくなる。私が秋山君のこと何とも思ってないって、カナちゃんは信
じているはずなのに)
 こういう精神状態では、フィールドアスレチックなどという運動がうまく行
くはずもない。靴だけ専用の物を借りたのだが、結果的に靴は無関係だった。
何をするにしても、滑るわ落ちるわで、時間がかかってしまった。
「そろそろ昼ーっ」
 全員が出口にそろったところで、一番にクリアしていた頼井が、待ちくたび
れたように言った。十二時三十分を少し回っていた。
 これからの予定では約四十分、歩くことになるので、隣接するレストランで
昼食を済ませた。
 食べてすぐ動くのは健康によくないということで、結果的にアスレチック場
を発ったのは、午後一時四十分頃になっていた。
 バスで一分だけ移動し、U森に到着。ヤマツツジやスズランが生い茂る中、
景色を楽しみながら、標高一五〇〇メートル以上という頂を目指す。
 一成がいたからか、予定より少し遅れて、頂上に到着。展望台があって、ど
ちらを向いても素晴らしい峰々の連なりが見渡せた。
「まさに絶景」
 感心する風の秋山。目の前には今、雲のかかったY連峰が開けている。
 ここからの眺めには、思い悩んでいた公子も心奪われた。
「風、気持ちいいっ」
「さすがにK里」
 よく分からない相づちを打った悠香。
 要と秋山が二人でいるのを見越して、公子は悠香に小さな声で話しかけた。
「ねえ、ユカ。カナちゃんの様子、おかしくない?」
「――どうかな」
 やや間が開いたのは、悠香も思い当たる節があるのだろう。
「私、何だか、避けられているみたいな気がして」
「気のせいよ」
 決めつけるように、悠香はすぐに返答した。
「そりゃまあ、秋山君があんたをかまうことって多いから、それが要には気に
なるのかもしれないよね。だけど、あの子だってそれぐらい、我慢できるわよ。
秋山君とあなたは幼なじみ、三年ぶりに戻って来た公子のことをかまうのは当
然だって、よく分かってるよ、要も」
 くどいぐらいに言って、悠香は公子へ微笑みかけてきた。
「公子が気にすることじゃないって」
「そう……よね」
 自分を納得させるためにうなずいてから、公子は前の景色に目を移した。
 しかし、心の目は、景色を映していない。まだ気になっている。
(ユカは、私が秋山君のこと好きだって、知らないから……。他のことなら、
頼りになる相談相手なんだけど)
 そこまで考えて、ふっと頼井のことが頭に浮かぶ。
(頼井君に相談してみようか? どうしよう……)
 そっと頼井を振り返ってみる。頼井は、一成といっしょになって、備え付け
の双眼鏡を覗きながら騒いでいた。
「だめかなぁ」
 ふっと、考えていたことを口にした。
「何が?」
 悠香に聞かれたが、曖昧に笑って言葉を濁した。

 展望台からさらに歩き、Sという店があるO村に着いた。
「忘れない内に買っておかないと」
 代金を託されている秋山は、すぐにヨーグルトを買いに走った。
 その間に、公子らはソフトクリームを買って、木陰に座って食べ始める。夏
の陽射しの中、合わせて四十分以上も歩いて来たので、のどが渇いていた。そ
れだけに、格別な味に感じられる。
「――と、秋山が来た。要ちゃん、渡してやりなよ」
 頼井が言った。秋山の分のソフトクリームを、要が持っていたのだ。
「あれ?」
 一成が立ち上がる。
「広毅にいちゃん、何も持ってないけど……売り切れで、買えなかったのかな」
 確かに、秋山の手には、ヨーグルトらしき物はおろか、何も握られていない。
「買い物は?」
 秋山へソフトクリームを手渡しながら、要が聞いた。
「買ったよ」
 あっさり言う秋山に、要は不思議そうに聞き返した。
「でも、何も持ってないよ、秋山君……」
「品物が生乳のヨーグルトだから、店の人に聞いてみたんだ。これから三、四
時間ぐらい持ち歩いて、平気かどうか。そうしたら、ドライアイスを入れます
が、ちょっと保証できかねるっていう返事だったから、一日遅れになるかもし
れないけれど、宅配便で送ってもらうことにしたんだ。量も多かったから邪魔
になると思ったしね」
 説明を聞いて、ようやく合点が行った。
「そうと聞いたら、今日の内に一個、食べたくなったな」
 悠香はソフトクリームのコーンの尻尾を口に入れた。そして勢いよく立ち上
がると、
「みんなも食べるでしょ? 私がおごってあげよう」
 と、他の五人を見回した。
「二百円だよ、一個」
 秋山が念のためという感じで、値段を伝える。
「大丈夫。おごりたい気分なんだから。私だけ食べて太ったら嫌だもんねえ。
えーっと」
 任せなさいという風に自分の胸を親指で示した悠香は、再び皆を見回す。
「一成君、いっしょに行こ」
「いいよ」
 素直にうなずいた小学生を連れて、悠香はヨーグルトを買いに、さっきの店
に向かった。
 悠香のおごりのヨーグルトを平らげてから、出発。野鳥の観察ができるとい
う道を、時間をかけて抜けるとK里駅。およそ五時間ぶりに戻ったことになる。
そこからさらに五分ほど歩いて、M村にたどり着いた。

――つづく





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