#249/1160 ●連載
★タイトル (AZA ) 04/04/18 00:05 (322)
業火絢爛 <下> 永山
★内容
私市の死という現実がなければ、いつも練習に使っていた古びたスタジオに
呼び出されたのには何か思惑があるのだなと、勘繰っていた。逆に云えば、彼
女が死んだからこそ、ここに足を運んだ。なのに。
「華ちゃんを悼んだり、思い出話をしたりするのは通夜や葬式のときでいい」
園倉はまるでオレみたいにドライに始めた。
「ボーカル二人を相次いで失って、ラクスリーは最大のピンチにある。選択肢
は四つ。決勝大会を諦めるか、残ったメンバーで代役を立てるか、新しいボー
カルを連れて来るか、もしくは」
園倉がこちらを凝視した。芝居がかっている。「君が戻るかだ」
オレは首を左右に振りながら竦めた。これで充分と黙っていると、相手は勝
手な言い種を続けた。
「第一の選択はない。決勝には絶対に出る。新しいのを見つけている時間はな
い。私も江刺も田無(たなし)もボーカルをやるつもりはない。曲調や構成の
問題があるしね」
「そしてオレも戻る気はない。選択肢の消滅だね」
「他と比べれば、最も簡単で確実な手段だろう」
「承伏しかねるなあ」
こんな話を延々とするのであれば、さよならにさせてもらいたい。オレはき
びすを返した。
「待てよ!」
江刺が声を出すなり、荒げた。これまで我慢して貯め込んでいたものを、一
挙に発散した感じだ。オレは耳の穴をいじりながら、仕方なく向き直った。
「華が死を賭けて訴えたことを、おまえは無視するのかっ?」
遺書らしき紙のコピーは、さっき園倉から見せてもらった。オレの名前がは
っきり出て来る訳でもなく、暗示的な内容に過ぎない。引き留めの名案が浮か
ばなかったからって、こんな救いのない手を用いるものか。オレにはできない
し、しない。無意味なこと甚だしい。
「無視する」
だから云った。
何だと!といきり立つ江刺の前に進んで、見上げる。
「この遺書が本物で、引き留め目的以外で書かれたのであれば、受け止めるさ。
だが、今のままでは納得行かない」
「遺書が偽物だってか?」
「判断がつかないと云ってるんだよ。おかしな点はいっぱいある。自殺の方法
もそうだし、山道をどうやって行ったかも分からない。何故、仮海山を選んだ
の。第一、私市さんは自殺者タイプではない」
「俺だって、自殺するなんて思ってもみなかったさ。他人のことは分からない
もんだって、思い知らされた!」
「オレは、私市さんはいざとなったら死ぬふりをしてでも、要求を通そうとす
るタイプと思っていたよ。今でも思ってる」
過日の電話で、彼女が「死んでやる!」と啖呵を切ったことも伝えようかと
考えたが、話がこじれそうな気もして結局胸の内に仕舞った。
「何を、おまえ」
江刺は怒鳴りつけようとするも、途中で言語中枢かどこかを失ったみたいに、
音声が切れた。代わって、田無が口を開く。
「仮に、君の感覚を全て認めるとするよ。自殺でなかったら、彼女の死は?」
「事故か他殺」
「事故とはどういう意味だい」
「自殺する真似をするつもりが、誤って本当に死んでしまった。でもこれは多
分ない。オレの引き留めのために狂言自殺をやるのなら、オレを呼び付けない
といけないからね」
「呼び付けられてないんだね?」
そう問われて、初めて気付いた。他殺だとすれば、自分自身が容疑者になり
得ることに。
「ない」
「呼び出されていない証拠はあるのか」
田無よりも前に出て、江刺が唾を飛ばすほどの勢いで云った。
顔をことさら顰めてやってから、一応、アリバイなんぞを思い出そうと努め
る。しかし、死亡時刻が夜中とは不味い。いくら夜型人間のオレでも、そうい
つもいつも人とつるんでいる訳でなし。
「江刺。水掛け論になりそうだから、やめておこうよ」
田無が穏やかな口調でストップを掛けるが、言葉だけでは足りず、片手を江
刺の胸の前に差し出してようよう収拾がついた。腕力では絶対にかなわないと
