AWC かわらない想い 25   寺嶋公香


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#294/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/06/24  23:32  (191)
かわらない想い 25   寺嶋公香
★内容

「そろそろお昼にしようかね!」
 秋山の叔母が、畑の片隅で大声を張り上げた。
 秋山らは軍手をした手を止め、思わず、ふーっと深い息をついた。手伝おう
ということになり、借りた帽子をかぶっていたにも関わらず、皆の額には汗が
浮かんでいる。
「はい、ご苦労さん。たくさん食べてちょうだい」
 秋山の叔母は、相変わらず元気のいい声。
(昼食の下ごしらえしたあと、畑仕事をされてたのに、どこに元気があるのだ
ろう? 農業やってる人って、凄いかもしれない)
 手のひらをうちわ代わりに顔を扇ぎながら、公子は思った。
 白地に赤青黄色のラインが幾重にも入ったビニールシートの上、農作業をし
ていた八人が円を描いて座る。おにぎり、お味噌汁、なすの炒め物、厚焼き卵、
エビチリ、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし等々、ずらりと並ぶ料理が
食欲をさらに呼び起こす。デザートは当然、ぶどう。デラウェア種だ。
「いただきますっ」
 と声をそろえ、半ば争うようにして食事開始。
「おいしい」
 きんぴらごぼうを口にして、公子はそうもらした。実際、好みに合う味付け
だった。
「ほんと?」
 うれしそうにする秋山の叔母。
「本当に、おいしいです」
「炒め物なんか、油っこいって思ってたのに、案外、さっぱりしてて」
「うちの親とは大違い」
 みんな、口々に言った。
「そう? よかった。安心したわ」
 秋山の叔母は、大げさな身振りで胸をなで下ろしてみせる。そして、
「お父さん、聞いた?」
 と、夫――秋山からすれば叔父――の方を見た。
「分かった分かった。おまえの料理の腕は、よーく知っとる」
 いくらかぶっきらぼうに、彼は応じた。しかし、味噌汁をかき込んでいるそ
の様子を見れば、うれしそうだ。
(初対面のとき、おっかなびっくり挨拶しちゃったけど、先入観だったみたい)
「ぶどうの香り、むせそうなぐらいに凄いなあ」
 ぶどう棚を振り返りながら、頼井が言った。
「外で食べると、気持ちはいいけれど、どんな料理でも全部、ぶどうの香り付
きになってしまう」
「それは言えてる」
 おにぎりを頬張りながら、一成はしきりとうなずいた。この子は多分、手伝
いの度に昼食をこうして食べて、ぶどうの香りにあてられているのだろう。
「手伝ってもらったわけだけど、どんな感じだったかしら?」
 秋山の叔母は、五人の高校生に聞いてきた。
「粒や房を取るのって、結構、勇気いりますよ」
 秋山が言う。その声には、気疲れした実感がこもっていた。
 多種多様なぶどうを栽培しているせいだろう、公子達が手伝えるような仕事
は、意外と多かった。あるものは摘房といって、一つの枝にいくつも着いてい
る房を取って、一房だけ残す。房が多すぎると、色や成熟がよくならないから
だ。また、粒の大きな種類は、粒の形状を整えるため、小さな粒を間引きする。
これが摘粒。
 以上の二つは、作業そのものは単純だが、やはり慣れた者でないと難しい部
分がある。
「そういうもんかねえ?」
 不思議そうにする秋山の叔母。対して、公子が言葉を足した。
「そうなんです。やってみて、房にしろ粒にしろ、どこまで取り去っていいの
か、不安になってしまって」
「袋をかぶせるのは、まあまあ、神経使わずにできたわよね」
 悠香が頼井に同調を求めるかのように言った。
 房全体を袋で覆う作業が袋かけ。虫や鳥に実をやられてしまうのを防ぐため
にする。
「うーん、ああいう細かい仕事は向いていないなーというのが、正直なところ」
 言って、頼井はぶどうを一粒、口に放り込んだ。
「もぎたて、うまい!」
 頼井の言う通り、これまで食べたどんなぶどうよりも、今ここにあるデラウ
ェアの方が格段においしいような気がする。
「私がやったの、気持ち悪かったよー」
 要が泣いてるような声を出した。と言うのも、彼女がやったのは、病気にか
かってしまった実の除去。ぐしゅぐしゅになったぶどうを取るだけの、分かり
やすい作業なのだが、要にはそのぶどうが気持ち悪くてたまらなかったらしい。
「今年は結構、雨が多かったからなあ」
 低い声で言った秋山の叔父。少し落胆したような調子である。
「雨が多いと、ぶどうはだめなんですか? おいしくなるようなイメージがあ
りますけど」
 首を傾げる悠香。
「反対なんだ。そっちのお嬢ちゃんが気味悪がってた黒痘病にかかりやすくな
っちまってね。そもそも、ぶどうっちゅうもんは、日本の気候にはあんまり合
わないんだな。品種改良が進んだおかげで、山梨も名産地になれたってわけだ」
 最初は低く、ぼそぼそしていた声が、徐々に高く、饒舌になった。ぶどうに
ついて話すのがうれしくてならない。そんな意気にあふれている。
「お酒はやっぱり、ワイン党ですか?」
 頼井が聞いた。すると、秋山の叔父はきっぱりと答えた。
「日本酒だ。ワインの味は、かかあの舌が肥えている」
 そして、素っ気ない調子で、自分の妻を手で示す。
 その様が何だかおかしくて、公子はつい、吹き出してしまった。

