#247/1160 ●連載
★タイトル (AZA ) 04/04/15 21:49 (189)
そりゃないぜ!の恋15 寺嶋公香
★内容
朝……。
夢から覚めて、頭がすっきりするや否や、思った。劇の相手役に立候補する
ぞ。未練は残るが、現実では勝ち目がない。仮想現実でも楽しい目に遭いたい
じゃないか。虚しさはこの際気にしない。
夢ですっかりいい気分を味わった僕は、そんな風に考えるようになっていた。
たまたまなのか、今朝は知念さんと一緒にならず、静かに登校。そのせいで
決心が揺らぐことなく、教室に入って蓮沼さんの姿を見つけるなり、堂々と切
り出せた。
「劇の王子役、僕も立候補する」
朝一から突然の宣言に、向こうもびっくりしたようで、上半身を捻って振り
向いたまま、しばし声が出ないでいる。
「えーっと。その件はまだ決まってないわ」
お役所言葉風に返事があった。
「かまわへん。予約入れとくから、よろしく頼んまっさ」
「……関西弁の王子様ねえ」
ぷぷ、と吹き出しながら蓮沼さんは、生徒手帳を開いて何やら書き付ける。
予約者リストでもできあがっているんじゃなかろうか。三井さん相手なら、ま
じでそれもあり得る。
「日本は昔、関西が中心やった。都も貴族も。せやから、聖徳太子や紫式部も
関西弁で喋ってたに違いあらへん。よって、関西弁の王子様がいても全然おか
しくないのである」
「凄い証明ね」
蓮沼さんは呆れ口調で誉め言葉を吐いた。いや、本気で誉められたとは、僕
も思ってないよ、もちろん。
「とんでもない論理の飛躍が、最低でも三つはありそうだけど、面白いから目
をつむってあげよう。確かに承ったわ、立候補。公明正大に選考して、結果を
明らかにするからお楽しみに」
「頼んます。――それとさ、由良の出演がなくなったとしても、来場はするん
だろ」
「多分。忙しい人みたいだけど、文化祭は絶対に見に行くと言っていたそうよ。
だからこそ、私達も最初、由良さんに出演してもらおうと考えた訳」
「観客席に由良がいたら、結局、三井さんの花嫁姿を見られてしまう。何とか
ならないかな」
「確かにそうねえ。でも、そんなこと言われたって、どうしようもないじゃな
い。来るな、見るなと頼めるはずないし」
「実は、いい案がある。できかけの構想を大幅にいじることになるけど、聞い
てくれるか?」
「伺いましょ。でも、今は時間がないから、あとでね」
授業が終わるのはいつも待ち遠しいが、今日は特にそうだった。
さて、一時間目が終わり、蓮沼さんの席に向かおうとしたら……三井さんも
用があるのか、単にお喋りしたいのか、同じように蓮沼さんのところへ。これ
はまずい。三井さんには秘密裏にことを進めようとしているのだから、話せな
いじゃないか。
くるっと方向転換した僕に気付いて、三井さんはすれ違いざま、声を掛けて
きた。
「蓮沼さんに用事なら、先にやって」
気遣いは嬉しい。ただ、その場に君もいるだろ? それがまずいんだよな。
てなことを口には出さず、「いいよ。大した話じゃないから、三井さんこそ
お先にどーぞ」と促した。待ちかねていただけに、ここでまた先送りするのは
厳しいが、三井さんになら喜んで譲ろう。
それに、少し考えれば分かることだが、朝、劇についての話ができたのは、
まだ三井さんが来ていなかったからだ。三井さんに聞かれてしまう可能性を排
除するには、彼女の下校を待つのが賢明だろう。
そんないきさつで、放課後まで待たざるを得なくなった。その間、うっかり
口を滑らせないよう、三井さんとも満足にお喋りできないし、ちっともいいこ
とがない。それもこれもみんな由良長太郎のせいだ。そういうことにしておこ
う、うん。
そして、やっと迎えた放課後。今日ほど、三井さんに早く帰ってもらいたい