分かっているだけに、内心ほっとする。
「事故死という考え方は大体分かった。万一、他殺だとしたら、遺書はどうや
って用意するんだ?」
園倉が云った。声はそうでもないにも関わらず、腕組みをしたその姿は高圧
的、威圧的に感じられた。他殺という見方に敏感になっているようだ。
その神経を更に逆撫でするであろうことを、これから云う。
「私市さんは歌詞を書くだろ。複数人で考える場合でも、オレが書いてきた場
合でも、彼女は紙に写していた。覚えるのが早いからって」
「つまり、歌詞と思わせて、遺書を書かせたということか」
園倉から返って来た声は、予想していた険はなく、感心しているような響き
があった。
「よくある手さ」
この答え方が気に入らなかったのか、江刺がまたも身体ごと自己主張を始め
る。
「すると何か。他殺なら、犯人はラクスリーの中にいると云いたいんだな」
「早合点は困るよ。条件に当てはまると云えるだけさ」
「同じだっ。華はてめえなんかと違う。ラクスリー以外に書くものか!」
芸能界ゴロみたいな輩がソロでのプロデビューを餌に接近してきたら、私市
華もメンバーに隠して詞を書くかもしれない、と思ったが、そんなことを口に
したらぶっ飛ばされる危険がある。華が俺達を裏切るはずがない、とか何とか。
「面白いじゃないか。通夜だの葬式だのとあっては、大っぴらに議論すること
も無理だろうからな。今この場で、じっくり腰を据えて考えてみよう」
園倉が云い、壁に立て掛けてあったパイプ椅子を引き寄せて開くと、本当に
腰掛けた。めいめいが同じように座る。
「華を殺した奴は、葬儀に出る資格なんかねえって訳だな。いっそ、ここでし
めてやってもいい」
右拳で左手のひらを叩く江刺。ぱしんぱしんと、乾いた音がスタジオ内によ
く響く。園倉はリーダー格のくせして、血の気の多い江刺を肯定した。
「華ちゃんの死をゲーム感覚で議論するつもりはない。これからの話し合いは
本気だ。殺人と結論が出て、犯人が判明すれば、警察に引き渡す。事情によっ
てはリンチもあるし、その他の展開もあり得る」
「最初から過激な態度を押し出しては、冷静な議論ができなくなる恐れが高い」
田無が云った。そのままイニシアチブを取る。
「まず、自殺はない、ということを共通認識としていいかな」
オレと園倉は黙ったままうなずき、肯定する。江刺だけが口を開いた。
「正直なところ、半々なんだ。さっき疑わしい点を色々云ってたが、どんなに
不自然な行動を取っていても、死のうとしていたからだと説明されりゃ、それ
までだ」
苦悩の呻き声を上げた江刺に、オレは「自殺する理由がないよ」と応じた。
「私市さんには自殺する理由がない。オレを引き留めるために、自分がラクス
リーから離れるなんてことしたら、それは裏切りになってしまう」
「……確かにそうだ」
一瞬で憑き物が落ちたみたいに、江刺の表情が緩む。だが、敵意までは収ま
っていなかった。こちらを強く睨みながら、一際大きく叫ぶ。
「自殺でないとしたら、事故死か殺されたかだな。呼び出されちゃいないって
いうさっきのおまえの言葉を信じれば、殺されたことになる。おまえが犯人と
いうのも、ありだよな」
「私市さんに自殺の動機がないように、オレには私市さんを殺す動機がないよ」
「とぼけんな! おまえは抜けようとしていたのを、華から強く引き留められ、
邪魔になったんじゃないのか?」
「だから、それのどこが、オレが私市さんを殺す理由になってる? オレはみ
んなの前から消えようと思ったら、いつでも消えられる。抜ける抜けないで揉
めている今、メンバーの一人が死んだらますます抜けにくくなる」
「そうか……」
江刺でなく、田無が応えた。何事かを思い付いた顔つきをしている。だが、
すぐには話そうとしない。口の中で何やらぶつぶつ。園倉が「どうした」と促
すと、ゆっくりと喋り始める。
「僕の口からは云いにくいんだが、むしろ僕ら三人の方にこそ、華ちゃんを亡
き者にする動機があったことになってしまうなと思ったんだ」