 午後からは、伊達のおばさんが「このまま手伝ってもらってばっかりじゃ、
あんた達の観光にならない」と気にしてくれた。みんな着替えてから相談した
結果、ワイン資料館というところに行ってみることになった。
「僕も行く」
 と強弁した一成も入れて六人で、バス停に向かう。ものの一分も立たない内
にバスが来たので、みんなで乗り込んだ。ワイン資料館へは、K病院入口で降
りて、歩いて七分ぐらいで着くらしい。
 伊達家を出て三十分弱ほどで、K病院入り口に到着。そこから南へ下る道す
がら、いくつかの民宿を目にした。ぶどう観光園と兼業しているところが多い。
「一成君の家も、民宿ができそうね。ぶどう園はもちろんあるし、広いから」
 要がにこにこと話しかけると、一成は、
「民宿やってたら、みんな、お金を払わなきゃいけなくなるよ」
 と、意地悪な目をしながら返した。
「感謝してもらわなきゃ!」
「それもそうか。感謝します」
 わいわいやりながら行くと、次にワインの醸造会社が見えた。
「MKワイナリーだよ」
 一成が聞かれもしないのに、声高に答えた。よく知っているようだ。
「あそこで工場見学、できるのかな?」
 公子が尋ねる。
「できるよ。あそこ、予約はいらないはずだから、時間があったら、資料館か
らの帰りに寄れば?」
 一成の言葉に、高校生五人は顔を見合わせた。
「どうする?」
 と、秋山。当初の心づもりでは、伊達家の関係するワイン工場を見学させて
もらおうかなと考えていたのだ。
「一成。おまえの母さん達がぶどうを送っているの、あそこなのか?」
「そうだと思う」
 少しあやふやな返事。
「別に一回に限らなくてもいいじゃないか」
 極めて楽観的に、頼井が言った。
「気が向けば、他の工場にも行けばいいさ」
「それもそうか」
 秋山は、すでに背後に過ぎ去ったMKワイナリーを振り返った。
「時間があったら、寄ってみよう」
「子供ばっかで行ったら、試飲させてもらえないかもよ」
 悠香の言葉は、明らかに頼井に向けられている。
「……そう思って、俺はさっきの提案をしたのであーる。他の工場を見に行こ
うってな。先見の明があると言ってくれ」
 頼井はふんぞり返るように胸を張って、わけの分からないいばり方をする。
「ほんっと、成長しないだから、こいつは」
 悠香は肩をすくめた。
 それから少し行くと、当初からの目的地であるワイン資料館に着いた。バス
停からちょうど七分だった。