と思うことは、この先ないだろう。ないに違いない。
「さあ、朝の続き続き」
ぶろろろって音を立てて走り去る由良の車を、舌を小さく(由良だけなら思
いきりベロを出すんだが、三井さんも乗ってるし)出しながら見送ってから、
僕は蓮沼さんに話し掛けた。他には女子数名に、渡辺と剣持もいる。総勢十余
名にのぼった。
僕の思い付いた妙案を聞いてもらう舞台は整った、と言うか、ちょっと多く
ないか。決定事項になってからならともかく……。
まあいいか。気を引き締めて、僕は全員を見渡した。
「昨日、寝ながら考えたんだけど、由良を出すのは出すが、王子様役ではなく、
他の役にしたらどうかな」
「それが、朝言っていた案? 意図がよく見えないんだけどな」
蓮沼さんが首を傾げる。彼女以外の面々も、似たような感じで、反応がよい
とは言えない。
「劇に出てもらったら、万里の花嫁姿を見てしまうわ。岡本君は、見せないよ
うにしたいって言ってたんじゃなかったっけ?」
「もちろん。で、気付いたんだよ。見えるかどうかは、由良が演じる役次第じ
ゃないかってね。具体的にどんな役かはまだ朧気で決めちゃいないが、目隠し
をされる役柄なら、三井さんの花嫁姿は拝めない」
「……面白そう」
にんまりとにやりを合成したような笑みを見せる蓮沼さん。舞台上で目隠し
された由良の姿を想像して、おかしかったのだろう。そのおかしさが、徐々に
他のクラスメートにも伝わっていく。中には、くすくすと忍び笑いをする女子
も結構いた。
「いいねえ、それ」
剣持も早速乗ってきた。
「どうせ仕事持ってる大人だから、出てくれても大して練習できないよなと思
ってたが、目隠しされるような役なら、動きも台詞も少なくて済みそうだ。ぴ
ったりだぜ」
「だろ?」
「関西芸人の本領発揮だな、岡本」
「そりゃもう、銭さえもらえればなんぼでも発揮しまっせ。本領の一つや二つ
や三つ……って、誰が芸人だ、誰が」
“乗り突っ込み”をやると、笑いが沸き起こる。目隠し案に、みんなすっか
りやる気だなと思わせる雰囲気だ。うむ、結構だね。このまま賛同を得て、ま
ずは目的達成だ。
「どんな役がいいかしらねえ」
「盲目の剣士?」
「年老いて耄碌した王様とか」
「逆に赤ん坊もいいわね。あはははは!」
女子達がわいわい、意見を出し合う。が、僕が気に入ったのは、渡辺が言っ
たアイディアだった。
「悪い王子にしてしまえばいいんじゃないか」
「悪い王子?」
おうむ返しの問い掛けに、渡辺は落ち着いた調子で、順を追って詳しい説明
に入る。
「王女役の三井さんは、由良さん演じる悪い王子と望まない結婚をさせられよ
うとしている。それを阻止しようと立ち上がるのが、王女の幼なじみにして、
両想いの……狩人がいいかな」
「お、いい感じだねえ。何となく見えてきた。狩人が花嫁をかっさらうんだろ。
ダスティン=ホフマンみたいに」
剣持は古い映画が好きらしい。渡辺は首を捻った。
「結婚式のときにさらっても、花嫁姿を見られてしまうから、その前の方がよ
さそうだ。狩人の策にはまった王子は、縛られ、目隠しをされ、結婚式に間に
合わない……てな具合か」
「普通じゃあり得ないけど、どたばたコメディの味付けをすればいけるかもね。
笑いがあった方が受けるでしょうし」
雰囲気もいよいよ盛り上がってきて、断片的な筋書きもぽつぽつと出だした。
みんなほんとに乗りがいい。
だが、大きな問題があることを忘れてはいけないのは言うまでもない。それ
を解決しない限り、一歩も前進しないのだ。
もう承認されるものと決めて掛かっているが、その点は大丈夫。通る見込み
が高いと蓮沼さん達が言っているから、信じよう。
「どうやって由良さんに参加してもらう?」