「どういう了見だよ、そいつは?」
がたんとパイプ椅子が鳴った。熱り立つ江刺。園倉の止めるタイミングは絶
妙。再び椅子が派手な音を立て、江刺は座り直した。
「江刺。予め云っておくと、これから話す内容を、僕が本気で思っているんじ
ゃないってことを承知してよ。ただ、第三者からだと、こういう見方をする人
もいるかもしれないという意味だ」
「……とにかく、もっと詳しく云えよ」
「優れたシンガーソングライターにして希有なボーカルを失ったラクスリーは、
そいつに戻って来てもらうために、もう一人残ったボーカルを殺した。窮状を
訴え、同情を買おうという筋立てだよ」
「莫迦なっ。そんなけったくそ悪い、巫山戯た見方をする奴がいたら、ただじ
ゃおかねえ!」
江刺は落ち着いたり怒鳴ったりと忙しい。転寝している火山みたいだ。
「パワーと怒りは、そういう巫山戯た奴が実際に現れたときのために取ってお
けばいい」
園倉は苦笑を交えて云った。
「しかし、参ったな。私達も疑われる立場になり得るとは。更に困ったことに、
動機を持ち出すのなら他にもある……のは、みんな分かっているよな」
苦笑いを顔表面に残したまま、目をオレや他の二人を順番に向ける園倉。
「男女の仲ってこと?」
こういう話題は一番幼いオレが指摘するのが穏便だ、と思った。無邪気なペ
ースで続けてみる。
「園倉さんと私市さん、付き合っていたってほんとなの?」
「ああ。まさしく、『付き合っていた』だな。華ちゃん、いや、華が死ぬ前か
ら過去形なんだが」
「あ?」
江刺があからさまに驚いている。
「別れていたのか」
「ひと月ほど前にな」
「全然、気付かなかったぞ」
「そりゃそうさ。気付かれないようにしたんだ。ラクスリーに悪影響出ないよ
うにな」
まだ苦笑を継続させている園倉は、場を見渡した。
「これも客観的に判断すれば、動機にされてしまうだろうな」
「リーダーがカミングアウトしてくれたとなると、僕も云わないといけない」
田無が取り澄ました調子で切り出す。
「一年ぐらい前になるけどね。借金の連帯保証人て、どんなに危ないか知って
るよなあ。うちの父親、どうしようもなくお人好しで、危ないと分かっていた
のに印鑑を押したせいで、結構な額を背負わされた」
「もしかして、金を借りたのか。華を通じて彼女の親から」
「うん。快く貸してくれた。少なくとも、僕の目にはそう映った。返済の方は
多少遅れ気味になることもあるけれども、こつこつ返している」
「なら、かまわねえじゃねえか」
粗野な調子で吐き捨てる江刺。鬱陶しい話は勘弁してくれとばかり、手を振
っていた。が、当の田無は違った。
「世間は恐らく、動機があると見る」
「そんなことを云い出したら、くだらん揉め事まで動機になるじゃねえか。俺
だってあるぞ」
「客観的にどうかって話だよ。どうせ、動機だけで有罪無罪を決められるもん
じゃないしね。他に僕達だけで何ができるかな」
「アリバイ調べだろうな」
園倉が云い、手帳を開く。
「昨晩十時三十分から今日の午前一時三十分。この間に死んだとされている。
それから……生々しい表現を使いたくないな……死んだあと焼かれたのではな
いということだ」
思わず、息を飲んだ。自殺とも思われているんだから、生きながら身体を焼
いたに決まっている。当然だ。分かっていながら何だこのショックは。
精神的に長い沈黙があった。
「他殺としたら最も残酷なやり方だね……苦しみが長くて」
田無が云った。何を根拠に「最も」としたのか理解できない。彼の理屈を認
めるのなら、生かしたまま拷問し続け、時間を掛けてじわじわと死に追い込む
方がより残酷となる。
それはさておき、そんな時間に完璧なアリバイがある奴がいたら、そいつこ
そ怪しい。かく云うオレのアリバイは成立しそうだが。とにかく云ってみる。
「その時間なら、昌村沙恵子(まさむらさえこ)って人と会ってたな」
「誰だ?」
「七日市学園の人。オレの音楽性の最終チェックで、十時から。母親も一緒だ
