AWC 業火絢爛 <上>   永山


        
#248/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/04/17  23:58  (206)
業火絢爛 <上>   永山
★内容
 コーヒーショップのくせに不味いコーヒーだった。冷めるまで口を付けなか
った自分も悪いかもしれないが。
「じゃ、そういうことで。悪いんだけど」
 決意を伝え、最後に一応、謝りの言葉を付けると、オレは腰を上げてジーパ
ンの上をはたいた。
「待てよ」
 江刺豪(えさしごう)が刺々しい声を上げた。立てた前髪を除けば短く刈り
込み、いかにも男らしいルックスは、女性ファンの黄色い声援を集める。ただ、
声の方はいささかなよなよとした感じで、ギャップがあった。
「止められる謂れはない。拘束時間外だ」
「その、『義務は果たしましたよ』ってな顔をして、さっさと行かれるのは、
気分が悪いんだよ」
 彼が拳をテーブルに強く押し当てると、乾いた音が短くした。店員がこちら
に厳しい視線を向けたようだが、咎められはしなかった。むしろ、江刺の隣に
座る園倉堅(そのくらけん)が眉を顰めるのが見て取れた。
 人目を引くのを避けるため、オレは元の椅子に座り直した。
「いつ抜けてもいいという条件だった。その権利をここで行使したまでのこと。
君の気分は関係ない」
「突然抜けられたら、俺達が困るってのは、分かっていたことだろうが?」
「分かっていた。そしてそれは君達自身も分かっていたはずだ。分かっていた
のなら、どうしてオレを誘ったとき、『いつ抜けてもいい』なんて条件を示し
たんだろうね」
「それは……」
 口ごもった。江刺は元々、弁の立つ方じゃない。最初の勢いだけはある。容
姿とギターの腕前とで、女の子から寄ってくるので、口説き文句には苦労知ら
ずなんだな、きっと。
「今のラクスリーは、君の曲と歌声とで人気を博している」
 園倉が口を開いた。オレに視線を当て、ノンフレーム眼鏡のブリッジを中指
の腹で押し上げると、続けて話す。
「コンテストで勝ち残れているのも、君の力が大きい。認めているんだ、君の
才能を」
「園倉さんに認めてもらわなくても、オレの才能はオレ自身で把握しています」
 そしてだからこそ、七日市学園に入れることになった。そう、七日市学園は
オレの才能を「認めた」のだ。
「確かに、君には才能がある」
 園倉は少しばかりむっとした顔つきになったが、抑えた調子で更に続けた。
「特に、詞と曲はね。歌は、華(はな)ちゃんがいるから大丈夫だけれども、
曲がなくなるのは痛い。次の決勝では、新曲を一つは披露しないといけないん
だ」
「オレが入る前にも、オリジナルをやっていたんだから、何とでもなるでしょ
う」
「そうであれば引き留めやしない。見劣り、いや、聴き劣りするのは明白だか
らな」
 オレがラクスリーに入る前は、主に園倉が曲を書いていたという。詞の方は
メンバー全員で相談したり、ボーカルの私市華(きさいちはな)が一人で付け
たりしてきたらしい。
「コンテスト決勝用にオレが新しい曲を書いて、そちらに提供するというのは
よくない?」
「だめに決まってるだろうが」
 久方ぶりに江刺が口を利いた。
「メンバーが作った曲じゃないと、意味がねえんだよ」
「園倉さん名義にしたらいい」
 この提案には、江差は舌打ちを返してきた。ばかばかしくてお話にならない
ってことか。
「ばれたら失格だぜ」
 園倉の口調も荒くなる。
「みんなが黙っていれば、ばれやしない」
「第一、僕のプライドが許さない。他人の曲を自分の名義で表に出すなんて」
 面倒になったオレは、今度こそ話を打ち切ろうと思った。
「だったら、自分達でいい曲を作ってくださいな。理不尽な要求をしているの
は、そちら」
 二人の間辺りを指差す。
「曲がほしいのは言うまでもない。形だけでも、ラクスリーにいてくれないか」
 これは妥協案なんだと暗に主張するかのような口ぶりになった園倉。
「知っていると思うけれど、ステージで唱ったり演奏したりしなくても、バン
ドのメンバーというスタイルはありだ。認められている」
「ルールさえ守ればいいの?」
 云ってから、ちょっと小莫迦にした口調になったかとオレにしては珍しく後
悔。しかし、萎縮して話を途中でやめるのも変なので。
「園倉さんの話は、気持ちのつながりを無視している。オレは離れたんだよ。
元の状態にしたければ、どうやったらオレの気持ちが戻ってくるかを考えた方
がいいよ? いきなり、籍を残して曲を書いてくれりゃいいだなんて、虫がい
いね」
「……今日はこれ以上何を云っても無駄になるな。お互い、頭を冷やしてもう
一度会えないか」
 まだどこか高所から見られている感じがしたが、とりあえず大人になろう。
「一回だけなら。そのときにずばっと決めてみせてくれたら、考え直すかもし
れないな」
「よし、ではそうしよう。日取りが決まったら、連絡する」
「OK」
 今度こそ、店を出た。

