AWC かわらない想い 24   寺嶋公香


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#256/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/04/26  00:01  (183)
かわらない想い 24   寺嶋公香
★内容

 車内放送が、間もなくKぶどう郷だと告げた。
「補習にも引っかからなくて、よかったよかった」
 などとお気楽に話していた公子ら五人は、網棚から荷物を下ろした。
「時間通りか」
 時計を見る秋山。時刻は十時七分。あと三分で到着の予定である。
「ここまで来て言うのも何だけど、本当にお邪魔していいの?」
 公子が念押しするように、秋山に聞いた。
「きちんと頼んで引き受けてもらったから、大丈夫だよ。向こうもこれまで、
僕のうちに何度も泊まっているんだし」
「伊達さんて、あの小さな子がいるところでしょう?」
「もう小さくないよ。小学……五年生になっている」
 指折り数える秋山。
(五年生かあ。この頃は大きい子もいるんだろうな)
 自分が中二のときに会った、小柄な少年を思い浮かべると、公子は顔が自然
にほころんだ。
「その子って、秋山君に似ているの?」
 要が、興味深そうにしている。
「似てないよ」
 即座に否定した秋山。その言葉を、さらに公子が否定する。
「あれ。三年前に顔を見たけれど、よく似てたんじゃないかなあ」
「そうかなあ?」
「じゃあ、五年生になって、ますます似てるかもね。楽しみ!」
 要は両拳を口の辺りに持っていき、うれしそうにした。
「ワイン作りしてるってのは、本当かいな?」
 頼井が妙な尋ね方をした。
「何度、説明させる気だ、頼井クン? 叔父さん叔母さんはぶどう作りをして
いて、ワインを製造する会社に納めているんだって」
「知りたいのは、ワインの試し飲みをさせてもらえるのかなってことでして」
 頼井は、鼻の下をこすった。
「試供品がもらえるから、できなくはないけど。がぶ飲みは無理だな。それよ
りも向こうのワイン醸造工場を見学に行って、試飲するのがいい」
「え、飲ませてもらえるのか?」
「子供にはぶどうジュースが出るんだ」
「何だ……。でも、考えようだな。ふむ。ワインについて詳しくなれば、また
もてるかも」
「どーせ、こいつの考えることといったら」
 悠香が頼井の頭を小突いたところで、ちょうど列車が駅に滑り込んだ。
 駅舎を出て、探すまでもなく迎えの車を見つけられた。
「広毅君!」
 同時に向こうも気づいたらしく、運転席から助手席へ身を投げ出すようにし
て、手を振っている女性の姿が見えた。パーマをあてた髪に、笑顔が印象的。
「叔母さん、お世話になります」
 真っ先に赤いワゴンに近づいていき、挨拶をする秋山。
 急いでそれに続く四人。
「いっしょに来た友達で、えーっと」
 紹介しようとする秋山より早く、頼井が、秋山の叔母に頭を下げた。
「初めまして。頼井健也と言います。お世話になりまっす」
 それをきっかけにして、並んでいる順に自己紹介が始まり、終わる。
「はいはい、頼井君に野沢さん、寺西さん、朝倉さんね。こちらこそよろしく。
遠慮しないで、楽しんでいってくださいよ。ぶどうの本格的な季節にはちょっ
と早いのが残念だけどねえ。あらあら、男の子ばかりかと思っていたら、女の
子の方が多いのね。ん、なるほど、広毅君も頼井君ももてるんだ?」
 楽しげに冷やかす秋山の叔母。
「おばさま。秋山君はともかく、こいつを調子に乗せないでください」
 と、悠香は頼井に肘を当てた。頼井が大げさに痛がっても、知らん顔。
「まあまあ、にぎやかになりそうね。さあ、とりあえず、乗った乗った。五人
なら全員、後ろに乗れるから」
 快活な調子に促され、秋山達はワゴンに乗り込んだ。
(いいなあ。楽しくなりそうっ)

 伊達の家の周りには、見渡す限りの緑が広がっていた。注意すれば、ところ
どころ緑の色合いが微妙に異なっているのが分かる。道路より一段高い位置に
こしらえられたぶどう畑。背伸びして眺めれば、棚に沿ってぶどうの蔓が四方
に伸びている。土が露な場所もあり、ぶどうの他に野菜も数種類、栽培してい
るらしい。
 ワゴンから降りて、みんなといっしょに、景色に感心している公子。と、突
然、大きな声が聞こえた。
「公子おねえちゃんだ!」
 え?と、声のした方を見やると、Tシャツ姿に麦わら帽子の少年。手には軍
手だ。どうやら、農作業を手伝っていたらしい。
「一成君?」
「そうだよ! おぼえてくれてたんだ」
 一成はぶどう畑から出てくると、まだ声変わりしていない、子供らしい声質。
だが、身長はかなり伸びており、恐らく、小柄な要と同じぐらいはある。
「あの子がいとこの……?」
 要が秋山に聞いた。
「そう。おい、ちゃんと挨拶しろよっ」
 秋山の声に反応して、一成はぽんと道に飛び降りた。
「これっ」
 秋山の叔母――一成にとっては母親がたしなめる。
 注意されたのをまるで気にしない様子で、一成は言った。
「伊達一成、です。広毅にいちゃんがお世話になっています」
「この、こいつめ」
 帽子の上から一成の頭をつかむと、秋山は強く揺さぶった。
「いてててっ。そんなことしたら、泊めてやらないぞ」
「そうか。それなら、一成がうちに来たとき、泊めてやんない」
 秋山と一成のやりとりを見ていて、公子はおかしくなってきた。
(まるっきり、子供の喧嘩だわ! それに、前よりも、一成君、秋山君に似て
きたみたい。身体つきとか目は違うけど、全体の顔立ちが)
 公子のおかしみは他の者にも伝わったらしく、くすくす笑いが悠香達にも起
こっていた。
「よくやるな。本当の兄弟みたいだぜ」
「冗談!」
 頼井がからかうと、秋山は真顔で反論。
「でも、似てるよー。おかしいぐらいに。小学生の頃の秋山君て、こんな感じ
だったでしょ」
 要に至っては、涙を流さんばかりに笑っている。
「外見は秋山君で、中身は頼井に近い感じ」
 口の中で、ぼそっと言った悠香。それなのにちゃんと頼井に聞こえたらしく、
この一言で、悠香と頼井の口喧嘩が例のごとく始まった。
 旅行の出だしは、荷物も置かないまま、着いた早々の大騒ぎになってしまっ
た。