った。零時以降も大人の話し合いってやつがあって、同席したよ。しばらくし
て退屈で眠くなった頃、お開きになって、帰りの車の中で寝てた。帰宅したの
がちょうど一時半ぐらい」
「家族の証言だけじゃ当てにならないと云うが」
園倉からの疑問。
「帰りの車は、昌村さんの運転だった」
「それならアリバイ成立か……」
園倉の声は少し残念そうに聞こえる。江刺に云われるのならまだしも、リー
ダーに云われるとは、現在のオレは相当嫌われている。
「確めなくていいの? 電話すればすぐに分かる」
「確認は後回しでいい。皆に忠告しておくが、嘘がばれると心証が悪くなる。
しかも今の状況は私設裁判所と変わりない。つまり、偽証だけでもきつい罰が
待っているかもしれないってことだ」
「そう云う園倉さんのアリバイ申立てを先に聞ききたいな」
求めると、彼は他の二人の反応を待つ風に視線を振った。田無が即答する。
「あ、僕を先にしてくれよ。明確なアリバイはないから。十時半頃なら、江刺
と電話で話してたはずだけれど、そのあとは一人だった。家に一人でいた。コ
ンビニにでも出掛けていたら、防犯カメラに写ったかもしれないなあ」
独り暮らしの田無にアリバイを求める方が無理というもの。
「俺は、親や兄貴と一緒だったが、身内の証言はだめってんだろ」
江刺は早口で、不貞腐れたように云った。
「二人で電話したのは本当か?」
「ああ。十一時前には終わったな。そのあとは……風呂入ったり、菓子食った
りだ。気分がくさくさして大したことしちゃいねえ」
答え終わると、何故かこちらを睨んできた江刺。どうやら、その「くさくさ」
の原因はオレということらしい。
「で、一時過ぎに寝た」
「なるほど。では、最後に私だ」
園倉はオレに向き直った。
「さっき、君のアリバイ成立を聞いて意外に思ったんだ。実は、自分にもアリ
バイがある。まさかこんな深夜にアリバイを確保できる人間が、メンバーの半
分もいるとは考えもしなかった」
「どんなアリバイ?」
「ラクスリーのリーダーとして、最低限の備えはしておかなくてはならないか
らな。田無達には断りなしに行動して悪かったと思うが、新メンバーの物色と
いうか、ボーカル探しにあちこち当たっていたのさ」
江刺一人が眉をひくつかせたようだが、話はそのまま進行する。
「心当たりのバンドが出ているとこ何箇所かを回った。知ってる連中とも顔を
合わせたから、誰か覚えてくれているだろう」
園倉は手帳をまた開くと、あるページを破り取った。皆に示しながら、「回
ったリストだ。確認してくれ」と云った。
土曜日の私設裁判は、結局中途半端に終わった。オレや園倉の云ったアリバ
イが電話だけでは確認しきれなかったこともあり、それ以上話が展開しなかっ
たからだ。
葬儀までにアリバイは確認できたが、それ以上に意外な成り行きが待ってい
た。
警察は私市華の死を殺人と断定し、重要参考人として園倉を連れて行ったの
である。
まず、遺書の信憑性に疑惑を持たれたのがきっかけ。生前の私市は女友達に、
遺書の文面を含んだ歌詞をメールで送っていたことが分かった。リーダーの考
えを全面的に取り入れた詞なんだけど、どうもこれまでと違って悪趣味に感じ
る。今、内部がごたごたしてて私の感覚がおかしいのかもしれない。意見を聞
かせてほしい――という主旨の言葉を添えて。
偽遺書である可能性が高まったとなると、その作成に携わった人物に殺人容
疑が掛けられるのは当然の流れ。しかも元恋人同士だったという動機もある。
実質的に犯人扱いされた園倉は今、アリバイを盾に、頑強に否認していると聞
いた。
「まさか華ちゃんが、歌詞を外部に漏らすとは思いもしなかったんだろうねえ」
表面的には日常を取り戻した感じがしないでもなくなった某日、オレは田無
とファミリーレストランで会った。何でもおごってやるというのにつられて、
のこのこ出て行くと、事件の話ばかりで飯がまずい。