 バンドを抜けると告げた当日の夜、早くもメンバーから電話が掛かってきた。
 しかしそれは園倉からでもなければ、江刺からでもなかった。私市華からだ
った。時計を見ると、午後十一時。中学生には遅い時間だが、受験生にはまだ
大丈夫といったところか。
「なーんで、やめるのよ」
 名乗らず、詰問調で切り込んできた。こっちは故意にため息を交えて応じる。
「すでに聞いているはずだから、答えない」
「あんたの口から聞かせて」
「……酒を飲んでるな?」
「凄い、当たり、おめでとう。でも酔っ払っちゃないわ」
 その返事だけで、酔っていると思わせるのに充分。彼女の父親は結構な資産
家と聞くから、家にある酒類も相当いい物のはず。それにしては悪い酔い方だ。
「オレの判断では、私市さんは酒に弱い。酔っている人とはまともな話ができ
ないね」
「中学生がなま云ってるんじゃないの」
「年齢のみでもってボーダーラインを引く人も嫌いですよ。電話、切ります」
「死んでやる!」
 この程度のことで死なれてはたまらない。指を、ボタンの表面を撫でた時点
で止めた。
 勿論、信じた訳じゃない。ただ、可哀想になっただけ。
「私はね、あんたの声に憧れてるのよ。曲も凄いけどね、私には私に出せない
声の方が価値が上」
「それ、引き留め工作? だとしたら、ファンに云わせるべきだな。オレがい
ない方が、私市さんは活躍できるのに、オレの声に憧れてるなんてのは不自然
だ。それに、オレと私市さんの二人が揃って唱ってこそのハーモニー」
「後半は賛成。だけど、前半は勘違いもいいところ」
 綺麗な顔がふてくされる様を、易々と想像できた。
「私はほんとに、あんたの声に惚れてるの。できるんだったら、あんたの立場
で唱いたかったなって」
「そこで過去形を使うと、全てが嘘に聞こえる」
「シンガーソングライターのあんたと違って、私は言葉に特別に敏感な質じゃ
ないから」
 意外と論理的な思考をできている。酔っていないというのは、本当なのかも
しれない。
「オレも私市さんの勘の良い唱いっぷりには、ある種、尊敬の念を抱いてます
よ」
「誉め合ってもしょうがないじゃない。何で出て行く? 七日市学園とやらは、
そんなにいいところなの?」
「音楽をやる環境としちゃ、最上級の一つだね」
「七日市学園て、音楽校でもないのに、そんなにいい訳? 信じられなーい」
「音楽に限っていないから、大して有名になっていないだけ。特別な才能を見
い出した生徒を入学させ、伸ばす。これが方針」
「あんたは選ばれし子ってことね」
 文語を使う必然性があるのか? ふと感じたが、口にすると説明だけで時間
を取りそうなので、胸の内に仕舞っておく。
「聞いた限りじゃ、何があってもラクスリーに残ってくれそうにないわね」
「分かってるなら諦めるのが賢い」
「莫迦だから分かんない」
 始末が悪い。矢張り、まともなやり取りは以下略。
「ラクスリーに残ったまま、七日市学園でお勉強したらいいじゃない?」
「恐らく、無理。ラクスリーに関わっている時間がないと踏んだからこそ、や
めると云ったの。オレは冷血人間じゃないよ。両立できるなら、やめやしない」
「冷血人間よ。情を優先してラクスリーを取るのが、温血人間」
「七日市学園に入りたがっている人間を、無理矢理引き留めようとするのは、
温血人間のすること?」
「……わー!」
 突然喚かれた。割とよくあることだから、慣れている。電話を耳元から離す。
「ドライに行こうよ、私市さん」
「ドライブ? 中学生に運転させられないっしょ」
「ド、ラ、イ。『情』を持ち出したら、どっちもどっちだ。かと云って、オレ
達の間に契約書類なんて存在しない。じゃあ、約束事を頼りにするしかない。
オレはより魅力を感じた七日市学園に行く。ひっくり返したけりゃ、ラクスリ
ーを七日市学園以上に魅力的にしてくれないとね」
「あー、段々、頭が冴えてきたわ。お酒が効いてきたみたい」
 泥酔した方がいいということか。まさか。嫌なジョークだ。
「じゃあ、あんたの将来の展望とか夢とか、聞かせなさいよ。そういうのを実
現させるのに、七日市学園がいいと思ったんでしょ」
「プロとして自分自身も活動しつつ、他のアーティストに曲を提供する。そう
やって大金持ちになる」
「む。七日市学園とやらに入った方が、実現の確率は高そうだわ」
「多分ね。しかし、ラクスリーに残った方が、近道になる目も残ってるね。デ
ビューするなりブレイクしたら、という状況のみだけどさ」
「そっちの確率は恐ろしく低いと踏んだから、あんたは出て行く気になったん
でしょうが」
「答えるまでもない」
「ようし。考えてみるわ。諦めが悪くて執念深いんだからね、私は」
 腕捲くりする姿が何故か思い浮かんだ。熱しやすく冷めやすいところのある
彼女のことだ、電話が終わってから集中的に、このオレを引き留める策をあれ
やこれやと悩み、考えるに違いあるまい。
「さてと。もういいかな、私市さん?」
「いいわよ。今の私は一秒でも惜しい。じゃね。新曲用意しときな!」
 捨て台詞のように、しかしチャーミングな声で云って、彼女の方から電話を
切った。
 思い返してみると、私市華と一緒に唱えなくなるのは、ちょっともったいな
い気がしないでもない。向こうがこっちを惚れてくれたほどではないにしても、
彼女の歌はストライクゾーンに、それもほぼ真ん中に入っていた。
 まあ、このくらいでは、ラクスリーに残ろうとは思わないけれども。

