AWC APPLE COMPLEX 【多すぎた遺産】(8)コスモパンダ     


        
#563/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  87/12/10   7:41  (101)
APPLE COMPLEX 【多すぎた遺産】(8)コスモパンダ     
★内容
<アップル・コンプレックス> 第1話「多すぎた遺産」
    パート~「カズ、涎を拭きな! 」その4

 高級住宅街とはほど遠いオンボロアパートが建ち並んでいる。このバンパイア・スト
リートは街娼やヤクの売人がたむろしている。建物の多くは区画整理対象になっており
遠からず解体され、市政庁が高層住宅群を建設するはずだ。しかし、今は先の環太平洋
都市統合戦争の折り破壊された建物が無残な躯を曝している。ビルの窓ガラスは全て割
れ、建物の外壁のプラスチックタイルは傷だらけで、塗装も長年の風雪に耐え兼ねた様
相を示している。ポッカリと穴の開いた窓は骸骨を連想させる。
 ビルの中には不法占拠者と呼ばれる人間が住み着いている。彼らの多くはパシィフィ
ック・クイーン以外のシティから流れて来た者達だ。自称アーティスト、自称ミュージ
シャン、自称ポエミスト、自称革命家、自称宣教師、自称学者、自称神様・・・。
 誰が言い出したのか、連中は「フリー・バンパイア」と呼ばれていた。
 別にこの辺りの連中が吸血鬼だというのではないだろうが・・・。
 カーマインは、市警察のパトカーが取り巻くビルの一つに近付いた。
 ビルの屋上にサーチライトが集中していた。カーマインがスターライトカメラの映像
を運転席のスクリーンに映した。小さな人影が見え、その影がズームアップされる。
「いたよ、いた。カールソンよ」 ノバァがすっとんきょうな声を上げた。
 光電子倍増システム特有の荒い画像だ。もっと上等なシステムを買いたいけど、ノバ
ァの稼ぎが悪いからねぇ。
「カーマイン、あのビルの屋上に何人いる?」
「昼間の日光の蓄熱作用で、ビルの外壁はバックグラウンド・ノイズが多いですね」
「まわりくどいね。分かんないって言えないの。意地張ってさ」とノバァ。
「ガーッ」 カーマインが変な音を立てた。
「なんだい、その雑音は?」
「最近言語プロセッサの調子が良くなくて、音声テストです」
 ノバァはポカンと口を開けていた。ヒッヒッヒッと僕は笑いを押し殺した。
「カズ!」
 いけね、またカミナリかな?
「あんたちょっとあのビルの屋上の様子見て来てくれない?」
「イーッ」
「心配しないで。警官には話をつけとくからさ。間違って撃たれないようにね」