ちなみに江刺はすっかりやる気を失って、ぼけっとした毎日を送っているら
しい。
「田無さんは、全然意外に思ってないみたいですね」
デザートを何にしようかとメニューを立てたまま、オレは云った。
「園倉さんが犯人だったこと? そりゃまあねえ。スタジオでのやり取りで、
殺人だなって気はしていた。で、真夜中にアリバイがあるおまえか園倉さんを
怪しむのは物の道理じゃないかな」
冷め切ったであろうピラフを口に運ぶ田無。
「そのことなんだけど、園倉さんのアリバイはどうなるの?」
「あれ? 何も聞いてないのか。自動発火装置を使ったんじゃないかって話だ
よ。装置と云っても凝った代物じゃなく、たとえば華ちゃんを薬で眠らせて、
脇に蝋燭を置いて火を着けてさっさと立ち去った、とかさ。事前に実験して時
間設定をうまくやれば、手軽にアリバイ成立って訳」
「いくら薬で眠らせていても、熱さで目が覚めると思うな」
「偶々うまく行ったんだよ。遺体を動かした痕跡も見つかってないし、他に考
えようがない」
「そうかな。いや、やっぱり不思議だな。遺書がね、燃えてしまうかもしれな
い。苦心して書かせた遺書が燃えたら、計画は大破綻」
お手上げポーズをやって、そのついでにテーブル脇にあるボタンを押して、
店員を呼んだ。デザートを三つまとめてオーダーする。
「よく食べるねえ。別腹ってやつかい。もしも僕が同じ分だけ食事を摂ったな
ら、その直後に三つもデザートは入らないよ」
「女はそういう身体にできているから」
適当にあしらって、事件の話に戻る。
「遺書を現場に放置していたら燃えてしまう危険があった。どう解釈しますか」
「うーん。それも偶々、かな」
「認め難い。そして田無さんらしくない結論だ、うん」
一つ目のデザートが早くもやって来た。クリームを舐めて味見をしてから、
オレは続けた。
「ねえ、田無さん。こうも考えられない? 犯人は現場にいて、私市さんの身
体が焼きつくされるのを見守っていた。遺書はそのあと、現場に置いた」
「あははは。そりゃ無理だ。園倉さんにはできない」
高笑いする相手に、「園倉さんは犯人でないとしたら?」と追い討ちをかけ
る。笑いがぴたりと止む。
「……意味不明だな」
「オレも確証あって云ってることじゃない。遺書の燃える恐れという一点だけ
に拘って、作り上げた仮説だよ」
「仮説、ねえ」
二つ目のデザートが到着。アイスクリームが使われているので、こちらを先
に片付けなければ。
「伺おうじゃない。面白い」
「私市さんに歌詞、つまりは偽の遺書を書かせられるのはラクスリーのメンバ
ーに限られる。偽の遺書が燃えないようにするためには、犯人は現場にいたと
考えるのが妥当。オレと園倉さんにはアリバイあり。残る二人のどちらか、あ
るいは二人共が犯人」
「メールはどうした」
刺々しい口調で指摘してきた田無。
「華ちゃんが友達にメールしてるんだぞ。あの遺書の文面は、園倉が書かせた
んだ」
「所詮、メール。自筆じゃない」
莫迦らしくなるほど単純。自筆の偽遺書の存在とその書かせ方が容易に推定
できたせいで、より単純な視点を失い掛けていた。
私市華の携帯電話から送信されたメールが、私市華の書いた物とは限らない。
犯人が書いたとすれば、様相はあっさりひっくり返る。
「どうかな、田無さん?」
「……」
残る容疑者二人の内、動機を持っている方は黙り込んだ。
そして無言のまま、伝票を掴む。くしゃくしゃにする音が聞こえた。
「ゆっくり食べてくれてていい」
椅子の足が床を擦る。こちらが何も云わない内に、もう田無は背を向けてい
た。
「あの、田無さん。どうして今日、オレを誘ったの?」
返事は期待していなかったが、意外にも相手は足を止めてくれた。首から上
だけ振り返って、
「僕は四谷成美(よつやなるみ)に特別な興味を持っていたんだよ」
「ふうん。それは異性として? それともボーカルとして?」
これもまともな答を期待しちゃいない質問。
返ってきた答えも、恐らくまともじゃない。
「両方さ」
――終