そう、これだ。
格好いい王子様役なら、どうにかこうにか口説き落として参加させる見込み
はある。いや、ひょっとしたら面白がって、由良の方から積極的に協力するか
もしれない。
だが、僕が示したアイディアを活かすなら、三枚目王子となる由良には参加
する意味が薄まる訳で。それ以上に、由良はとっても格好悪い役をやらされる
ことになる訳で。あの男にこういう三枚目役を引き受ける度量があるとは、僕
にはちょっと考えられない。
僕らは額を寄せ合い、唸った。
「これが由良さんじゃなく、先生相手なら、勢いだけで突っ走ることもできる
と思うのよね」
行き詰まった風にペンを回していた蓮沼さんがいきなり大きく伸びをし、た
め息混じりに言った。剣持がすかさず尋ねる。
「どういうことさ?」
「格好悪い役でも大概の先生は引き受けてくれるだろうし、そうでないにして
も、ちょっぴりだましちゃえば、簡単だと思うのよ」
ますます分からない。
「二枚目の格好いい王子様役だと思わせるのよ。稽古もリハーサルも、ずっと
王子様をさせて持ち上げておいて、本番だけ目隠しされる三枚目にしちゃう訳。
もちろん、私達は裏でその本番通りの練習をしておく。終わってしまえば許さ
れるわ」
「部外の人にそういうだまくらかしは、さすがにまずいか」
個人的にはやってみたい気、満々なのだが。かなりすかっとするんじゃない
かと、期待大。
もちろん、そんなことを大っぴらに広言できやしない。感情を隠すのに少な
からず苦労した。
「……当日、緊急事態を装って、だますのはどうかな」
渡辺が考え考え、述べる。僕らは詳しい説明を求め、目で促した。
「つまりさ、由良さんには最後まで劇に出てくれとは言わないでおく。クラス
の中だけで練習しておくんだ。ただ、文化祭当日、本番目前になって、三枚目
王子様は腹痛を起こすんだよ」
「何となく、読めてきたぞ」
最前と似たような台詞を繰り返した剣持。にやにやしている。僕も同じよう
に想像がついたから、同じようににやけたかもしれない。
渡辺は得意げにうなずいてから続けた。
「そこで“急遽”代役が必要になる。その役を三井さんを通じて、由良さんに
頼むんだ。愛しい婚約者から頼まれたら、由良さんだって断れないだろう。そ
の場の勢いでやってくれるパーセンテージ、高いと思うね」
「もし固辞されたら?」
「そのときはそのとき。あきらめたら済む話さ。王子役は腹痛を起こしたふり
をした奴が、そのまま知らんぷりして務めたらいい。嘘がばれることはないん
だから、安心だよ」
「まあ、練習させといてだますよりは、後ろめたさが少ないわね」
と、蓮沼さん。確かにそうだろう。僕は別にどんな段取りを取ろうと、後ろ
めたさは多分、微塵も感じないと思うけれど。
とまれ、クラスに居残った十名余りは、大筋で合意に至った。これを三井さ
んには内緒のまま、全員に伝えなければならないが、ま、演劇にOKが出たあ
とでいいだろう。早い段階で下手に広めて、計画が漏れてしまっては元も子も
ない。実際、僕は現状でも多いなと危惧しているくらいだ。
「あ、それから」
お開きになりかけた場の空気に、蓮沼さんがやや強い調子で言った。皆の注
意を集める。
でも、彼女の用件は僕ら男子に対してだけだった。
「王子役リストのことなんだけれど」
「ああ」
「立候補した男子諸君は、そのまま王子役にしといていいのかしら?」
ん? 何だ何だ。
首を傾げる僕ら男子の前で、意味深な笑みを覗かせた蓮沼さんは、
「鈍いわねえ」
と笑い出す始末。
「王子役は二枚目から三枚目に転がり落ちたのよ。それでもいいのかってこと」
「あっ」
「狩人役に変更したい人は、今から受け付けるので、お早めに」
僕は慌てて手を挙げた。
――続く