#255/1160 ●連載
★タイトル (AZA ) 04/04/25 22:34 (174)
かわらない想い 23 寺嶋公香
★内容
* *
部室に秋山が一人なのを確認すると、頼井は開きっ放しの戸を拳で軽くノッ
クした。
「何だ、頼井? 帰ったんじゃなかったっけ」
この日の部の活動はすでに終わり、秋山を除いた全員が引き上げた形になっ
ている。
「帰ったふりをしただけさ。おまえに話があるから」
「みんながいたら困るような?」
「ああ」
ノートを閉じた秋山。
秋山の腰掛けているところへ近づいていき、頼井は机に片手をついた。
「要ちゃん――寺西さんとはうまく行っているのか?」
「な、何だよ。出し抜けに」
「いいから、聞きたい」
「……経験豊富な頼井クンが、アドバイスでもしてくれるわけ?」
目が笑っている秋山を、頼井はきつく見据えた。
「秋山。本当に寺西さんが好きか?」
「嫌いなわけないだろう。知ってる通り、かわいい子だよ」
筆入れをかばんにしまおうとする秋山。その腕を、頼井はつかんだ。
「俺が聞いているのはそういうことじゃない。好きなのかと聞いてるんだ」
「……離せよ」
手を払う秋山。そしてまた、机の上の荷物をかばんに入れようとし始める。
「僕は寺西さんと付き合っている。それが答にならないか?」
「公子ちゃんはどうなんだ?」
「な――」
絶句する秋山。その手も止まった。
「どうしてここに、公子ちゃんが出てくるんだよ。白木さんの名前が出てくる
のなら、噂になってたから、まだ分かるが」
作ったように笑いながら、秋山は頼井を見返してきた。
頼井は視線をそらさず、重ねて聞く。
「俺の目を甘く見るなって。まあ、おまえの態度からなら、誰でも気づくと思
うが。中学のときから見てるけどな、おまえは公子ちゃんが好きだ。少なくと
も、好きだったはずだぜ」
「……」
秋山の方が視線を外し、頼井の言葉が聞こえなかったかのように、天井を仰
ぎ見た。
「こういうこと、俺には言えないか? そんなに友達甲斐のない奴かな、俺っ
て」
「……分かったよ。公子ちゃんを好きだった。これでいいんだろ?」
秋山の話しぶりは、どこか投げやりだった。
「今はどうなんだ? それが聞きたくて、こうして話してるんだが」
「……どうでもいいよ。公子ちゃんにとって、自分はそういう対象じゃないっ
て分かってるから」
自嘲の表情をなす秋山。普段の明るさも、どこかに潜んでしまっている。
「何だよ、それ」
「……頼井は、ふられたことある?」
そんな質問と共に見上げられ、頼井は急におかしくなった。
「何のこっちゃ? ま、俺の場合、自分から告白したことはないからな。女の
子から告白されるばっかりで」
「おまえって奴は」
秋山は、ため息をつきながら、肩をすくめた。しばらく黙っていた彼は、や
がて思い切ったように話し始めた。
「最初から望みがないと分かっていたら、告白なんてできないものさ」
「望みがない?」
「お友達ってやつ。あーああ」
伸びをする秋山。
「今は……あきらめがついたのか?」
想像できているとはおくびにも出さず、頼井は核心の部分に触れた。
「さあて……正直に言って、自分でもよく分からないんだ。寺西さんと付き合
うって決めたときは、公子ちゃんにまた会えるなんて、思っていなかった。寺
西さんとデートしていて、楽しいことは楽しいんだよな。でも……。悪い、こ
れ以上は言えない、やっぱり」
「ははあ」
歯ぎしりする思いの頼井。それだけ気にしてるってことは、公子ちゃんをあ
きらめていないんだよ、おまえは! 公子ちゃんだっておまえのことが好きな
んだぜ!と言ってやりたい一方、要のことを考えると、簡単には言えなくなっ
てしまう。
公子ちゃんが板挟みに悩んでいるのが、よく分かったぜ。――強くそう感じ
た頼井は、頭を振った。
「どうしたんだ?」
秋山が聞いてきた。
「いや、何でもない。すまない、無理に話してくれて」
「ん……。まあ、こっちも少し、すっきりしたような気がする……」
秋山がいつものように笑うのを見て、頼井はまたため息をついた。
* *
「この間さあ」
鉛筆の後ろで自分の額をつつきながら、悠香が切り出した。
「白木さんから、要のことを聞かれたんだけど、あんた、何か知ってる?」
「何かって?」
隣に座る公子は、ノートから視線を上げ、悠香の方を向いた。図書室にいる
ので、声は極力、抑えたものになる。
「おかしいでしょうが。白木さんが、どうして要のことを知ってるのよ? は
っきり、聞いてきたわ。『秋山君って、寺西要という子と付き合っているの?』
とね。私は要のことを言った覚えはもちろんない。じゃあ、秋山君か頼井か、
公子しかいないなと思って」
「さ、さあ。私は言ってないわよ」
公子は曖昧に返事した。確かに、嘘は言っていない。
「じゃあ……秋山君自身が言うのも変だから、やっぱ、頼井のばかが」
仕方ないなという風に顔をしかめる悠香。
(そうじゃない、ユカ。秋山君が白木さんに言ったの。こんなことで頼井君と
喧嘩しないでよ)
言うに言えない公子には、心の中で祈るしかない。
「そ、それよりさ、ユカはどう答えたの? 白木さんに」
「うーんとね。最初はいちいち話すこっちゃないと考えてたんだけど、要のた
めにも秋山君のためにもきっぱり言ってやったわ。あのときの白木さんの顔っ
たら、ちょっとした見物だったな」
きししと音が聞こえてきそうな、意地悪そうな笑みを浮かべた悠香。
「いっつも、すましてるでしょ、あの人。それが不機嫌そのものって感じにな
って、夜叉って言うんだっけ? あれを連想したね、私は」
「あはは……はは」
冷や汗をかく思いで、笑ってみせる公子。
(最近、白木さんが私にあまり敵意?を見せないのは、こういうことなのね。
でも彼女、秋山君をあきらめた様子はないし。どうなってるんだろう?)