 資料館は、日本で一番古くからあるワイン醸造工場を、ほぼそのまま保存す
る形を取っている。当時の醸造器具やワイン作りの研究記録、それに日本最古
のワインまでが展示されていた。ワインを寝かせる樽などは、公子らのイメー
ジする西洋風のセラーではなく、いかにも日本酒造りをしてますといった蔵風
の建物に置いてある。樽そのものも、これまた米を発酵させる酒樽に似た巨大
な物であった。
「時間、余った」
 ほくそ笑むという形容がぴたりとはまりそうな頼井の表情。
「仕方ないなあ」
 さほど明るくない館内から、外に出る六人。案外、外も暗い。入館の際は晴
れていたのが、西の空から曇り始めていた。
 ふと見れば、一成がゆううつそうな顔色になっている。
「どうしたの? そんなに曇り、嫌?」
「うん。公子おねえちゃん、さっき、資料館で見ただろ?」
 小学生から何ごとか指摘されて、公子は瞬時、戸惑った。
「え……と。何のことかしら?」
「もう」
 一成がふくれると、横合いから秋山が口を挟んだ。
「こら、つまらないことで困らせるなよ。雨だろ」
「雨?」
 公子だけでなく、他の三人もそろって聞き返す。
「ぶどうは雨に弱いって言ってただろ、昼間。あまり降られたら、実が大ぶり
になって、甘みが薄れるってね」
「そう言えば」
 相づちを打つ頼井。
 公子は空を見上げてから、再び一成に目を向ける。
「雨が降ると、父さんの機嫌が悪くなるかもしんないんだ。ぶどうの出来が気
になってさ。あーあ、滅多に降らないのになっ」
「降っただけで、すぐ、だめになるんじゃないんでしょう?」
「それはそうだけど。品種によって違うみたいだし」
「そういう心配は、降ってからにしよ」
 悠香が一成の後ろから、ささやくように言った。
「他人事だと思って……」
 一成の、妙に大人ぶった口調がおかしかった。
 そうこうしている内に、MKワイナリーに到着。こちらは先ほどの資料館と
はがらりと変わって、現代的な建物。
 門を抜け、入り口らしい方へ向かうと、受け付けの窓口が見えた。そこの初
老の男性に、見学したいんですがと申し出る。
 気安い調子で、代表の方の名前をお願いしますと、一枚の紙とボールペンを
差し出された。紙には縦横に線が引いてあって、これまでの見学者の人数や代
表者氏名、住所等が記してあった。
 秋山が名前を書き、そのまま待たされることもなく、中に入るよう言われた。
「案内が着きますから、その指示に従ってください」
 初老の男性の言葉通り、工場に通じる待合室に入った秋山達の前に、薄いピ
ンクのスーツを着た女性コンパニオンが姿を見せた。二十歳ぐらいだろうか、
健康的な笑顔を絶やさずにいる。
「MKワイナリーの工場見学へようこそお出でくださいました。皆様のご案内
をさせていただきます、皆口と申します」
 と、丁寧にお辞儀されると、思わず、こちらからも頭を下げてしまった。
 笑顔の中で、また別の笑みをかすかに浮かべたコンパニオンは、口調もわず
かにくだけた調子になった。
「皆さんは、高校生ですか?」
 近くにいた要が、はいと答える。
「もちろん、この子は違いますが」
 付け足しのように、秋山が一成を指さして言った。見た目は要とほぼ同じ身
長の一成だが、顔つきなどは当然、幼い。
 早くも和気あいあいとした雰囲気になって、まずは待合室の隣の部屋に移動。
ワインができるまでの工程を、簡単に説明してくれるらしい。
 あらかじめ用意されていたパネルを示しながら、コンパニオンが始めた。

――つづく





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