 そして結局、僕は今、崩れかけたビルの階段を登っている。
 たく、冗談じゃない。日に何度、ビル登りをやらせる気だい。こんな吸血鬼がいそう
なビルに武器も持たずに素手で登れってんだから。
 このビルは二十階以上あったのだろうが、上の方は崩れている。カールソンらしい人
影がいる屋上は昔の八階辺りだ。普段は居る筈の不法占拠者の姿は見えない。
 昔、警官だったからかもしれないが、いつもノバァは簡単に警察と話をつけてしまう
。大体、本当だったら街の私立探偵ごときを、凶悪犯がいるビルに潜入させるってのが
おかしい。
 そのノバァが警官から聴き出したところによると、カールソンは女性を一人、人質に
ビルに立て籠もり、屋上からライフルを乱射しているという。既に一人が死亡、数人が
怪我をしたとのこと。くわばら、くわばら。
 しかし、昨夜ノリスと一緒だったカールソンがどうして、こんな所で立て籠もる必要
があるのか。人質ってのはノリスなのか? 理解できませんね、まったく。
 屋上、正確に言えば、天井の無い八階フロアに到着した。
 崩れた壁にぴったり身体を張り付けた。ポケットのカード入れからバンドエードのよ
うな薄いシートを取り出し喉に貼る。両の耳たぶには切手みたいなシートを貼る。
 突然、黒い影が襲って来た。僕は身構えた。
「馬鹿が、こんな所まで来やがって、邪魔だ。帰れ」
 警備のパトカーの警官、二人だった。
「お宅達のボスと話がついてる筈だ」
「撃たれないように気を付けな。鉄砲を持ってるのは奴だけじゃねえ」
「どういう意味だ」
「俺たちも持ってるってことさ」
「ノバァ、聞いてるかい?」小声を出してみる。
「聞いてたわよ」
 普段の怒鳴る声じゃない、可愛い声が聞こえた。側の警官にも聞こえた筈だ。
 僕は、二人に喉と耳たぶのシートを指差した。
「けっ、勝手にしやがれ」
 喉のマイクシートと耳たぶのスピーカシートの感度はオーケーのようだ。
「カールソンが騒いでる反対側の壁に着いたけど、こっちからは何も見えない。ノバァ
、そっちからカールソンの姿は見えるかい?」
「見えるわよ。食い物よこせって騒いでる」
「それじゃ、警官に話を引き伸ばして、注意を引き付けるように頼んでよ」
「分かったわ、僕ちゃん。撃たれたら、葬式くらい出してあげるから、頑張ってね」
 死んじまえ! 僕は声に出さずに罵ると、カールソンがいる方向を目指した。ビルの
壁や天井の崩れた残骸が視界を遮っている。しかし、警官隊のサーチライトの明かりが
カールソンの居る場所を明るく照らしているので、道に迷うことはない。壁から壁へと
猫のように走り抜ける。
 ラバーシューズのジャリっという微かな音が気になる。
「・・・ら、分かってねぇな」 男の声が壁の向こうから聞こえてくる。
「俺の言ってる通りにことを運ばねえと、この女をぶち殺すぞ」
 女の悲鳴が聞こえる。間違いない、奴はこの壁の向こうにいる。
 ポケットから柄の付いた小さな凸面鏡を取り出し、それを壁の端から突き出した。
 鏡に写った歪な光景が見える。天井の無い、崩れかけた窓の前に赤毛の男、カールソ
ンがいる。手には古式豊かなスコープ付のカービンライフルを持っている。幸い、カー
ルソンはビルの周りを囲んでいる警官隊を気にして、僕に背中を見せていた。
 カールソンの側には女が一人、床に座らされている。顔ははっきりしないが、サーチ
ライトの反射光に照らされた髪はプラチナブロンドで長い。ひょっとしたら、ノリスの
可能性大だ。二人までの距離は五メートル。一気にけりをつけるか。
 僕は腰のベルトに挟んだ皮製のケースから、短い警棒を引き抜いた。そいつを右手に
握りしめると、走り出した。
 カールソンが、カービンを持ったまま振り向く。その動作がスローモーションのよう
に見える。カールソンとの距離が縮まる。四メートル、三メートル、その時、カールソ
ンが完全に振り向いた。
 警棒を突き出すが、僅かに相手に届かない。警棒のグリップのボタンを押す。縮んで
いた警棒の先端が飛び出す。振り向いたカールソンの顎に警棒の先端が食い込んだ。強
烈なアッパーカットを食らった彼はカービンを投げ出して床に倒れた。
 床に座らされていた女が僕に飛び付いてきた。
「怖かったわ。助けに来てくれて、本当にありがとう」と、そこまで言った女の口が大
きく開いたままになった。僕は後ろを振り向く。
 カールソンが、そこに立っていた。僕にしがみついていた女が転がっていたカービン
に飛びついた。僕が止める間もなく、銃口から長い炎が噴き出した。
 カールソンは大きな力で殴られたように数メーター飛んで崩折れた。その胸には大き
な赤い傷が醜く開いていた。
 そして、僕はカールソンの弱々しい最後の声を確かに聞いた。
「ノ・リ・・・ス、お前・・・、裏切・・った・・な」
                (パート~完)
−−−−−−−−−−−−TO BE CONTINUED−−−−−−−−−−−−




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