あれこれ考えるのに心を奪われていて、公子は横に待ち人が来たとは、すぐ
には気がつかなかった。
「公子ちゃん?」
秋山の声がした。急いで見上げる。
「あ、ごめんなさい。来てくれたんだ、あはは」
「そういう約束でしょうが。期末テストの勉強するから、数学の分からないと
ころを教えてくれって」
秋山は公子の隣の席に収まった。
「どこが分からないの?」
秋山は、何でもないように聞いてくる。全般に成績のよい秋山だが、特に数
学はほとんど満点を取る。一方、公子も悠香も成績はまずますだが、数学だけ
はあまり得意でない。
「えっと、最初は、問題集の七十五」
引っかかっている問題を、公子は指さした。
「ああ、これは……グラフを描いてイメージすれば、分かりやすくなるはずだ
よ」
ノートと定規とシャープペンシルを取り出すと、秋山は手早くX軸Y軸を描
き、さらに直線を連ねていく。
「この囲まれた部分」
三角形の区画に斜線を引く秋山。それから、定規を立てて、グラフの上を動
かしていく。
「こういう直線が動いてくるものと見なして」
「――あっ。分かったわ」
「あ、私も。分かった気がする」
公子と、遠い席から覗き込んでいた悠香が、口々に言った。
「オーケーだね? うん、基本ができてる人には、教えやすい」
優しげな言葉をかける秋山。
それからも彼は、次から次へと問題を解いていってみせた。
(凄いね、秋山君。教え方もうまいし。……カナちゃん、これで分からなかっ
たとしたら、相当、お熱を上げていたんだなあ)
くすくす笑えてしまう。
「何がおかしいの?」
秋山と悠香から注目されて、公子は顔を真っ赤にした。
「えーっと、分からなかったのが全部解けて、うれしくなって……」
「そんな大げさな」
二人は今度は、あきれ顔になった。
「ね、それよりさ、期末が終わったら、遊びに行くんでしょう?」
「今、その話をすると、テストで痛い目に遭いそうで恐いんだけど」
悠香が不安そうに声を上げた。
「大丈夫よ。こうして教えてもらったんだから。ねえ、秋山君」
「ははっ、そうだといいんですが」
冗談めかしつつも、苦笑いを浮かべる秋山。
悠香は、あきらめたように応じた。
「そういうことにしといてもいいけど。秋山君、地学部の合宿に日程の変更は
ないのね?」
「変わってないよ。八月十日からだったよね、公子ちゃん」
「ええ」
すぐに答えられる。
(ペルセウス座流星群が見られる頃だもの。簡単には忘れない。八月十二日が、
一番たくさん流れる)
天気のことまで思いを馳せながら、公子は頭の中で復唱した。
「新聞部の方も問題なし。要も大丈夫だって言ってたから、私達の旅行の方は
最初の計画通り、七月二十八日から三十日までということで決まり、と。名付
けて、二泊三日、山梨に行って、浴びるほどワインを飲むツアー」
どこまで本気なのか、気楽な調子の悠香。
山梨に決まったのは、比較的近場であることに加え、秋山の親戚がおり、そ
こにお世話になって宿泊費を浮かせられるというメリットもあった。
「お酒はだめよ」
「固いこと言いっこなし」
「ワイナリーで年齢チェックされるよ」
秋山が落ち着いた声で言う。
「じゃあ、買ってもらったのを家でこっそり」
「もうっ。とにかく、学校じゃそういう話しちゃだめっ」
「あ、そうか」
悠香がとぼけたように笑うと、公子も秋山もつられて口元がゆるんだ。
――つづく