 三日後、土曜の晩だった。
 電話に出ると園倉からだと分かり、日程が決まったのかとメモを引き寄せた
オレに、相手は手酷く落ち込んだ物腰で、幽霊が喋るとしたらこんな声かなと
思わせる。
「ひょっとしたらもう知っているかもしれないが……華ちゃんが死んだ」
「……知らない。いつ、どこで?」
 園倉は、冗談でこんなことを云う人物ではない。
「昨日から今日にかけての深夜だ。仮海山の山道のどこか上の方だと聞いてい
る」
 仮海山の道なら、自動車なんかは入り込めない。事故死、それも交通事故だ
と無意識の内に決め付けていたため、訝しさが一気に募る。
「何で……どういう風にして亡くなったんです?」
「分からない。詳細を話す余裕はないが、自殺もあり得るらしい」
「自殺だって?」
 今度は首つりや飛び降りが咄嗟に浮かぶ。焦れったくなって、ストレートに
聞いた。
「死因は何なんですか」
「ああ……焼死だよ」
 予想した選択肢にない返事。焼け死んだというのなら、自殺はない。私市華
はそんな死に方を選ぶまい。
 オレの見方を伝えると、園倉は同意を示した。だが、更に続いた台詞は、前
言を翻しかねないものだった。
「ただ、遺書めいた物が現場にあったと聞いた。現物ではなく、コピーを見せ
てもらっただけだが、“片割れを喪くした歌姫は地獄の業火に焼かれ絢爛たる
死を迎える”という風な文があった。彼女の自筆だと思う」
「……オレが抜けることと関係あると?」
「真実はともかくとして、示唆しているな。とにかく、電話でするような話じ
ゃないし、出て来られないか」
「分かった。今、通夜?」
「いや、違う。不審死だから解剖が行われているそうだ。遺体が戻って来てか
らになる」
「じゃあ、普通の格好でいいね」
 集合場所を聞いて電話を切ると、可能な限り早く出発した。


――続く





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