 さすが農家と言うべきか、伊達家は広かった。古い日本家屋のため、個室は
ほとんどないので、畳敷の広間二つに、女子と男子が別れる形になる。
「寝るときは、ここでね。お布団はここ。もし蚊が出るようなら――」
 と、秋山の叔母に色々と教えてもらう。
 一段落着いたところで、みんな一つの広間に集まった。
「……何でおまえがいる」
 秋山が言った相手は一成。帽子をかぶったまま、ちょこんと正座している格
好が、何とはなしにおかしい。
「退屈だから、いっしょに遊びたい」
「お父さんやお母さんの手伝い、しなくていいのか?」
「にいちゃん達が来ている間は、いいって言われたんだよ」
「……しょうがないか。みんな、いい?」
 やや口調を変えて、秋山は他の四人に聞いてきた。
「別にかまわないんじゃない? お世話になるんだし、一成君だって夏休み、
一人じゃ退屈だもんね」
 公子が言うと、一成は調子よく、
「そうそう。公子おねえちゃんの言う通りっ」
 ときた。何にしても、一成の相手をすることに異論があるはずもない。
 何をして遊ぶか話を始めようかというときに、公子が言った。
「ねえ、おじさんにも挨拶した方がいいんじゃないかしら?」
 また気遣い性が出ちゃったと自覚するも、聞かずにおられない公子だった。
「ああ、叔父さんなら畑仕事で忙しいから、夜になってからでいいと思うよ。
叔母さんもそろそろ出かけて、昼ご飯は畑で食べるだろうから、多分、戻って
来ないよ」
「そう言えば、お昼のこと、ワゴンの中でおばさんから聞かれたけど」
 と、悠香。秋山の叔母は、どこか外に食べに行かないんなら昼食を用意する
と言ってくれたのだ。
「待った。遊びに行くとしたら、どこに? 足がないからな、俺達。ここじゃ
自転車さえない」
 頼井が言った。
 彼に応じて、公子はチョッキの胸ポケットから生徒手帳を取り出すと、スケ
ジュール表のページを開き、確認をした。予定しているのは、明日、駅まで送
ってもらい、K里まで足を延ばし、そこで色々と観光しようということだけで
ある。あとは、ワイン工場の見学をしたいと考えているぐらい。今日の見通し
はまるで立てていない。
「ぶどう畑、見てみたーい」
 要が窓の外を見やりながら、希望を述べる。
「すぐお隣に、あんな広いぶどう畑があるのに、見ない手はないわよ。行って
みようよ」
「それもそうね。ワイン工場を見る前に、ぶどう畑を見ておきたいわ」
「私もそれがいい」
 悠香に続いて、公子も賛同。
「頼井は?」
「体験農業させられるんじゃないのか? 俺、重労働には向いてなくて」
 本気かどうか、腰を叩く格好をする頼井。
「それぐらい、いいじゃない。一成君、どんなことをお手伝いするの?」
「品種が色々あって一口じゃ言えないよ。けど、粒の選り分けっていうのが、
まあ、簡単そうだけど。あと、実に虫が近寄らないようにするとか」
「今頃なっているぶどうって、何ていう種類?」
 要が違う方向に話題を持っていった。一成は、一生懸命に思い出すようにし
て、答えた。
「デラウェア。えっとね、確か、種なしの方」
(種なし? そう言えば、種のあるデラウェアって、最近、見かけないような
気がする……)
 そんなところまで考えた公子。
「ワインにする品種は?」
 知識を仕入れるためか、頼井が聞いた。これには自信ありげに答える一成。
「甲州! 十月にならないとできないんだ。これ、白ワインになる。そのまま
でも食べられるけど」
「白ワインってことは、赤になる種類もあるんだ?」
「赤ワインになるのは……忘れた。カベ何とかソー何とかって言うはずだよ」
 当然ながら、自分の家で作っているぶどう全部を覚えているのではないらし
い。それでも得意そうに話す様は、小学生らしかった。
「質問攻めにしてないで、行くんなら早く行こう。叔母さんにもお昼を頼まな
いといけない」
 立ち上がると、秋山は台所の方へと走っていった。
「ごめんね、一成君。今日は、ぶどう畑を見せてもらうだけで終わっちゃうか
もしれない」
 公子が声をかけると、一成は別にむくれた様子もなく、元気に返事した。
「いいよ。明日、どっかに行くんでしょ。それに連れてってくれれば」
「そう。よかった」
 公子、それに要や悠香もそばでほっと一安心。
「それにしても、似てるっ」
 また楽しそうにする要。ほとんど同じ背の小学生相手に、ほっぺたをつつく
真似をした。
「こらこら」
 悠香が腰に手を当て、あきれていた。

――つづく





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